EP 3
魔王軍特務部隊の襲来と、文化の壁
ポポロ村の新たな自警団リーダー・フェイトが、初任給をソシャゲのガチャで全額溶かして絶望の淵に沈んでいたその日の深夜。
村の北側にそびえる険しい山脈――魔王領とルナミス帝国の国境を隔てる『死の森』を、音もなく進む漆黒の集団があった。
「……見えてきたぞ。あれが標的の『ポポロ村』だ」
漆黒の軍服に身を包み、頭に鋭い二本の角を生やした男――魔王軍特務部隊隊長・ジャイルズが、崖の上から眼下の盆地を見下ろして冷酷な笑みを浮かべた。
彼の背後には、魔王軍の中でも特に選りすぐられた精鋭の暗殺者や魔戦士たちが、一糸乱れぬ動きで控えている。
「ジャイルズ隊長。報告によれば、あの村は『魔導コールドチェーン』なる未知の魔法技術で、莫大な食糧と富を独占しているとのこと。勇者ゼロスを失脚させたのも、あの村の領主だとか」
副官の魔族が、闇に紛れて進言する。
「フン、勇者など所詮は金と見栄に塗れた下等な人間だ。己の力ではなく、薄っぺらい権威に頼るから自滅するのだ」
ジャイルズは、忌々しげに鼻を鳴らした。
彼は、魔王軍の中でも「純粋な武力と暴力こそがすべてを支配する」という絶対的な実力主義者だった。
「我々魔族は違う。圧倒的な力と恐怖で、人間の軟弱な心をへし折る。……あの村のシステムも、富も、そしてそれを作り上げた『オリヒメ』という小娘も、すべて我が軍の武力で蹂躙し、魔王様への献上品として奪い尽くしてやる」
ジャイルズの瞳が、血に飢えた獣のように赤く光る。
深夜。人間たちはみな深い眠りにつき、村は無防備な暗闇に包まれているはずだ。
その静寂を引き裂き、絶望のどん底に叩き落としてやる――そう意気込みながら、彼らが崖の先端から村の全景を見下ろした、その瞬間だった。
「……は?」
ジャイルズは、思わず素っ頓狂な声を漏らした。
彼らの眼下に広がるポポロ村は、暗闇に包まれるどころか、真昼のように煌々と輝いていたのである。
「な、なんだあの凄まじい光の魔法は……!? 目が、目が潰れるッ!」
副官が悲鳴を上げて目を覆う。
村の広場や街道沿いには、オリヒメが『善行ポイント』で設置したタローマン製の超強力LED投光器(ナイター照明仕様)が何十基も立ち並び、村全体を影一つない白昼夢のような明るさで照らし出していた。
「ひ、光だけではありません隊長! 見てください、あそこを……!」
別の部下が震える指で指差した先。
村の広大な荷下ろし場では、真夜中だというのに何十人もの人間たちが起きており、キビキビとした動きで巨大な鉄の箱(保冷コンテナ)から物資を運び出していた。
『ピッ!』『ピッ!』『ヨシ!』
彼らは手に持った謎の魔導具で木箱を読み取りながら、全く無駄のない動きで荷物を仕分けていく。
夜間シフトの商人や作業員たちである。
「深夜割増手当が出るから、夜勤は最高だぜ!」と笑い合う彼らの顔に、魔王軍が期待していた「怯え」や「隙」は微塵も存在しない。
「馬鹿な……人間どもは、夜は眠る生物のはずだ! なぜあんなに統制された動きで、深夜に活動しているのだ!?」
ジャイルズは混乱のあまり、頭を抱えた。
だが、彼らを最も恐怖させたのは、人間たちの働きぶりではなかった。
『デタラメヲヤッテゴラン!』
『バクハツダ!』
奇妙な、そしてひどく陽気な電子音声と共に、広場の中を「真っ白で奇妙な顔立ちのゴーレム」が何十台も、人間たちと交差するように走り回っていたのだ。
それはオリヒメが導入した『タローマン型・全自動無人搬送車(AGV)』だった。
地面に引かれた磁気テープに沿って、重さ数トンの荷物を軽々と持ち上げ、一糸乱れぬ完璧な軌道でコンテナへと運んでいく。
「な、なんだあの白くて不気味な顔の化け物は!? 命の気配が全くないのに、完璧な陣形で隊列を組んで動いているぞ!」
「た、隊長……! あの巨大な鉄の箱(魔導保冷コンテナ)からも、恐ろしいほどの冷気(冷媒ガス)が漏れ出しています! もしやあれは、我々魔族を凍らせて封印するための兵器では……!」
魔王軍の精鋭たちは、完全に独自の「軍事的解釈」による深読みの沼にハマっていた。
ただの二十四時間稼働の物流センター(深夜の仕分け作業)の光景が、彼らの目には『不眠不休で稼働する、恐るべき古代兵器の要塞』にしか見えなくなっていたのである。
「くそっ……! 報告と全然違うではないか! なんだこの鉄壁の要塞は!」
ジャイルズは崖の上の岩を殴りつけ、ギリッと牙を剥いた。
「あの白くて不気味なゴーレム(タローマン搬送機)……一切の感情を持たず、ただ無言で(※バクハツダ!とは言っているが)重機を運ぶあの動き。もしあれが一斉に我々に襲いかかってきたら、特務部隊といえど無傷では済まん」
