EP 2
A級の実力と、ソシャゲの闇
ルナキン特製の『朝の目覚ましカツサンド(肉汁二倍)』を胃袋に収めたフェイトは、現金なことにすっかり機嫌を直し、ポポロ村の広場にある自警団の詰め所へとやってきた。
「ふぅー……食った食った。ルナキンさんの飯、マジで最高っスね。これなら毎日出勤してもいいかも」
フェイトは満足げに腹をさすりながら、村長室のバルコニーの下でポポロ・シガレットをふかしている。
(……毎日出勤するのが当たり前なんですけどね)
私は窓からその様子を見下ろし、心の中で深々とため息をついた。
身なりこそ白銀のミスリルアーマーでビシッと決まっているが、その中身は絵に描いたようなダメ人間だ。本当にこの男に、村の防衛(魔王軍からの護衛)を任せて大丈夫なのだろうか。
私の不安が天に通じたのか、あるいは単なる間の悪さか。
突如として、村の入り口にある見張り台から、魔導メガホンを通した切羽詰まった声が響き渡った。
『警戒警報! 村の南側、街道沿いの森から大型の魔物が接近中! ギルドの識別信号……脅威度A級、『ブラッド・オーガ』の変異種です!』
「A級魔物……っ!」
私は思わず窓枠に手をついた。
A級といえば、熟練の冒険者パーティーが束になってようやく討伐できるレベルの凶悪な魔物だ。ポポロ村のコールドチェーンの富の匂いに引き寄せられてやってきたのだろうか。
「オリヒメ様。ご安心を」
私の背後で、リバロンが静かに一歩前に出た。
「あのような雑魚、私が名刺刃を振るうまでもなく、闘気のみで圧殺してご覧に入れます。貴女の美しい視界を、一秒たりとも汚させはしません」
リバロンから、青白い人狼の殺気が立ち上る。彼なら本当に、数秒でオーガをミンチにしてしまうだろう。
だが。
「待ってください、リバロンさん」
私はリバロンを制止し、バルコニーから下に向かって声を張り上げた。
「フェイトさん! あなたの初仕事です! 月給三十万の働き、見せてもらいますからね!」
「えーっ。飯食った直後でダルいんスけど……」
フェイトはシガレットを携帯灰皿にポイと捨てると、ボサボサの銀髪を掻きむしりながら、面倒くさそうに村の入り口へと歩き出した。
やがて、森の木々を薙ぎ倒しながら、身の丈五メートルはあろうかという赤黒い巨体の魔物――ブラッド・オーガが姿を現した。
その手には、巨大な大木を丸ごと引っこ抜いた棍棒が握られており、一振りするだけで地面がえぐれ、突風が巻き起こる。
「ヒィィッ! で、でかい!」
「商隊を下がらせろ! 防壁のゲートを閉じろ!」
商人や村人たちがパニックに陥る中、フェイトだけは全く動じることなく、オーガの真正面に立ち塞がった。
「ああもう、うるせえなァ。ガチャの更新時間が迫ってんだから、サクッと終わらせるぞ」
フェイトは、背中に背負っていた特注の『ミスリルソード』を、チャキッと軽やかな音を立てて引き抜いた。
その瞬間。彼の纏う空気が、先ほどまでの「ダル絡みしてくるダメな大人」から、歴戦の強者特有の『鋭い刃』のようなものへと一変した。
「グルルルルルァァァッ!!」
ブラッド・オーガが、フェイトを認識し、巨大な棍棒を脳天めがけて振り下ろす。
直撃すれば、地面ごとペチャンコにされるほどの威力の、必殺の一撃。
だが、フェイトはコイントスすら行わなかった。
「よっと」
ただ一言、軽い声を漏らすと、彼の姿がブレた。
体術A、剣術A、闘気A。
彼がギルドから『A級冒険者』として認定されているのは、決して運だけの結果ではない。彼自身の素の身体能力と剣のセンスが、すでに常人の域を遥かに超えているのだ。
ズドォォォォンッ!!
