EP 2
お茶会開幕と空回りアイドル
王都の一等地に位置する高級サロン『ローズ・ガーデン』。
私たちを案内された個室は、目が痛くなるほどの豪華な調度品で飾られ、テーブルには見栄えの良い三段重ねのケーキスタンドが置かれていた。部屋中を満たすのは、むせ返るような甘い薔薇の香水の匂いだ。
「ようこそ、オリヒメさん。遠い辺境の村から、よく王都まで出てこられましたわね」
部屋の中央、一番フカフカの特等席ソファに腰掛けていた侯爵令嬢エレノアが、扇子で口元を隠しながら優雅に微笑んだ。
縦ロールの金髪に、フリルとレースをこれでもかと重ねた重たそうなドレス。彼女の左右には、金魚のフンのように付き従う取り巻きの令嬢が二名、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを値踏みしている。
「お招きいただき、ありがとうございます、エレノア様」
私は、前世の社畜OL時代に培った『完璧な営業スマイル(心を無にするスキル)』を顔に貼り付け、向かいの席に腰を下ろした。
隣には、出されたクッキーをすでに勝手にかじり始めている親友のキャルル。
そしてもう一人、「よそ行き用(スパンコール多め)」の芋ジャージを着て、仁王立ちしているリーザだ。
「……随分と、シンプルなドレスですこと。それに、そちらの奇抜な……運動着(?)の方は、どなた?」
エレノアが、リーザの芋ジャージを見て露骨に眉をひそめた。
取り巻きの令嬢たちも「ふふっ、田舎の村ではあんな格好が流行っているのかしら」「貧乏くさいわね」とクスクス笑っている。
「私の村の親善大使兼、アイドルのリーザちゃんです。私の大切なビジネスパートナーですので、どうかお気になさらず」
私が穏やかに答えると、エレノアは「ふぅん」と興味なさそうに鼻を鳴らした。
「まあいいわ。さっそくお茶をいただきましょう。……あなた、田舎に引っ込んでばかりいるからご存じないでしょうけれど、王都の社交界というのは、本当に忙しいのよ」
ティーカップを傾けながら、エレノアの先制攻撃が始まった。ドローされたのは『社交界人気マウント』だ。
「私なんて、連日お茶会や夜会に呼ばれてばかりで、休む暇もないの。昨日は公爵家のガーデンパーティ、明日は伯爵家の舞踏会。……あちらもこちらも『エレノア様がいらっしゃらないと華がない』なんて仰るから、断るに断れなくて。本当に困ってしまうわ」
「そうですわ! エレノア様をお呼びしないパーティなんて、王都には存在しませんのよ!」
「エレノア様は社交界の華ですもの。いつも男性陣からダンスを申し込まれて、順番待ちの列ができるくらいですわ」
取り巻きたちが、台本通りにヨイショの相槌を打つ。
要するに、「私はこんなに人気者でリア充なのよ、田舎に引きこもっているあなたとは大違いでしょ」というアピールだ。
前世のOL時代、給湯室で「週末に外資系商社の人たちとBBQに呼ばれちゃって〜、断りきれなくて困っちゃう〜」と自慢してくる同期と、全く同じ構図である。
(はいはい、いいねいいね)
私は心の中でそっとシャッターを下ろし、接待モードのスイッチを入れた。
「まあ! さすがはエレノア様ですね。素晴らしいです」
「……え?」
「私、王都の華やかな生活なんて全く知らなかったので、驚きました。エレノア様のように美しくてセンスの良い方がいらっしゃるなら、皆様がこぞって呼びたくなるのも当然ですよね」
『さすが』『知らなかった』『すごい』『センスいい』『そうなんですか』。
合コンや接待で相手をいい気分にさせるための必殺コンボ、通称【さしすせそ】の連打である。
相手を見下したり、張り合ったりするつもりは毛頭ない。ただひたすらに、相手の自慢話を全肯定して受け流す。これが一番角が立たず、かつ自分の精神をすり減らさない最善の手なのだ。
「え、あ……そう、そうね。分かればいいのよ」
エレノアは、私が悔しがったり「私だって村の代表で……」と張り合ってきたりするのを想定していたのだろう。全くダメージを受けずにニコニコと肯定してくる私の態度に、少し拍子抜けしたように瞬きをした。
だが、ここで思わぬ伏兵が立ち上がった。
「ちょっと待ってくださいませ!」
