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婚約破棄されたら実態評価★1.2の公爵に拾われました ~検索履歴、全部わたしで埋まってます~  作者: じょな


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10/15

10

王都の王宮から、無価値な粗悪品として私が放り出されてから、ちょうど四日目の朝のことだった。


「――レティシア様、こちらの第三鉱区から提出された冬期の石炭採掘量ですが、昨年度の算出グラフと比較しますと、約一割の純度向上が見られます」


公爵邸の北側に位置する大執務室。


エドガーと名乗る若い文官が、掲げた羊皮紙を誇らしげに指し示しながら、私へ報告を続けていた。

彼の後ろでは、昨日王都から命からがら亡命してきたばかりの十一人の文官たちが、支給されたばかりの厚手のウールの上着を羽織り、それぞれが机に向かって猛烈な速度で羽根ペンを走らせている。


「これは、奥様が先日にご指示された、排気坑の配置適正化による効率化の恩恵に他なりません」


「素晴らしいわ、エドガー。さすがは王宮の財務部で鍛えられただけあって、数字の集計に迷いがありませんわね」


私は手元の帳簿に目を落としながら、満足に深く頷いた。


王宮での終わりのない徹夜作業と理不尽な叱責によって、昨日の朝までは死人のような顔をしていた彼らだったが、今やその瞳には、知的な労働を取り戻した生気と、私に対する狂信的なまでの忠誠がみなぎっている。


「これなら、鉱夫たちへの特別手当をさらに半割増しで計上しても、領内の財政基盤はびくともしませんわ」


「もったいないお言葉です……! 目の前で数字がこれほど美しく、淀みなく流れていく決算書を見られるなんて、私たちは職人として、今、この上ない幸福を感じております」


エドガーをはじめとする文官たちが、私に向けて熱い、尊敬に満ちた視線を注ぐ。


だが、その視線が私に集まった瞬間――。

執務室の窓際の空気が、じわりと重苦しい圧力を孕んでねじれ始めた。


「――ふん」


低く、地を這うような短い息の音。


窓辺の長椅子からこちらを見つめているのは、我が旦那様であるギルバート様だ。


陽光を浴びて白銀に輝く美しい髪。

彫刻のように端正な冷徹の美貌。

そして、軍服の上からでも一目でわかる、鍛え上げられた強靭な肉体。


国の北壁を統べる最強の武官としての圧倒的な気高さを放つ彼は、今、私の執務机のすぐ隣に音もなく椅子を引き寄せ、私のナイトウェアの袖口を大きな指先でそっとつまんでいた。


彼の深紅の瞳は、まるで大切な宝物を外敵から隠そうとする獣のように鋭く光っており、その頭上には、私の網膜にのみ展開されるシステムウィンドウが激しく明滅していた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【思考ログ:限界突破(独占欲の熱量が計測不能)】

『あの王都上がりの文官どもめ、さっきからレティシアを

信奉するような目で凝視しおって万死。彼らが優秀な実務の手足

であることは認めるが、レティシアの賢さと美しさに魂を奪われて

いるのが見え透いている。今すぐ彼らを地下の書庫にでも隔離して、

俺の魔力でこの執務室全体を常春の楽園に変え、二人きりで

永遠に過ごしたい……。レティシア、愛している、愛している』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(公爵様、彼らはただ仕事に感動しているだけですから、地下書庫に隔離するのはやめてあげてくださいな。本当に、惚れた女に対して過保護がすぎて脳内サーバーがバグを起こすという、ヴォルフィード家特有の血の仕様は凄まじいわね。けれど、これほど強い方が私一人にここまで必死になってくださるなんて、本当に愛おしい旦那様ですこと)


私は小さくクスリと笑うと、手にした羽根ペンをそっと置いた。


そして、私の袖をつまんでいる彼の大きな手を、私の両手で下からそっと包み込んだ。

武骨で、剣のタコが固い彼の肌は、最初は触れるのを躊躇うようにひんやりとしていたが、私の体温が伝わった瞬間、カチリと音を立てるかのように彼の頭上のウィンドウが変化した。


