EP 5
アイドルと村長、それぞれの戦い
昨夜、深夜の村長室でリバロンへの「明確な恋心」を自覚してしまった私は、翌朝、かつてないほどの激しい動揺の中で目を覚ました。
「おはようございます、オリヒメ様。本日の朝食は、ルナキンの『ふんわりパンケーキ・極上ハニーメープル掛け』と、朝摘みハーブの紅茶です。……どうかされましたか? お顔が少し赤いようですが」
完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、いつものように涼しい顔で朝食のトレイを運んでくる。
彼がベッドサイドに近づいてくるだけで、私の心臓は昨夜のキス(額だけど)の記憶を呼び起こし、ドッドッドッと爆音を鳴らし始めた。
「な、なんでもないです! ちょっと寝ぼけてるだけで……っ!」
私が毛布を口元まで引き上げて慌てて顔を隠すと、彼は黄金の瞳を少しだけ細め、ひどく甘く、そして嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうですか。貴女が私を意識してくださるようになったのであれば、昨夜の私の少々の『勇み足』も、無駄ではなかったということですね」
「〜〜〜ッ!!」
(ぜ、絶対に見透かされてる……!)
私が羞恥でベッドの上で転げ回っていると、窓の外から「やめろ!」「帰ってくれ!」という村人たちの怒声が聞こえてきた。
甘い空気が一瞬で吹き飛び、私はバッと顔を上げた。
「リバロンさん、今の声……!」
「ええ。どうやら、自分の『兵糧攻め』が通じなかった底抜けの愚か者が、次なる悪あがきを始めたようです」
急いで身支度を整え、私たちが広場へと向かうと、そこには醜悪な光景が広がっていた。
「おいおい、そんなに怒るなよ。俺はただ、お前ら貧乏な農民どもに『チャンス』をやってるだけだぜ?」
ガション、ガションと厚底ブーツを鳴らしながら、偽善勇者ゼロスが村の農家たちを取り囲むように立っていた。
彼の手には、金貨がぎっしり詰まった革袋がいくつも握られている。
「あの田舎の事務員女の『保冷コンテナ』とやらに、お前らの育てた野菜を卸すのは今日からやめろ。代わりに、この金貨をくれてやる。お前らが一生泥水すすって畑を耕しても稼げない額だぞ? さっさとあの女を見限って、俺の足元にひれ伏せ」
ゼロスは、金貨の袋を無造作に農民の足元へ蹴り飛ばした。
物資の買い占め(兵糧攻め)が私の『魔導コールドチェーン』によって無力化されたため、今度は村人たちを直接金で買収し、私から引き剥がそうというのだ。
「ふざけるな! 俺たちの野菜は、オリヒメ様が作ってくれたルートで、一番新鮮なまま市場に届くんだ! お前みたいな金だけのゲス野郎に、俺たちの畑を売るもんか!」
若手の農家が怒鳴り返すが、ゼロスの護衛たちが剣の柄に手をかけて威圧する。
「ほう? 命よりその女のシステムが大事か。なら、痛い目を見ねぇとわからねぇようだな……」
ゼロスが下劣な笑みを浮かべ、護衛に目配せをした。
「そこまでだ、金ピカ厚底野郎!」
ダァァァンッ!!
空から降ってきた特注安全靴が、ゼロスと農家の間の地面を爆砕した。
土煙の中から立ち上がったのは、トンファーを構え、ウサギ耳を怒りで逆立てた親友・キャルルだ。
「ヒッ……!? ま、またこのウサギか!」
「あんたさ、オリヒメの作ったシステムが金で買えなかったからって、今度は村人を金で殴ろうってわけ? ほんっと、やってることが薄っぺらいんだよ!」
キャルルはゼロスの足元に転がっていた金貨の袋を蹴り返し、彼のピカピカの鎧を指差した。
「このポポロ村の絆はね、あんたのその靴の底みたいに底上げされた偽物の権威や金じゃ、絶対に買えないんだよ! 村長である私が、村の皆に指一本でも触れさせるもんか!」
「ク、クソッ……! 勇者であるこの俺に向かって、下位種族の分際で……!」
ゼロスが顔を真っ赤にして剣を抜こうとした、その時だった。
『皆様ーっ! こんな朝っぱらから、シケた顔してちゃダメですわーっ!!』
広場に設置されたままになっている魔導スピーカーから、超大音量のマイクパフォーマンスが響き渡った。
「な、なんだ!?」
ゼロスが驚いて振り返ると、特設ステージの上には、芋ジャージ姿のリーザが立っていた。
「私の大好きなポポロ村の皆様! そして、私を拾ってくれたオリヒメお姉様! 今日は特別に、皆様の不安を吹き飛ばす『無償のゲリラライブ』を開催いたしますわーっ!」
「む、無償だと!?」
私が驚いて声を上げると、リーザはステージから私に向かってウインクを飛ばした。
彼女は「アイドルは施しを受けない」「ファンからは全部奪う」という強欲なプライドの持ち主だ。その彼女が、自ら無償で歌うというのだ。
「愛とご縁(五円)は、心が繋がって初めて輝くものですの! そこの厚底のおじさんみたいに、無理やり札束で人の心を縛ろうとするなんて、エンタメの風上にも置けませんわ!」
「お、おじさん!? 俺はまだ二十代の若き勇者だぞ!!」
ゼロスが叫ぶが、リーザは完全に無視してイントロを流した。
『絶対無敵のスパチャアイドル!
