EP 10
新しい友達と、ポポロ村の広報嬢
王都の高級サロン『ローズ・ガーデン』で繰り広げられた、あの不毛な女子会マウント合戦から数日後。
その顛末は、驚くべきスピードで王都の社交界、ひいては大陸中のギルドへと広まっていった。
『ずっ友ロコシ』の魔力によって、数々の借金と女性関係のトラブルを大自白してしまったエリート騎士(元)のダリウスは、即日騎士団を解雇された。その後、裏ギルドの元締めゴメスによってカジノの借金を全額請求され、現在は王都の地下下水道で『スライム清掃員』として、一生をかけて借金を返済する奴隷労働に従事しているという。まさに、自業自得の完全なる『ざまぁ』である。
一方で、私――オリヒメに対する王都での評価は、もはや「田舎の成金令嬢」などという見下しから、一変して「聖女」か「女神」のような扱いへと爆上がりしていた。
「オリヒメ様! 王都の令嬢たちから、魔導コールドチェーンへの『追加発注』が殺到しております! ルナキンのスイーツや朝採れ野菜だけでなく、『例のシートマスクを箱買いしたい』という熱烈な要望まで!」
村のギルド窓口が、朝から嬉しい悲鳴を上げている。
『ピロリンッ!』
私の胸ポケットで『エンジェルすまーとふぉん』がけたたましく鳴った。
画面を開くと、女神カグヤが両手にタローマン製のペンライトを何本も持ち、狂喜乱舞している動画が再生された。
『オリヒメちゃぁぁん! 最高ですわーっ! マウントを取り返さず、相手の自滅を誘い、最後は慈悲で包み込む! この圧倒的な器のデカさに、視聴者の好感度(PV)がカンストしましたわ! 莫大な還元ポイント、口座にドーンと振り込んでおきますからね!』
(……カグヤ様、相変わらず元気ね)
私は莫大に増えた善行ポイントの桁を眺めながら、ホッと息を吐いた。
「さあ皆様! ポポロ村の特産品、どんどん王都へ出荷いたしますわよーっ!」
広場の方から、やけに張り切った声が聞こえてきた。
窓から外を覗くと、荷馬車の前で書類の束(納品書)を抱え、商人たちに的確な指示を出している一人の女性の姿があった。
「エレノア様、すっかり村に馴染みましたね」
「ええ。彼女は王都の流行や貴族の需要を完璧に把握していますから。我が村の『広報兼営業アシスタント』として、これ以上ない即戦力です」
私の背後から、完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、淹れたてのハーブティーをデスクに置きながら微笑んだ。
広場で汗を流しているのは、つい数日前まで王都のサロンで私を見下し、マウントを取っていた元侯爵令嬢・エレノアだ。
彼女は今、重苦しいオートクチュールのドレスも、金貨十枚の美容液の厚化粧もすべて捨て去っている。代わりに身に纏っているのは、ポポロ村の公式ユニフォームとも言える『動きやすい芋ジャージ(彼女はネイビーブルーを選択)』だ。
「エレノアお姉様! 休憩にしましょう! ルナキンが『特製・大盛りオムライス』を作ってくれましたわ!」
アイドル活動を終えたリーザが、ホカホカの湯気を立てるお皿を持って駆け寄ってくる。
「まあっ! いただきますわ!」
エレノアはジャージの袖をまくり、広場のベンチに座って、その大盛りオムライスを大きな口でパクリと頬張った。
「……美味しいっ! 温かい……っ! 私、こんなに美味しいご飯をお腹いっぱい食べたの、本当に久しぶりですわ……!」
エレノアの目から、またしても大粒の涙がポロポロとこぼれた。
借金まみれの実家で、具なしのスープばかりすすりながら「侯爵令嬢」という見栄を張り続けていた彼女にとって、ポポロ村での生活は、まさに天国のようなものだったのだろう。
「ふふっ、いっぱい食べなよ! おかわりなら月影流で無限に持ってくるからさ!」
キャルルがウサギ耳を揺らしながら、エレノアの背中をバンバンと叩いて笑っている。
「キャルルさん、ありがとうございます! 私、ポポロ村のために骨馬車(馬車馬)のごとく働きますわ!」
