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商業ギルドから速やかに没収――いいえ、適正に返還させた一万五千枚もの金貨は、フロストヘイムの冷え切った大地を温めるための完璧な原動力となった。
「――奥様、こちらが本日手配いたしました『不凍小麦』と高密度石炭の分配内訳でございます。領内の全七地区へ、本日中に馬車での輸送が完了いたします」
公爵邸の執務室。セバスが私の隣で、懃懃無礼ながらも極めて頼もしい手際で次の書類を差し出してきた。
前日まで山積していたはずのザル勘定の山は、私が昨日一日で全て整理し終えていた。前世の巨大な在庫管理システムと対峙していた頃の知識に比べれば、一つの領地の数字を適正化することなど、棚卸し作業のようなものだ。
「ありがとう、セバス。悪徳商人から回収した違約金があるのですもの、配給の手数料や馬車の御者たちへの報酬も、相場の二割増しで支払って差し上げてね。有能な労働力への投資は、将来的な領内の生産性を高める最も確実な手段ですわ」
「畏まりました。これほど見事な財政の立て直し、先代公爵様がご覧になれば、涙を流して奥様を称えたことでございましょう」
セバスが深く頭を垂れる。
私が手元の書類に淀みない速度で決済のサインを入れていくと、私のすぐ背後から、じわじわと部屋の気温を押し上げるような、あたたかい春の陽だまりのような熱気が溢れ出してきた。
振り返ると、そこに立つギルバート様が、まるで国家の至宝を目の前にしたかのような、深刻極まる真剣な顔で私を見つめていた。
その美しい深紅の瞳には私への圧倒的な熱量が宿っており、彼の頭上には本日も凄まじい速度でログが更新されるシステムウィンドウが展開されている。
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【思考ログ:限界突破(独占欲・最愛・過保護システム稼働)】
『レティシアが領民のために髪を振り乱して――いや、髪は一ミリも
乱れていない、完璧に美しいままだが、とにかく必死に考えて
くれている! 賢い、慈悲深い、やはり俺の妻は女神だったか。
領民たちがレティシアの配給で救われるのは良いことだが、
俺以外の奴らが彼女に感謝するのが少しだけ悔しい。俺の全財産を
使って、レティシアの像を領都の中央広場に建てるべきでは?』
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(広場に私の像を建てないでください、恥ずかしさで領地から逃げ出したくなりますわ。あと髪は乱れていませんのでご安心を)
「……レティシア」
ギルバート様が、地を這うような低い声で私の名前を呼んだ。
戦場なら敵が一瞬で命乞いをするような威圧感のあるボイスだが、中身がこれだと知っている私にとっては、ただの甘えん坊の大型犬の声にしか聞こえない。
「何でしょうか、ギルバート様」
「無理は……するな。お前が倒れたら、俺はこの領地のすべてを凍らせて、二度と誰も住めない白銀の墓標に変える。お前が健康で、俺の隣で笑っていること以上に価値のあるものなど、この世界には存在しない」
「ふふ、私はとても元気ですわ。美味しい朝食もいただきましたし、何よりギルバート様がこうして側にいてくださるのが、一番の励みになりますもの」
私が彼の逞しい腕にそっと手を触れると、ギルバート様の顔が耳の付け根まで一瞬で真っ赤に染まった。彼の頭上では『今レティシアが俺の腕に触れた! 励みになると言った! 死ぬのか俺は!?』と白銀の光が大爆発を起こしている。本当に忙しい純情公爵だ。
決済を終えた私は、領内の配給状況をこの目で確かめるため、ギルバート様と共に領都の広場へと馬車を走らせた。
馬車の外に広がるフロストヘイムの街並みは、昨日までの凍てついた静寂が嘘のように、活気に満ちあふれていた。
広場では、新しく届いた良質な石炭が次々と各家庭へと運び込まれ、冷え切っていた民家の煙突から、あたたかそうな灰色の煙が次々と立ち上っている。不凍小麦を受け取った領民たちが、嬉しそうに抱き合い、涙を流して喜んでいた。
私たちが馬車から降りると、一人の老人が私たちの元へと駆け寄り、その場に跪いた。
「おお、公爵閣下……! そして、新しい奥様……! 悪徳ギルド長の搾取を暴き、私たちにこんなにあたたかい冬と、十分な食事を届けてくださるなんて! 王都では奥様のことを『追放された無価値な令嬢』などと噂されていたそうですが、とんでもない! 奥様こそ、この凍てついた地に春を呼んでくださる、本物の『聖女様』でございます!」
「聖女様万歳!」「ヴォルフィード公爵家に光が差したぞ!」
老人の言葉に呼応するように、広場に集まっていた何百人もの領民たちが、一斉にこちらを向いて歓声を上げ、胸の前で感謝の祈りを捧げ始めた。
(……聖女、ですか。私はただ、無駄な中抜きを排除して、適正な資産の分配を行っただけなのですけれど)
内心で苦笑しながらも、領民という名のこの地の大切な構成員たちの支持率が、最高値まで跳ね上がったことに私は確かな満足感を覚えていた。この地はもう、私の大切なホームなのだから。
しかし、領民たちの「聖女様!」という熱狂的な歓声が響き渡ったその瞬間。
ピシピシピシッ……!!!
突如として、広場の地面が激しい音を立てて白く凍りつき始めた。
見れば、私の隣に立つギルバート様の背後から、物理的な冷気の嵐が巻き起こり、彼の深紅の瞳が、嫉妬と独占欲で完全に据わっている。
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【現在の感情ゲージ:想定可能域を超越(猛烈な独占欲の嵐)】
ログ:『領民どもがレティシアを聖女と呼んで崇めている……。
全員がレティシアを愛しそうな目で見てやがる……! 許さん、
レティシアは俺の妻だ、俺だけの最高級品だ! 誰にも見せない、
今すぐこの腕の中に閉じ込めて、一生屋敷から出さずに俺だけの
ものとして愛で続けたい……! レティシア、愛してる……!』
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(公爵様、領民相手に本気の嫉妬のオーラを放つのはやめてくださいな! 周りがみんな怯えてしまっていますわよ!)
ギルバート様は私の腰を強引に抱き寄せると、周囲の全員を威圧するように低い声で言い放った。
「――レティシアは俺の妻だ。貴様らにこれ以上の配給の感謝をされる筋合いはない。帰るぞ」
「あらあら……ふふ、分かりましたわ、私の可愛い旦那様」
私は彼の独占欲の塊のような重い愛を受け止めながら、怯える領民たちに「皆様、あたたかくしてお過ごしくださいね」と優しく微笑みかけ、赤面したままの旦那様に引かれて馬車へと戻った。
王都で私を捨てて今頃財政破綻の修羅場に陥っているカイル王子たちには、もう一ゴールドの価値も、思い出す時間も残されていない。
世界で一番不器用で、世界で一番愛の重いこの旦那様と共に、私はこのフロストヘイムの地を、どこまでも豊かに変えてみせる。私たちの終身契約の未来は、まだ始まったばかりなのだから。




