EP 8
コイントス・イカサマ粉砕の理不尽バフ
キィィィィィィィン……ッ!
フェイトの親指によって力強く弾かれた古びた銀貨は、眩い放物線を描きながら、村長室の天井近くまで高く、高く舞い上がった。
一発逆転を狙う重度のギャンブル中毒者、フェイト・ラック。そして、イカサマの魔導サイコロで最高出目「六・六・六(合計十八)」を叩き出し、勝利を確信している悪徳大商人、ゴルドー。
二人の運命を乗せた銀貨は、スローモーションのように回転しながら、デスクの真上へと落ちてくる。
「フハハハハ! 無駄だ無駄だ! コイントスで表が出ようが裏が出ようが、私の出目は最高得点の十八だぞ! 算数もできんのか貴様は!」
ゴルドーが、引き攣った下劣な笑い声を上げてフェイトを嘲笑した。
だが、フェイトはゴルドーの言葉など一切耳に入っていない様子で、血走ったタレ目をさらに見開き、落ちてくる銀貨を凝視していた。
「来い……! 来い、俺の未来(ソシャゲの限定水着SSR完凸)を懸けた、奇跡のラックゥゥゥゥッ!!」
チャリン。
銀貨がデスクの石盤の上に落ち、軽快な音を立てて激しく跳ねた。
表か、裏か。
ゴルドーが身を乗り出し、私も思わず息を呑んだ、その瞬間。
『チンッ……』
銀貨は、奇妙なほどに澄んだ、静かな音を立ててピタリと動きを止めた。
出た目は――表でも、裏でもなかった。
なんと、銀貨はゴルドーが置いた象牙のサイコロの、わずかな隙間に挟まるようにして、『フチの縦の部分』で真っ直ぐに直立していたのである。
「……え?」
ゴルドーが、間抜けな声を漏らした。
ユニークスキル『コイントス』。
確率〇・〇一%、コインが縦に直立した瞬間、すべてのステータス、そして『周囲の幸運と闘気』が完全に【百倍】へと跳ね上がる、神話級の理不尽システム大当り(フィーバー)判定。
「……あ。立っちゃったわ」
フェイトが、ぽつりと呟いた。
次の瞬間。
村長室の中に、言葉を失うほどの、神々しい黄金の光の柱がドゴォォォォンッ!と天井を突き破らんばかりに吹き上がった。
「な、なんだこの光はァァァッ!? 目が、目が眩むッ!」
ゴルドーが悲鳴を上げて腕で顔を覆う。
フェイトの全身から溢れ出した圧倒的な『幸運のオーラ(剛運)』は、もはや実体を持った物理的な暴風となって部屋の中に吹き荒れた。
(ま、またこの展開!? フェイトさん、お願いだから普通に戦ってよ!)
私が心の中で悲鳴を上げた、まさにその直後。
フェイトに発動した『百倍の幸運バフ』は、彼にサイコロを振らせるよりも先に、周囲の物理法則を都合よく書き換え始めた。
ゴォォォォォッ!という強烈な風圧がデスクの上を駆け抜ける。
その瞬間、ゴルドーがドヤ顔で並べていた、あの魔導重力石入りのイカサマサイコロに『異変』が起きた。
「ぶ、無礼な……! 私の最高出目が……っ!」
ゴルドーが目を見開いた。
フェイトの放つ凄まじい幸運の闘気(風圧)に耐えかねたのか、それとも幸運バフによる理不尽な確率の強制変動か。
デスクの上に完璧に並んでいた『六・六・六』のサイコロが、カタカタカタッとひとりでに激しく回転し始めたのだ。
「あ、あれ!? 止まれ! 止まるんだ私のサイコロォォッ!」
ゴルドーが慌てて手を伸ばそうとするが、フェイトのオーラに弾かれて近づくことすらできない。
そして、激しく回転した三つのサイコロは、パリンッ! パリンッ! パリンッ!と、内部の魔導重力石ごと、負荷に耐えきれずに物理的に木っ端微塵に砕け散ってしまったのである。
デスクの上に残されたのは、ただの白い粉末のみ。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!? サイコロが、サイコロが爆発したぁぁぁっ!?」
ゴルドーが腰を抜かして床に転がる。
「……出目、ゼロですね」
