第18話『魔法は不思議ですねぇ。』
第18話『魔法は不思議ですねぇ。』
イスターニャとの授業にも、少しずつ慣れてきた。
文字を書き、数を数え、地図を広げる。
分からないことがあれば聞き、知っているつもりだったことも確かめ直す。
そんな時間の中で、リリナにはずっと気になっていることがあった。
「先生」
「はい?」
「魔法には、どんなものがあるんですか?」
イスターニャが手を止めた。
「やはり気になっていましたか」
「気になりますよ」
父と兄には使えない。
母は身体を強くする魔法を使い、目の前にいる先生は光の魔法を使うという。
前の人生にはなかったものだ。
気にならない方が難しい。
「では、今日は少し魔法のお話をしましょうか」
「お願いします」
イスターニャは机の上に置いていた紙を一度端へ寄せた。
「人が使う魔法は、大きく七つに分けられています」
「七つですか」
「火、水、土、風、光、強化、召喚です」
リリナは指を折りながら聞いていく。
「火と水は、なんとなく分かります」
「そうでしょうね」
「土も、土を動かすんですか?」
「そういう使い方があります」
「風も?」
「ええ」
そこまでは名前から想像できる。
「強化は、お母様が使う魔法ですよね」
「そうです」
「身体を強くする」
「エレノア様は、その使い方を得意としているそうですよ」
リリナは少し考える。
穏やかに笑っている母が、自分の身体を魔法で強くして剣を振るう。
やはりまだ上手く想像できなかった。
「召喚というのは?」
「何かを呼ぶ魔法です」
「何か?」
「それについては、もう少し魔法を知ってからにしましょう」
「また今度ですか」
「一度に全部聞きますか?」
「できれば」
イスターニャが少し笑った。
「覚える方が大変ですよ」
「それは困りますねぇ」
自分でも欲張っている気はする。
けれど、知らない言葉を聞くと、その先まで知りたくなってしまう。
「それから光」
リリナはイスターニャを見る。
「先生が使う魔法ですね」
「そうです」
「見せてもらってもいいですか?」
イスターニャは少しだけ考えたあと、片手を机の上に出した。
「小さなものでよければ」
「はい」
開いた手のひらの上に、淡い光が生まれた。
「わ……」
思わず声が出る。
炎ではない。
灯りを置いたわけでもない。
何もなかったはずの場所に、柔らかな光だけが浮かんでいる。
リリナは身を乗り出した。
「熱くないんですか?」
「この程度なら」
「触れますか?」
「触っても構いませんよ」
そっと指を伸ばす。
けれど指先には、何かを掴んだ感触はなかった。
「ない……」
「光ですからね」
指を動かすと、その向こうにあったイスターニャの手が見える。
確かにそこにあるのに、物ではない。
(本当に魔法なんですねぇ)
転生した時に女神と会った。
生まれた世界も前とは違う。
それでも、こうして目の前で魔法を見ると改めて不思議だった。
やがてイスターニャが手を閉じると、光は静かに消えた。
「先生」
「はい」
「私にもできるんでしょうか?」
イスターニャはすぐには答えなかった。
「それは、まだ分かりません」
「やっぱり適性ですか?」
「ええ」
父と兄にはなく、母とイスターニャにはある。
同じ人間でも、誰もが魔法を使えるわけではないらしい。
「適性があるかどうかは、どうやって分かるんですか?」
「調べる方法がありますよ」
イスターニャが椅子から立った。
棚の方へ行き、小さな箱を持って戻ってくる。
「これです」
机の上に置かれた箱が開く。
中には、形のよく似た石が並んでいた。
「石?」
「適性を調べるためのものです」
リリナは箱の中を覗き込む。
「七つありますね」
「よく気づきましたね」
「さっき七つだと聞いたので」
イスターニャが一つずつ指していく。
「火、水、土、風、光、強化、召喚。それぞれに対応しています」
「これに触るんですか?」
「そうです。適性があれば石が反応します」
「なかったら?」
「何も起きません」
「分かりやすいですねぇ」
リリナは石を眺める。
見た目だけでは、どれが何の石なのかまだよく分からない。
「反応したら、すぐその魔法を使えるんですか?」
「いいえ」
イスターニャは首を振った。
「石が教えてくれるのは、その魔法を扱える可能性があるということだけです」
「可能性」
「適性があっても、使えるようになるには覚えなければなりません」
リリナは小さく頷いた。
歩けることを知っていても、この身体がすぐ歩けたわけではなかった。
言葉だって、意味が分かるだけでは話せなかった。
魔法も同じなのかもしれない。
「では、私も調べられますか?」
「もちろん」
思わず石へ手を伸ばしかける。
けれどイスターニャは箱の蓋に手を添えた。
「ただ、今日はここまでにしておきましょう」
「調べないんですか?」
「魔法について知ったばかりでしょう?」
「そうですけど」
「適性は逃げませんよ」
箱の蓋が閉じられる。
少し残念だった。
それが顔に出ていたのか、イスターニャが笑う。
「そんな顔をしなくても、次に調べましょう」
「してましたか?」
「少しだけ」
前にも似たようなことを言われた気がする。
「分かりました」
「ずいぶん素直ですね」
「急いでも適性は変わらないんですよね?」
「ええ」
「なら、待ちます」
イスターニャが一度目を瞬いたあと、笑った。
「では次の楽しみにしておきましょう」
箱は机の端へ置かれた。
その中には七つの石がある。
火。
水。
土。
風。
光。
強化。
召喚。
自分の手で触れた時、どれかは反応するのだろうか。
それとも父や兄のように、何も起きないのだろうか。
どちらなのかは、まだ分からない。
(私にも何かあるんですかねぇ)
リリナは閉じられた箱を眺めながら、次の授業を少しだけ楽しみにした。




