第五章 最強の給料泥棒と、運ゲーに散る魔王軍
月給30万の自警団リーダーと、最悪の言い訳
王都の侯爵令嬢エレノアとのマウント合戦を「張り合わない(スルーする)」ことで完全勝利し、ポポロ村の物流網はますますの発展を遂げていた。
広場には朝から新鮮な野菜や海産物を積んだタローマン製の自動搬送機がせわしなく動き回り、商人たちの活気に満ちた声が響き渡っている。
だが、豊かな富が集まる場所には、当然のようにそれを狙う影も寄ってくる。
数日前、王都のギルドから私の元へ『ルナミス帝国の北方に位置する魔王軍が、慢性的な食糧難を解決するため、ポポロ村の物流インフラを狙って不穏な動きを見せている』という極秘の警告が届いていたのだ。
「……というわけで、村の自衛力を高めるために、今日から専属の『自警団リーダー』を雇い入れることにしたんです」
村長室のデスクで、私は淹れたてのハーブティーを飲みながら、隣に立つリバロンに説明した。
「自警団、ですか。……不要ですね」
完璧な燕尾服を着こなしたリバロンは、氷のような、しかし私に向ける時だけはひどく甘い黄金の瞳を細めて、即座に切り捨てた。
「我が愛しき主(オリヒメ様)の築き上げたこの美しい箱庭に、泥靴で踏み入ろうとする魔王軍の愚か者どもなど、私が片手で殲滅してご覧に入れます。貴女に危害が及ぶ前に、一匹残らず夜の闇の底へ沈めてやりますよ」
彼の背後から、青白い人狼の闘気がメラメラと立ち上る。
「リバロンさん、気持ちは嬉しいんですけど、貴方は私の執事兼、村の事務統括でしょう? 貴方に防衛まで丸投げしたら、過労で倒れちゃいます」
「貴女のためであれば、過労死すらも甘美なご褒美ですが?」
「私が嫌なんです。……前世みたいに、大切な人が仕事でボロボロになるのを見るのは」
私が少しだけ顔を伏せてそう言うと、リバロンはハッとしたように闘気を収め、ひどく優しい手つきで私の髪を撫でた。
「……失言でした。貴女を悲しませるような働き方は、金輪際いたしません。それで、その自警団のリーダーというのは、どのような御仁なのですか?」
「ギルドからの紹介で、なんと『A級冒険者』のライセンスを持つ人間の男性です。腕は確かだという太鼓判があったので、奮発して月給三十万ポポロ(約三十万円)で専属契約を結びました。今日が初出勤のはずなんですが……」
私が時計を見た、その時だった。
「オリヒメお姉様ーっ! 大変ですわーっ!」
特注安全靴でドアを蹴り開けて(これはキャルルの真似だ)、芋ジャージ姿のリーザが飛び込んできた。その後ろから、ウサギ耳を揺らしたキャルルもひょっこり顔を出す。
「どうしたの、リーザちゃん。朝のライブはもう終わったの?」
「いえ、そうじゃなくて! 先ほど、村のギルド窓口の魔導通信石に、今日から来るはずの『フェイト』という新しい自警団リーダーから、欠勤の連絡が入りまして……!」
「欠勤!? 初日から!?」
私は思わず立ち上がった。前世のブラック企業時代、忙しい繁忙期の初日に「熱が出ました」とバックレる新入社員を何人も見てきた、私の社畜トラウマが疼き出す。
「……で、理由はなんと?」
私がこめかみを押さえながら尋ねると、リーザは魔導通信石の画面を読み上げた。
『身内に不幸がありまして。急で誠に申し訳ありませんが、本日はお休みをいただきます』
「身内の不幸……。うーん、それなら仕方ないわね。お葬式に出ないわけにはいかないし」
私が少しホッとして(ズル休みではなかったことに安堵して)頷くと、リーザが気まずそうに目を泳がせた。
「あ、あの。お姉様。このフェイトって人、採用面接の時にも『身内の葬式があるから』って、面接の時間をズラしてませんでしたか?」
「えっ? ……あ、言われてみれば、確かに」
「おかしいと思って、私、通信石で『どなたがお亡くなりになったんですか?』って突っ込んで聞いてみたんですの。そしたら……」
リーザは、通信石の画面をスッと私の前に差し出した。
そこには、あまりにもふざけた長文の言い訳が並んでいた。
『いやー、実は俺の親友の、従兄弟の、隣のおばさんの、友達の飼ってた犬が死んじゃってさ。そりゃもう家族同然だったから、お通夜の準備とかでバタバタしてて……』
「もう関係ないじゃん!!!」
私は思わず、村長室に響き渡る声でツッコミを叫んでいた。
親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬!? そんなのただの他人、いや他犬じゃないの!
