第四章 王都からの招待状と、不毛なマウント女子会
王都からの招待状と、不毛なゲームの記憶
魔導コールドチェーン(保冷輸送網)の導入によって、ポポロ村は国境の小さな物流拠点から、大陸の経済を牽引する一大流通センターへと進化を遂げた。
偽善勇者ゼロスが自滅(マグローザ漁船行き)してから数週間。村には穏やかで活気に満ちた、完璧な平穏が訪れていた。
「オリヒメ様。本日の朝食は、ルナキン特製の『クロワッサン・エッグベネディクト』と、朝露のハーブティーです。……おや、髪に寝癖がついておりますよ」
朝日が差し込む村長室。
完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、銀のトレイをデスクに置きながら、甘く低い声で囁いた。
彼の手が伸びてきて、私の耳元の髪をそっと撫でる。その何気ない動作一つ一つに、隠しきれない独占欲と溺愛が滲み出ている。
「あ、ありがとうございます……っ」
私が顔を真っ赤にして俯くと、彼は喉の奥で嬉しそうに低く笑った。
前章での「両想いの確認」以来、リバロンの私に対する態度は、もはや「過保護な執事」の枠を完全に超えている。二人きりになると、息をするように極甘な言葉とスキンシップを仕掛けてくるのだ。
「り、リバロンさん、近いです……。外には村の皆さんが……」
「皆さんの目は届きませんよ。それに、私が愛する主を朝から甘やかして何が悪いというのです? 貴女がご自身から私の背中に腕を回してくださった、あの夜のぬくもりが、私をここまで大胆にさせているのですよ」
彼が私の顎にそっと指を掛け、顔を近づけてきた、まさにその時だった。
「ドーンッ!!」
「オリヒメー! 大変だよ! 王都からすっごい立派な手紙が来てる!」
いつものように、親友のキャルルが特注安全靴でドアを勢いよく蹴り開けて飛び込んできた。
「……キャルル様。貴女は本当に、間の悪さにおいて大陸一の才能をお持ちですね」
リバロンが冷ややかなため息をつきながら、スッと私の傍らから離れる。
「ご、ごめん! でもこれ、本当に急ぎっぽくてさ!」
キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせながら差し出したのは、金箔が押され、甘い香水の匂いがプンプンと漂う、禍々しいほどに豪華な封筒だった。
「王都から? 私にですか?」
私は怪訝に思いながら封印を切り、中に入っていた羊皮紙の便箋を開いた。
『親愛なるオリヒメ様へ。
貴女がポポロ村で始められたという【コールドチェーン】の噂、王都の社交界でも持ちきりでしてよ。
つきましては、王都の貴族令嬢たちが集う私のお茶会に、ぜひ貴女をご招待したく存じます。
田舎の村でどのような暮らしをされているのか、皆様とても興味津々ですの。
ぜひ、小綺麗な格好でお越しくださいませ。
――王都 侯爵令嬢エレノアより』
文面を読んだ瞬間、私の顔からスゥッと表情が抜け落ちた。
「……オリヒメ? どうしたの、すっごく遠い目をしてるけど」
キャルルが心配そうに覗き込んでくる。
「……お茶会」
私は便箋をデスクに置き、深く、深くため息をついた。
「要するに、これ……『女子会』という名の『品定めとマウント合戦』ですね」
前世の社畜OL時代。私の所属していた部署の給湯室は、まさに地獄の戦場だった。
『私の彼氏、外資系コンサルでぇ〜』
『このバッグ、限定モデルでさぁ。ボーナスで買っちゃった』
『あー、オリヒメさんはいつもユニ○ロだもんね。仕事ばっかりしてて可哀想〜』
自分の価値を、彼氏のスペックや身につけているブランド品、あるいは「リア充アピール」でしか測れない哀れなマウンティング・ゴリラたち。
SNSを開けば、高級レストランの「匂わせ」写真と、「#感謝」「#最高の仲間」という中身のないハッシュタグの嵐。
彼女たちは、他者を見下すことでしか自分の足元を確かめられないのだ。
「……もう、あの不毛なゲーム(マウント合戦)は、二度とやらないと決めているのに」
私はこめかみを押さえ、疲れたようにもう一度ため息をついた。
私がポポロ村で『善行ポイント』を使ってインフラを整備したのは、マウントを取るためでも、威張るためでもない。みんなが豊かに、幸せに暮らせる「居場所」を作るためだ。
それなのに、コールドチェーンで莫大な利益を生み出した「謎の令嬢」として悪目立ちしてしまった結果、王都のヒマな令嬢たちの『格付けチェック』のターゲットにされてしまったらしい。
「ふむ。文面から漂う、この隠しきれない『見下し』の悪臭。……オリヒメ様、私が行って、この侯爵令嬢とやらを物理的にお茶会から『退席(排除)』させてまいりましょうか?」
リバロンが、青白い闘気を纏った名刺刃を懐から半分引き出しながら、極めて冷酷な声で提案してきた。
