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「レティシア、今すぐ王都へ戻れ! これはグランディス伯爵家、ひいてはカイル殿下からの絶対の命令である。お前が夜会で身勝手な振る舞いをしたせいで、王宮の予算管理が完全に麻痺しているのだ。己の無価値さを自覚し、早く戻ってカイル殿下とミリアに這いつくばって謝罪せよ――」
豪奢な銀のトレイに載せられて届けられた実家からの親書を、私はひと目で読むのをやめた。
朝の光が差し込む公爵邸のダイニング。
目の前には、サクサクとした心地よい音を立てる焼きたてのクロワッサンと、湯気を立てる濃厚なクラムチャウダー、そして最高品質のジビエを用いたローストフレンチが並んでいる。
そんな至高の朝食の席に届いたのは、我が実家であるグランディス伯爵の、あまりにも「費用対効果が悪すぎる」脅迫状だった。
(……はぁ。やっぱりあの不良在庫ども、私がどれだけワンオペで王宮の予算編成を回していたか、本当に一ミリも理解していなかったのね。適正な資産管理もできない無能がトップに立つと、組織はたった三日で財政破綻に陥るという教科書通りの展開だわ)
私が手紙をそっとテーブルに置くと、その瞬間、ダイニングの気温が急速に氷点下へと急降下し始めた。
パキパキパキ、と音を立てて、私のティーカップの周りがみるみるうちに薄い氷で囲まれていく。
視線を上げると、テーブルの対面に座るギルバート様が、まるで国家転覆の首謀者をこれから八つ裂きにするかのような、恐ろしい般若のような顔で手紙を睨みつけていた。
その深紅の瞳には一切の光がなく、放たれる殺気だけで窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げている。普通の令嬢ならショックで卒倒するレベルの恐怖空間だ。
だが、私の「真実の眼」を開放した瞬間、彼の頭上には本日も期待を裏切らない「大炎上ウィンドウ」が爆発していた。
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【思考ログ:クリティカルヒット(激怒・過保護・バグ発生)】
『カイル・アークライトォォォ!! グランディス伯爵ゥゥ!!
我が至高の天使であるレティシアにこのような無礼な紙切れを
送りつけるなど万死! 万死では足りん! 今すぐヴォルフィード
全軍を動員して王都を包囲し、カイルの頭をフロストヘイムの
凍土に埋めて永久凍結のオブジェにしてやる!!!』
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(埋めないで! 国の王子をジャガイモみたいに畑に植えるのはやめて!)
さらにその下には、ヴォルフィード家の男に伝わるという恐るべき仕様が、システムによって完全開示されていた。
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【ヴォルフィード家限定パッシブ:過保護遺伝子の呪い】
状態:アクティブ(レティシアの存在によりレベルMAX)
効果:惚れた女に対する全肯定・過保護・全自動甘やかし機能が
理性を凌駕。障害となる存在はすべて物理的に排除する。
※注意:現在、旦那様の脳内サーバーの8割が『レティシアを
甘やかす手順』で占拠されています。
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(……本当にあったわ、過保護遺伝子の呪い。呪いっていうか、ただの極端すぎる愛のバグじゃないのこれ!)
「……レティシア」
ギルバート様が、地獄の底から響くような低い声で私の名前を呼んだ。
顔は完全に暗殺者のそれである。
「その……ゴミを、俺に渡せ。今すぐ俺の魔力で分子レベルまで分解し、王都の方向へ向けて塵として吹き飛ばしてやる」
「いいえ、ギルバート様。そこまでしていただく必要はありませんわ」
私はクスリと微笑むと、伯爵からの手紙を両手で品定めするように眺めた。
「この手紙、上質な羊皮紙が使われていますの。フロストヘイムの寒い冬、暖炉の火を熾すための『薪の代わり』にすれば、少しは我が家の無駄な出費を削減できますでしょう?」
「――っ」
私のあまりにも冷徹かつ合理的な「ゴミの再利用」提案に、ギルバート様が大きく息を呑んだ。
その瞬間、彼の頭上のウィンドウがまばゆい黄金の光を放って大回転を始める。
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ログ:『薪の代わり……! 実父からの脅迫状を暖炉の燃料に
するレティシアの圧倒的な賢さと容赦のなさ、あまりにも尊い!
維持費だと!? 俺の総資産は国家予算の三倍はあるから
レティシアが一生遊んで暮らしても一ミリも減らないが、俺と
「我が家」の財政を心配してくれるその健気さに全細胞が
涙している! 好きだ! 今すぐ結婚式を挙げよう!!』
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(国家予算の三倍!? この物件、インフラ資産がバグみたいな優良物件だったわ……! バイヤーとして最高の買い物をしたと改めて確信したわね)
ブワッ、とダイニングの冷気が一瞬で消え去り、代わりにギルバート様の身体から心地よい南国のような熱気が溢れ出す。
彼はガタッと椅子を蹴立てて立ち上がると、長い足で私の隣へと瞬時に移動し、私の前にあったスープスプーンをその大きな手でそっと握りしめた。
「ギ、ギルバート様?」
「レティシア、お前は指一本動かすな。長旅の疲れが残っているのだろう。……俺が、食べさせる」
「はい?」
ギルバート様は世界を救う高潔な任務に就く騎士のような真剣な顔で、クラムチャウダーをスプーンで掬い、フーフーと息を吹きかけ始めた。
あの世間を恐怖させる「氷公爵」が、朝食の席で新妻にスープを口移しならぬ手移しで「あーん」をしようとしている。
【ステータス:過保護システムが暴走中。妻に食事を供給せよ】
(中身の重さが物理的な行動となって出力され始めたわよ!?)