私の横で腕を組んでいたリバロンが、一切の同情を排した冷徹な声で告げた。
「器物が破損し、出目の確認が不可能です。ルール上、これは『失格(不戦敗)』、あるいは出目ゼロと見なすのが妥当かと」
「ば、馬鹿な……! そんな理不尽なことがあってたまるかァッ!」
ゴルドーが涙目で叫ぶ。
「よし、じゃあ俺の番ね」
光の中心で、フェイトが不敵な笑みを浮かべた。
彼はデスクの上に転がっていた『タローマン消しゴム』の余りを適当に三個つまみ上げると、それをダイスカップに入れることすら面倒くさそうに、上空へ向けてポイッと放り投げた。
「行けっ、俺の運命!」
ただのゴムの塊である消しゴムが、デスクの上にポスン、ポスン、ポスンと落ちた。
もちろん、消しゴムにはサイコロのような数字など書かれていない。普通なら、出目としてカウントされるはずがない。
だが、今のフェイトは『幸運百倍』のバフ状態である。
消しゴムが落ちた衝撃で、デスクの引き出しがガタッと開き、その中から、私が以前に善行ポイント通販で購入して仕舞い込んでいた、地球の『おもちゃのサイコロ(十面ダイス)』が、不思議な弾みで三個、ピョーンと飛び出してきた。
そして、その十面ダイスがデスクの上を綺麗に転がり、ピタッと静止した。
表示された数字は――【十・十・十】。
「ご、合計三十……ッ!?」
私が思わず絶叫した。
普通の六面サイコロの限界値である『十八』を遥かに超越した、十面ダイスによる絶対的な最高出目。
「フ、フフフ……アッハハハハハハッ! 勝った! 俺の勝ちだァァァッ! 三億ポポロは俺のものだァァァッ!!」
フェイトが黄金の光を撒き散らしながら、勝利の雄叫びを上げて躍り上がった。
「そ、そんな……私の、私の商会の全財産が……一瞬にして消えて……っ」
ゴルドーは、デスクの上の『金貨三万枚引換券』がフェイトの手に渡るのを見つめながら、完全に魂が抜けたような顔で、床に四つん這いになって絶望の淵へと沈んでいった。
アルマディの大商人が、最後にプライドを賭けて挑んだイカサマのギャンブル勝負。
それは、フェイトの放つ〇・〇一%の『理不尽な幸運バフ』の前に、イカサマ回路ごと物理的に粉砕され、存在しないはずの十面ダイスを引き寄せて大敗するという、もはや知略もへったくれもない、完璧な「ギャグ的自滅」の結末を迎えたのであった。
「よっしゃあ! 今すぐこの三億ポポロで、ギルドの限定ガチャを……!」
フェイトが、引換券を握りしめて部屋を飛び出そうとした、まさにその瞬間。
『バシィィィィィンッ!!』
「アウチッ!?」
フェイトの脳頭頂部に、私の手元から放たれた『分厚い帳簿の角』が、完璧なコントロールでクリーンヒットした。
「い、痛ってぇ! 何するんスか村長!」
「何するじゃありません! フェイトさん、その三億ポポロ、全額『村の修繕費と、これまでの迷惑料』として、私が村長権限で【全額没収(回収)】させていただきます!!」
私が笑顔のまま、フェイトの手から引換券をシュッと奪い取ると、フェイトの顔から一瞬にして黄金の光が消え去り、再び真っ白な灰(燃え尽き症候群)の状態へと戻っていった。
「そ、そんなぁ……。俺の、俺の億万長者ライフが……限定SSR完凸の夢が……っ」
「当たり前です! 労働の義務を舐めないでください!」
私が冷酷に言い放つと、部屋の隅で、すべての富とプライドを失った大商人ゴルドーが、ガタガタと震えながら立ち上がった。
彼の目は完全に正気を失い、懐からギラリと光る護身用の短剣を引き抜いていた。
「お、おのれぇ……! 汚いぞ人間ども! イカサマを使いおって! 財産がダメなら、せめてその小娘の命だけでも、この手でぇぇぇッ!!」
狂乱した悪徳商人が、私めがけて突進してくる。
だが、私の前に立ち塞がったのは、あのギャンブル中毒の男ではなく、私のために完璧な盾となる、世界で唯一の『私の執事』だった。




