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婚約破棄されたら実態評価★1.2の公爵に拾われました ~検索履歴、全部わたしで埋まってます~  作者: じょな


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4

ヴォルフィード公爵邸の主寝室は、お世辞抜きで王宮のそれよりも豪華で、そして何より狂気的なまでに私のための『最適化』が行われていた。


「こちらが旦那様と奥様の寝所でございます。……なお、お召し物や調度品、寝具に至るまで、全て王都から若の『念』が送られてくるたびに我々が秒単位で手配した最高級品でございます。どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」


セバスはそう言って、一切の無駄のない洗練された動作で深く一礼し、音もなく部屋の扉を閉めた。


パタン、という静かな閉扉の音が、妙に広く高い天井に響く。

部屋に残されたのは、私と、相変わらず玄関ホールでの「黄金のビッグバン」から完全なフリーズ状態を引きずっているギルバート様の二人だけだった。


(……それにしても、すごい部屋ね)


改めて室内を見渡す。

部屋の中央に鎮座するのは、大人四人が大の字になって寝てもまだ余りあるほどの巨大なキングサイズベッド。シーツは極上のシルクで仕立てられており、指先で触れるだけで滑り落ちそうなほどの滑らかさだ。

壁際に並ぶクローゼットを開ければ、私の寸法をどうやって調べたのか、初夏用の薄手のドレスから、肌触りの良い最高品質のナイトウェアまで、まるで見本市のようにギッシリと格納されている。


(心の声:素晴らしいわ。減価償却どころか、初期投資の段階で私のグランディス伯爵家での十数年分の生涯コストを遥かに上回っている。この物件、本当に福利厚生が手厚すぎるわね)


私が内心で敏腕バイヤーさながらの資産価値評価を下していると、背後からピシッ……と、嫌な硬質の音が聞こえた。


振り返ると、ギルバート様が部屋の隅にあるドレッサーの前に直立不動で突っ立っていた。

その足元から、大理石の床を伝ってパキパキと白い霜が這い出している。彼の放つ圧倒的な魔力と冷気が、部屋の隅にある高級な花瓶の冬薔薇を一瞬でガラス細工のように凍りつかせていく。


「……ギルバート様? 少し、お部屋の温度が氷点下に突入しそうですが」


私が苦笑しながら声をかけると、ギルバート様の肩がびくりと跳ねた。

彼がぎぎぎ……と、油の切れた人形のようなぎこちなさでこちらを振り向く。その血のように深い深紅の瞳は、私を睨みつけているようにも見えるし、あるいは今すぐ国家反逆罪の容疑者を処刑場へ連行するような冷徹さに満ちていた。


だが、私の「真実の眼」を解放した瞬間、彼の頭上にはもはや視覚的暴力としか言いようのないウィンドウが展開されていた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【直近の検索履歴(思考ログ)】

・初夜 手順 痛くさせない方法

・妻 可愛すぎる 触れたら壊れる 対策

・理性の保ち方 国家規模の精神鍛錬

・俺の心臓の音 うるさい レティシアに聞こえる 止める方法

・ベッド 真ん中 境界線 引くべきか

・同じ部屋 息の吸い方 忘れた

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(息の吸い方を忘れる辺境伯公爵って何なのよ。あと心臓を止めたら死んじゃうからダメです)


画面の端には、相変わらず真っ赤な文字で【エラーコード:理性の限界値突破】という警告が点滅している。

なるほど、彼が部屋の隅で凍りついているのは、私と同じ部屋になった緊張と、溢れ出そうになる情動を必死に抑え込もうとした結果、魔力が「冷気」として周囲を物理的にフリーズさせてしまっているのだ。


「レ、レティシア」


ギルバート様が、喉の奥から絞り出すような低い声で私の名前を呼んだ。

その声はいつも通り地を這うように冷たい。


「……何でしょうか、ギルバート様」


「俺は……その。決して、お前に無体な真似をするつもりはない。お前が嫌がることは、爪の先ほども……しない。だから、そのベッドはすべてお前が使え。俺は、そこで寝る」


彼が指差したのは、部屋の隅にある布張りの小さな長椅子カウチだった。

成人男性が足を伸ばして寝るには明らかに窮屈で、背骨を痛めそうなサイズだ。国の英雄である公爵が、自分の寝室でそんな惨めな寝方をするなんて、コスパ的にも見た目的にも絶対に許されない。


私はすっと息を整えると、ドレッサーの前まで歩み寄った。

私が一歩近づくたび、ギルバート様の頭上のウィンドウが『近い近い近い近い近すぎる』と激しく点滅し、周囲の冷気がより一層鋭さを増す。吸い込む空気が肺の腑をピリピリと刺激するほど寒い。