(※実際にはタローマン搬送機に戦闘能力は一切なく、障害物を検知すると安全のために「スミマセン」と言って停止するだけである)。
「ジャ、ジャイルズ隊長。いかがなさいますか? このまま正面から強襲をかければ、あの無数の兵器群と、不眠不休の人間兵士たち(夜勤の商人)を相手にすることになりますが……」
副官が冷や汗を流しながら尋ねる。
「……ええい、やむを得ん!」
ジャイルズは苦虫を噛み潰したような顔で、部下たちを振り返った。
「強者の戦いとは、常に情報を制することから始まる! 敵の未知の兵器の正体と、あの村を統べる『オリヒメ』という女の真の力を探るのが先決だ。……正面からの奇襲は中止! 明日の朝を待って、人間の商人に変装し、村の内部に潜入する!」
「はっ! 了解いたしました!」
こうして、武力と恐怖による絶対支配を掲げてやってきたはずの魔王軍エリート特務部隊は、ポポロ村の『二十四時間稼働のブラック……もとい、効率的すぎる物流システム』に完全に気圧され、ただの「視察見学ツアー(変装潜入)」へと作戦を変更せざるを得なくなってしまったのである。
***
夜が明け、翌朝。
ポポロ村の村長室では、徹夜の決算処理(夜勤)を終えた私が、デスクに突っ伏して魂を抜かれたような顔をしていた。
「……おはようございます、オリヒメ様。夜間シフトの処理、お疲れ様でした。熱い陽薬茶をお淹れしましたよ」
完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、爽やかな朝の光を背負ってティーカップを差し出してくれる。
「ああ……リバロンさん、ありがとうございます。五臓六腑に染み渡ります……」
私はお茶をすすりながら、ズンッと重い疲労感を吐き出した。
村の経済が発展するのは嬉しい悲鳴だが、管理する数字が莫大になりすぎて、さすがに前世の経理スキルをもってしてもギリギリのラインになってきている。
「ふむ。やはり、貴女にこれ以上の負担を強いるのは私の本意ではありません。一部の承認プロセスは私が代行するようにシステムを組み直しましょう。貴女は私の腕の中で、甘いお菓子でも食べていればよいのです」
リバロンが、私の肩を優しく揉みほぐしながら、サラッと過保護すぎる提案をしてくる。
「いえいえ、それは流石に村長として……」
私が苦笑いをしていると、不意に窓の外から、キャルルの呆れたような声が聞こえてきた。
「ちょっとフェイト! あんた自警団のリーダーでしょ! なんで朝からそんなとこで寝てんの!」
窓から下を覗き込むと、村の広場のベンチで、ミスリルアーマーを着込んだ銀髪の男――フェイトが、白目を剥いて完全に干からびていた。
「……あー、おはようウサギのお嬢ちゃん。悪いけど俺、今日はもうHPゼロなんだわ。昨日ガチャで三十万溶かしたショックで、夜も一睡もできなくてさァ……」
フェイトはゾンビのように力なく手を振っている。
「三十万ポポロって、オリヒメが払った初任給でしょ!? あんたマジで何やってんの! 今日も見回りの仕事あるんだから、早く立ちなよ!」
キャルルがトンファーでフェイトのミスリル鎧をガンガンと小突くが、フェイトは「無理無理。俺の魂はもう、ガチャの海に沈んだんだ……」と微動だにしない。
「……リバロンさん」
私は笑顔のまま、青筋を立ててリバロンを振り返った。
「あの給料泥棒、今すぐルナキンの厨房の裏に連れて行って、タマネギの皮剥き刑(無給)に処してください。自警団の仕事をするまで、ご飯抜きです」
「御意。……いっそ、皮ごと挽肉にしてしまいましょうか」
「挽肉はダメです」
私とリバロンがそんな物騒なやり取りをしていた、まさにその時だった。
村の正門を潜り抜け、大きなマントで身を隠した数人の怪しい男たち――人間に変装した、ジャイルズ率いる魔王軍特務部隊が、ついにポポロ村の内部へと足を踏み入れていたのである。
「よし、潜入成功だ。これより、この村の防衛力と弱点を探り出すぞ」
ジャイルズが部下たちに小声で指示を出す。
彼らは極度の緊張感を持って、この『恐るべき要塞』の内部探索を開始した。
だが、彼らが最初に目撃することになるのは、人間の恐るべき兵器でも高度な魔法陣でもなく。
アイドル(リーザ)の無償ライブに五円玉を投げつけるダメ大人と、屋台の飯を食い尽くすウサギという、あまりにも平和で、そして緊張感のカケラもない『ポポロ村の日常』だった。
読んでいただきありがとうございます。
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