オーガの棍棒が地面を砕くが、そこにフェイトの姿はない。
彼はオーガの腕を足場にして空高く跳躍し、太陽の光を背にして、ミスリルソードを上段に構えていた。
「『一刀・両断』」
空気を裂くような、静かで、しかし圧倒的な速さの剣閃。
白銀の光が、オーガの巨体を縦に一閃した。
「ギ、ギャァァァァ……!?」
ブラッド・オーガは断末魔の叫びを上げる暇すらなく、その巨体を真っ二つに両断され、ズズーンッ!と地響きを立てて倒れ伏した。
「……すごっ」
私はバルコニーの上で、思わず感嘆の声を漏らしていた。
あの巨体を、たった一撃で。しかも、魔法やユニークスキルすら使わず、純粋な剣術と身体能力だけで。
「……ふむ。素の剣筋は悪くありませんね。あのミスリル装備も、業物です」
リバロンも、腕を組みながら冷静に評価を下した。
「人間にしては、十分に『使える手駒』かと。……とはいえ、私のオリヒメ様への愛の力には到底及びませんが」
(後半の余計な一言はスルーしておく)
「ふぅ。まあ、こんなもんスかね」
フェイトはミスリルソードの血振りをし、カチャリと背中に納刀した。
村人たちからは「うおおおおっ!」「すげえええっ!」「さすがは村長が雇った用心棒だ!」と、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こっている。
「いやー、照れるッスね!」
フェイトは満面の笑みで村人たちに手を振っている。
(よかった。少し癖は強いけれど、彼がいれば村の防衛はかなり強固になるわ。月給三十万の投資は無駄じゃなかった)
私がホッと胸を撫で下ろした、まさにその直後だった。
「おっ、ギルドの魔導通信石に『A級魔物討伐の特別報酬』が振り込まれた! よっしゃあ!」
フェイトが、ポケットからスマホ(通信石)を取り出し、画面を見て歓喜の声を上げた。
「オリヒメー!」
広場の下から、キャルルがウサギ耳をピンと立てて私を呼んだ。
「あの銀髪の男、心臓の音が『これで限定SSRのルナキン水着キャラが引ける! 給料の三十万も全部突っ込んで完凸(最大強化)させてやる!』って、ものすごく邪悪な音で鳴ってるよ!」
「……は?」
私は自分の耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待ってください! フェイトさん! 初任給の三十万まで全額突っ込むってどういうことですか! 生活費はどうするんですか!」
私がバルコニーから身を乗り出して叫ぶが、フェイトの耳にはすでに私の声は届いていなかった。
彼の目は血走り、魔導通信石の画面に釘付けになっている。
「いくぜ……俺の運命を信じろ……! 10連ガチャ、ポチッとなァァァッ!!」
フェイトが画面をタップした瞬間。
通信石の画面が眩い光を放ち、ガチャの演出がスタートした。
『虹色の光……来い! 虹色……!』
フェイトは祈るように両手を合わせている。
だが、画面から飛び出してきたのは、レアリティの低い『星2の木の盾』や『星1の薬草』ばかり。
「あ、あれ……? まだだ、まだ終わってねえ! もう10連!」
タップ。爆死。
「もう10連! 次こそは……!」
タップ。爆死。
「……あ、あれ? 俺の……討伐報酬と、前借りした給料三十万……どこ行った……?」
数分後。
フェイトの通信石の画面には『所持魔石:0』の無慈悲な文字が表示されていた。
「あ……あああああ……ッ!!」
フェイトは膝から崩れ落ち、そのまま地面に丸まって、まるで胎児のようなポーズでうずくまった。
「俺、もうダメだ……。人生終わった……。今日という日は、最高に運が悪い日だ……。もう、一歩も動けない……」
先ほどの、A級魔物を一刀両断した英雄のような姿はどこへやら。
そこには、ソシャゲのガチャで今月の生活費をすべて溶かし、絶望のあまり現実逃避をして地面に転がる、どうしようもないダメ大人の姿があった。
「……」
私は、バルコニーの手すりをミシミシと音を立てるほど強く握りしめた。
「フェイトォォォッ!! てめぇ、初日から給料全額ガチャで溶かしてんじゃねええええッ!!」
私の怒声が、ポポロ村の青空に空しく響き渡る。
「うぅ……村長さァん、頼むよォ、あと三万だけでいいから前借りさせて……天井まであと二十連なんだよォ……」
「前借りなんかさせるか! この給料泥棒! リバロンさん、彼を村の外のドブ川に放り込んできてください!」
「御意」
「ヒィィッ!? 執事さんの殺気が本気だァァッ!」
ポポロ村の新たな自警団リーダーは、その圧倒的な実力を披露したわずか五分後に、ギャンブル中毒の果ての自滅により、完全に使い物にならなくなってしまったのだった。
迫り来る魔王軍の脅威を前に、私たちの防衛線は、最初から盛大にバグり始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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