第六章 天然エルフの純金爆撃と、悪徳商人の経済崩壊
大商人の来訪と、迷子の天然エルフ
ポポロ村の広場は、今日も朝から規格外の活気に満ち溢れていた。
『魔導コールドチェーン』によって完璧な温度管理が施された新鮮な野菜や海産物が、タローマン製の全自動無人搬送車(AGV)によって次々と荷馬車へ積み込まれ、王都や他国へと出荷されていく。
魔王軍すらも「S級絶対不可侵領域」として恐れをなして逃げ出すほどの、不眠不休の超効率物流網。
だが、その圧倒的な「富の匂い」は、魔物とは全く異なる種類の、厄介なハイエナたちを呼び寄せることにもなった。
「ふん。なるほど、ただの田舎村にしては小綺麗に整備されているではないか。だが、所詮は素人の娘が思いつきで始めたままごとのような商売だ」
村長室の応接ソファにふんぞり返り、鼻持ちならない態度でそう言い放ったのは、砂漠の商業国家アルマディからやってきたという大商人・ゴルドーだった。
ギラギラとした成金趣味の装飾品を全身にじゃらじゃらとぶら下げ、葉巻の煙を顔に吹きかけてくるような、いかにも「私がルールだ」と言わんばかりの傲慢な男である。
「どうだ、オリヒメとやら。この『コールドチェーン』なる流通システムの権利を、この私にすべて譲渡する気はないか? アルマディの誇る大商人たるこの私が直々に買い取ってやろうというのだ。光栄に思え!」
ゴルドーは、ドンッ!と重々しい音を立てて、デスクの上に一つの革袋を叩きつけた。
中からは、ジャラジャラと眩い光を放つ金貨が溢れ出す。
「見ろ! ざっと金貨百枚はある! 田舎の小娘には、一生かかっても拝めない額だろう! さあ、この金に目が眩んだなら、今すぐここにサインを……」
「……」
私は、デスクの上に散らばった金貨を、前世の経理部時代に培った『一切の感情を含まない冷徹な事務の目』で見つめた。
(金貨百枚。日本円にして約一千万ポポロ……。現在のポポロ村のコールドチェーンが叩き出している『一日分の純利益』の、さらに半分にも満たないわね)
私は心の中で素早くそろばんを弾き、小さく息を吐いた。
つい先日、自警団リーダーのフェイトが村長室を半壊させたせいで、彼に五百万ポポロ(金貨五十枚相当)の借金を背負わせたばかりなのだ。金貨百枚でこの村のシステムを丸ごと買い叩こうだなんて、あまりにも市場調査が甘すぎる。
「ゴルドー様。大変光栄なご提案ではありますが、当村のシステムは現在、提携先を制限しておりまして。このお話は、お受けいたしかねます」
私は、営業スマイルを一切崩さずに、静かに革袋を押し返した。
「な、なんだと!? この大金を見ても、まだ強がるか! 貴様のような小娘が、アルマディの商業ギルドを敵に回して、いつまで無事でいられると思っているのだ!」
ゴルドーが顔を真っ赤にして立ち上がり、机をバンッと叩いた。
その瞬間。
「――万死」
私の背後に控えていたリバロンから、部屋の空気が一瞬にして凍りつくような、絶対零度の殺気が放たれた。
彼の黄金の瞳が、獲物を狙う爬虫類のように細められる。
「我が愛しき主(オリヒメ様)の美しき瞳に、そのような薄汚れた金属のゴミ(金貨)を近づけ、あまつさえその尊き御身を脅迫するなど。……貴様のような羽虫は、今すぐミンチにして村の畑の肥料にして差し上げましょうか」
チャキッ、と。
純白の名刺刃が、ゴルドーの太い首筋のわずか数ミリ手前で、青白い闘気を放ちながらピタリと止められていた。
「ヒッ……!?」
ゴルドーの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
彼が連れてきた護衛の傭兵たちも、リバロンの放つ『魔王クラスの圧倒的な圧』を前に、武器を抜くことすらできずにガタガタと震えている。
「リ、リバロンさん! ダメですよ、お客様なんですから!」
私が慌ててリバロンの燕尾服の袖を引っ張ると、彼は名刺刃をスッと懐にしまい、ふわりと優雅に微笑んだ。
「申し訳ありません、オリヒメ様。貴女にまとわりつく害虫を見ると、つい駆除の癖が出てしまうもので」
(癖で人をミンチにしようとしないでください……!)
