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婚約破棄された社畜令嬢、追放先の村でのんびり善行通販していたら、人狼の最強執事に溺愛されて捨てた国は自滅しました  作者: 月神世一


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EP 3

悪徳商人の陰謀と、ウサギの嘘発見器

純金百キログラムという、歩く天然記念物ルナがもたらした国家予算レベルの『お小遣い』のインパクトは、アルマディの大商人ゴルドーの精神を完全に別の方向へとバグらせていた。

翌日の午前。

ポポロ村の村長室に、再びゴルドーが姿を現した。

だが、昨日のような高圧的な態度は鳴りを潜め、まるで借りてきた猫のように揉み手をして、へこへこと愛想笑いを浮かべている。

「いやはや、オリヒメ村長。昨日は私の無礼な態度、平にご容赦いただきたい! アルマディの誇りにかけて、この村の『圧倒的な財力とポテンシャル』を過小評価しておりました!」

ゴルドーが深く頭を下げる。

その背後では、五百万ポポロの借金(窓ガラス代等)を背負い、強制労働の身となった自警団リーダー・フェイトが、「ぜぇ、ぜぇ……村長、こいつの荷物、クソ重いんスけど……」と、台車に山積みになった分厚い書類の束を運んできていた。

「フェイトさん、ご苦労様です。……で、ゴルドー様。その大量の書類はいったい?」

私が訝しげに尋ねると、ゴルドーはニチャアと邪悪な笑みを隠しきれない顔で、書類の束を私のデスクの上にドンッと置いた。

「ええ! 私の財力(金貨百枚)では、この村のシステムを『買い取る』には到底及ばないと痛感いたしました。ですから、方針を変更したのです。……どうでしょう、私と『対等の業務提携』を結びませんか?」

「業務提携、ですか?」

「左様! アルマディの持つ広大な砂漠の交易ルートを、ポポロ村のコールドチェーンに提供いたします! 利益は折半、五十対五十! これはお互いにとって、決して悪くない話のはずです!」

ゴルドーは、分厚い辞書のような契約書の束をパラパラとめくって見せた。

「さあ、この『友好的な業務提携契約書』に、村長としてのサインと印を! そうすれば、我々は今日から強固なパートナーです!」

(……なるほど。武力や金での直接的な買収が無理だと悟って、今度は『契約』という合法的な手段で入り込もうというわけね)

私は前世の社畜時代、法務部や経理部で嫌というほど『悪意のある契約書』を見てきた。

分厚い書類。極端に小さな文字。わざと難解な言い回しを使った条文。それらはすべて、相手を欺き、不利な条件を飲ませるための典型的な「トラップ」である。

「……確認させていただきますね」

私が契約書の束に手を伸ばそうとした、その時だった。

「もぐもぐ……んぐ。ぷはぁっ、やっぱりルナキンの朝定食は最高だね!」

村長室の応接ソファで、一人優雅に『ルナミス・キング(ルナキン)特製・朝定食』を堪能していたウサギ耳の少女――キャルルが、メロンソーダをストローで啜りながら声を上げた。

「オリヒメー、そのおじちゃん、ものすごく真っ黒な嘘ついてるよー」

「えっ?」

キャルルは、トーストに半熟の目玉焼きを乗せながら、ウサギ耳をピクピクと動かした。

「私、月兎族だからさ、耳がいいんだよね。心臓の音を聞けば、相手が嘘をついてるかどうかなんて一発で分かるの。……で、そのおじちゃんの心臓、今、ものすごく饒舌に喋ってるよ」

「な……ッ!? き、貴様、何をデタラメを!」

ゴルドーが顔を引き攣らせて叫ぶ。

だが、キャルルは全く意に介さず、人参サラダをシャキシャキと齧りながら、ゴルドーの『心の声(本音)』を完璧にアフレコし始めた。

「えーっとね。『田舎の小娘が、このアルマディ特製の百ページにも及ぶ複雑な契約書を読み解けるはずがない。利益折半など表向きの餌だ』……だって」

「ッ!?」

ゴルドーの額から、滝のような冷や汗が噴き出した。

「キャ、キャルルさん……。それ、本当にゴルドー様が考えていることなんですか?」

私が尋ねると、キャルルはコクリと頷き、さらに細かく読み上げ始めた。

「うん。続きがあるよ。『この契約書の八十四ページ、第十二項B号をよく見ろ。そこには極小の文字で、【ただし、ポポロ村の物流システムにおける全特許および権利は、三ヶ月後に自動的にアルマディ商業ギルドへ無償譲渡されるものとする】と書かれているのだ!』……って、心臓がドヤ顔で言ってる」

「ひぃぃぃッ!?」

ゴルドーが、ビクゥッ!と跳ね上がった。

彼が徹夜で、専属の悪徳弁護士と共に練りに練った『最強の罠(極小文字の条項)』を、契約書を開きもしないうちから、ピンポイントでページ数まで当てられてしまったのだ。

「え、八十四ページの第十二項……本当だ。文字のサイズがここだけ2ポイントくらいになってて、虫眼鏡がないと読めないくらい小さく書かれていますね」

私がペラペラと契約書をめくり、該当箇所を指差すと、ゴルドーは「あわわわわ」とカオナシのような声を漏らした。

「まだあるよー」

キャルルはメロンソーダをズズッと飲み干し、氷をカラカラと鳴らした。

「『もしこの罠に気づいて契約を解除しようとしても無駄だ。九十九ページ、第五十七項には、【いかなる理由であれ、本契約を途中破棄した場合、違約金として金貨一万枚(十億ポポロ)を支払うこと】という絶対の縛りを入れてあるからな! フハハハ! これであの純金百キロも私のものだ!』……って、おじちゃんの心臓、今めちゃくちゃ早鐘打ってテンパってるよ」

