EP 10
絶対無敵のスパチャアイドルと、綻び始めた偽善の仮面
『ポポロ村・アイドルフェス&大収穫祭』の熱気は、最高潮に達していた。
ガレオンたち悪徳商会の残党が『ネタキャベツ』の暴露によって社会的に抹殺された騒動など、今の会場の熱狂の中では取るに足らないエピソードに過ぎなかった。
村の広場に設置された特設ステージの上で、リーザは神々しいまでの輝きを放っている。
「皆様! まだまだ盛り上がれますの!? 私の『時間』、もっともっと奪い尽くされたい方は、次の曲で魂を捧げてくださいませーーっ!!」
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
リーザの歌声に合わせて、商人たちも村人たちも、まるで何かに取り憑かれたように踊り狂い、五円玉(投げ銭)を次々と賽銭箱へと投げ込んでいる。
その光景は、もはや「宗教的儀式」に近い。
キャルルもステージ袖でウサギ耳を全開に揺らし、ノリノリでサイリウム(タローマン製・魔導ケミカルライト)を振り回していた。
「あははっ! オリヒメ、見てよあれ! あのガチガチだった行商人のおじさんまで、鼻に五円玉詰めて腹踊りしてるよ!」
「ふふ、リーザちゃんのバフ効果は絶大ですね。……リバロンさんも、見ていますか?」
「ええ……実に興味深い。市場原理における『熱狂』の可視化。リーザという装置が、ポポロ村の経済を完全にコントロールしていますね。実に美しい……」
リバロンは、私の隣で目を細め、ステージ上の光景と、何よりも楽しそうに笑う私の横顔を交互に見つめていた。彼の黄金の瞳には、ステージのリーザではなく、このフェスの立役者である私だけが映っている。
「オリヒメ様。貴女が構築したこのエコシステムは、もはや一つの国家予算を揺るがすほどの経済価値を持ちました。……そろそろ、貴女ご自身を『もっとも甘やかされるべき対象』として定義し直すべきかと」
「えっ、それはどういう……」
「つまり、明日の朝からは、ロールケーキを二本分、貴女のベッドサイドへお持ちするということです」
「それは流石に糖分過多です!」
私たちの穏やかなやり取りを聞いて、キャルルが「私も食べるー!」と飛び込んでくる。騒がしくて、温かい。これが、私がかつて夢見た、そして今の私が作り上げた最高の「居場所」だ。
***
――だが。
その眩い光と歓声の渦から遠く離れた、薄暗い空間。
神界の炎上神ワイズの管理フロアに、冷ややかな沈黙が流れていた。
モニターには、ポポロ村で大成功を収めるリーザのライブと、それを見守る織姫たちの楽しそうな姿が映し出されている。
ワイズはキーボードを叩き壊さんばかりの勢いで打ち込み、モニターの中の彼女たちを睨みつけた。
「……ありえねぇ。ただのパンの耳を食ってた小娘が、なんでこんな神格級のバフを撒けるんだ。それに、あの人間の女……」
彼は、画面の中でリバロンと仲睦まじく会話をするオリヒメを指さした。
「俺が裏で糸を引いてゼロスに送り込んだ『魔族の潜伏疑惑』も、あの防犯センサーのせいで霧散。ガレオンの『ネタキャベツ』も、逆に自分の悪事を暴露する自爆オチ……。あの女、ただの転生者じゃない。俺の『物語の破壊』を、計算ずくで『物語の成就』に変えてやがる」
ワイズの足元には、散乱した空のコーヒー缶が転がっている。
彼のPV率は下がり続け、神界での予算配分も打ち切り寸前まで追い込まれていた。
「いいだろう、ポポロ村。オリヒメ。……俺の『三流ざまぁ』が通用しないなら、もっと質の悪い『悲劇』をぶち込んでやる」
ワイズは薄ら笑いを浮かべ、再び魔導通信石を起動した。
通信の相手は、今や村へ向かう街道を厚底ブーツで歩いている「勇者」ゼロスだ。
『ゼロスよ。作戦を変更する。……その村へ直接乗り込むのは得策ではないようだ。お前には、別の役割を与える』
『……別の役割、ですか?』