【最愛の接触により一時的に幸福度を発散:思考が完全に静止しました】


文字通り、白銀の背景に黄金の文字が発光したまま静止する。

ギルバート様の顔は、彫刻のような冷徹さを保ったまま、耳の付け根だけが燃えるような鮮紅色に染まっていた。本当に裏表がなくて分かりやすい。


「大丈夫ですわ、ギルバート様。私は貴方の契約妻なのですから、どこへも行きません。彼らはただの、我が公爵領の発展のための大切な構成員に過ぎませんもの」


私が彼の耳元で優しく囁くと、ギルバート様は喉を小さく鳴らして「……ああ」と短く応じ、私の護衛騎士のようにスッと背筋を伸ばした。

その佇まいは、非の打ち所がない世界最高の優良物件そのものだ。


そんな時、執務室の厚い木製の扉が、静寂を破る激しい音を立てて叩かれた。


「旦那様! 奥様! 緊急事態でございます!」


報告に飛び込んできた若い使用人の顔は、恐怖と極度の困惑で完全に土気色に引く裂かれていた。

息を乱し、大理石の床に膝をつきながら、彼は信じられない言葉を口にした。


「王、王都より……カイル殿下ご本人が、グランディス伯爵を引き連れて、当家の城門前まで乗り込んできてございます! 領民たちの制止を振り切り、今、玄関ホールまで押し入ってきております!」


その言葉が室内に響き渡った瞬間。

ギルバート様の深紅の瞳から、一切の人間的な光が綺麗に消え失せた。


ドゴォォォォンッ!!!


彼の足元から、執務室の床板を突き破るような勢いで、巨大な白銀の氷柱が数本、凄まじい音を立てて生え渡った。


冷気が部屋中の空気を一瞬で凍らせ、吸い込むだけで肺が痛むほどの絶対零度の空間が完成する。窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げ、インク瓶の表面がみるみるうちに白く凍りついていく。文官たちがその圧倒的な威圧感に青ざめてガタガタと震えだした。


「――あの、不良在庫の無能が、どの面を下げて俺の領地へ、俺のレティシアのいる場所に足を踏み入れた」


地獄の底から響くような、あるいは凍てついた吹雪そのものが意思を持ったかのような、冷徹極まるギルバート様の声。


しかし、私は少しも怯むことはなかった。

むしろ、私の唇は冷ややかな高揚感によって、自然と美しい弧を描いていた。


(ついに、完全に国家予算の首が回らなくなって、自ら不良品の返品直判にやってきたのね。こちらの想定よりも、随分と早い自爆ですこと)


「参りましょう、ギルバート様。どのような見苦しい言い訳と不良条件を持ってきたのか、この『真実の眼』できっちりと、一ゴールドの誤差もなく査定して差し上げますわ」


私が彼の逞しい腕にそっと自身の右手を絡めると、彼の全身から吹き荒れていた凶悪な魔力冷気はピタリと止まり、代わりに私を優しく保護するような、彼独特の心地よい熱気が私の身体を包み込んだ。


――私たちは重厚な公爵邸の階段を下り、大理石が敷き詰められた広大な玄関ホールへと向かった。


そこに立っていたのは、わずか四日前まで、王都の夜会で傲慢な輝きを放ちながら私を見下していたカイル王子と、我が実家の家長であるグランディス伯爵の無惨な姿だった。


カイル王子の自慢だった艶やかな金髪は、何日も鏡を見ていないかのように脂ぎって乱れている。

その仕立ての良いはずの王族の衣装は、徹夜の連続によるものか、あちこちにしわが寄り、埃にまみれていた。


目の下に張り付いた死人のような濃い漆黒のクマには、かつて私を「無価値な粗悪品」と罵った王太子の面影など、どこにもない。


実父であるグランディス伯爵もまた、高級なマントの裾を泥で汚し、焦燥と恐怖の脂汗をボタボタと床に滴らせながら、落ち着きなく視線を泳がせていた。


私が「真実の眼」の焦点を彼らに合わせた瞬間、二人の頭上には、もはや憐れみすら覚えるほどの、真っ赤なエラーログが滝のようにポップアップした。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【カイル・アークライト】(20)

総合評価:★0.8 ⇒ ★0.1(国家的な資産価値の完全崩壊)

本音:『クソッ、何なんだこの状況は! レティシアの残した

帳簿の数字を、ミリアの言う通りにほんの少し弄っただけで、

国庫の残高の整合性がすべて吹き飛んでシステムがロックされた!

裏金作りの証拠も隠滅できず、来週の王宮監査で僕の失脚は

確実だ! 文官どもも全員職場放棄して消え失せて、僕には書類の

一文字も処理できん! レティシアに土下座してでも連れ戻さないと、

僕の王位継承権も、僕の人生も、すべてがここで終わる……!』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【グランディス伯爵】(52)

総合評価:★0.3(自己保身のみの不良債権)

本音:『レティシアを追放した途端、我が伯爵家の横領口座が

王宮の財務監査に引っかかり、破産寸前だ! あの小娘が裏で

どれほど完璧に帳尻を合わせていたのか、失って初めて気づいた!

