第14話『守る道ですねぇ。』
第14話『守る道ですねぇ。』
庭を抜けた先から、乾いた音が規則正しく響いていた。
カンッ、と木剣がぶつかり、少し遅れてもう一度音がする。
「今日もやっていますねぇ」
リリナが足を向けると、隣を歩いていたサターシャが笑った。
「アルクス様は、このところほとんど毎日ですからね」
「毎日は大変そうです」
「ご本人は楽しそうですよ」
訓練場へ近づくにつれて、木剣の音がはっきりしてくる。
中央ではアルクスがガイウスと向き合っていた。
「腕だけで振るな」
「はい!」
「足が止まっている」
「はい!」
アルクスが踏み込み、木剣を横へ振る。
ガイウスは半歩身体を引いただけでそれをかわした。
「今のは?」
「前よりいい」
「本当ですか?」
「だが遅い」
「ああ……」
分かりやすく肩を落とす兄を見て、リリナは思わず笑った。
「お父様、厳しいですねぇ」
「アルクス様が望んで教えていただいているのですよ」
「それなら仕方ありませんね」
アルクスは額の汗にも構わず、もう一度木剣を構える。
父の足元を見ながら、次にどう動くのかをじっと待っていた。
リリナはその様子を眺める。
何度見ても、自分も剣を持ってみたいとは思わなかった。
前の人生では、もっと恐ろしいものを知っている。
剣より遠くから人を殺せるものも、空から町へ降ってきたものも見てきたのだから、武器というものに憧れだけを抱くことはできなかった。
「そこまで」
ガイウスの声に、アルクスが木剣を下ろした。
「もう少しできます」
「できるかどうかではない。疲れたまま続ければ動きが崩れる」
「……はい」
まだやりたそうだったが、アルクスは素直に従った。
そしてこちらへ気づいた途端、真剣だった顔が緩む。
「リリナ!」
「お疲れ様です、お兄様」
アルクスが駆け寄ってくる。
「見てた?」
「少しだけ」
「どうだった?」
「上手でしたよ」
「本当?」
「はい」
「甘やかすな」
木剣を片づけながら来たガイウスが口を挟む。
「本当に上手だったから言っただけですよ」
「そうか」
「父上もさっき前よりいいって言いましたよね?」
「まだまだだ」
「でも言いましたよね?」
「言った」
アルクスが満足そうに笑った。
(そこは聞き逃さないんですねぇ)
そんな兄を見ていて、リリナはふと訊いてみたくなった。
「お兄様は、どうしてそんなに剣の練習をするんですか?」
「どうして?」
「毎日やっているでしょう?」
「うん」
「そこまでして強くなりたいのかなと思って」
アルクスは少し考え、それからガイウスを見た。
「父上みたいになりたいから」
「私みたいに?」
「はい」
今度は迷わなかった。
「強い騎士になって、大事な人を守れるようになりたいんです」
リリナはガイウスを見る。
「騎士?」
アルクスの方が驚いた顔をした。
「あれ、知らなかったの?」
「何をです?」
「父上、騎士だったんだよ」
「お父様が?」
剣に慣れていることは見れば分かる。
けれど、昔何をしていたのかまで聞いたことはなかった。
「昔の話だ」
ガイウスが短く答える。
「どんな騎士だったんです?」
「父上は王立騎士団の団長だったんだよ」
「……団長?」
横から答えたアルクスに、ガイウスが視線を向ける。
「アルクス」
「言ってはいけなかったですか?」
「そういうわけではない」
「ならいいじゃない」
聞き慣れた声がして振り向くと、エレノアが訓練場へ入ってきた。
「お母様」
「リリナも来ていたのね」
「はい。お兄様の練習を見ていました」
エレノアはガイウスへちらりと目を向ける。
「あなたのお父様は、王立騎士団を率いていたのよ」
「本当に偉かったんですねぇ」
「昔は、は余計だ」
「昔はなんて言ってませんよ」
ガイウスが黙った。
エレノアが吹き出す。
「あなた、先に言われると思っていたでしょう」
「……違う」
(思っていたんですねぇ)
