EP 5
タローマン・ガチャの罠
「正面突破は中止だ。あの恐るべき洗脳魔法を使う女の術中には絶対にハマるなよ。我々はこれより、隠密行動によって村の心臓部(コールドチェーンの設備)を直接破壊し、この村を兵糧攻めにする!」
魔王軍特務部隊の隊長ジャイルズの悲壮な決意のもと、二名の魔族のエリート工作員――ゾルグとガルムが、深夜のポポロ村へと放たれた。
彼らは気配を完全に殺し、闇に溶け込む魔法を駆使して、村の物流設備の裏手へと見事に潜入を果たしていた。
「……見ろ、ガルム。あれがこの村に莫大な富をもたらしている『魔導保冷コンテナ』の冷却装置だ」
「ああ、ゾルグ。あの装置の魔力回路を我々の魔界闘気でショートさせてやれば、中の食糧はすべて腐り落ち、この村は数日で干上がるだろう」
二人のエリート魔族は、暗闇の中で邪悪に微笑み合った。
彼らは魔王軍の中でも特に冷静沈着で、任務達成率百パーセントを誇るプロフェッショナルである。人間の村一つを破壊するなど、彼らにとっては赤子の手をひねるよりも容易い任務のはずだった。
だが、冷却装置へと忍び寄ろうとした彼らの前に、暗闇の中で煌々と極彩色の光を放つ『謎の箱』が立ち塞がった。
「な、なんだこの魔導具は……?」
ゾルグが警戒しながらその箱に近づく。
それは、四角い箱の上に透明なドームが乗っており、中には無数のカラフルな丸いカプセルが詰まっていた。
箱の正面には、タローマンの奇妙な顔のイラストと共に、このように書かれていた。
『タローマン製・魔導カプセルトイ(第一弾)! 1回500ポポロ。村の特産品や限定グッズが当たる!』
「……まどう、かぷせるとい? なんだそれは。人間の新たな兵器か?」
ガルムが眉をひそめる。
「待て、ガルム。ここに景品のリストが書かれているぞ。……『ノーマル:タローマン消しゴム』『レア:アイドル・リーザのサイン入りプロマイド』……そして、これだ!」
ゾルグが、震える指で『SSR』の欄を指差した。
そこには、黄金の文字でこう書かれていたのだ。
『SSR:三ツ星シェフ・ルナキン特製【秋の味覚マカロンの極秘レシピ】&【ルナキン・アクリルスタンド(光る!)】』
「ル、ルナキンだと……! 昼間、あのウサギのバケモノ(キャルル)が幸せそうな顔で食い尽くしていた、あの究極の料理を作ったという伝説の料理人か!」
「なんという事だ……! その極秘の『レシピ』が、この箱の中に封印されているというのか!」
慢性的な食糧難に喘ぐ魔王領からやってきた彼らにとって、『美味しいご飯のレシピ』というのは、文字通り国家の存亡を左右するほどの超・戦略的価値を持つお宝である。
「ゾルグ! この設備を破壊するよりも、この『SSR』とやらを持ち帰り、魔王様に献上した方が遥かに大きな手柄になるぞ!」
「ああ! だが、どうやってこの強固な透明ドームを破壊する? 迂闊に手を出せば、警報魔法が作動するかもしれん」
二人のエリート工作員は、カプセルトイ(ガチャガチャ)の前で真剣に軍議を交わした。
「……ここに『500ポポロ硬貨を入れて、ハンドルを右に回せ』と書いてある。人間の通貨なら、変装用の軍資金としてジャイルズ隊長から預かっているはずだ」
「なるほど、正規の手順を踏んでロックを解除するのだな。……やってみろ、ガルム」
ガルムは、懐から500ポポロ硬貨を取り出し、震える手で投入口へと押し込んだ。
そして、ガチャリ、と重いハンドルを回す。
コロン。
軽快な音と共に、下の取り出し口に丸いカプセルが転がり出てきた。
「出たぞ! これで我々は、魔王軍を救う英雄だ!」
ゾルグとガルムは固唾を呑んでカプセルを開けた。
しかし、中から出てきたのは、レシピの羊皮紙ではなく、白くて奇妙な顔をした小さなゴムの塊だった。
「……なんだこれは」
「リストによれば、『ノーマル:タローマン消しゴム』だそうだ。……ええい、外れか!」
ガルムがギリッと牙を剥く。
「フン、人間の仕掛けた罠だ。そう簡単に『SSR』という最高機密を渡すはずがない。……だが、我々魔王軍の執念を舐めるなよ。もう一度だ!」
チャリン。ガチャ、コロン。
「ノーマル:ずっ友ロコシの種」
「……もう一度だ!」
チャリン。ガチャ、コロン。
「ノーマル:タローマン消しゴム(二個目)」
「くそっ! なぜだ! なぜ出ない! 俺たちの魔界闘気が足りないというのか!?」
冷静沈着だったはずのエリート工作員たちの目が、徐々に血走り始めていた。
ただの「ランダム排出」という概念を知らない彼らは、これを『自分たちの気合いと魔力への挑戦(試練)』だと完全に誤解してしまったのだ。
「ええい、次こそは……! 次こそは必ずSSRが出るはずだ! 確率論的に考えても、そろそろ光の演出が来る頃合いだろう!」
ガルムが、変装用に預かっていた軍資金の袋をひっくり返し、500ポポロ硬貨を次々と投入し始める。
チャリン、ガチャコロン。レア。
チャリン、ガチャコロン。ノーマル。
「ああっ! くそっ、またタローマン消しゴムだ! これでもう八個目だぞ!」
「諦めるなガルム! ここで引かなければ、今までに投資した軍資金が無駄になるんだぞ! 引くんだ、回し続けるんだ!」
「わかっている! 俺の運命を信じろォォッ!」
