EP 9
執事の極甘お仕置きと、黄金より輝く誓い
「お、おのれぇ……! 汚いぞ人間ども! イカサマを使いおって! 財産がダメなら、せめてその小娘の命だけでも、この手でぇぇぇッ!!」
全財産である金貨三万枚の引換券をフェイトの理不尽な十面ダイス(百倍バフ)に毟り取られ、完全に正気を失った大商人ゴルドーが、ギラギラと鈍く光る護身用の短剣を振りかざして私めがけて突進してきた。
狂乱した大男の突撃。普通の令嬢なら恐怖に悲鳴を上げてすくみ上がるところだろう。
だが、私は一歩も動かなかった。恐怖で動けなかったわけではない。彼が私の髪一筋にすら触れられないという絶対の『確信』が、そこにあったからだ。
「――我が主の前に、泥に塗れた羽虫が這い出るな」
室内の温度を氷点下まで叩き落とすような、絶対零度の冷徹な声。
ゴルドーの短剣が私に届くより遥か手前、空間を裂いて現れた純白の『名刺刃』が、男の短剣をキィィィィンッ!と甲高いうなりと共に一瞬で弾き飛ばした。
「ぶふぇッ!?」
短剣を失い、勢い余って床に五体投地するような格好で転がるゴルドー。
その男を見下ろすように、私の前にスッと立ちはだかったのは、完璧な燕尾服に身を包んだ長身の執事――リバロンだった。
彼の背中から溢れ出す青白い人狼の闘気は、もはや部屋全体の空気をミシミシと軋ませるほどの濃度に達している。その黄金の瞳は、獲物の息の根を止める直前の冷酷な獣のそれだった。
「ひ、ヒィィィッ……! ば、化け物め……っ!」
床に這いつくばったまま、ゴルドーが歯をガタガタと鳴らして恐怖に震える。
「貴様のような浅ましい金に群がる害虫が、我が愛しき主(オリヒメ様)の視界を汚し、あまつさえその尊き肌に傷をつけようなど。……万死。いや、億死にすら値する大罪です。今すぐその薄汚れた肉体を、名刺の角で細胞の一片すら残さず、細かい消しゴムのカスのように削り落として差し上げましょう」
リバロンの手にする名刺刃が、不気味な青白い光を放ちながらチャキ、チャキッと鳴らされる。
彼から立ち上る「本物の殺意」の前に、ゴルドーはもはや悲鳴を上げることすらできず、ただ恐怖で顔を白く染めてガタガタと震えるしかなかった。
「り、リバロンさん! ストップです、もう勝負はついたんですから!」
私は慌ててリバロンの背後に回り、彼の燕尾服の裾をガシッと掴んで引き止めた。
「……オリヒメ様。なぜ止めるのですか。このような生ゴミ、私が一秒でお掃除してまいりますのに。貴女の美しい手を汚す価値すらありませんよ」
リバロンは振り返り、私を見つめると、先ほどまでの冷酷な獣の顔が嘘のように、とろけるような甘い微笑みを浮かべた。
「お掃除しちゃダメです! 彼はもう全財産を失って、戦う力も残ってないんですから。それに……リバロンさんがそんな物騒なことをしなくても、私は大丈夫ですよ。だって、リバロンさんがいつも私を完璧に守ってくれるって、信じていますから」
私が彼を見上げて真っ直ぐにそう告げると、リバロンは一瞬だけ驚いたように黄金の瞳を見開いた。
そして、堪えきれないといった様子で深くため息をつくと、名刺刃をスッと懐に収め、私の腰にその大きな手を回して、壊れ物を扱うような優しさで私を愛おしそうに抱き寄せた。
「……ずるい人だ。貴女にそのような信頼に満ちた目を向けられては、私はもう、貴女の言うことなら何でも従う従順な犬になるしかありませんね」
リバロンは私の耳元に顔を寄せ、周囲の人間(燃え尽きているフェイトを含む)がいることも気にせず、深く、熱い吐息を吹きかけてきた。
「いいですか、おじ様」
リバロンは私を抱きしめたまま、床のゴルドーを冷徹な目で見下ろした。
「貴様がどれほどの黄金を積み上げようと、どれほどの権力で脅そうと、この私が我が命を賭して愛する主の隣という『特等席』は、決して金では買えぬもの。貴様のような金の亡者には、一生理解できぬ絆が、私とオリヒメ様の間にはあるのです」
リバロンは、私の手の甲を優しく取り、そこに熱い口づけを落とした。
「生涯をかけて、私は貴女のすべてを甘やかし、護り抜く。……ポポロ村の未来も、貴女の人生のすべてを、このリバロンが背負って差し上げましょう」
それは、周囲に見せつけるような、公然の『愛の誓い』だった。
【恋愛ラダー:第9段(周囲公認の婚約状態・家族としての絆)】。
横で見ていたフェイトが「うわー、朝から熱いっスね。俺の目のハイパーバフも焼け落ちそうっスわ」と呆れた声を出すほど、リバロンの独占欲と過保護っぷりは完璧に周囲の公認(というかドン引きレベルの熱烈さ)となっていた。
「う、うぅ……リバロンさん、みんな見てますから、もう離してください……っ!」
顔を一気に林檎のように真っ赤に染めた私が抗議すると、リバロンは満足げに喉の奥で笑い、ゆっくりと腕の力を緩めてくれた。
一方、すべてを失い、さらに目の前で圧倒的な『絆(格差)』を見せつけられた大商人ゴルドーは、もはや怒る気力すら残っていなかった。
「あ、アルマディ一の大商人たる私が……金も、裏社会の力も、プライドも……すべてを失うとは……」
彼は床に突っ伏したまま、シクシクと情けなく泣き始めてしまった。
人間の傲慢な資金力マウントと悪意。
それは、ポポロ村の「物理法則を無視した経済観念(ルナの純金)」と「理不尽な運ゲー(フェイトのコイントス)」、そして「金では決して揺るがない絶対的な愛の絆」の前に、一銭の利益も得られぬまま自滅するという、最高に後味の良い『ざまぁ決着』を迎えたのである。
だが、この無一文になった哀れな悪徳商人に対し、さらなる「天然の追撃」が残されていることを、私はまだ予期していなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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