「しかもオリヒメー。私の耳、さっきから村の宿屋の方から『あー、今日もガチャ爆死したわー。仕事行きたくねー』って心音が聞こえてるんだけど」
キャルルがウサギ耳をヒクヒクさせながら、無慈悲な真実を看破した。
「……なるほど。月給三十万ポポロをドブに捨てたというわけですね。オリヒメ様、私めが今すぐ宿屋に向かい、彼を物理的な『不幸(葬式)』の当事者にしてまいりましょうか」
リバロンが、こめかみに青筋を立てながら名刺刃をチャキッと鳴らす。
「ダメです、私が直接行きます! 初日から給料泥棒なんて、前世の総務・人事部担当が許しません!」
私は腕まくりをして、ズンズンと村の宿屋へと向かって歩き出した。
***
ポポロ村の広場の一角にある宿屋『月見亭』。
その二階の一室のドアを、私は容赦なくノック(という名の物理的な連打)した。
「フェイトさん! 起きてますか! ポポロ村村長のオリヒメです! 開けてください!」
「……あー、はいはい。今出ますよォ」
ガチャリ、とだらしない音を立ててドアが開いた。
そこに立っていたのは、ボサボサの銀髪に、眠そうなタレ目をした二十代半ばの青年だった。
だが、その身なりは異様だった。
彼の体には、王都の近衛騎士すら一生拝めないような、白銀に輝く最高級の『ミスリルアーマー一式』が装着され、背中には鈍い光を放つ『特注ミスリルソード』が背負われていたのだ。
装備だけを見れば、一騎当千の伝説の勇者か、神話の英雄にしか見えない。
しかし、その口には村の特産品である『ポポロ・シガレット(嗜好品)』がだらしなく咥えられ、手には魔導通信石が握られている。画面には『魔導ソシャゲ・限定SSRピックアップガチャ!』の派手な文字が光っていた。
「あー、村長。わざわざお見舞いスか? いやー、親友の従兄弟の隣の……」
「おばさんの友達の犬、ですよね。……フェイトさん、貴方、そのミスリルのフル装備で犬のお通夜に行くつもりですか?」
私がジト目で睨みつけると、フェイトは「あっ」という顔をして、頭を掻いた。
「いや、違うんスよ。これは……そう、魔除け! 葬式には魔除けが必要だから、フル装備で寝てたっていうか……」
「嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきなさい! だいたい、なんで初日からサボろうとしてるんですか! 月給三十万の契約ですよ!?」
私が詰め寄ると、フェイトは大きなため息をつき、ベッドの上にどっかりと腰を下ろした。
「いやー、俺も働く気はあったんスよ? でもさっき、朝の運試しで『コイントス』をしたらさァ」
フェイトは懐から一枚の銀貨を取り出し、親指でピンッと弾いた。
チャリン、と落ちたコインは『裏』を向いている。
「裏が出ちゃってさ。……俺、裏が出た日はマジで体調悪くなる呪い(スキル)にかかってるから、今日は一歩も動けないんスよ。だから労災下りないかなーって」
「下りるわけないでしょうが!」
私は前世で何十人も見てきた「ダメな大人」の典型を目の前にして、頭痛を通り越して眩暈を覚えた。
ギルドの「腕は確か」という太鼓判は嘘ではなかったのだろう。装備も立派だし、立ち振る舞いから素の身体能力の高さは窺える。
だが、この男。圧倒的に、致命的に『勤労意欲』というものが欠如している。さらに言えば、重度のギャンブル(運ゲー)中毒だ。
「いいですか、フェイトさん。魔王軍の特務部隊がいつこの村を襲ってくるか分からない状況なんです。貴方には前線でバリバリ働いてもらわないと困ります!」
「えー、魔王軍? マジで? そんなシリアスな連中、俺の性に合わないんだけどなァ……。あ、村長。初日だけど、給料の前借りとかできない? さっきのガチャで爆死して、今月のタバコ代がピンチでさ」
「できません! 働かざる者食うべからずです!」
私が冷酷に切り捨てると、フェイトは「ちぇっ」と口を尖らせた。
「オリヒメ様。やはり私が、彼を三枚におろして廃棄してきましょうか。こんな生ゴミに月三十万も払うなど、村の財政に対する冒涜です」
背後に控えていたリバロンが、今度こそ本当に殺気を放ち始める。
「ちょっ、ストップストップ! 殺気! 執事さんの殺気がA級魔物よりエグいんだけど!?」
フェイトは慌ててミスリルソードに手をかけたが、その瞬間、彼の腹の虫が『グゥゥゥゥ〜』と情けない音を立てて鳴った。
「……あー。腹減った」
「……」
私は、大きく、本当に深々とため息をついた。
「ルナキンに『特製・朝の目覚ましカツサンド』を作らせますから、食べたらすぐに自警団の詰め所に向かってください。……次サボったら、リバロンさんに給料の計算(物理的な清算)を任せますからね」
「カツサンド! マジで!? 行く行く! 俺、村長のために死ぬ気で働くっス!」
現金なもので、フェイトは途端に顔を輝かせて部屋を飛び出していった。
こうして、ポポロ村の防衛力として(魔王軍の脅威に対抗するために)雇い入れた、有能だが致命的にダメな人間・フェイトとの、前途多難すぎるコメディな日常が幕を開けたのである。
そして、このポンコツ冒険者の理不尽すぎる『運ゲー』が、迫り来る魔王軍の精鋭たちをギャグの渦へと叩き落とすことになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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