第15話『町は賑やかですねぇ。』
第15話『町は賑やかですねぇ。』
「リリナ、今日は私と一緒に来る?」
朝食を終えて部屋へ戻ろうとしていたところで、エレノアに呼び止められた。
「どこへですか?」
「町よ」
「町?」
「ええ。少し用事があるの」
リリナはすぐに頷いた。
「行ってみたいです」
「では支度をしましょうか」
その少し後、屋敷の前には馬車が用意されていた。
扉のそばではマーシアが待っている。
「今日は私もご一緒しますよ」
「マーシアもですか?」
「もちろんです。お二人だけで行かせたら、私の仕事がなくなってしまいますから」
「荷物持ちでしょう?」
「護衛もです!」
エレノアに笑われ、マーシアが少しだけ頬を膨らませる。
そのやり取りを見ながら、リリナは馬車へ乗り込んだ。
馬車が動き始める。
窓の外では庭の景色がゆっくりと流れていった。
厩舎へ続く道を過ぎ、訓練場も遠ざかる。
やがて前方に大きな門が見えてきた。
門番たちが頭を下げる。
馬車はその間を抜け、そのまま道を進んでいった。
リリナは窓へ顔を寄せた。
「……広いですねぇ」
道の両脇には畑が続いている。
腰を曲げて作業をする人たちの向こうには家が並び、軒先では洗濯物が揺れていた。
荷車を引いていた男が馬車に気づいて道の端へ寄る。
そばにいた小さな子供が、こちらをじっと見上げていた。
リリナが手を振る。
子供は一度きょとんとして、それから慌てたように振り返した。
「ふふっ」
隣からエレノアの笑い声がする。
「なんです?」
「楽しそうね」
「楽しいですよ」
籠を背負って歩いている人がいる。
畑の端で座り込み、何かを食べている人たちもいる。
リリナの目は忙しく窓の外を追い続けた。
しばらくすると家々の間隔が狭くなり、道を行き交う人も増えてきた。
開け放たれた店先には野菜や布、木工品などが並んでいる。
馬車が止まった。
「着いたわよ」
エレノアに続いて降りると、いくつもの声が一度に耳へ飛び込んできた。
「焼きたてだよ!」
「その箱はこっちだ!」
「今日は魚が安いよ!」
肉を焼く匂いが流れてきたと思えば、少し先から甘い香りも漂ってくる。
「これは賑やかですねぇ」
「驚きました?」
「少しだけです」
後ろから降りてきたマーシアが笑った。
「目がずっと動いてますけど?」
「見るものが多いんですよ」
「迷子にならないでくださいね」
「五歳の子供に言うことですねぇ」
「五歳ですからね」
もっともな答えだった。
通りへ出ると、マーシアは荷物を持ちながら自然とリリナの外側を歩いた。
人が多いところでは少しだけ前へ出て、こちらへ向かってくる人がいればさりげなく位置を変える。
その横を、子供たちが駆け抜けていった。
「あっ」
一人がエレノアに気づいて足を止める。
ほかの子供たちも続いて止まり、慌てて頭を下げた。
「こんにちは」
エレノアが声をかける。
「こ、こんにちは!」
元気な返事を残して、子供たちはまた走っていった。
「元気ですねぇ」
「リリナも走っていいのよ?」
「転びそうなので遠慮します」
「慎重ですねえ」
「マーシアには言われたくありません」
今も周囲をよく見ている人に言われても、あまり説得力がない。
町を歩いていると、何人もの人がエレノアへ声をかけてきた。
「エレノア様、お久しぶりです」
「こんにちは。この前頼んだものはどう?」
「もう少しで仕上がりますよ」
別の店では年配の女性がエレノアの姿を見るなり笑顔になった。
「まあ、エレノア様。今日はお嬢様もご一緒ですか?」
「ええ。リリナよ」
「リリナ様ですか。大きくなられましたねえ」
女性がこちらへ頭を下げる。
「こんにちは」
「こんにちは、リリナ様」
自分は初めて会うのに、相手はこちらを知っているらしい。
(なんだか不思議ですねぇ)
エレノアは店のことだけでなく、家族の様子まで尋ねていた。
「息子さんの足はもう大丈夫?」
「おかげさまで。今ではまた走り回っていますよ」
「それならよかったわ」
また少し歩くと、今度は店先に並んだ布が目に入った。
赤や青、淡い黄色まで、屋敷で見慣れたものとは違う柄が並んでいる。
「綺麗ですねぇ」
リリナが足を止めると、エレノアも一枚の布へ手を伸ばした。
「これ、ずいぶん手触りがいいわね」
「昨日届いたばかりなんですよ」
店主が嬉しそうに答える。
「ユーダリナから?」
「はい。今回はいい物が入りました」
リリナが顔を上げた。
「ユーダリナ?」
エレノアがこちらを見る。
「アルトレシアとは別の国よ」
「国?」
「ええ。この布はそこから運ばれてきたの」
リリナはもう一度布を見る。
指で触れれば、ただの柔らかな布だった。
「遠いんですか?」
「それなりにね」
「ほかにも国はあるんですか?」
「もちろん」
「たくさん?」
「たくさんあるわ」
リリナは布から通りへ視線を移した。
店が並び、人が歩き、荷車が行き交っている。
その中に、遠い国から来た物まで普通に混ざっているらしい。
(知らないことばかりですねぇ)
「気になる?」
「はい」
「そのうち少しずつ覚えていけばいいわ」
エレノアはそれだけ言って歩き出した。
リリナもその隣へ並ぶ。
マーシアはいつの間にか増えていた荷物を両手に持ちながら後ろをついてきた。
「マーシア、大丈夫ですか?」
「これくらいなら平気ですよ」
「まだ増えるかもしれないわよ」
「護衛だったはずなんですけどねえ」
「荷物持ちも仕事でしょう?」
「ほら、やっぱり荷物持ちじゃないですか」
リリナが笑うと、マーシアも笑った。
帰りの馬車でも、窓の外には人の姿があった。
畑から戻る人、荷車を押す人、道端で話している人。
「疲れた?」
エレノアが訊く。
「少し」
「眠ってもいいのよ」
「まだ見ていたいです」
エレノアは何も言わず、笑って頷いた。
しばらくして、リリナは窓の外を見たまま口を開く。
「お母様」
「なあに?」
「ユーダリナ以外には、どんな国があるんですか?」
少し間があった。
「知りたい?」
「はい」
エレノアの表情が柔らかくなる。
「それなら、帰ったら少しお話ししましょうか」
「お願いします」
屋敷へ続く道の先に、見慣れた門が見えてくる。
(まだまだ知らないことがありそうですねぇ)
リリナは最後まで、窓の外を眺めていた。




