EP 9
偽善の崩壊と、借金地獄への転落
偽善勇者ゼロスが、リバロンによって「厚底シークレットブーツ」の底を切り飛ばされ、無様にポポロ村から逃げ去った翌日。
村の広場には、何事もなかったかのように穏やかな朝の陽光が降り注いでいた。
「さあ皆様! 今日も一日、元気にお仕事頑張りましょう! 行ってらっしゃいですわーっ!」
芋ジャージ姿のリーザが、朝から『タローマン製・魔導メガホン』を手に、商人たちを笑顔で見送っている。
彼女の無償ライブで絆を深めた村人たちは、昨日まで村を脅かしていた「金の暴力」など完全に忘れ去り、新たなコールドチェーン(保冷輸送)の準備に勤しんでいた。
「オリヒメお姉様! 今朝のルナキン農園の朝採れ野菜、すっごく瑞々しくて美味しそうですわ! コンテナへの積み込み、完了しましたの!」
「ありがとう、リーザちゃん。お疲れ様。……これ、ルナキンの『からあげクン(朝用・爽やかレモン味)』よ。後で食べてね」
「わぁっ! ありがとうございますのーっ!」
私が餌付け……もとい、差し入れを渡すと、リーザは健康サンダルをペタペタ鳴らしながら大喜びで畑へと戻っていった。
「あーあ。ほんっと、あの成金勇者の騒ぎは何だったのかってくらい平和だね」
隣で人参をかじりながら、キャルルが呆れたように笑う。
「でも、あいつこのまま大人しくしてるのかな? 逃げ足だけは早かったけど」
「……その件につきましては、今朝がたルナミス帝国の裏ギルドから、実に興味深い『報告書』が届いております」
背後から、完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、銀のトレイに乗せた陽薬茶と、一枚の羊皮紙を持って歩み寄ってきた。
彼が私にティーカップを手渡す際、その長い指が私の手に意図的に触れ、黄金の瞳が熱っぽく私を見つめ下ろした。
昨夜、私が彼の背中に手を回して以来、リバロンの「甘やかし」と「独占欲」は、もはや隠す気もないほどにエスカレートしている。
「り、リバロンさん……報告書というのは?」
私が動揺を隠すように羊皮紙を受け取ると、彼は喉の奥で低く笑い、説明を始めた。
「昨夜、村から逃走したゼロスですが……彼は街道で、裏ギルドの元締めであるゴメスの手下たちに捕縛されたそうです」
「捕縛? 勇者がですか?」
「ええ。勇者といえど、資金源が『神からの横領』という嘘で塗り固められた詐欺師に過ぎないことが露見した今、彼には何の権威もありませんからね」
報告書によると、ゼロスの末路は想像以上に悲惨だった。
『ずっ友ロコシ』の魔力によって自白してしまった莫大な借金(横領金)は、ルナミス帝国のギルド連合によって正式に「債務」として認定された。
結果として、彼は勇者の称号を即日剥奪され、ピカピカの聖騎士の鎧も、残っていた金貨も全て差し押さえられた。
「で、極めつけがこれです」
リバロンが羊皮紙の追記部分を指差す。
『債務不履行により、元勇者ゼロスはシーラン海で操業する【マグローザ漁船】へ、無期限の労働奴隷として送致されました』
「マグローザ漁船……」
私は思わず息を呑んだ。
シーラン海に生息する巨大な魔魚「マグローザ」を狩るその漁船は、一度乗ったら借金を返すまで絶対に陸には戻れないと言われる、アナステシア世界でも最悪のブラック職場だ。かつて私を婚約破棄した、第一章のあの傲慢な獅子耳の男も、今頃そこでチンチロリンを振っているはずである。
「アッハハハハ! マジで!? あの成金野郎、今頃船の上でゲロ吐きながらマグロ釣ってんの!? 最高傑作じゃん!」
キャルルがお腹を抱えて爆笑する。
「しかも、彼が履いていた靴は、我が名刺刃によって底を切り飛ばされたため、ただの『ペラペラの革スリッパ』状態。……揺れる船上で踏ん張ることもできず、毎日甲板を掃除させられているそうです」
リバロンの氷のような冷笑に、私は「自業自得ね」とだけ呟いた。
彼が私の村のシステムを「金で買える安物」と見下し、札束の暴力で私を支配しようとした結果だ。
彼は自身の『マネー』という力に溺れ、見栄を張って横領まで犯した結果、その見下した「経済の掟」によって、逆に借金地獄へと叩き落とされたのだ。
私が手を下すまでもなく、因果応報の『完璧なざまぁ』が成立していた。
***
――一方、その頃。
天界の管理フロアでは、全く別の「ざまぁ」が繰り広げられていた。
「嘘だ……嘘だろォォォォッ!!」
炎上神ワイズの管理フロアに、悲痛な叫び声が響き渡っていた。
彼の目の前にある魔導モニターは真っ暗にブラックアウトし、「アクセス権限停止」の赤い文字が点滅している。