リリナが笑っていると、エレノアが続けた。
「ちなみに私も騎士だったのよ」
「お母様も?」
「ええ」
「うちは騎士ばかりなんですねぇ」
「そう言われるとそうね」
「だから僕も騎士になるんだ」
アルクスが胸を張る。
「もう決めているんですか?」
「うん」
「迷わないんですねぇ」
「リリナは?」
「私ですか?」
「騎士にならないの?」
「考えたこともありませんでした」
「じゃあ今考えればいいよ」
「そんなに簡単に決めるものなんですか?」
「僕は決めたよ」
「お兄様はお兄様ですからねぇ」
エレノアが二人のやり取りを楽しそうに聞いていたが、やがてリリナへ目を向けた。
「でも、リリナにも人を守る道はあるかもしれないわね」
「人を守る道?」
「聖騎士よ」
リリナは少し目を瞬いた。
「私がですか?」
「ええ」
「剣なんて持ったこともありませんよ」
「剣の上手さだけを言っているわけではないの」
エレノアは穏やかに笑う。
「リリナは人の話をよく聞くでしょう?」
「それはまあ」
「相手が何を考えているのかもよく見ているし、嫌がっている人に無理に何かをさせようともしない」
「それは普通では?」
「普通にできない人もいるのよ」
「そういうものですか」
「そういうものよ」
エレノアはそう言ってから、訓練場の木剣へ目を向けた。
「強いだけの人が、必ず人を守れるわけではないもの」
ガイウスが口を開いた。
「だが、簡単な道でもない」
リリナは父を見る。
「騎士になれば剣を持つ」
「はい」
「その剣で人を守れることもある。守るために、誰かを傷つけなければならんこともある」
さっきまで嬉しそうにしていたアルクスも、黙って父の話を聞いていた。
「守ると言うのは簡単だ。何を守るのか、そのために何をするのかを選ぶ方が難しい」
国を守る。
家族を守る。
暮らしを守る。
似たような言葉なら、前の人生でも何度も聞いた。
誰もが何かを守ると言っていたのに、それでも戦争は起きた。
正しい側だけに家族がいたわけでもない。
敵と呼ばれた人たちにも、帰りを待っていた人はいたのだろう。
(守るための力、ですか)
訓練場の端に置かれた木剣へ目を向ける。
アルクスが握っていた時には、誰かを傷つけるものには見えなかった。
それでも本物なら違う。
守る相手がいれば、その向こうには止めなければならない相手がいることもある。
「嫌なら選ばなくていい」
ガイウスの声に、リリナは顔を上げた。
「聖騎士も騎士も、お前が選ばなければならない道ではない」
「今すぐ決めなくてもいいのよ」
エレノアもそう言って笑う。
「まだ五歳ですもの」
「それもそうですねぇ」
アルクスだけが少し残念そうだった。
「一緒に騎士になったらいいのに」
「お兄様と同じ道を歩かなければいけないわけではありませんよ」
「分かってるけど」
「それに、私にはまだよく分かりません」
「何が?」
リリナは少し考えた。
「人を守るということが、です」
アルクスが首を傾げる。
「守るのは守るじゃない?」
「そうなんですけどねぇ」
兄には、それで十分なのかもしれない。
リリナには、まだそこまで簡単には思えなかった。
ガイウスもエレノアも、それ以上は何も言わなかった。
「お兄様」
「なに?」
「明日も練習するんですか?」
「もちろん」
「毎日大変ですねぇ」
「リリナもやってみる?」
「今日は見ているだけにします」
「今日は?」
「言葉のあやですよ」
「なんだ」
アルクスが残念そうな顔をする。
その横でガイウスがわずかに口元を緩めた。
リリナは訓練場を見渡す。
剣が欲しいとも、強くなりたいともまだ思わない。
ただ父にも母にも兄にも、それぞれ人を守ろうとして選んだ道があることを知った。
その中には、聖騎士という道もあるらしい。
(私が歩く道は、まだこれからですねぇ)
木剣を拾い上げるアルクスを見ながら、リリナはもうしばらくその場にいることにした。