けれど、私は躊躇わずに、彼の大きな両手を自分の手で包み込んだ。


「――っ」


ギルバート様が大きく息を呑む。

ドレス越しでも分かるほど、彼の強靭な身体がカタカタと震えていた。手袋を外した彼の肌は最初は氷のように冷たかったけれど、私の体温が伝わった瞬間、ブワッと驚くほどの熱が宿り始めるのが分かった。


床に広がっていた霜が、みるみるうちに溶けて水滴へと変わっていく。


【ステータス:感情暴走(冷気)⇒ 妻 of 接触により強制ミュート】


「ギルバート様、私は先ほども申し上げました通り、旦那様を長椅子で寝かせるような薄情な妻になるつもりはありませんわ。それに……」


私は彼の深紅の瞳をじっと見つめ、あえて少しだけ首を傾げて見せた。


「そんなに離れた場所にいられたら、私、寒くて眠れませんわ」


「な……っ」


ギルバート様の顔が、一瞬で耳の付け根まで爆発するように真っ赤に染まった。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【現在の感情ゲージ:上限値を計測不能(臨界点突破)】

ログ:『寒くて眠れない寒くて眠れない寒くて眠れない寒くて

眠れない俺を湯たんぽ代わりにしろということか喜んで一生

抱きしめて温めるが俺の体温が高すぎてレティシアが発火したら

どうする火傷させたら死ぬ死ぬのは俺だレティシア愛してる』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(私が発火するわけないでしょう。相変わらず脳内ログの出力が過剰だわ)


「わ、分かった……。ならば、ベッドの端と端で寝よう。俺は絶対に、お前の領域には踏み込まない」


ギルバート様は悲壮な決意を秘めた目でそう言うと、まるで戦場に赴く戦士のような重々しい足取りでベッドへと向かった。

彼がシルクのシーツの上に腰を下ろす。極力私から距離を置こうと、本当にベッドのフレームのギリギリの端っこに腰掛けているため、今にも床に落ちそうだ。


私はその滑稽で愛おしい姿を見送りながら、クローゼットから取り出した上品な長袖のナイトウェアに着替えるため、着替え用の仕切り(スクリーン)の裏へと回った。


ドレスの紐を解き、滑らかな絹のナイトウェアに袖を通す。衣類が擦れ合う微かな音が、静まり返った寝室に妙に大きく響いた。

その瞬間、スクリーンの向こう側から、パキパキパキッ!!!と、本日一番の激しい氷結音が聞こえてきた。


「ギルバート様!?」


慌ててスクリーンの裏から顔を出すと、ベッドの周辺が完全な冬景色に逆戻りしていた。

ギルバート様はベッドの端で頭を抱え、耳まで真っ赤にしたまま、石像のように硬直している。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

ログ:『着替える音がする着替える音がする衣類の摩擦音が

俺の鼓膜を直撃している想像するな俺の脳細胞想像したら理性が

粉砕されてレティシアを今すぐベッドの真ん中に引きずり込んで

一生部屋から出さずに愛で続ける化け物になってしまう耐えろ』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


(耳が良すぎるのも考えものね! あと、想像の中身が地味に独占欲の塊で物騒だわ!)


私は着替えを終えると、苦笑しながらベッドへと近づいた。

彼がそこまで私を意識し、大切に扱おうとしてくれているのは十分に伝わってくる。けれど、このままではお互いに緊張と寒さで一睡もできないまま朝を迎えてしまう。それは非常に効率が悪い。


「ギルバート様、失礼しますね」


私はベッドに上がり、彼の隣――といっても、彼が端に寄りすぎているので、少し広めの距離を空けた場所に腰を下ろした。

ふかふかのマットレスが沈み込み、ギルバート様の身体がびくっと強張る。


「レ、レティシア……近い。俺は、その……」


「ギルバート様、お話ししましょう」


私は枕を背中に当てて足を崩し、彼の方を向いた。


「お話し……だと?」


「ええ。私たちは今日、夫婦になったのですもの。お互いのことをまだ何も知りませんわ。世間の噂の『氷の処刑人』が、こんなに優しくて純情な方だなんて、私は王宮にいた頃は知りませんでしたし」


私の言葉に、ギルバート様はゆっくりと頭を抱えていた手を下ろし、戸惑うように深紅の瞳を私に向けた。

頭上のウィンドウには、カタカナのシステム用語が消え、短く切実な単語の羅列が静かに浮かび上がっていた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