さらに、彼の部屋にある豪華なソファも、魔導コーヒーメーカーも、全てに『神界監査局・差し押さえ』の黄色い札がペタペタと貼られていた。
「俺の、俺の予算が……っ! ゼロスに注ぎ込んだ裏口座の金が焦げ付いて、俺の管理フロアが差し押さえだなんて……!」
ワイズは髪を掻きむしり、床に崩れ落ちた。
彼がゼロスに与えていた莫大な「マネー」の資金源は、神界の予算を勝手に横領(前借り)したものだった。ゼロスがポポロ村を支配して利益を上げれば、その金で穴埋めをする予定だったのだ。
だが、ゼロスはオリヒメの『魔導コールドチェーン』によって買い占めを無力化された挙句、『ずっ友ロコシ』で自白して自爆。
結果、ワイズの横領だけが神界監査局に完全にバレてしまったのである。
「どうしてだ……! 俺の『三流ざまぁ』の筋書きが、なんでいつもあの人間の女に……オリヒメにぶち壊されるんだ!」
『――それは、貴方の物語が薄っぺらくて、愛がないからですわ』
不意に、フロアの入り口から高飛車な声が響いた。
ワイズが顔を上げると、そこには両手に大量のペンライト(タローマン製)を抱え、最高級のポップコーンを優雅に齧っている女神カグヤの姿があった。
「カグヤ……てめぇ……!」
「おほほほっ! 見苦しいですわよ、ワイズ。貴方の『札束ビンタで無理やり展開を動かすヤラセ配信』なんて、誰も見たくありませんの。視聴者が求めているのは、オリヒメちゃんのように、知恵と努力と愛で因果を巡らせる、本物の『カタルシス』ですわ!」
カグヤは自分の『エンジェルすまーとふぉん』の画面をワイズに見せつけた。
そこには、オリヒメのコールドチェーンによって救われた村々の人々の笑顔と、莫大に跳ね上がり続ける『ゴッドチューブ』の再生数(PV)が輝いていた。
「オリヒメちゃんのチャンネルは、今や神界のトップ独走中! 莫大な還元ポイントが、彼女の口座に降り注いでおりますわ。……それに比べて貴方は、勇者を失い、借金まみれで、ついに『配信停止処分』。まさに神界の底辺(マグローザ漁船)落ちですわね!」
「く、クソォォォォッ!!」
ワイズの絶望の叫びを背に、カグヤは「さあ、次はどんな素晴らしい善行を見せてくださるのかしら!」と、ご機嫌な足取りで自分のフロアへと戻っていくのだった。
***
再び、ポポロ村。
偽善勇者の影も、ワイズの悪意も完全に払拭され、村は完璧な平穏を取り戻していた。
「オリヒメ様。お仕事が一段落したようでしたら、少し散歩でもいかがですか?」
村長室での事務作業を終えた私に、リバロンが静かに声をかけてきた。
「散歩、ですか?」
「ええ。貴女にぜひ、見ていただきたいものがあるのです」
彼のエスコートに従って村の南側、タローマン製のセメントで舗装された新しい街道が見渡せる高台へと向かった。
そこからは、ポポロ村を出発し、様々な街へと新鮮な物資を運んでいく荷馬車の列が、夕日を浴びてキラキラと輝きながら連なっている光景が見えた。
「……綺麗」
私が思わず感嘆の息を漏らすと、リバロンは私の隣に立ち、その景色を見つめた。
「これが、貴女が作られた『新しい世界』です。あの荷馬車の一つ一つが、誰かの命を繋ぎ、誰かの食卓を豊かにしている。……貴女は、ご自身の知恵だけで、この大陸の形を変えてしまったのです」
「そんな、大げさですよ。私はただ、嫌がらせに対抗しただけで……」
私が照れて俯くと、リバロンは私の手をそっと取り、その指先に静かに口づけを落とした。
「大げさなものですか。私は、貴女という太陽に出会えたこの幸運に、日々感謝し、そして日々、貴女への独占欲を募らせているというのに」
彼の黄金の瞳が、夕日よりも熱く、私を射抜く。
「昨夜、貴女は私の背中に、ご自身から腕を回してくださった。……あれを『気の迷い』だったとは、もう言わせませんよ?」
「〜〜〜ッ!」
顔が一気に沸騰する。
私は、昨夜の自分の行動を思い出し、恥ずかしさで爆発しそうになりながら、それでも、彼から手を離すことはできなかった。
「……気の迷いじゃ、ないです」
私が蚊の鳴くような声でそう答えると、リバロンの顔に、この世界で一番幸せそうな、そして危険な肉食獣の笑みが浮かんだ。
ポポロ村の経済戦争は、私の完全勝利で幕を閉じた。
そして、私とリバロンの距離は、この日を境に、もう後戻りできないほどに甘く、確かなものへと変化していくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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