何としてでも娘という名の道具を王宮に連れ戻し、我が家の

借金をすべて帳消しにさせなければ、私が処刑されてしまう!』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(本当に、教科書通りの完全な債務超過、そして組織の完全な自爆に陥っているじゃないの。失ってから価値に気づくなんて、目利きの基礎すらできていない素人以下ですわね)


「――レ、レティシア……! ああ、やっと会えた……!」


カイル王子は私たちの姿を認めるなり、まるで砂漠で水を見つけた狂人のように目を血走らせ、すがるように両手を伸ばして一歩、床を蹴って踏み出してきた。


だが、その汚らわしい一歩が私の靴に届く前に、ギルバート様が冷然と私の前に立ちはだかった。


ピキピキピキピキィィィンッ!!!


激しい音を立てて、カイル王子の足元の床が一瞬で白銀の分厚い氷層へと変貌した。

彼の伸ばした指先のわずか数センチ手前で、大気が凍りつき、鋭利な氷の刃が何本も槍のように突き出される。


「――許可なく、俺の妻に近寄るな。その薄汚い四肢を今すぐ引かなければ、この公爵邸の床ごと、お前の存在を分子レベルで凍結粉砕するが」


ギルバート様から放たれた、物理的な質量を持った絶対零度の殺気。

それはホールの壁に飾られた由緒ある甲冑たちをパキパキと白く凍らせていく。


カイル王子は「ひっ、ひえっ……!?」と情けない悲鳴を上げてその場に尻餅をつき、実父であるグランディス伯爵に至っては、ガタガタと歯の根を鳴らしてその場にへべれけに幾度も這いつくばった。


「が、閣下! お待ちください! 我々は決して、ヴォルフィード公爵家に敵対しにきたわけではございません! 我が娘であるレティシアと、国家的な、公的な話し合いに来たのです!」


グランディス伯爵が、青白い顔に脂汗を滲ませながら、必死に声を張り上げる。

その姿には、かつて私を物置小屋に閉じ込め、無価値だと嘲笑っていた父親としての威厳など、塵ほども残っていなかった。


「レティシア、お前を勘当するというのは、あれは私の、その、親としての厳格な教育の一環だ! お前をもう一度グランディス伯爵家の籍に戻し、王宮の特別な予算管理長官の席に就かせてやるという、カイル殿下からの破格の、これ以上ない栄誉ある条件を持ってきてやったのだぞ!」


「そうです、レティシア!」


カイル王子が床に膝をつき、泥のついた衣装のまま、必死に私を見上げて叫んだ。

その瞳には、かつてミリアを抱きしめていた時の余裕などはなく、ただ己の破滅から逃れたいという浅ましい乞食のような哀願だけがあった。


「お前が夜会で僕を怒らせた無礼も、僕の愛に感謝しなかった不遜も、すべて帳消しにしてやる! 特別に、お前を僕の『第二妃』として王宮に迎えて、僕の側で働く権利を与えてやってもいい! だから今すぐ、あの呪われた帳簿のロックを解除しろ!


そして、僕の代わりにすべての書類を、深夜まで、以前のように完璧に処理するんだ! 僕を愛しているなら、主君を支えるのは当然の義務だろう!?」


カイル王子の言葉が、広い玄関ホールに虚しく響き渡った。


その瞬間、公爵邸に控えていたセバスや護衛兵たち、そして陰から様子を伺っていた使用人たちの視線が、一斉に「底辺のゴミを見るような蔑み」へと変わった。

ギルバート様の背後から立ち上る白銀の魔力は、もはや一国の軍隊をその場で消滅させるほどの絶対零度の嵐と化している。


だが、私はただ、お腹の底から湧き上がるような滑稽さに、深く、冷ややかなため息をついた。


「カイル殿下。お言葉ですが、提示された条件が、我が家の暖炉にくべる薪以下の価値しかありませんわ」


「な……何だと……!? 僕の第二妃という地位が、薪以下だと……!?」


カイル王子が、信じられないものを見たというように目を見開く。


「ええ、文字通りの意味ですわ。我が家の薪は、この凍てつくフロストヘイムの領民たちを暖め、笑顔にする素晴らしい価値を持っていますけれど、殿下の提示された『第二妃』などというものは、私の大切な時間と有能さを搾取するためだけの、一ゴールドの価値もない粗悪品ですのよ。


