EP 7
最終手段・ギャンブル勝負と、借金まみれの男
市場の買占めはルナの神話級野菜によって大赤字に終わり、引き抜こうとしたリーザからは強欲すぎる美学を叩きつけられ、裏ギルドの刺客にいたっては幻覚植物『ハッピー・ドリーム』で完全に従順なボランティアスタッフへ造り変えられてしまった。
砂漠の商業国家アルマディの大商人、ゴルドー。
彼がこれまでの人生で築き上げてきた『金と権力と悪意ですべてを支配する』という絶対のルールは、このポポロ村の「物理法則を無視した経済観念」の前に、見る影もなく粉々に打ち砕かれていた。
「ハァ……ハァ……! おのれ、おのれ人間ども、いや、化け物どもめ……ッ!」
村長室の堅牢なドアを乱暴に押し開けて入ってきたゴルドーの姿は、もはや哀れの一言に尽きた。
成金趣味のギラギラした金の宝飾品は、裏ギルドへの報酬支払いや相次ぐ大赤字の補填で大半が売り払われ、首元に寂しく一本の鎖が残るのみ。トレードマークだった高級葉巻は安物の刻みたばこに代わり、顔面は脂汗と疲労でドス黒くくすんでいる。
「……あら、ゴルドー様。ずいぶんとご息災が乱れているようですが、今日は一体どのようなご用件でしょうか?」
私はデスクでいつものように王都宛ての出荷伝票を処理しながら、一切の感情を排したビジネスマイルを向けた。
「オリヒメ……! 私は、私はアルマディの大商人だ! このまま手ぶらで帰れるかァッ!」
ゴルドーはカッと目を血走らせ、懐から最後の一枚となった『アルマディ中央銀行発行・最高級金貨引換券』をデスクに叩きつけた。
「これが私の、商会の、全財産……金貨三万枚(三億ポポロ相当)の価値を持つ紙切れた! これを賭ける! 貴様はあの『魔導コールドチェーン』のすべての特許と権利を賭けろ! 私と……私と最後の『ギャンブル勝負』をするのだァァッ!!」
「ギャンブル、ですか?」
私は呆れてため息をついた。
経済戦、交渉戦、裏社会の工作。そのすべてで負けた悪徳商人が行き着く最後の手段が、一発逆転を狙ったカジノ勝負とは。あまりにもベタというか、破滅するギャンブラーのテンプレそのものである。
「申し訳ありませんが、ゴルドー様。私は村長として、村の重要なインフラをそのような不確定な賭け事に供するわけにはいきません。お引き取りを――」
私がキッパリと拒絶しようとした、まさにその瞬間。
『ガラガラガラガラガラガラ!!!』
村長室のドアが再び開き、凄まじい勢いで木製の頑丈な荷車が突っ込んできた。
「ぜぇぇ……はぁぁ……! おい村長! タローマン消しゴム一万個の搬入、終わったぞ! これで、これで俺の今日の強制労働のノルマは達成スよね!?」
白銀のミスリルアーマーをガシャガシャとだらしなく鳴らしながら、汗だくで荷車を引いてきた男――ポポロ村自警団リーダーのフェイト・ラックだった。
彼は額の汗を拭いながら、自分の分のポポロ・シガレットを咥えようとしたが、私の冷たい視線に気づいて慌ててポケットに引っ込めた。
「フェイトさん、お疲れ様です。ちょうど良かったです。あちらのゴルドー様が、私にギャンブルの勝負を挑んできておられまして」
私が親指でゴルドーを指差すと、フェイトの眠そうなタレ目が、一瞬にして『獲物を見つけた猛獣』のようにギラリと輝いた。
「……え? ギャンブル? 勝負?」
フェイトはトコトコとゴルドーに近づき、デスクの上の引換券をじっと見つめた。
「おい、おじさん。それ、マジで金貨三万枚分の価値があるの? 本当に?」
「ああ、そうだ! アルマディの商業ギルドが保証する、正真正銘の本物だ!」
ゴルドーが胸を張る。
「金貨、三万枚……。三億ポポロ……」
フェイトの頭の中で、素早い(そして極めて駄目な)計算が行われていた。
「それだけあれば……俺の背負ってる五百万ポポロの借金なんて一瞬でチャラになるどころか、ルナキンの水着限定SSRガチャを天井まで十回は回せる……! いや、一生タバコを吸いながらソシャゲを完凸し続けられる!!」
フェイトの全身から、昨日までのサボり魔とは一線を画す、圧倒的な『ギャンブル中毒者としての邪悪なオーラ』がメラメラと立ち上り始めた。
「よし乗った!! おじさん、その勝負、村長の代わりにこの俺が受けて立つッス!!」