エレノアの顔には、もはや王都のサロンで見せていたような「誰かを見下さなければ保てない、悲痛な虚栄心」の影は微塵もない。
あるのは、美味しいご飯を食べ、自分の仕事が正当に評価される喜びを知った、一人の等身大の女性の、とても清々しい笑顔だった。
「……見事な手腕ですね、オリヒメ様」
窓辺でその光景を眺めていた私の隣に、リバロンがそっと並び立った。
「刃を交えることもなく、相手の誇張と嘘を暴いて公開処刑することもなく。ただ、一杯の温かいココアと『居場所』を与えることで、敵対していた令嬢の魂を救済し、我が陣営の有能な手駒へと変えてしまう」
リバロンは、黄金の瞳を細め、ひどく甘く、熱の篭った視線で私を見下ろした。
「私は、長きにわたり魔王軍や人間の醜い争いを見てきましたが……貴女ほど、美しく、そして恐ろしいほどに人の心を支配してしまう御方を知りません」
彼の手が伸びてきて、私の頬をそっと包み込んだ。
「あ、あの……リバロンさん」
「王都のサロンで、あの薄汚い騎士が貴女に近づこうとした時。……私は本気で、あの男の首を刎ね飛ばし、貴女を誰の目にも触れない安全な場所に囲い込んでしまおうかと思いました」
彼の親指が、私の唇の端を優しく撫でる。
言葉の端々に滲む、隠しきれない重度の独占欲。
前世で誰からも顧みられなかった私が、こんなにも強く、一人の男性から求められているという事実が、私の心臓をドクトクと早鐘のように打ち鳴らす。
「で、でも、リバロンさんが迎えに来てくれたおかげで……私、すごく安心したんですよ」
私が真っ赤になりながら、少しだけ上目遣いで彼を見つめ返すと。
「……っ。オリヒメ様」
リバロンは、耐えきれないというように低く唸り、私の腰を抱き寄せて、その広い胸の中に私をすっぽりと閉じ込めた。
「貴女は本当に、私の理性を壊す天才ですね。……これ以上可愛いことを仰るなら、今すぐ執務室の鍵を閉めて、夜まで貴女を離しませんよ」
耳元で囁かれる極甘の警告に、私は「お、お仕事が残ってますから!」と慌てて彼の胸から逃れようとしたが、彼は喉の奥で楽しそうに笑い、私の額に深いキスを落としてから、ゆっくりと腕を緩めてくれた。
マウント合戦を「降りる」ことで勝利し、王都の支持と新しい友達を手に入れたポポロ村。
物流はさらに拡大し、村の経済は絶頂期を迎えていた。
***
――だが。
その圧倒的な「富」と「平和」の匂いは、光が強ければ強いほど、遠くの暗闇に潜む『強大な悪意』を惹きつけてしまうものだ。
ルナミス帝国の遥か北、黒い瘴気に覆われた『魔王領』の深部。
「……ほう。勇者が失脚し、王都の近衛騎士団も不祥事(ダリウスの一件)で混乱の極みにあると」
漆黒の玉座に腰掛ける魔王軍の幹部・将軍ヴォルザードは、配下からの報告書を読み、残忍な笑みを深くした。
「しかも、その隙に莫大な富と『魔導コールドチェーン』なる物流インフラを独占しているのが、国境の小さな村……ポポロ村だと?」
魔王軍の食糧事情は、度重なる凶作で限界に達していた。彼らが今最も欲しているのは、新鮮な食糧を大量に輸送できる「完璧な物流システム」だ。
勇者が消え、帝国の防衛が手薄になった今、国境沿いにある豊かな村は、彼らにとって喉から手が出るほど欲しい『極上の獲物』に他ならなかった。
「おい、特務部隊に出撃の準備をさせろ。……あの村の富も、システムも、そしてそれを作ったという小娘も。すべて、我が魔王軍の武力と恐怖で蹂躙し、根こそぎ奪い尽くしてやる」
将軍ヴォルザードの瞳が、血のように赤く光る。
これまでの「薄っぺらいマウント」や「金だけの嫌がらせ」とは次元の違う、国家・種族間の『本物の戦争(武力行使)』の影が、ポポロ村へと静かに、しかし確実に忍び寄ろうとしていた。
だが、彼らもまた、思い知ることになるのだ。
オリヒメの築き上げた『善行とインフラのネットワーク』が、決して暴力や恐怖などという単調な力で屈するような、安いものではないということを。
嵐の前の静けさの中、ポポロ村には今日も、温かいご飯の匂いと、仲間たちの明るい笑い声が響き渡っていた。