「き、貴様ら……! 正気か! 私を誰だと思っている! 私の財力があれば、こんな村一つ、明日には経済的に干上がらせて……ッ!」
ゴルドーが、冷や汗を拭いながら再びマウントを取ろうと声を張り上げた、まさにその時だった。
『コンコン』
村長室のドアが、ひどく控えめで、上品な音を立ててノックされた。
「……? どなたですか? 今、商談中なのですが」
私が声をかけると、「ごめんあそばせ」という、鈴を転がすような愛らしい声と共に、ドアが静かに開かれた。
そこに立っていたのは、ポポロ村の土埃の舞う風景には到底似つかわしくない、信じられないほど美しい少女だった。
白と淡いグリーンを基調とした、ふわふわのお嬢様ドレス。
長く透き通るような金糸の髪。そして、長く尖った耳。
世界樹の森の奥深くに住まうとされる、神秘の種族――『エルフ』である。
「あ、あの……。少々お尋ねしたいのですが」
彼女は、手にした立派な『世界樹の杖』を大事そうに抱えながら、きょとんとした顔で部屋の中を見回した。
「ここは、ルナミス帝国のファミレス『ルナキン』……の、ドリンクバーのコーナーであっておりますでしょうか? 待ち合わせの時間から、少しばかり遅れてしまったような気がするのですが」
「……は?」
私とゴルドーの声が、見事にハモった。
ルナキン(ファミレス)のドリンクバー? ここは国境沿いのポポロ村の村長室だが。
「いや、あの……ここはポポロ村の村長室で、ルナキンではありませんよ?」
私が困惑しながら答えると、エルフの少女は「まあっ」と、両手でふんわりと口元を覆った。
「ポポロ村……。ルナミス帝国のファミレスからは、随分と遠く離れてしまいましたわね。私、キャルルちゃんとリーザちゃんとの『女子会』にお呼ばれして、春に世界樹の森を出発したはずなのですが。……今は、秋ですわよね?」
「春から今まで迷子になってたんですか!?」
私は思わずツッコミを入れた。
方向音痴にも程がある。世界樹の森からルナミス帝国へ向かうはずが、真逆の国境沿いの村まで、実に半年近くも彷徨っていたというのか。
「おい! そこのエルフの女!」
空気を完全に読まない闖入者に、ゴルドーが苛立ちを隠せずに怒鳴りつけた。
「俺は今、この村の小娘と一千万ポポロにも及ぶ超巨額の商談をしている最中だ! 迷子なら、とっとと外に出ていろ!」
ゴルドーが札束(金貨)で頬を叩くような横柄な態度をとった。
普通なら、大商人の剣幕に萎縮してしまうところだろう。
だが、エルフの少女は、全く動じることなく、ふんわりと小首を傾げた。
「まあ。おじ様、随分と大きな声を出されて。……ひょっとして、お金にお困りなのですか?」
「はあ!? この私が金に困っているだと!? ふざけるな、私はアルマディ一の大商人だぞ!」
「ふふっ、遠慮なさらないでくださいませ。私、皆さんが笑顔になるのを見るのが大好きなのです」
エルフの少女は、ゴルドーの怒声を『強がり』だと完全に勘違いし、慈愛に満ちた(そして最高にズレた)笑みを浮かべた。
「あの……お名前を伺っても?」
私が恐る恐る尋ねると、彼女はふわりとドレスの裾をつまみ、完璧なカーテシー(淑女の礼)を披露した。
「申し遅れました。私、世界樹の森より参りました、ルナ・シンフォニアと申します。キャルルちゃんとリーザちゃんの、お友達ですの」
(ルナさん……。キャルルから話には聞いていたけれど、まさか本当に歩く天然記念物みたいな人がやってくるとは)
「る、ルナミス帝国のお友達なら、ちょうどキャルルとリーザちゃんもこの村にいますよ。今、食堂でルナキンの朝定食とパンの耳を食べてるはずです」
私がそう教えると、ルナはパァァッと顔を輝かせた。
「本当ですか! やはり植物さんたちの教えてくれた道は間違っていなかったのですね! わたくし、とっても嬉しいですわ!」
(※完全に間違っているが、結果オーライである)
ルナは、ゴルドーの存在などすっかり忘れたかのように、トコトコと応接ソファの空いている席に座り、リバロンが淹れてくれていた私の分のハーブティーを、優雅にズズッとすすり始めた。
「……ふぅ。歩き疲れた体に、ハーブの香りが染み渡りますわ」
「き、貴様ァァァッ! 人の話を聞いているのか! この大商人ゴルドー様を無視するなど、万死に値するぞォォッ!」
完全にペースを乱され、無視されたゴルドーが発狂して叫ぶ。
だが、この傲慢な大商人はまだ知る由もなかった。
目の前で優雅にお茶をすするこの天然エルフの少女が、金貨百枚でマウントを取ろうとする己の矮小な経済力を、根本からへし折る『歩くハイパーインフレ(厄災)』であることを。
ポポロ村に、かつてない波乱(経済的カオス)の幕開けを告げる、ルナ・シンフォニアの優雅なお茶会が、今ここに始まったのである。
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