フェイトがビシッとゴルドーを指差した。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいフェイトさん! 誰が貴方に代理を頼みましたか! 勝手に村のインフラを賭けないでください!」
私が椅子から立ち上がって怒鳴るが、フェイトは「い、いや村長!」と、熱い目を私に向けて拳を握りしめた。
「ここで俺が勝てば、村長室の修理代も、ガラス代も、全部一括で返済できるんスよ!? それに、自警団のリーダーとして、この村を狙う悪い商人を合法的に『身ぐるみ剥がす(ざまぁ)』チャンスじゃないスか! 俺を、俺の運命を信じてくださいよぉぉ!」
「貴方の運命を信じた結果が、その五百万ポポロの借金とタローマン消しゴム一万個の誤発注でしょうが!!」
私の正論のツッコミが村長室に響き渡る。
「フハハハハ! いいだろう! 相手がその銀髪の洗脳戦士だろうが構わん!」
ゴルドーは、フェイトが飛びついてきたことに勝機を見出し、ニチャリと下劣な笑みを浮かべた。
「勝負はアルマディ伝統の『ダイス勝負』だ! 三つのサイコロを同時に振り、出目の合計が大きい方が勝ち! 泣いても笑っても一発勝負だ!」
ゴルドーは、懐から重厚な黒革のダイスカップと、象牙でできた三つのサイコロを取り出し、デスクの上に置いた。
「フェイトさん、本当に大丈夫なんですか……? あの男、絶対に何かイカサマを仕込んでいますよ」
私が小声で耳打ちすると、背後に控えていたリバロンが、冷徹な黄金の瞳でゴルドーの手元を一瞥した。
「……ええ、オリヒメ様のお仰る通りです。あのサイコロ、内部に魔導重力石が仕込まれており、あの大商人が特定の合図(指パッチン)を出した瞬間、必ず最高出目の『六・六・六』が出るように細工されていますね。……やはり、今すぐ彼を手首ごと名刺刃で切断して失格にするのが最も効率的かと」
リバロンがチャキッと不穏な音を立てる。
「リバロンさん、切断はダメですってば。……フェイトさん、イカサマされてるみたいですけど、本当にやるんですか?」
「ヘッ、望むところっスよ」
フェイトはだらしなく咥えたシガレット(火はついていない)を指先で弄びながら、不敵に笑った。
「おじさん。俺は村のコールドチェーンの権利なんて持ってないからさ。代わりに、俺の身ぐるみの装備一式……このギルド特製の『ミスリルアーマー』と『ミスリルソード』、それから俺の『今後の労働力(奴隷契約)』を賭けてやるよ。価値としては金貨三万枚に引けを取らないはずだ」
「いいだろう! 貴様のようなバケモノを奴隷としてこき使えるなら、安いものだ!」
ゴルドーの目が、ギラギラとした欲望に染まる。
「さあ、先行は私だ!」
ゴルドーがダイスカップを激しく振り、デスクの上に伏せた。
そして、誰も気づかないほどの小さな動作で、パチン、と指を鳴らす。
(仕込まれた魔導重力石が起動した……!)
リバロンが微かに目を細める。
ゴルドーがニヤリと笑い、カップを持ち上げた。
「見ろ! 伝統の最高出目――『六・六・六』、合計十八だァァッ!!」
デスクの上に並んだのは、完璧なゾロ目。これ以上の出目は物理的に存在しない。ゴルドーの勝利が、イカサマによって確定したかに思われた。
「フハハハハ! どうだ! これがアルマディの大商人の実力だ! さあ、大人しくそのミスリル装備を脱ぎ、私の奴隷になるがいい!」
ゴルドーが勝利を確信して高らかに笑う。
村長室の中に、絶望的な沈黙が流れる――はずだった。
「へぇ、十八ね。強いじゃん」
フェイトは全く動じることなく、懐から一枚の、古びた銀貨を取り出した。
「じゃあ、俺の番スね。……い、いや村長! ここで俺が最高の奇跡を決めたら、俺は本当のヒーローだ! 億万長者になって、今月の限定ガチャを完凸させてみせるぜえええっ!!」
「やっぱり自分の物欲のためじゃないですか!!」
私の絶叫をBGMに、フェイトの親指が、ピンッ!!!と音を立てて銀貨を天井高く弾き飛ばした。
ユニークスキル『コイントス』。
悪徳商人の絶対的なイカサマ(物理法則の支配)に対し、ポポロ村のダメ自警団リーダーが放つ、理不尽極まりない『確率の運ゲー』。
その銀貨がキラキラと光を反射しながら、運命の結末へと向かって落ちてくる。
読んでいただきありがとうございます。
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