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婚約破棄された社畜令嬢、追放先の村でのんびり善行通販していたら、人狼の最強執事に溺愛されて捨てた国は自滅しました  作者: 月神世一


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EP 7

機転の医療と、月兎姫の過労死フラグ粉砕

タローマンの魔導セメントで村のメインストリートが舗装されてから数日後。

季節の変わり目の冷え込みと共に、ポポロ村に厄介な影が落ちた。国境地帯特有の風土病「沼熱ぬまねつ」の流行である。

「うぅ……苦しいよぉ……」

村の集会所に急遽設けられた病棟で、子供たちや老人たちが高い熱を出して苦しそうに唸っていた。先日、私がルナキン朝定食を振る舞った男の子も、顔を真っ赤にして横たわっている。

十分な栄養を摂り始めたとはいえ、長年の貧困で弱っていた彼らの免疫力は、まだ完全には回復していなかったのだ。

「大丈夫、すぐに治してあげるからね!」

ベッドからベッドへと駆け回り、両手から淡い月の魔力を放ち続けているのは、村長のキャルルだった。

月兎族の治癒魔法は絶大な効果を誇る。しかし、それには大きな代償があった。

満月の夜であれば無限に等しい魔力でノーリスクの全回復が行えるが、月が欠けている現在、他者の重い病を治すには「術者自身の生命力(HP)」を直接削って分け与えるしかないのだ。

「キャルル様、これ以上の連続治癒は危険です。貴女の体が持ちません」

包帯の交換や水桶の入れ替えを完璧な手際でこなしていたリバロンが、険しい顔で忠告する。

「平気だよ、リバロン。私が村長なんだから、みんなを守らなきゃ……っ、げほっ!」

キャルルが無理に笑った瞬間、その口から鮮血がこぼれ落ちた。

床にポタポタと落ちる赤い血を見て、私の心臓がヒュッと冷たく縮み上がった。

(……前世の、私と同じだ)

「私がやらなきゃ回らないから」と自分を誤魔化し、限界を超えて働き続け、最後は冷たいオフィスの床で血を吐いて死んだ天野織姫の最期。

目の前で無理をして笑う親友の姿が、かつての自分の姿と完全に重なった。

「ダメっ!!」

私は思わず駆け寄り、次の患者に手をかざそうとしていたキャルルの腕をガシリと掴んだ。

「オ、オリヒメ……?」

「ストップです! これ以上の治癒魔法は禁止します。あなたが倒れたら、誰がこの村を引っ張っていくんですか! 自分の命を削って誰かを助けるなんて、そんなの……遺された人がどれだけ悲しむか、わかっているんですか!」

語気を強めて叱りつけると、キャルルはウサギ耳をしょんぼりと垂らし、大きな瞳に涙を浮かべた。

「だって……このままじゃ、みんな死んじゃう……。私、オリヒメやみんなの笑ってる顔が、好きなのに……」

その震える肩をぎゅっと抱きしめ、私は深く息を吐いた。

「大丈夫。誰も死なせません。そして、キャルルにも絶対に無理はさせません。私に任せてください」

私は即座に『エンジェルすまーとふぉん』を起動した。

私の「親友を絶対に過労死させない」という強い意志と無私の行動は、神界のゴッドチューブで『涙腺崩壊! 友情と生命の医療ドラマ回!』として大反響を呼び、すさまじい勢いで善行ポイントがチャージされていた。

(ただポーションを取り寄せるだけじゃ、根本的な解決にならない。必要なのは、この村で継続的に薬を作れるシステムよ!)

私はカタログを高速でスクロールし、的確な品をカートに放り込んでいく。

「リバロンさん! 集会所の裏庭に、火を焚く準備を! 大きな鍋が必要になります!」

「御意。すでにお湯は沸かしてございます」

さすがは最強の執事。私の意図を先読みし、裏庭にはすでにかまどが準備されていた。

私はポイントを消費し、空間魔法のゲートを開く。

ドサリ、と出現したのは、大量の『最高級・陽薬草ひやくそう』の束と、それを煮出すための『タローマン製・大型魔導圧力鍋』だった。

陽薬草は太陽の光を浴びて育つ基本の薬草だが、そのままでは沼熱を治すほどの力はない。

「キャルル、あなたの魔力を『直接』患者に流し込むんじゃなくて、この鍋の中で煮出している陽薬草のエキスに『ほんの少しだけ』注いでください」

「えっ……? それで、薬になるの?」

「はい。陽薬草の『太陽の力』と、月兎族の『月の魔力』。相反する二つの力を魔導圧力鍋で一気に融合させることで、効果を何十倍にも増幅させるんです。OL時代の……じゃなくて、文献で読んだブレンド手法です!」