「あ、あの、ギルバート様、私は元気ですので自分で食べられますわ」
「ダメだ。お前はグランディス伯爵家で不当な扱いを受け、栄養が偏っている。俺の義務は、お前をこの世の誰よりも幸せな妻にすることだ。さあ、口を開けてくれ。……少しでも口に合わなければ、俺の領地で一番肥育の上手い牧場を今すぐ公爵家の直轄にして、最高品質の肉を毎朝届けさせよう」
(公爵としての権力を使ったバグった過保護はやめて!)
「いいえ、嫌なわけがありませんわ。……お言葉に甘えさせていただきますね」
私はそっと口を開き、彼の差し出したスープをいただいた。
濃厚なアサリの旨味と、極上の生クリームのコクが口いっぱいに広がる。何より、彼の「重すぎる愛」という最高のスパイスが効いていて、胸の奥まで温まるような味がした。
「美味しいです、ギルバート様」
私が微笑むと、ギルバート様は「――っ!」と顔を真っ赤にして胸を押さえ、その場に崩れ落ちそうになった。
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【現在の感情ゲージ:天元突破(宇宙開闢)】
ログ:『美味いと言ってくれた俺のフーフーしたスープを
レティシアが可愛いお口で食べてくれたこれはもう実質的に
初夜を迎えたと言っても過言ではない(過言です)天使だ
俺は今日からレティシアの給仕係として就職する』
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(就職しないで。貴方は領地を治める公爵でしょうが!)
後ろに控えていたセバスとマーサが、慣れた手つきで「若、お背中が曲がっております」「早く次のローストをお皿へ」と、懃懃無礼ながらも完璧なサポートで旦那様を椅子に戻している。使用人一同の頭上には『今日の若夫婦も大変結構な糖度です』『王都の馬鹿王子からの手紙が良い着火剤になりましたな』という満点レビューが並んでいた。
こうして、フロストヘイムでの朝食が最高に甘く、そして騒がしく進む一方で。
王都の王宮の一室は、文字通り「破産寸前の修羅場」と化していた。
「――どういうことだッ!? なぜこれだけの書類があって、来月の騎士団の遠征予算が承認されない! 計算が合わないぞ!」
ドガァン!と、豪華な執室机を叩いたのは、カイル・アークライト王子だった。
彼の金髪は数日前のみすぼらしい自慢の輝きを失い、目の下にはひどいクマが張り付いている。
もし今の私が彼の頭上を覗いたなら、あの夜会で★1.2だった粗悪品は、さらに値崩れを起こして破産寸前のジャンク品になっていることだろう。
「カ、カイル様ぁ……。ミリア、新しいドレスが欲しいのに、なぜお財布からお金が出ないのですわぁ? グランディス伯爵家のお父様も、なんだか毎日頭を抱えていて、ミリアにお小遣いをくれないのです……」
隣で桃色の髪を揺らしながら、おねだりをするミリア。
だが、今のカイルには、その声がただの「不快なノイズ」にしか聞こえなかった。
「黙れミリア! お前が『お姉様の予算書なんて、あたしがちょっと見れば数分で代わりに処理できる』と言ったから、僕はレティシアを追放したんだぞ! この数日、お前が承認した書類のせいで、王宮の全部署から『二重支払いが発生している』と苦情の嵐だ!」
「そんなっ! ミリアは悪くありませんわ! お姉様が、嫌がらせで難しい数字ばかりを使っていたのが悪いですのよ!」
「ええい、うるさい! グランディス伯爵! 手紙はどうした! レティシアはいつ戻るのだ!」
部屋の隅で、顔を青白くさせたグランディス伯爵がカタカタと震えながら頭を下げた。
「は、はい……! すでに『戻らねば伯爵家から籍を抜く』と強い脅迫状を送ってあります! あ奴は実家への帰属意識が強い娘ですから、今頃は泣きながら王都へ向かう馬車に乗っているはずでございます……!」
「早くしろ! あいつが戻ったら、今までの無礼を全て帳消しにして、王宮の地下室に監禁して死ぬまで予算書を書かせてやる……!」
★0.8まで暴落した無能どもが、自分たちの犯した「最大の損失」の重大さにようやく気づき、阿鼻叫喚の悲鳴を上げている。
だが、彼らはまだ知らなかった。
彼らが送ったその「脅迫状」が、今頃フロストヘイムの公爵邸の暖炉の中で、上質な炭となって、レティシアとギルバート様の部屋を暖めるための最高の「燃料」として消費されているということを。
「――レティシア、ローストの焼き加減は大丈夫か? 少しでも硬ければ、俺が責任を持って焼き直させる。……お前のために、何でも言え」
「ふふ、とっても美味しいですわ、ギルバート様。私の隣で、一緒に食べてくださいな」
「っ、あ、ああ……!」
王都の不良在庫どもがどれだけ叫ぼうとも、こちらの最高級物件(旦那様)は、すでに私の手によって「完全な独占契約」が成立している。
今更返品も、契約解除も、絶対に受け付けるつもりはありませんわ。
王都が自爆するのを放置しつつ、私はこの最高級物件をさらに輝かせるため、さっそく今日から公爵領の『帳簿の最適化(内政無双)』に着手することにしたのだった。




