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王都の不良在庫たちが完全に損切りされ、鉱山監獄と強制労働施設へと送られてから、ひと月の時が流れていた。
季節は完全に巡り、かつては極寒の吹雪が吹き荒れていたフロストヘイムの領地にも、信じられないほどのあたたかな陽光が降り注いでいる。
領主館の広大な庭園には、雪解けの水を含んだ柔らかな土から、白や薄紫の可憐な冬越しの花々が一斉に顔を覗かせていた。
しかし、この地がこれほど急速に春の温もりを迎えたのは、単なる季節の移り変わりのせいだけではない。
領主館の一階にある、庭園に面した開放的なテラス席。
そこに並べられた白磁のティーテーブルの前に、我が旦那様であるギルバート様は、大きな体躯を折り曲げるようにして私の隣の椅子に腰掛けていた。
「レティシア、今日の分の財務監査はもう終わりにしてはどうだ。お前がこの一ヶ月、王都の残党の引き継ぎ処理と領内の新規交易路の開拓で、一日も休んでいないのが俺は気が気でないのだ。頼むから、俺にこれ以上、自分の無力さを呪わせないでくれ」
国の最高戦力であり、かつては戦場の敵をその一瞥で絶望の氷底へと沈めてきた最強の武官。
その気高き白銀の髪が春の柔らかな風に揺れる中、彼は漆黒の軍服の上着を椅子にかけ、私の冷えやすい指先を両手で包み込むようにして温めてくれていた。
彼の大きな手のひらは驚くほど熱く、指先に触れるだけで、彼の内面にある情熱がそのまま伝わってくるようだった。
その深紅の瞳には、私を片時も離さずに愛で続けたいという、限界を超えた過保護な熱量がゆらゆらと炎のように揺らめいている。
私の網膜の奥だけに展開されるシステムウィンドウは、春になっても衰えるどころか、さらなる大暴走のログを高速で明滅させていた。
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【現在の感情ゲージ:限界値を計測不能(最愛の過負荷)】
ログ:『レティシアの肌が白い。春の光に透けてしまいそうだ。
外から不届きな視線が迷い込まないよう、今すぐこのテラスを
目に見えない白銀の結界で覆い尽くすべきではないか。
彼女が王都の残務処理ばかりに気を取られているせいで、
俺との時間が一日あたり二時間も削られている。万死。
いっそのこと、この領地の周囲に巨大な氷の城壁を再構築し、
王都からの使者も商人どもも一切立ち入れないようにして、
俺の魔力熱だけで満たした部屋の中で、一生二人きりで
蜜月を過ごすべきではないか。ああ、レティシア、愛している』
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彼が私への情動を高めすぎた結果、先代公爵の代まで周囲を凍らせていたはずの冷気は、完全に適正な熱へと変換されていた。
その証拠に、私たちの座るテラスの周囲だけは、まるで南国のリゾート地のようにぽかぽかと暖かく、庭園の花々も彼の愛の熱量に当てられて、ここだけ季節を先取りしたように満開に咲き誇っている。
私は手元に広げていた、王都の新しい財務臨時政府から届いた感謝状の羊皮紙をそっと机に置いた。
そして、私の手を包み込んでいる彼の大きな手のひらに、きゅっと力を込めて握り返す。
「まあ、ギルバート様。また頭上ですぐに領地を鎖国しようとなさる。王都からの新しい交易路を開かなければ、せっかく亡命してきてくれた有能な文官たちの仕事がなくなってしまいますわ」
「……頭上? いや、俺は何も言っていないが。だが、お前が他の男たちを『有能』と呼ぶたびに、俺のこのヴォルフィードの血が、嫉妬でどうに高まりそうになるのは事実だ。レティシア、お前は俺の妻だろう。俺だけの最高級の存在のはずだ。なぜ、世界でお前一人だけが、俺のこの重すぎる執着を前にして、そんなに平然としていられるのだ」
ギルバート様は、まるで甘える仔犬のように、その美しい銀髪の頭を私の肩口へと深く埋めてきた。
大きな背中を丸め、私の腰を細い腕で折れんばかりに抱きすくめてくるその姿からは、周囲の人間が恐れる冷酷さなど一ミリも感じられない。
これほど格好良くて強い辺境伯公爵が、私の存在ひとつでここまで不器用に、切実にかき乱されている。
その表裏のない至高の純情さが、私にはたまらなく愛おしかった。
「怖がる理由など、どこにありますの? 貴方のその重すぎる愛という名の不器用な性質、私が責任を持って、すべて一番美しい形で運用して差し上げると、初夜の夜に誓いましたわ。貴方が私を愛して魔力の熱を放ってくださるからこそ、フロストヘイムの凍てつく大地は肥沃な春を迎えられたのです。貴方は化け物でも呪われた存在でもなく、この領地を、そして私を世界一幸せにする最高の旦那様ですわ」
私が微笑み、彼の額に自身の額をそっと重ね合わせると、彼の頭上のウィンドウは激しく点滅した。
【最愛の肯定を検知:幸福度が天元突破し、呪いの残滓が完全消滅しました】
「――っ、ああ……。お前になら、俺のすべてを、この血の暴走ごと捧げよう。お前の言う通り、この力も資産も、すべてお前のために運用させてくれ」
ギルバート様は息を詰め、呆然と私を見つめた後、ふっと、これまでで一番穏やかな、本物の最強の男としての格好良い笑みをこぼした。