バンッ!とテーブルを叩いて立ち上がったのは、芋ジャージ姿のリーザだった。
「私だって負けてませんわ! 王都の夜会がなんだか知りませんけれど、私だってポポロ村の広場で毎日ゲリラライブをして、何百人もの商人たちから『リーザちゃーん!』って歓声を浴びてますのよ! 毎日五円玉の雨が降って、引く手あまたですわ!」
リーザは、アイドルとしての「愛されマウント」を取られそうになったことに耐えきれず、本気で張り合おうとしてしまっていた。
「す、スパチャ? 五円玉の雨? なんですの、そのはしたない……」
エレノアがドン引きしている。
「いいのよ、リーザちゃん。張り合わなくて」
私は慌ててリーザの腕を引き、テーブルにあったクッキーを彼女の口にポンと突っ込んだ。
「むぐっ!?」
「エレノア様は王都の華、リーザちゃんはポポロ村のアイドル。どちらも素敵なんだから、優劣なんてつけなくていいの」
「もきゅ、もきゅ……お姉様がそう言うなら、我慢しますの……」
クッキーの甘さに絆されたリーザが、しぶしぶ席に座り直す。
「……なんなの、あなたたち」
エレノアは、私がマウントを取り返してこないどころか、味方の空回りすら優しくなだめて終わらせてしまったことに、イライラとした苛立ちを隠せなくなってきたようだ。
「あなた、本当に田舎の村の方なのね。私がこれだけ華やかな社交界の話をしてあげているのに、全く羨ましくならないなんて。……自分の惨めな境遇を、直視できないのかしら?」
エレノアが扇子をパチンと閉じ、冷ややかな視線を私に向けてくる。
だが、その時だった。
「もぐもぐ……ねえ、オリヒメ」
三段重ねのケーキスタンドから、一番高そうなマカロンを勝手に食べていたキャルルが、ウサギ耳をヒクヒクと動かして口を開いた。
「この金髪クルクルの人、口ではあんな強気なこと言ってるけどさ。さっきから心臓の音が、すっごく『無理してる』って感じで、不安そうにバクバク鳴ってるよ? 本当は夜会とか、行きたくないんじゃないの?」
ピタッ、と。
サロンの空気が、一瞬にして凍りついた。
「なっ……!?」
エレノアの顔から血の気が引き、持っていたティーカップがカチャリと音を立てて震えた。
取り巻きたちも「な、何を言っているの、この耳長族は!」と慌てふためいている。
月兎族の元姫であるキャルルには、他者の心音を聞き分け、その感情の機微や『嘘』を正確に看破する特技がある。
彼女のストレートすぎるツッコミは、エレノアが必死に張り巡らせていた「社交界の人気者」という虚勢の裏にある、誰にも言えない孤独やプレッシャーを、一瞬で見抜いてしまったのだ。
「キャルル。静かに。このクッキー、とても美味しいわよ」
私はキャルルの口にもクッキーを突っ込み、彼女のそれ以上の発言を封じた。
これ以上彼女の嘘を暴いて公開処刑にするつもりはない。私は、エレノアを蹴落とすためにここに来たのではないのだから。
「……お気になさらず、エレノア様。キャルルは少し、勘違いをしたようです。それにしても、このサロンのお茶は素晴らしい香りですね」
私は何事もなかったかのように微笑み、話題を強引に変えた。
「……っ!」
エレノアはギュッと扇子を握りしめ、顔を真っ赤にして私を睨みつけた。
図星を突かれた動揺と、それを私に「庇われた(見逃された)」という事実が、彼女のプライドを酷く傷つけたのだろう。
(あらら……。ちょっと意固地にさせちゃったかしら)
「……ふふ、ふふふ。そうね、お茶の話はもういいわ」
エレノアは深呼吸をして無理やりに笑みを作り直し、背筋をピンと伸ばした。
「社交界の楽しさが分からないような野蛮な方々には、次はもっと『分かりやすい』お話をしましょうか。……そう、家柄と、格式の話よ」
エレノアの瞳に、ギラギラとしたマウンティングの炎が再び灯る。
どうやら、彼女のプライドが満たされるまで、この不毛なゲームはまだまだ続くらしい。
私は密かにため息をつきながら、次なる接待の準備を整えるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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