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婚約破棄された社畜令嬢、追放先の村でのんびり善行通販していたら、人狼の最強執事に溺愛されて捨てた国は自滅しました  作者: 月神世一


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EP 4

推し活とウサギと、サボり魔

人間に変装した魔王軍特務部隊の隊長ジャイルズと、その精鋭の部下たちは、極度の緊張感と共にポポロ村の広場へと足を踏み入れた。

「……警戒を怠るな。昨夜のあの『不眠不休の要塞』の様子からして、昼間はさらに厳重な警備が敷かれているはずだ。人間の精鋭部隊が、どこかに潜んでいるかもしれん」

ジャイルズはマントのフードを深く被り、周囲に鋭い視線を巡らせた。

村の広場は、多くの商人や荷馬車で行き交い、異常なほどの活気に満ちている。

魔族である彼らから見れば、ここは「敵国(人間)の巨大な兵站基地」に他ならない。いつ武装した兵士に取り囲まれてもおかしくない、死地である。

「た、隊長! 広場の中央から、凄まじい人々の歓声(雄叫び)が聞こえます! まさか、人間の軍隊が軍事演習でも行っているのでは……!」

部下の一人が、顔を青ざめさせて広場の中心を指差した。

「チッ、やはりか。……よし、少しだけ近づいて、人間の軍事力を偵察するぞ」

ジャイルズたちは息を殺し、歓声の上がる広場の中央へと近づいていった。

そして、彼らがそこで目撃したものは――。

「さあ皆様ーっ! 今日も元気に、笑顔の魔法をお届けしますわよーっ! 私に五円玉スパチャの雨を降らせてくださいませーっ!」

特設の木箱ステージの上で、キラキラの『スパンコール付き芋ジャージ』を着た少女リーザが、タローマン製の魔導メガホンを手に、元気いっぱいに歌って踊っている姿だった。

「……は?」

ジャイルズは、思わずマントの中で素っ頓狂な声を漏らした。

軍事演習ではない。どこからどう見ても、ただの『アイドルの無償ゲリラライブ』である。

「うおおおおおっ! リーザちゃぁぁん!! 最高だァァァッ!!」

そして、そのステージの最前列で、誰よりも野太い声を張り上げ、奇妙な踊り(ヲタ芸)を披露している一人の男がいた。

白銀に輝く最高級の『ミスリルアーマー一式』を身に纏いながら、その上から法被はっぴを着込み、両手にペンライトを握りしめた銀髪の男――フェイトである。

「俺の全財産(前借りした昼飯代)を受け取ってくれェェッ!!」

チャリン、チャリン、チャリィィンッ!

フェイトは、なけなしの五円玉を、これでもかとばかりにリーザの足元にある『スパチャ箱』へと投げ入れている。

「な……なんだ、あの男は」

ジャイルズは、フェイトの異様すぎる姿に絶句した。

だが、歴戦の強者であるジャイルズの目は誤魔化せなかった。フェイトが熱狂に任せてペンライトを振るうその動き。関節の柔らかさ、体幹のブレなさ、そして何より、彼が身に纏うミスリル装備の重さを微塵も感じさせない身体能力。

(あの男……隙だらけの道化に見えるが、ただ者ではない。恐るべき体術の練度と、膨大な闘気を隠し持っている……! A級、いや、それ以上の実力者だ!)

ジャイルズはゴクリと唾を飲み込んだ。

「た、隊長。あちらの屋台を見てください」

部下が、今度は広場の端にある焼き鳥屋台を指差した。

「おじちゃん、これ全部ちょうだい! あ、タレ多めで!」

「もぐもぐ……んふー、最高! 月影流・無限胃袋の前に敵はないね!」

そこには、巨大なウサギの耳を生やした小柄な少女キャルルが、自分の身長ほどもある串焼きの山を、一瞬にしてブラックホールのように胃袋に収めていく姿があった。

(な、なんだあの獣人は……!? 体の奥底から、神話級の底知れぬ魔力を感じる……! まさか、伝説の『神獣』クラスの化け物か!?)

ジャイルズの背筋に、氷のような悪寒が走った。

フェイトといい、キャルルといい、魔王軍の幹部クラスに匹敵する恐るべき強者たちが、なぜこの小さな村にゴロゴロしているのだ。

だが、ジャイルズが最も理解できなかったのは、彼らの『緊張感のなさ』だった。

(なぜだ……! これほどの強者たちが、なぜあんなにも無防備に、女の歌に狂喜し、焼き鳥のタレを顔に塗りたくって平和を貪っているのだ!? 闘争本能はないのか!?)

