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フロストヘイムの朝は、王都のそれよりも遥かに清々しく、そして静かだった。
前日に悪徳商人の不正を正し、領民へ適正な物資の配給を終えたことで、領内を包む空気はどこか穏やかな熱を帯びている。
「レティシア、今朝の体調はどうだ。昨夜は俺の……その、不甲斐ない取り乱しに付き合わせてしまった。どこか痛むところはないか」
朝食の席、ギルバート様は昨日までの張り詰めた殺気を綺麗に収め、気高き辺境伯として毅然とした態度で私を気遣ってくれた。彫刻のように美しい横顔と、鍛え上げられた強靭な肉体。その佇まいはまさに、国の北壁を統べる最強の武官そのものだ。
しかし、私の「真実の眼」が捉える彼の頭上は、今朝も非常に騒がしかった。
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【思考ログ:朝の挨拶・極限の自制心】
『レティシアが俺の隣で微笑んでいる。奇跡だ。昨夜、血の宿痾を
すべて受け入れると言ってくれた彼女を、俺は一生をかけて
守り抜くと誓った。今すぐ抱きしめてその愛らしさを独占したいが、
食事中にそんな無作法をすれば彼女に嫌われる。耐えろ、俺の理性』
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(十分に自制できているようで何よりですわ、ギルバート様。その真剣な眼差しで心の中がこれほど情熱的だなんて、やはり私の選んだ旦那様は格別ですこと)
「ええ、とてもよく眠れましたわ。ギルバート様が用意してくださった絹の寝具が、あまりにも素晴らしかったですもの」
私が微笑みながら温かい紅茶を口に含むと、ギルバート様の頭上で『絹の寝具になりたい』という突飛な一文が高速で流れたが、彼はそれを完璧な鉄面皮で隠し、「そうか」と短く頷いた。このギャップこそが、今の私にとって最も価値ある癒やしとなっていた。
そんな穏やかな時間を破るように、セバスが静かに、しかしどこか愉快そうな足取りでダイニングへ入ってきた。
「旦那様、奥様。朝早くから、城門の前に妙な一団が押し寄せてございます」
「一団だと? 王都からの追加の使者か」
ギルバート様の深紅の瞳が、一瞬で鋭い「処刑人」のそれへと変貌する。食卓の空気がピキリと緊張の冷気を帯びたが、セバスは首を振った。
「いえ。使者ではなく……『亡命者』を名乗ってございます。王宮の財務部で働いていた、若手から中堅の優秀な文官たち総勢十二名。彼らは一様に疲れ果てた顔で、『レティシア様のいない王宮は地獄だ。どうかこちらで雇ってほしい』と涙を流して訴えております」
「……文官たちが、亡命?」
私は思わず羽根ペンを置いた。
どうやら、カイル王子たちが私の残した帳簿を無理にこじ開け、国庫の計算を完全に破綻させた影響が、現場の文官たちへダイレクトに突き刺さったらしい。
財務の要である数字が崩壊すれば、その尻拭いをさせられるのは常に実務を担う下の者たちだ。無能な上司からの理不尽な叱責と、終わりのない徹夜作業に耐えかねた優秀な人材が、泥舟から一斉に飛び出してきたというわけね。
「レティシア、どうする。お前を追放した王都の連中だ。俺の魔力で、今すぐ城門ごと凍りつかせても構わないが」
ギルバート様が冷徹な声で提案する。その頭上には『レティシアの仕事を増やす奴らは全員排除する』という過保護な文言が躍っていたが、私はそれを手で制した。
「いいえ、ギルバート様。彼らはカイルたちとは違い、ただ実直に働いていた有能な職人たちですわ。王都が勝手に手放した『最高の資産(人材)』を、私たちが無償で手に入れる絶好の機会ですもの」
私は立ち上がり、ギルバート様へ視線を送った。
「彼らを迎え入れましょう。フロストヘイムの新しい帳簿をより正確に、より迅速に回すための、素晴らしい手足となっていただきましょう。今更戻れと泣きつかれても、王都にはもう彼らを買い戻す財力すら残っていないでしょうから」
城門の前に集まった文官たちは、私とギルバート様が姿を現した瞬間、まるで救世主を見るかのような目で一斉に地面に膝をついた。
「レティシア様……! どうか、どうか私たちをお救いください! 貴女様がいなくなってからの王宮は、カイル殿下とミリア様が気まぐれに予算を書き換え、計算が合わない責任をすべて私たちに押し付ける地獄と化しました!」
「もうあそこには戻りたくありません! 悪徳商人の不正を一瞬で看破されたレティシア様の元で、私たちはその知恵の端くれとして働きたいのです!」
十二人の頭上には、一様に『疲弊:限界』の文字と、私に対する『狂信的なまでの忠誠度:最大』のステータスがポップアップしていた。
無能な王族の手によって、王都の心臓部は自らその機能を削ぎ落とし、破滅へと向かっている。
彼らが手放した優秀な文官たちを従え、私はこのフロストヘイムの地を、王都を遥かに凌駕する豊かな理想郷へと最適化していく。
「歓迎いたしますわ、皆様。我がヴォルフィード公爵家は、実力ある者を決して裏切りません。……さあ、さっそく冷え切った身体を温めて、新しい仕事に取りかかっていただきましょうか」
私の宣言と共に、ギルバート様が静かに腕を組んだ。その圧倒的な威風と、私の背後に控える頼もしい文官たちの姿を見て、私は王都の不良在庫たちが完全に息の根を止められる瞬間が、そう遠くないことを確信していた。