本当は前世のゲーム知識の応用だが、アナステシア世界では誰も試したことのない手法だった。

キャルルは私の言う通り、煮えたぎる鍋に手をかざし、無理のない範囲で月の魔力を注ぎ込んだ。

シュゥゥゥゥッ!と魔導圧力鍋が甲高い音を立て、太陽と月の力が反発し合いながらも、タローマン製の驚異的な密閉力によって一つに圧縮されていく。

数分後。

蓋を開けると、そこには黄金色と銀色が混ざり合った、神秘的な輝きを放つ薬液が完成していた。

「できました……伝説の『月光薬』です!」

「素晴らしい。見事な錬金術マネジメントです、オリヒメ様」

リバロンが流れるような動作で薬液をカップに注ぎ分け、村人たちに配って回る。

月光薬を飲んだ患者たちは、嘘のように顔の赤みが引き、穏やかな寝息を立て始めた。熱が下がり、沼熱のウイルスが完全に消滅したのだ。

「……よかったぁ」

全員の無事を確認した瞬間、キャルルがふらりと膝から崩れ落ちた。

「キャルル!」

私が慌てて支えると、彼女は私の胸に顔を埋め、安心したようにスヤスヤと眠りについてしまった。

「限界だったのでしょう。よく頑張られました、我が主は」

リバロンが毛布を持参し、キャルルにそっと掛ける。

私は親友の寝顔を見つめながら、心から安堵の息を漏らした。過労死フラグを、無事にへし折ることができたのだから。

「オリヒメ様」

不意に、リバロンが私の前に片膝をつき、私の汚れた手を取った。

「貴女は、ご自身の身を挺してでも、友と領民の『命』と『尊厳』を守り抜かれた。自己犠牲に走ろうとした主君を叱責し、より安全で効率的な道筋システムを提示する……貴女のその手腕は、もはや一介の令嬢の域を遥かに超えています」

黄金の瞳が、月明かりの下で熱狂的な光を帯びて私を見つめる。

「貴女の気高さに、私の魂が震えて止まりません。ああ……貴女を害しようとする世界のすべてを、私がこの手で噛み砕いて差し上げたい」

手の甲に、熱く、敬虔な口づけが落とされる。

人狼の執事から向けられる、重すぎるほどの絶対的な忠誠と溺愛の眼差し。私は顔を真っ赤にしながら、「わ、私はただ、キャルルに生きててほしかっただけで……っ」と目を逸らすのが精一杯だった。

***

――その頃。

レオンハート王国のレオナルドの領地でも、同じように「沼熱」が流行し始めていた。

「おい、陽薬草の備蓄はどうなっている!? 領民たちが次々と倒れているぞ!」

レオナルドが執務室で怒鳴り散らすが、文官たちは青ざめて首を振るばかりだ。

「も、申し訳ございません! これまでポポロ村やルナミス帝国から安価で薬草を仕入れていたのは、オリヒメ様の独自の人脈と交渉によるものでした! オリヒメ様がいらっしゃらない現在、どのギルドも我が領地には薬草を回してくれません!」

「なんだと……っ!?」

「あーあ、うるさいわねぇ」

ソファに寝そべっていた虎耳族の新しい婚約者が、不満げに爪を手入れしながら呟く。

「平民どもが風邪を引いたくらいで騒がないでよ。私は闘気があるから、そんな病気なんてうつらないわ」

「お前は黙っていろ! 領民が倒れれば、税が徴収できなくなるだろうが!」

かつて、領地の危機を未然に防ぐために徹夜で各所へ根回しをし、ポーションの備蓄リストを完璧に管理していた「書類整理係」の真の価値。

それを失った代償が、いよいよ取り返しのつかない形で、彼らの首を真綿のように締め上げ始めていた。

読んでいただきありがとうございます。

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