ジャイルズが混乱の極みに達していた、その時。

「……ちょっと、フェイトさん!」

凛とした、しかし呆れ果てたような冷たい声が広場に響いた。

群衆がサッと道を空け、そこから現れたのは、質素だが仕立ての良いドレスを着た、美しい人間の令嬢――オリヒメだった。

彼女の背後には、圧倒的な『死の気配(殺意)』を纏った、長身の人狼の執事リバロンがピタリと付き従っている。

「ゲッ、村長!」

フェイトが、ビクッと肩を震わせてヲタ芸の動きを止めた。

「貴方、さっき『お腹が空いて一歩も動けないから、ルナキンの食堂の食券代として五百ポポロだけ前借りさせてくれ』って私に泣きつきましたよね? なんでそれを全部、五円玉に両替してリーザちゃんのスパチャ箱に投げ入れてるんですか!」

私が腰に手を当ててジト目で睨みつけると、フェイトは冷や汗を流しながら後ずさった。

「い、いや! 違うんスよ村長! これは俺の魂の栄養メシっていうか、推しへの投資であって……!」

「投資で腹は膨れません! だいたい、初任給はガチャで溶かすわ、自警団の見回りはサボるわ、本当に給料泥棒にも程がありますよ!」

私は説教をしながら、フェイトの襟首をガシッと掴んだ。

「オリヒメ様。やはりこの生ゴミは資源の無駄です。今すぐ私が、彼を燃えるゴミとして広場の外で焼却(処理)してまいりましょうか。……貴女の手を汚す価値すらありません」

リバロンが、青白い闘気を纏った名刺刃をチャキッと鳴らし、フェイトに極悪な笑みを向ける。

「ヒィィィッ! 執事さんの殺気が本気だァァッ! ごめんなさい、働きます! 見回り行きますからァ!」

フェイトは情けない悲鳴を上げながら、広場の外へと逃げるように走り去っていった。

「オリヒメ、怒ると怖いねー。……おじちゃん、焼き鳥もう五十本追加で!」

キャルルも、私の剣幕を見て少しだけ耳を寝かせたが、食欲は止まらなかった。

「……まったく。次から次へと、手のかかる人たちばっかり」

私はため息をつきながら、リバロンにエスコートされて村長室へと戻っていった。

――一方。

その一連のやり取りを物陰から見ていたジャイルズたち魔王軍は、ガクガクと膝を震わせ、完全に『独自の解釈』による恐怖のどん底に突き落とされていた。

「た、隊長……! 見ましたか、今の光景を……!」

「あ、ああ……信じられん。あのA級以上の実力を持つ銀髪の剣士と、底知れぬ魔力を持つ神獣が……あの魔力を全く持たない『ただの人間の小娘オリヒメ』に、完全に怯えきっていた……!」

ジャイルズは、ギリッと牙を噛み締めた。

魔族の常識では、強い者が弱い者を支配する。魔力を持たない人間が、あのようなバケモノたちを従えるなど、物理的に不可能なはずなのだ。

(だとすれば……答えは一つ!)

ジャイルズの脳内で、とんでもない誤解が完璧なロジックとして完成してしまった。

「……恐ろしい女だ、あのオリヒメという領主は! 彼女は、物理的な力ではなく、精神を破壊する『恐るべき洗脳魔法』を使い、あの強者たちの心をへし折り、己の快楽のためにあのような『道化オタク』へと造り変えてしまったのだ!」

「な、なんと……! 恐るべきは人間の悪意!」

「だからあの銀髪の男は、誇り高き剣士でありながら、アイドルに小銭を投げるような狂人に成り果てていたのですね……!」

副官たちも、ジャイルズの斜め上すぎる推論に完全に納得し、青ざめた。

「隊長、このままでは我々も、あの女の洗脳魔法にかけられ、よくわからない『ジャージ』を着せられて踊らされてしまいます!」

「チッ……正面突破は危険すぎる。我々の誇り高き魔族の魂を、あのような道化にされてたまるか!」

ジャイルズは、冷や汗を拭いながら部下たちに撤退の合図を出した。

「一旦引くぞ! 防衛網の隙を探り、直接あの村のインフラ設備コールドチェーンを破壊し、村を経済的に孤立させる作戦に変更する。……絶対に、あのオリヒメの術中にはハマるなよ!」

こうして。

私の「給料泥棒への正当な説教ツッコミ」と、フェイトの「どうしようもない推しサボり」は、魔王軍のエリート特務部隊に『精神破壊の洗脳魔法』という盛大な勘違いを植え付け、彼らの襲撃作戦をさらに後ろ向きなものへと捻じ曲げてしまったのである。

だが、この時の私はもちろん、魔王軍の精鋭たちが次なる標的とした『村の設備』の近くに、さらなる理不尽な罠――カグヤ様由来の『魔導カプセルトイ(ガチャ)』が設置されていることなど、知る由もなかった。

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