私が抜けた穴を、あの素晴らしいミリア様に埋めさせると高らかに宣言されたのは、他ならぬ貴方ではありませんか。ご自分の無能さが招いたツケを、今更私に支払わせようとしないでくださいな」


私は一歩前へ出て、カイル王子の目を、冷徹に見据えた。


「私が作成した王宮の帳簿は、私の独自の計算式で組まれたもの。それを無理に書き換えてロックを起こしたのは貴方たちの怠惰と犯罪の証明です。


裏金の偽装工作がストップしたのも、職場放棄された優秀な文官たちが我が領地に亡命してきたのも、すべては貴方たちがこれまでに積み重ねてきた『不誠実という名の損失』が、今になって適正に決済されただけに過ぎませんわ」


「レ、レティシア……お前、僕を見捨てるというのか……!? 僕が、次期国王たる僕が失脚すれば、この国は、王宮の財政は完全に崩壊するんだぞ!?」


カイル王子が床を掻きむしりながら、狂ったように叫ぶ。


「ええ、崩壊すればよろしいのではなくて? 価値ある者を切り捨て、無能な怠け者だけで構成された組織が破産するのは、市場の原理として当然の帰結ですわ。


ですがご安心なさい、この地、フロストヘイムは、我が旦那様であるギルバート様の圧倒的な軍事力と、私の適正な財政最適化によって、王都など遥かに凌駕する豊かな理想郷へと生まれ変わります。財政破綻寸前の泥舟など、こちらから一方的に契約解除(損切り)ですわ」


私はギルバート様の、剣のタコが固い大きな手を今一度優しく握り締め、彼に向かって最高の微笑みを浮かべた。


「ギルバート様。この見苦しい不良在庫たちの処分、セバスたちに任せて、私たちは暖かい執務室に戻りましょう? 粗悪品の泣き言を眺めている時間は、我が家の貴重な時間資産の無駄遣いですもの」


「――っ、ああ。お前の言う通りだ、レティシア。お前の美しい目を、これ以上不浄なもので汚したくはない」


ギルバート様の頭上のウィンドウには、前代未聞のサイズで【妻からの絶対的な信頼により幸福度が天元突破:過保護システムが黄金に覚醒しました】という文字が眩い光を放ち、周囲を包んでいた冷気が、まるで嘘のようにあたたかい常春の風へと変わった。


彼の強靭な腕が、私の腰をそっと、けれど誰にも渡さないという強い意思を込めて抱きすくめる。


「セバス。そのゴミどもを、今すぐ我が領地から叩き出せ。二度とヴォルフィード公爵家の敷地を跨がせるな。抗うようなら、その時は俺が直接、命ごと凍らせてやる」


「畏まりました、旦那様、奥様。不法侵入した不良在庫どもの廃棄処分、このセバスが責任を持って、迅速かつ苛烈に執行いたします」


セバスが完璧な一礼と共に、極上の冷徹な笑みを浮かべて、背後に控えていた重装の護衛兵たちに冷酷な合図を送る。


「レティシア! 待ってくれ! 戻ってくれぇぇ! 僕が悪かった! 予算を元に戻してくれぇぇ!」


喉を掻きむしるような惨めな悲鳴を上げながら、力ずくで城門の外の雪原へと引きずられていくカイル王子。

そして、絶望のあまり口から泡を吹いて卒倒した実父・グランディス伯爵の無様な姿を、私は一度も振り返ることなく見送った。


王都で私を無価値だと切り捨て、物笑いの種にしていた人間たちが、自らの無能さと傲慢さによって奈落の底へと破滅していく様をこの目で克明に見届け、私の心はどこまでもスカッと、白銀の空のように晴れ渡っていた。


「さあ、ギルバート様。フロストヘイムの輝かしい未来のために、有能な文官たちと共に、最高の帳簿の続きを始めましょうか」


「ああ、レティシア。俺のすべてを、この血の魔力も財産もすべてをかけて、お前を世界一幸せな妻にしてみせる」


バグだらけの愛の重い旦那様と、王都を損切りした有能追放令嬢の快進撃。

私たちの完璧なる終身契約は、崩壊していく王都の絶望を極上の燃料にして、どこまでも高く、美しく、あたたかに燃え上がっていくのだった。


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