穴の数だけ 幸せあげる!
五円で繋がる 無限のループ
ハイ!ハイ!スパチャよろしく!』
ドーン!と魔法の光が弾け、人魚姫特有の強力な『バフ』が広場全体に降り注ぐ。
ゼロスの脅しと金の暴力によって萎縮しかけていた村人たちの顔に、一瞬で活力が戻った。
「うおおおっ! リーザちゃーんっ!!」
「俺たちは負けねえぞ! オリヒメ様のシステムと、リーザちゃんの歌があれば、こんな成金野郎怖くねえ!」
村人たちが団結し、ゼロスたちを取り囲むようにしてペンライト(大根やネギ)を振り回し始める。
圧倒的な「熱狂」と「絆」のうねり。
その中心には、一切の暴力を使わず、ただ己の仕事と歌で人々を笑顔にする、私たちの姿があった。
「ク、クソッ……! イカレてやがる、この村の連中! 金より絆だと!? ふざけるなァッ!!」
ゼロスは完全にアウェーとなった広場の空気に耐えきれず、厚底ブーツをガションガションと鳴らしながら、逃げるように村の外へと撤退していった。
「やったーっ! 追い払ったよ、オリヒメ!」
キャルルがトンファーをしまって、満面の笑みで私に抱きついてくる。
ステージから飛び降りてきたリーザも、「お姉様! 私の無償ライブ、いかがでしたの!?」と芋ジャージを揺らして駆け寄ってきた。
「二人とも、ありがとう。……本当に、最高の友達を持ったわ」
私は、キャルルとリーザを両手でギュッと抱きしめた。
前世の私には、こんな風に私のために怒り、私のために歌ってくれる「友達」なんて一人もいなかった。
理不尽な上司の命令には一人で耐え、誰かが辞めればその分の仕事を黙って被るだけの、孤独な歯車だった。
でも今は違う。
私が『善行』で築き上げたインフラは、ただのシステムじゃない。キャルルやリーザ、そして村の皆との「信頼」という強固な土台の上に成り立っているのだ。
「……美しい光景です」
少し離れた場所から、リバロンが目を細めて私たちを見守っていた。
「金という最も卑俗な暴力に対し、武力でも金でもなく、『友情』と『信頼』という最高の盾で跳ね返す。……ああ、オリヒメ様。貴女という人は、どこまで私の心を支配すれば気が済むのですか」
リバロンの極甘の呟きに、私の心臓がまたしてもドキンと跳ねた。
私は彼への好意を自覚したばかりで、今はまだ、彼のその熱い視線を受け止めるだけで精一杯だったけれど。それでも、この温かい居場所を、彼らと一緒に守り抜きたいと、心の底から強く思った。
***
――その頃。
村から逃げ出した偽善勇者ゼロスは、林の中で怒りに任せて木を蹴り飛ばしていた。
「クソッ、クソォォォッ!! あの生意気な女どもめ! 俺の『マネー』をコケにしやがって!」
厚底ブーツのつま先が凹むのも構わず、彼はギリッと歯を食いしばった。
「こうなったら、裏の手を使うしかねぇ。……ルナミス帝国の裏ギルドの元締めに連絡だ。あのアマの『魔導コールドチェーン』を、法的に未認可の違法取引として差し止め、ギルドの権力で村を封鎖してやる!」
ゼロスは懐の魔導通信石を握りしめ、下劣な笑みを浮かべた。
「金で心が買えないなら、お前らの生きる場所ごと、法律で潰してやるよ」
しかし彼は知らない。
その「裏ギルドの元締めとの密約」こそが、彼をどん底の借金地獄へと突き落とす、最悪の自爆への入り口であるということを。
アナステシア世界最強の自滅装置、『ずっ友ロコシ』の罠が、彼のすぐ足元で静かに口を開けて待っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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