第23話『少し動きましたねぇ。』
第23話『少し動きましたねぇ。』
次の授業でも、机の上には光の石が置かれていた。
リリナは椅子に座ると、その石へ手を伸ばす。
指先が触れた途端、石の内側に淡い光が灯った。
目を閉じて、自分の中を探す。
以前なら、それだけで随分と時間がかかっていた。
けれど今は違う。
「……あります」
「もう分かりましたか?」
「はい。前より見つけやすくなりました」
リリナは一度手を離す。
感覚が薄れる。
もう一度触れると、また同じ違いが戻ってきた。
「これですねぇ」
「その感覚を忘れないようにしてください」
「はい」
魔力があることは分かるようになった。
問題は、その次だった。
「では、今日も動かしてみましょうか」
「やってみます」
リリナは石へ触れたまま、魔力へ意識を向ける。
そこにあるものを動かす。
前と同じように、そう考えてみた。
けれど何も変わらない。
もう一度試す。
やはり同じだった。
「……動きませんねぇ」
イスターニャは少し考えてから尋ねる。
「リリナ様は今、どんなふうに魔力を動かそうとしていますか?」
「どんなふうに、ですか?」
「はい。何をしようとしているのか教えてください」
リリナは自分の手を見る。
「掴んで……動かすような感じでしょうか」
「掴む」
「それか、押すような感じです」
「なるほど」
イスターニャは頷いた。
「魔力は手で掴めるものではありません」
「そうですよねぇ」
言われてみれば当たり前だった。
感じることはできても、指で触れられるわけではない。
それなのにリリナは、知らないうちに物を動かすように考えていたらしい。
「では、どうすればいいんですか?」
「今感じているものが、少しだけ違うところへ移るつもりで意識してみてください」
「移るつもり……」
「最初から大きく動かそうとしなくて構いません」
具体的にどうすればいいのかは、やはりよく分からなかった。
けれど先ほどとは少し違う。
掴もうとするのではない。
押そうとするのでもない。
ただ、今あるところから少しだけ違うところへ。
リリナはもう一度魔力へ意識を向けた。
動いてほしい。
そう思う。
何も変わらない。
「……だめですね」
「もう一度試してみましょう」
「はい」
リリナは繰り返した。
感じる。
動かそうとする。
変わらない。
もう一度感じる。
また動かそうとする。
やはり変わらない。
何度か繰り返しているうちに、昔のことを思い出した。
この身体で歩く練習をしていた頃だ。
歩き方そのものは知っていた。
足を出せば前へ進むことも分かっていた。
それでも、赤ん坊の身体は思った通りには動かなかった。
何度も転びながら、少しずつ動けるようになった。
(知っているだけでは動かなかったんですよねぇ)
魔力も同じなのかもしれない。
動かそうと思ったからといって、すぐに動くとは限らない。
「もう一度やってみます」
「はい」
リリナは石へ触れる。
魔力を感じる。
今度は急がず、その感覚だけを確かめた。
そこにある。
そのことを確かめてから、少しだけ違うところへ移るつもりで意識する。
何も起きない。
もう一度。
まだ変わらない。
さらにもう一度。
「……あれ?」
リリナは目を開けた。
「どうしました?」
「今、少し違ったような気がします」
「どのようにですか?」
「それが……」
言葉にしようとして止まる。
熱くなったわけではない。
何かが流れたとも言えない。
ただ、さっきまで感じていたものが、ほんの少しだけ違うような気がした。
「場所が変わったような気がします」
「気がする、ですか」
「はい。たぶん……ですけど」
イスターニャはすぐには頷かなかった。
「では、一度手を離しましょう」
「はい」
リリナは石から手を離す。
感覚が薄れるのを待つ。
「もう一度触れてください」
再び石へ触れる。
淡い光が戻った。
魔力を探す。
「あります」
「先ほどと同じように試してみてください」
「はい」
リリナは意識を集中させた。
少しだけ違うところへ。
焦らず、何度か繰り返す。
変わらない。
また変わらない。
それでも続ける。
「……今」
さっきと似た違いがあった。
「また少し違いました」
「もう一度確かめましょう」
リリナは頷いた。
何度か繰り返す。
毎回できるわけではない。
何も変わらない時の方が多かった。
けれど時々だけ、確かにいつもとは違う気がする。
「先生」
「はい」
「これ、動いているんでしょうか?」
イスターニャは少し考える。
「まだはっきりとは言えません」
「やっぱりそうですよねぇ」
「ですが、何度か同じ変化を感じています」
イスターニャはリリナの手元を見る。
「少しだけ動いたのかもしれませんね」
「少しだけ」
「はい。今はそれで十分です」
リリナは自分の手を見る。
魔力を感じられるようになった時も、最初は本当にこれなのか分からなかった。
今回も同じだった。
できたのかどうかさえ、まだ自信がない。
それでも、まったく何も起きなかった時とは違う。
「もっとはっきり動かせるようになりますか?」
「練習を続ければ、今より分かるようになるでしょう」
「では、もう少しやってみたいです」
「無理をしない程度にしましょう」
「はい」
リリナはまた石へ触れた。
淡い光が灯る。
魔力を感じるところまでは、もう迷わない。
そこから先は、まだ思うようにはいかなかった。
けれど何度かに一度だけ、小さな違いが返ってくる。
それを見つけるたび、もう一度試してみたくなる。
光を出せるところまでは、まだずっと先だ。
それでも、前は動かなかったものが今日はほんの少しだけ違った。
(少し動きましたねぇ)
確かな一歩と呼ぶにはまだ小さすぎる変化を、リリナは何度も確かめ続けた。