「や、やめろォォォッ!!」

ゴルドーはたまらず、自らの耳を塞いで絶叫した。

「わ、私の完璧な頭脳で構築された『悪魔の契約書』が……! なぜ、中身を見もせずにすべて看破されるのだ!? 貴様、心を読むテレパシーの使い手か何かか!?」

「ううん、ただの耳がいいウサギだよ。おじちゃん、悪巧みする時、心臓の鼓動でモールス信号みたいに全部喋っちゃうタイプだから、すごく分かりやすいんだよね」

キャルルは、悪びれる様子もなくケロッと笑った。

「す、すごいですねキャルルさん……。前世の法務部に貴女がいたら、コンプライアンスチェックが秒で終わって残業ゼロでしたよ……」

私は、親友の恐るべきチート能力(嘘発見器)に心から感嘆の息を漏らした。

武力だけでなく、こういう知能戦(盤外戦術)においても、ポポロ村の仲間たちはあまりにも強すぎる。

「……というわけですが、ゴルドー様」

私は、分厚い契約書の束をパタンと閉じ、一切の感情を排した営業スマイルを浮かべて、彼の方へと押し返した。

「当村といたしましては、このような『不透明な条項』が含まれる契約には、サインいたしかねます。お引き取りください」

「くっ……! こ、この小娘どもがァッ!」

ゴルドーがギリッと牙を剥き、悔し紛れに机を叩こうとした。

だが、その手が机に触れるより早く。

「――お掃除の時間ですね」

私の背後から、音もなく滑り出てきたリバロンが、ゴルドーの手首をガシッと掴んだ。

青白い人狼の闘気が、ゴルドーの腕を伝って全身へと駆け巡り、彼を文字通り「氷漬け」一歩手前の恐怖へと叩き落とす。

「ヒッ……!」

「我が愛しき主の温情に感謝するのですね。……本来であれば、そのふざけた契約書と同じ百ページ分、貴様の肉を薄切りにしてシュレッダーにかけてやるところですが。今日は、このまま村の外へ『廃棄』して差し上げます」

リバロンの黄金の瞳が、爬虫類のように細められる。

「ひ、ひぃぃぃぃッ! ば、化け物め!!」

ゴルドーはリバロンの手を振り解き(というよりリバロンが手を離し)、腰を抜かしながら後ずさった。

「覚えていろよオリヒメ! 契約がダメなら、力ずく……いや、圧倒的な『経済力』でこの村を干上がらせてやる! アルマディの財力を舐めるなよォォォッ!!」

ゴルドーは、契約書の束を置き去りにしたまま、悲鳴を上げながら村長室から逃げ出していった。

「あーあ、行っちゃいましたね」

「あの手の羽虫は、潰しても潰しても湧いてくるのが厄介なところです。……オリヒメ様、やはり私が今夜、彼の宿舎に忍び込んで、物理的に『契約解除(命の)』をしてまいりましょうか?」

リバロンが名刺刃をチャキッと鳴らしながら、物騒すぎる過保護な提案をしてくる。

「ダメですよ、リバロンさん。私たちは真っ当な商売人なんですから。あんな悪徳商人、放っておいてもそのうち勝手に自滅しますって」

私が苦笑いしながらリバロンを宥めていると。

「あ、オリヒメ。あの置いてった契約書の束、紙質がいいからさ」

台車の横で息を切らしていたフェイトが、目を輝かせて手を挙げた。

「この裏紙、全部『タローマン・宝くじ』の予想シートにするのに使っていいスか? これだけあれば、次こそは絶対に一億ポポロ当たる気がするんスよ!」

「……フェイトさんは、まずその五百万ポポロの借金を、労働で返すことから考えてくださいね」

私が冷酷な宣告を下すと、フェイトは「鬼ィィッ!」と泣き叫びながら、再び重い台車を引いて広場へと戻っていった。

***

一方、ポポロ村から逃げ帰ったゴルドーは、宿舎の部屋でギリッと歯を食いしばっていた。

「おのれ、おのれ……! あのウサギのバケモノめ……! 私の完璧な法的トラップを、あんな物理法則を無視した方法で破るとは!」

ゴルドーは、金貨の入った革袋を強く握りしめた。

武力リバロンでも勝てない。

知力・契約キャルルでも勝てない。

「ならば……商人の本懐! 圧倒的な資金力による『市場の独占(買い占め)』で、あの村の息の根を止めてやる! 明日の朝、ポポロ村の市場にあるすべての食材を買い占め、奴らの流通網を完全に麻痺させてくれるわァッ!!」

ゴルドーは、血走った目で高らかに笑い声を上げた。

彼はまだ知らない。ポポロ村には、彼の矮小な資金力など一瞬にして紙屑に変えてしまう、歩くハイパーインフレ・『善意の天然エルフ(ルナ)』が滞在しているということを。

悪徳商人の陰謀は、次なる、そして最も理不尽な「経済的自滅ざまぁ」への助走に過ぎなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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