ログ:『俺は……優しくなどない。人を多く殺してきた。

冷酷で、不気味で、誰も俺の側には近寄ろうとしなかった。

お前も、本当は俺が怖いのではないか?』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


そのログを見た瞬間、私の胸の奥が少しだけズキリと痛んだ。

彼は幼い頃からその強すぎる魔力のせいで周囲を凍らせてしまい、人々から「化け物」と恐れられ、孤独の中に突き落とされてきたのだ。その結果、自分の殻に閉じこもり、「触れるな」と威圧することでしか自分を守れなくなってしまった。世間の噂での最低評価を、彼自身が誰よりも信じ込んで傷ついている。


カイル王子のように、無能なくせに虚飾で自分をよく見せかける人間とは正反対だ。

ギルバート様は、誰よりも強くて優しいのに、自分を最低の粗悪品だと思い込んでいる。


「怖くありませんわ」


私はそっと微笑み、今度は彼の手ではなく、その逞しい腕に自分の手を絡めた。

ギルバート様が息を詰まらせる。彼の腕から伝わってくる熱は、やっぱり周囲を凍らせる冷気とは真逆の、あたたかい生き物の熱だった。


「世界中のどんな人間が貴方を『冷酷な化け物』だと低く評価しようとも、私の眼には、貴方がどれほど純粋で、どれほど私を大切に思ってくれているかが全て見えています。だから、ご自分を粗悪品だなんて思わないでください。私にとって、貴方は世界で一番の『最高級品』ですわ」


「レティシア……」


ギルバート様の目から、一滴の涙がハラリとこぼれ落ちた。

それは床に落ちる前に凍りつくこともなく、ただ彼の美しい頬を濡らした。


彼の頭上のウィンドウが、今度は静かに、けれど圧倒的に純粋な白銀の光を放ち始めた。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

【ステータス:人間不信 ⇒ 完全解除】

適合率:測定不能(最愛)

本音:『この命のすべてをかけて、お前を幸せにする。

お前が俺の光だ。レティシア、愛している』

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


「……俺も、お前を離さない。一生、俺の側にいてくれ」


ギルバート様は掠れた声でそう言うと、今度は怯えることなく、その強靭な腕で私を優しく、けれど絶対に離さないという強い力で抱きしめてくれた。

彼の胸に顔を埋めると、トクトクトクと、狂ったような速さで刻まれる彼の心臓の鼓動が、ダイレクトに私の耳に伝わってくる。


(……うん、本当に重くて、あったかいわね)


私たちはそのまま、ベッドの真ん中で寄り添うようにして横になった。

結局、彼が純情すぎてそれ以上の「手順」に進むことはなかったけれど、冷気の消え去った暖かい主寝室の中で、私はこれまでにないほどの深い安心感に包まれて目を閉じた。


翌朝。


さわやかな初夏の朝日が窓から差し込み、私がゆっくりと目を覚ました。

隣を見れば、ギルバート様はすでに起きていて、私の髪を愛おしそうに撫でながら、頭上で『朝のレティシア天使尊い』と寝起き早々大騒ぎしている。微笑ましいことこの上ないが、部屋の外から微かに聞こえるセバスとマーサの話し声が私の耳に飛び込んできた瞬間、私の意識は完全に覚醒した。


「……セバス、昨夜の旦那様の魔力出力の記録ですが……」

「ええ、深夜二時頃に一時的に『宇宙誕生』の熱量を検知いたしましたが、その後は極めて安定した温暖な気候が維持されていた模様です。若の理性が崩壊しなかったのは奇跡ですが……しかし、ヴォルフィード家の男に伝わる『過保護遺伝子の呪い』の件を考えると、あまり刺激しすぎるのも……」

「そうですね。惚れた女に対して過保護がすぎて全員が文字通りバグを起こして破滅するという血の呪い……。奥様にはまだ、お話しするべきではないでしょう。……おや、それは王都からの早馬ですか?」

「左様でございます。何でも、奥様を捨てたカイル殿下が、奥様の作成した予算管理書がないと国庫の計算が全く合わないと大騒ぎし、グランディス伯爵家へ『今すぐレティシアを連れ戻せ』と怒髪天で怒鳴り込んできたとか」

「あらあら、今更そんなことを言っても遅いですのにねぇ」


(……ちょっと待って)


使用人たちの不穏かつ最高にスカッとするヒソヒソ話を耳にした瞬間、私はベッドの上でパッと身を起こした。


ヴォルフィード家の男は惚れた女に対して全員バグるという血の呪いって何!?

それと同時に、王都のあの不良在庫(元婚約者)どもが、早くも私の不在による『実害』に直面して自爆を始めているじゃないの。


「どうした、レティシア。……どこか痛むか? やはり俺と同じベッドだったのが負担に――」


世界を滅ぼしそうな深刻な顔で心配してくる旦那様を見上げながら、私は新たなトラブル(と、極上のざまぁの配当金)の予感に、バイヤーとしての血が激しく騒ぐのを確かに感じていた。

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