第三章 偽善勇者・経済防衛戦
フェス後の平穏と、厚底ブーツの来訪者
『ポポロ村・アイドルフェス&大収穫祭』が伝説的な大成功を収めてから、数日が経過した。
秋の深まりを感じさせる澄み切った青空の下、ポポロ村の広場はこれまでにないほどの活気に満ち溢れていた。
「はいっ! 皆様、今日も一日、元気にお仕事頑張りましょう! 行ってらっしゃいですわーっ!」
広場の入り口で、芋ジャージ姿のリーザが大きく手を振っている。
手には『タローマン製・魔導メガホン』が握られ、彼女の声は村の端までクリアに届く。
フェスで披露した圧倒的な歌唱力と、人魚姫特有の『バフ(疲労回復・高揚感付与)効果』によって、彼女は今や商人や村人たちにとって完全な「推し」となっていた。
「おう! リーザちゃんに見送られたら、今日の商談は百発百中だぜ!」
「腰の痛みも吹っ飛んだ! リーザちゃん、帰りにもまた歌ってくれよな!」
商人たちがニコニコと笑いながら、それぞれの馬車を引いて出発していく。
リーザは「農業兼任アイドル」として、午前中は村の畑で『タローマン製・魔導アシスト鍬』を振るい、昼休憩や夕方にはゲリラライブを開催しては商人たちから投げ銭を稼いでいる。
彼女のそのバイタリティたるや、前世で栄養ゼリーだけをすすって連勤をこなしていた社畜OLの私ですら舌を巻くレベルだ。
「オリヒメ様。本日のルナミス帝国向け『月光薬』の出荷伝票と、ゴルド商会からの『ポポロ・コーヒー』の追加発注書です。フェスの効果で、なんと前月比の三〇〇パーセント増の利益を叩き出しております」
私が村長室のデスクで窓の外の微笑ましい光景を眺めていると、完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、美しく整理された書類の束を恭しく差し出してきた。
「三〇〇パーセント……すごいですね。リーザちゃんの集客力と、ルナキンの屋台で作ったエコシステムが見事に噛み合った結果です。これで、冬を越すための薪や防寒具も、村の全員分を余裕で揃えられますね」
私が数字を見てホッと息をつくと、リバロンは黄金の瞳を柔らかく細め、私が持っていたペンをそっと取り上げた。
「貴女のその、利益をすべて他者のために還元しようとする無私の精神……。マキャヴェリが聞けば『理想的すぎる』と頭を抱えるでしょうが、私にとっては、この世の何よりも尊い光です」
彼はそのまま私の指先に唇を落とし、喉の奥で低く笑った。
「しかし、働きすぎは禁物です。我が愛しきワーカホリック(仕事中毒)のお嬢様。……三〇〇パーセントの利益を出したのですから、今日くらいは午後からお休みを取られてはいかがですか? 私が、貴女のためだけに最高のアフタヌーンティーをセッティングいたします」
「り、リバロンさん……っ、まだ午前中ですよ。それに、書類のチェックがもう少し残っていて……」
「ダメです。トップの休息は組織の義務。それに……」
リバロンが顔を近づけ、甘い声で囁く。
「最近、貴女が他の商人たちに笑顔を向けるだけで、私の胸の内で厄介な『狼の独占欲』が暴れ出しそうになるのです。少しだけ、私に貴女を独占させてください」
顔が、一気に沸騰しそうになる。
(リバロンさんってば、最近ますます過保護というか……距離が近い……!)
前世では、誰かに特別扱いされることなど一度もなかった。ただの「便利な事務員」として、壊れるまでこき使われて死んだ。
それが今、こんなにも美しく有能な人に、溺愛されている。その事実に、どうしようもなく胸がトクトクと鳴ってしまう。
単なる「感謝」や「信頼」とは違う、もっと甘くて、苦しくて、熱い感情。それが自分の中で育ち始めていることに、私は少しずつ気づき始めていた。
「ドーンッ!!」
「おっはよー、オリヒメ! リバロン! ちょっと聞いてよ!」
良いムードを粉砕する、いつもの爆音。
親友のキャルルが、特注安全靴でドアを勢いよく開け放って飛び込んできた。
「……キャルル様。またドアの蝶番が歪みました。タローマンの魔導接着剤を無駄遣いさせないでください」
リバロンがため息をつきながらネクタイを直す。
「ごめんごめん! それよりさ、村の入り口に、なんか変な奴が来てるんだよ!」
キャルルがウサギ耳をピンと立てて、眉をひそめた。
「変な奴、ですか? 商人の方ではなく?」
私が尋ねると、キャルルは首を横に振った。
「商人じゃない。なんかすっごくピカピカの鎧着ててさ……あと、やたらと靴の底が分厚いんだよ。十センチくらいあるんじゃないかな。で、馬車十台分くらいの後続を引き連れて、デカい顔して歩いてきてるの」
靴の底が分厚い、ピカピカの鎧の男。
その特徴を聞いた瞬間、私の脳裏に嫌な記憶が蘇った。
(まさか……あの時、村の防犯センサーに引っかかって逃げていった……?)