『そうだ。この村は今や、リーザというアイドルの力で経済的に潤っている。なら、その「繁栄」そのものを、お前が持っているスキル……『マネー』の力で粉々に粉砕してやるんだ。この村の「経済システム」そのものを、お前の金で買い占め、村人から働く場所を奪い、オリヒメを追い詰めろ』
『……なるほど。直接手を出すのではなく、経済的に支配して、彼女の築いた王国を崩壊させる……。そいつは面白い』
ゼロスは、ニヤリと下劣な笑みを浮かべた。
彼の厚底ブーツが、ポポロ村へと続く街道の土を、ぞんざいに踏みしめる。
「金の力で、その村の食料も、特産品も、建物も……全部俺のモノにしてやるよ。そうなれば、あのアマも、その人狼の執事も、俺にひれ伏して命乞いをするしかない」
ワイズとゼロスの悪意が、ポポロ村を覆う穏やかな秋の夜空の下で、静かに、そして確実に研ぎ澄まされていく。
***
宴の終わり。
広場には、大成功を祝う温かな余韻が漂っていた。
屋台を片付ける村人たち。満足げに帰路につく商人たち。そして、ステージ裏で最高のライブを終えたリーザが、満面の笑みでこちらへ走ってくる。
「オリヒメお姉様! 私、私……! 観客の皆様から、こんなにたくさんのスパチャを頂けましたの!」
リーザが抱えてきたのは、五円玉で溢れかえった巨大な袋だった。
「凄いですね、リーザちゃん。これだけあれば、村のインフラ整備もさらに進められます」
「ええ。貴女の強欲で純粋なパフォーマンスが、この村に新たな『富』の循環をもたらしました」
リバロンが優しくリーザの頭を撫でると、彼女は「あへぇ〜」と変な声を上げて脱力した。
キャルルも「ホント、お疲れ様!」と肩を叩く。
私たちは、光り輝くステージを背に、ポポロ村の夜の広場を歩いた。
明日は、もっと素晴らしい一日になる。そんな確信に満ちた夜だった。
だが、私はふと、村の入り口を眺めた。
タローマン製のセンサーは何も反応していない。リバロンの鼻も、今は穏やかな秋の匂いしか拾っていない。
(……それでも、胸がざわつくの)
前世の社畜時代、何度も味わった「嵐の前の静けさ」。
私は自分のポケットに入っている『エンジェルすまーとふぉん』を握りしめた。
カグヤ様からの通知は、まだ来ていない。だが、何かが、確実に近づいている。
「……オリヒメ様?」
リバロンが、私の心拍数の変化に気づいたのか、優しく私の手を取り、温かい紅茶を差し出してくれた。
「大丈夫ですよ。何が起きても、私が貴女の盾となり、剣となり、そして貴女の幸福を護り抜きます」
彼の黄金の瞳が、暗闇を射抜くような強い光を放つ。
「ええ……ありがとう、リバロンさん。私は大丈夫。キャルルも、リーザちゃんも、この村の皆さんも、私にはついている」
私は大きく息を吸い込み、月を見上げた。
この村は、私が選んだ私の居場所だ。
どんな悪意がこようとも、私は前世のように自分を殺したりしない。
この『善行ポイント通販』と、仲間の絆があれば――きっと、どんな明日でも「最高の居場所」に変えられる。
そう確信した時、私のスマホが一度だけ、力強く震えた。
『【女神カグヤからの特別通知】オリヒメちゃん! 貴女の善行に、神界から特大のボーナス予算が降りましたわ! 次の戦いに備えて、装備を整えなさい!』
私は小さく頷き、決意を胸に刻んだ。
次の戦いが、どんな形であれ――私は絶対に、この幸せを守り抜く。
――そして数日後。
ポポロ村の境界線に、一人の男が立ち尽くしていた。
分厚いシークレットブーツを履き、聖騎士の鎧を纏った男が、ニヤニヤとした卑劣な笑みを浮かべ、村の中央の『物流拠点』を見つめている。
「……ここが、あの女の王国か。全部、買い占めてやるよ」
いよいよ、物語は第二章の核心、そして黒幕との対決へと大きく動き出そうとしていた。
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