EP 7
頼むから普通に戦え!!
「き、貴様……俺の渾身の一撃の前に、武器すら抜かずに寝転がるだと!? どこまで俺を愚弄すれば気が済むのだァァァッ!!」
魔王軍特務部隊隊長ジャイルズが、裂帛の気迫を込めて咆哮した。
彼の背負った巨大な戦斧から吹き出す赤黒い魔界闘気は、すでに村長室の調度品をガタガタと震わせ、今にも天井を吹き飛ばさんばかりに膨れ上がっている。
対する、ポポロ村が月給三十万ポポロもの大金を叩いて雇ったA級冒険者フェイト・ラックはというと。
「う〜ん……なんか急に、お腹痛くなってきたわ……。ごめん村長、俺、今日早退する……。あ、一応日給分は引いといていいからさ……」
白銀のミスリルアーマーをガシャガシャと鳴らしながら、完全に戦意を喪失した顔で床に丸まり、胎児のようにゴロゴロと転がっていた。
ユニークスキル『コイントス』の裏判定による強烈なデバフ。倦怠感と謎の腹痛に襲われたダメ大人は、魔王軍のエリート幹部が目の前で武器を振りかぶっているという絶体絶命の状況下において、まさかの「完全なる出勤拒否(ふて寝)」を決め込んだのである。
「ちょっとフェイトさん! 起きてください! 敵の前で寝るなんて、前世の総務部の常識では即時解雇案件ですよ!!」
私がバルコニーの入り口で頭を抱えて叫ぶが、フェイトは「無理無理、今日の俺はもうHPマイナスだから……」と耳を塞いで微動だにしない。
「おのれ……これほどまでに、これほどまでに俺を見下すかッ!」
ジャイルズは怒りのあまり、顔中の血管をピキピキと浮き上がらせていた。
魔族の常識において、戦闘中に武器を抜かず、無防備に寝転がるなどという行為は、相手をこれ以上ないほど「格下の羽虫」として扱っていることの証明に他ならない。
(洗脳されているとはいえ、かつてA級と呼ばれた男が、俺の魔界闘気を目の前にして『お腹が痛いから休む』だと!? 馬鹿な! 恐怖を感じてすらいないというのか! どこまで……どこまでこのポポロ村の連中は、精神のタガが外れているのだァァッ!)
ジャイルズの脳内で、またしても斜め上すぎる「強者の深読み」が炸裂した。
彼はフェイトの単なるギャンブル中毒の自滅を、『魔王軍を極限まで舐め腐った、恐るべき精神的挑発行為』だと完璧に誤解してしまったのだ。
「ええい、もういい! まずは貴様から、そのふざけた洗脳ごと肉塊に変えてくれるわァッ!」
ズドォォォォンッ!!
ジャイルズが床の石畳を粉砕しながら、巨大な戦斧を振りかざして寝転がるフェイトへと肉薄した。
赤黒い闘気を纏った一撃が、フェイトの脳天めがけて一直線に振り下ろされる。
「危ないですわーっ!!」
その時、村長室のドアをバァンと開けて飛び込んできたのは、芋ジャージ姿のリーザだった。
「フェイトさん、私のために五円玉を投げてくれた大恩人ですのに! 死なせはしませんわ! アイドルの愛の輝き(物理)で……っ!」
リーザがなぜか手提げ金庫(物販の売上入り)を武器のように振り回してダッシュしてくる。
「リーザちゃんも入ってこないで! 現場が余計に混乱するから!」
「もぐもぐ……何これ、お祭り? じゃあ私も、月影流・お茶会乱入の構え!」
さらに後ろから、口の周りにマカロンの粉をつけたキャルルがトンファーを構えてひょっこり現れる。
「キャルルもストップ! もう、自警団が機能しないなら私が……っ!」
私が『善行ポイント通販』の画面を脳内で開き、何か足止めになる地球の便利グッズ(激辛スプレーなど)を注文しようとした、まさにその瞬間。
「――お下がりください、オリヒメ様」
低く、どこまでも静かで、しかし逆らうことを許さない圧倒的な声が、混乱の極みに達した村長室を支配した。
私の前にスッと立ちはだかったのは、完璧な燕尾服に身を包んだ長身の執事――リバロンだった。
彼の背中から、青白い人狼の闘気が爆発的に吹き出す。それはジャイルズの放つ赤黒い魔界闘気を、一瞬にして霧散させてしまうほどに濃厚で、絶対的な『王の威圧』だった。
「な……ッ!?」
ジャイルズの戦斧が、リバロンの放つ桁違いの殺気の前に、空中でピタリと止められた。防戦に回ったわけではない。ただリバロンが「一歩前に出た」というその事実だけで、ジャイルズの身体が本能的な恐怖によって硬直してしまったのだ。
「……これ以上の道化芝居は不要です」
リバロンの黄金の瞳が、冷酷な獣のそれへと細められる。
「我が愛しき主(オリヒメ様)がせっかく経費(月給三十万)を支払って雇った手駒ゆえ、一度は機会を与えましたが……やはり、この手の生ゴミに実務を期待したのが間違いでした。オリヒメ様、この先の『防衛業務』は、すべて私一人にお任せください」
リバロンは優雅に、しかし極めて冷酷な動作で、懐から純白の『名刺刃』を静かに引き抜いた。
「主の美しい手を汚す害虫は、私が細胞のひとかけらすら残さず、夜の闇の底へ排除(お掃除)して差し上げましょう」
「リ、リバロンさん……っ」
彼の背中から溢れる、過保護すぎる愛情と、私を守るためなら世界をも滅ぼしかねないほどの圧倒的な執着。
前世では誰も私を守ってくれなかった。理不尽な仕事も、深夜までの残業も、すべて私が一人で背負うのが当たり前だった。
それなのに、この世界では、彼が私のために完璧な盾となって、すべてを背負おうとしてくれている。そのぬくもりが、私の胸を不意に熱くさせた。
「……フン、ついに真の姿を現したな、魔女の筆頭下僕め!」
ジャイルズはリバロンの放つ規格外の強さに冷や汗を流しながらも、戦士としてのプライドを振り絞って吠えた。
「だが、俺は魔王軍の特務部隊隊長だ! 貴様らのような洗脳された狂人どもに、我が誇り高き武力が屈すると思うなよォォォッ!!」
ジャイルズが再び戦斧を構え直し、全身の魔力を一極に集中させる。
リバロンもまた、名刺刃に青白い闘気を纏わせ、冷徹な一撃を放とうと地を蹴る構えをとった。
凄まじい二つの強大な力が、この狭い村長室の中で正面から激突しようとした、そのまさに刹那――。
「……あ、やべ」
床に丸まっていたフェイトが、気の抜けたような声を漏らした。
彼のポケットから、出勤拒否の元凶となったあの銀貨とは『別のコイン』が、ゴロゴロと床へ転がり落ちたのだ。
そのコインは、床の上を数回跳ねた後。
チンッ……と、奇妙なほどに澄んだ音を立てて、動きを止めた。
出た目は――表でも、裏でもなかった。
なんと、コインの縁の縦の部分で、奇跡的にまっすぐ直立していたのである。
――ユニークスキル『コイントス』。
確率〇・〇一%、コインが縦に立った瞬間、基礎能力・運気・闘気がすべて【百倍】になるという、神話級の理不尽大当り判定。
「……あ。立っちゃったわ」
フェイトが、ぽつりと呟いた。
その瞬間。
村長室の中に、言葉を失うほどの、神々しい黄金の光が降り注いだ。
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