「オリヒメ様。私も今、風に乗って微かな匂いを捉えました。……以前、自作自演の魔獣騒ぎを起こそうとした、あの『下劣な偽善』の匂いと同じです」
リバロンの表情が、一瞬にして冷徹な宰相のそれへと切り替わる。
「いかがなさいますか。村に足を踏み入れる前に、私が『排除』してまいりましょうか」
「待ってください、リバロンさん。相手が何もしていないのに武力を行使するのは、ポポロ村のルールに反します。まずは、要件を聞きましょう」
私はデスクから立ち上がり、ジャケットを羽織って村長室を出た。
広場に出ると、すでに異様な空気が漂っていた。
村人たちや商人たちが遠巻きに見守る中、村のメインストリートの中央を、傲慢な足取りで歩いてくる一団があった。
先頭を歩くのは、太陽の光を反射してギラギラと輝く聖騎士の鎧を纏った、金髪の男。
整った顔立ち(ただしどこか作り物めいている)に、不自然なほど白い歯。
そして何より、キャルルの言った通り、彼の履いているブーツは、背を高く見せるための『超絶・シークレット厚底ブーツ』だった。歩くたびにガション、ガションと重々しい音を立てている。
「おい、田舎者ども! 道を開けろ! この勇者ゼロス・ディバイン様のお通りだ!」
男が芝居がかった大声を張り上げると、背後に控えていた屈強な護衛たちが、商人たちを乱暴に押しのけた。
「……勇者ゼロス」
私が静かにその名を口にすると、男――ゼロスはピタリと足を止め、私を見下ろすようにニヤリと笑った。
「久しぶりだな、オリヒメとか言ったか。……前は、あの妙な結界のせいで不覚を取ったがな。今日は魔獣討伐なんぞというチンケな名目で来たわけじゃねぇ」
ゼロスは懐から、分厚い革袋を取り出した。
チャリン、と。中から溢れ出たのは、最高純度の金貨だった。
「俺はな、お前らがこの村で作った『物流』と『エンタメ』に興味を持った。実に面白そうじゃねぇか」
ゼロスは革袋を放り投げ、護衛の一人に受け取らせた。その後ろには、金貨が詰まった箱を積んだ馬車がずらりと並んでいる。
「俺のユニークスキルは『マネー』。金で買えねぇものはない。……おい、オリヒメ。お前がこの村で作った流通網、特産品、そしてあのアイドルの小娘。すべて俺が『買い取って』やる。もちろん、お前のこともな」
ゼロスの顔が、醜悪な欲望に歪む。
「俺の圧倒的な資金力にひれ伏せ。今日からこの村の利権は、すべてこの勇者ゼロス様のものだ!」
圧倒的な金(暴力)による、あからさまな買収宣言。
前世の社畜時代、大企業の資本力にモノを言わせて、私たちが育てた小さなプロジェクトを強引に横取りしていった強欲な経営者たちと、全く同じ顔だった。
「……お断りします」
私は一切の動揺を見せず、冷徹な声で即答した。
「この村のシステムは、売り物ではありません。それに、貴方のような薄っぺらい『偽善』と『金』で、ポポロ村の絆が買えると思わないでください」
「あァ? なに強がってやがる。たかが田舎の事務員風情が」
ゼロスは不愉快そうに顔をしかめ、厚底ブーツをガションと鳴らした。
「いいだろう。なら、俺の『マネー』の本当の恐ろしさを教えてやるよ。……お前らが泣いてすがるまで、徹底的に兵糧攻めにしてやるから覚悟しろ」
傲慢な宣言と共に、彼が指を鳴らす。
それは、ポポロ村の経済を揺るがす、卑劣な『買い占め』攻撃の合図だった。
だが、彼は知らない。私が持つ『善行ポイント通販』のインフラ構築能力が、彼のような成金勇者の想像を遥かに超えた次元にあるということを。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