――それは、数時間前に宿屋で絶望していたダメ自警団リーダー(フェイト)と、全く同じ台詞、全く同じ精神状態であった。
『ガチャ』という、人間の欲望と射幸心を極限まで煽る恐るべき集金システムの前に、魔王軍の誇りも、破壊工作の任務も、彼らの脳内から完全に消え去ってしまった。
彼らはただひたすらに、ハンドルを回し続けた。
自分たちの軍資金が底をつきかけていることにも気づかずに。
***
「……遅い。ゾルグとガルムの奴ら、冷却装置の破壊にどれだけ時間をかけているのだ」
村の外れの森で待機していた特務隊長ジャイルズは、一向に破壊の爆発音が響かないことに苛立ちを募らせていた。
「まさか、あのオリヒメという女に気づかれたか……? ええい、俺が直々に様子を見てくる!」
ジャイルズは単身、暗闇に紛れてポポロ村の物流設備へと潜入した。
もし部下たちが人間の兵士に捕らえられているのなら、隊長である自分がこの手で人間どもを血祭りに上げてやる。そう決意しながら、設備のある裏手へと回り込んだ。
だが、そこでジャイルズが目にしたのは――。
「やった……やったぞォォォォッ!!」
「ガルム! 見ろ、この虹色の光を! ついに、ついに我々は神のレシピを手に入れたのだァァッ!!」
煌々と光る『魔導カプセルトイ』の機械の前で、互いに抱き合い、ボロボロと大粒の涙を流して歓喜している二人の部下の姿だった。
「お、お前たち……一体何をしているのだ!? 任務はどうした!」
ジャイルズが驚愕して声をかけると、ゾルグとガルムはハッとして振り返り、満面の笑みでジャイルズに駆け寄ってきた。
「ジャイルズ隊長! 見てください! 人間の最高機密『SSR・ルナキンのアクリルスタンド(光る)』を奪取いたしました!」
「これで魔王軍は救われます! さあ隊長、このレシピを魔王様のもとへ!」
彼らの足元には、空になった軍資金の革袋と、大量のカプセルの残骸、そして数え切れないほどの『タローマン消しゴム』が散乱していた。
彼らの瞳は、魔族特有の凶悪な光を完全に失い、ただの「推しグッズを手に入れて満足した純朴なオタク」のそれに成り下がっていた。
「な……貴様ら、まさか……そのガラクタを手に入れるために、軍資金をすべて……あの箱に吸い取られたというのか!?」
ジャイルズの顔面が、恐怖と絶望で蒼白になった。
(バカな……。ゾルグもガルムも、拷問にすら耐え抜く強靭な精神力を持ったエリートだぞ! それが、人間の小娘の手下になったわけでもないのに、ただあの『光る箱』を回しただけで、自ら軍資金を差し出し、牙を抜かれてしまっただと!?)
ジャイルズは悟った。
昼間、あの恐るべきA級剣士が、アイドルに小銭を投げて狂喜していた理由を。
(これだ……! これが、オリヒメの使う『精神破壊(洗脳)の魔法』の正体……ッ! 人間の射幸心と欲望を無限に刺激し、戦意を根こそぎ奪い取る『悪魔の箱』……!)
「た、隊長? どうされました? なぜそんなに震えて……」
SSRのアクリルスタンドを胸に抱きしめ、純粋な笑顔を向けてくる部下たち。
もはや彼らに、破壊工作員としての機能は微塵も残っていない。彼らは完全に、タローマン・ガチャの魅力(沼)に沈み、無力化されてしまったのだ。
「……おのれ、おのれ人間どもォォッ! どこまで我々魔王軍をコケにすれば気が済むのだァァッ!!」
ジャイルズの悲痛な叫びが、夜のポポロ村に空しく響き渡った。
***
翌朝。
朝の散歩がてら、村の物流設備の点検にやってきた私とリバロンは、ぽつんと置かれた魔導カプセルトイの機械を見て首を傾げた。
「あら。ガチャガチャの中身、一日で空っぽになっちゃってますね」
私が機械のコインボックスを開けると、中からはジャラジャラと、溢れんばかりの500ポポロ硬貨が雪崩のようにこぼれ落ちてきた。
「すごい売上! 誰がこんなに回したんでしょう? 村の子供たちには、少し高すぎる金額設定だと思ったんですが」
私が不思議そうに首を傾げていると、リバロンが冷ややかな目で周囲の地面(カプセルの残骸)を一瞥した。
「……オリヒメ様。どうやら昨夜、この機械の前で『自身の身の丈に合わない運命』に挑み、全財産をむしり取られた哀れな愚か者がいたようですね」
「えっ? ということは……まさか」
「ええ。十中八九、あの給料泥棒の仕業でしょう。夜中に忍び込んで、前借りしようとしていた金でも突っ込んだに違いありません。……やはり彼には、後で物理的な『清算』が必要なようですね」
リバロンが、こめかみに青筋を立てながら名刺刃をチャキッと鳴らす。
「も、もう! フェイトさんってば、本当にどうしようもない人なんだから!」
私はすっかりフェイトの仕業だと信じ込み(まさか魔王軍の工作員が全財産を溶かしたなどとは夢にも思わず)、彼への説教の言葉を頭の中で組み立てながら、ホクホク顔で大量の硬貨を回収するのであった。
そして、部下をガチャの沼で無力化され、軍資金すらも失い、ついに後がなくなった魔王軍特務隊長ジャイルズの怒りは、いよいよ取り返しのつかない爆発の時を迎えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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