彼は私の手を取り、その甲に、何度目になるか分からない深い誓いのキスを落とした。
その瞬間、私たちの間に極上の安心感と、甘やかな熱気が満ちていった。
――視点を少し引き、テラスから数歩離れた、領主館の廊下の影へとカメラを移動させる。
そこでは、セバスがいつものように完璧な姿勢で、手にした銀トレイを胸の前に保持したまま、二人の様子を静かに見守っていた。
その隣には、ここ一ヶ月で劇的に顔色が良くなった亡命文官のリーダー、エドガーが数枚の新しい決算書を抱えて控えている。
「セバス殿……。あ、あの、旦那様のあの表情は、本当にあの『氷の処刑人』と恐れられた辺境伯公爵閣下なのでしょうか。王都にいた頃の噂では、一瞥されただけで全身の血液が凍りつき、三日三晩高熱にうなされると聞いていたのですが」
エドガーは声を潜め、信じられないものを見るような目で、レティシアの肩に頭を埋めているギルバートを見つめていた。
「おや、エドガー殿。あれこそが、我がヴォルフィード公爵家の真の主の姿ですよ」
セバスは至高の笑みを浮かべ、細い指先で自身の眼鏡のブリッジを軽く押し上げた。その瞳には、深い慈しみと、どこか愉快そうな光が宿っている。
「先代の公爵様も、お袋様を愛しすぎるあまりに領地を大寒波に陥れましたが、今の旦那様は、レティシア奥様という完璧な制御装置を得た。奥様がその卓越した頭脳で旦那様の性質を肯定し、すべての魔力を領内の暖房や産業の動力へと適正に運用されているからこそ、このフロストヘイムは今、歴史上最もあたたかく、豊かな春を迎えているのです。あれは呪いの暴走ではなく、極上の愛の純利益なのですわ」
「愛の、純利益……。確かに、奥様が作られた新しい税制と財政計画のおかげで、私たちの給与も王宮時代の三倍になりました。あのお二人の前では、王都の古い常識など何の意味も持たないのですね」
エドガーは深く感じ入ったように、抱えた書類をきゅっと抱きしめた。
彼の頭上には、レティシアへの深い尊敬と、この領地への絶対的な忠誠を示すステータスが、青く鮮やかに発光していた。
「さあ、エドガー殿。お二人の甘やかな時間は十分に堪能いたしました。そろそろ、王都からの最終的な報せを届けに参りましょうか」
セバスは衣服の皺を一つ伸ばすと、静かに、しかし確かな足取りでテラスへと歩み進めた。
――再びカメラは、テラスのレティシアとギルバートの元へと戻る。
セバスが音もなく姿を現すと、ギルバート様は瞬時にその銀髪の頭を上げ、冷徹な公爵としての鉄面皮を完璧に再構築した。
しかし、その耳の付け根がまだ真っ赤なままであるのを、私は見逃さなかった。
「旦那様、奥様。王都の新しい財務臨時政府より、最終的な国家財政の正常化報告と、我がヴォルフィード公爵家への永久免税特権の承認書が届きました」
セバスは恭しく、金縁の豪華な書簡をティーテーブルの上に差し出してきた。
それを受け取り、一瞥した私は、ふっと冷ややかで、しかしどこまでも満足のいく笑みを浮かべた。
書簡によれば、カイル王子たちの失脚後、王都の臨時政府は私が残した仕様の帳簿をベースに、亡命せずに残っていた文官たちが必死に国家予算を組み直したらしい。
その結果、長年のグランディス伯爵家による横領金もすべて国庫に回収され、王都の財政は奇跡的に一命を取り留めた。
しかし、そのすべての基盤を作ったのが私であるため、新しい政府はヴォルフィード公爵家に対して、国家最高の敬意と、決して逆らわないという誓いを立ててきたのだ。
「あらあら、随分と賢明な判断を下せるようになったことですこと。私の価値を認めず、無価値な粗悪品として放り出したカイル殿下たちは、今頃鉱山の底で、自分たちの犯した損失の大きさを身に染みて支払っているのでしょうね」
「当然だ。あの者たちには、もう二度とお前の名前を呼ぶことすら許されない。もしお前の前に再び現れるようなことがあれば、その時はこの俺が、彼らの存在そのものを世界の歴史から完全に消去してやる」
ギルバート様が、私の腰を強く抱き直しながら冷然と告げる。その声には、一切の容赦のない、最強の武官としての絶対的な威風が満ちていた。
しかし、彼の頭上のウィンドウには【レティシアが俺の隣で幸せそうに笑っている。この笑顔を守るためなら、俺は世界の半分を凍らせても構わない】という過保護極まる本音が躍っている。
私を物置小屋に閉じ込め、夜会で物笑いの種にしていた人間たちは、これで完全にこの世界から切り離された。
彼らにはもう、後悔する時間すら残されていない。
残されたのは、自らの犯した罪の損失を、一生をかけて肉体で支払い続けるという、この上なく適正な決済だけだ。
「さあ、ギルバート様。王都のゴミ掃除も、国家の財政再建もすべて適正に決済されましたわ。私たちは本日も、このあたたかなフロストヘイムの地を、世界で最も豊かな理想郷にするための次なる計画を始めましょうか」
「ああ、レティシア。お前の望むままに、俺のすべてを好きに使ってくれ。俺は一生、お前だけの従順な騎士であり、お前を世界一甘やかす夫だ」
私は彼の広い胸にそっと身体を預け、春の光に満ちた庭園を見渡した。
バグだらけの愛の重い旦那様と、王都を完全損切りした有能追放令嬢の、終わりのない幸福の最適化。
私たちの結んだ完璧なる終身契約の帳簿には、これから先も、どこまでも豊かで、あたたかい愛の純利益だけが、永遠に刻まれ続けていくのだった。