「ダメですよ、リバロンさん。王都の侯爵家に手を出せば、それこそポポロ村の物流網に政治的な圧力がかかってしまいます」
私は慌てて彼を止め、便箋を手に取った。
「それに……これはチャンスでもあります。王都の侯爵家や貴族令嬢たちは、私たちのコールドチェーンにとって最大の『大口顧客』です。ここで挨拶を済ませ、彼女たちをポポロ村の顧客に取り込むことができれば、村の販路はさらに強固なものになります」
社畜OLの営業スマイルを脳内でシミュレーションする。
お茶会ではない。これは『接待営業』だ。
「よし。行きましょう、王都のお茶会へ。……ただし、私は絶対にマウントには乗りません。彼女たちが何を自慢してこようが、暖簾に腕押し、糠に釘の精神でスルーします。張り合うだけ無駄ですから」
私がキッパリと宣言すると、ドアの隙間から「オリヒメお姉様!」と、芋ジャージ姿のリーザが飛び込んできた。
「聞きましたわ! 王都の令嬢たちとのマウント合戦ですのね!? 私も行きますわ! アイドルとしての私の『愛されマウント』で、あんな箱入り娘ども、完膚なきまでに叩きのめしてやりますのーっ!」
リーザが鼻息を荒くして拳を握りしめている。
「リーザちゃん……気持ちは嬉しいけど、マウントは取り返したら負けなのよ。今回は、あくまで平和的な営業だから、大人しくしていてね」
「そんな! 私のスパチャ(愛の結晶)を見せびらかす絶好のチャンスなのに!」
「あははっ、リーザは相変わらずだね。私も行くよ、オリヒメ! もしその令嬢が変なことしてきたら、月影流でお茶ごと吹き飛ばしてやるから!」
キャルルがトンファーを構えてニシシと笑う。
「……やれやれ。我が主の周囲は、いつも騒がしい」
リバロンが呆れたように肩をすくめた。
「オリヒメ様。私も当然、護衛として同行いたします。……ですが、貴族女性のサロン(お茶会)は女人禁制のしきたりがあります。私は会場の外で待機することになるかと」
「ええ、お願いします。中での対応は、私とキャルル、リーザちゃんで何とかしますから」
「……不本意ですが、承知いたしました。ですが、もし貴女に危害が及ぶ気配を私の鼻が嗅ぎ取った瞬間、そのサロンの扉は粉々に吹き飛ぶものとお考えください」
リバロンの黄金の瞳が、過保護な殺意を孕んで光った。
こうして、私たちは王都で開催される侯爵令嬢エレノアの『お茶会』へと向かうことになった。
数日後。
タローマン製のスプリングを搭載した特注の馬車に揺られ、私たちはルナミス帝国の中央、華やかな王都へと到着した。
会場となるのは、王都でも一等地に建つ高級サロン『ローズ・ガーデン』。
「うわぁ……すっごいキラキラした建物。私たち、浮いてない?」
キャルルがウサギ耳をヒクヒクさせながら、少し気後れしたように呟く。
「大丈夫ですわ! 私はお出かけ用の『よそ行き芋ジャージ(スパンコール多め)』を着てきましたから、完璧ですの!」
リーザが胸を張るが、どう見ても完璧ではない。
私は、前世で着ていたオフィスカジュアルを彷彿とさせる、清潔感のあるシンプルなドレスに身を包んでいた。高級品ではないが、善行ポイントで取り寄せた質の良い布地で作られたものだ。
「……オリヒメ様。いってらっしゃいませ。何かあれば、すぐに飛び込みますからね」
馬車から降りる際、リバロンが私の手を取り、甲にそっと口づけを落として見送ってくれた。
「ありがとう、リバロンさん。ただのお茶会ですから、心配しないで」
私は彼に微笑み返し、キャルルとリーザを伴って、高級サロンの豪奢な扉を開いた。
「あら。あなたが、あの田舎村の……オリヒメさん?」
サロンに一歩足を踏み入れた瞬間。
香水のきつい匂いと共に、甘ったるく、そして露骨な『見下し』を含んだ声が降ってきた。
部屋の中央の最も豪華なソファに座っていたのは、縦ロールの金髪に、これでもかと宝石を散りばめたドレスを着飾った令嬢――侯爵令嬢エレノアだった。
彼女の周囲には、取り巻きの令嬢たちが数人侍っており、一斉にこちらへ値踏みするような視線を向けてくる。
(……来たわね。典型的な『給湯室のボス猿』の顔だわ)
私は心の中でため息をつきながらも、完璧な営業スマイルを顔に貼り付けた。
「初めまして、エレノア様。ご招待いただき、光栄です」
不毛なゲーム(マウント合戦)の幕開け。
だが、彼女たちはまだ知らない。
目の前に立つ地味な令嬢が、マウントを一切取り返さないという『絶対に負けないスタンス』を持っていること。
そして、彼女の背後には、神界の予算と規格外の仲間たち、そして何よりも過保護すぎる人狼の執事が控えているということを。
読んでいただきありがとうございます。
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