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婚約破棄された社畜令嬢、追放先の村でのんびり善行通販していたら、人狼の最強執事に溺愛されて捨てた国は自滅しました  作者: 月神世一


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EP 6

悪徳プロモーターの影と、完璧なコンプライアンス監査

ポポロ村は、数日後に控えた『アイドルフェス&大収穫祭』に向けて、かつてないほどの活気に沸いていた。

私は村長室のデスクに広げた見取り図にペンを走らせ、前世のイベント運営スキルをフル回転させていた。

「よし、タローマン製の特設ステージは広場の中央に。音響機材の魔力供給ラインは、動線を邪魔しないように地中に埋設……。出店用の屋台セットは、風向きを考慮して南側に配置すれば、ルナキン飯の匂いが観客席に流れて販促効果が倍増するわね」

完璧な配置図レイアウトを描き上げた私がホッと息をつくと、傍らで極上のハーブティーを淹れていたリバロンが、深く感嘆の息を漏らした。

「素晴らしい。集客、安全管理、そして購買意欲の喚起。全てが理にかなった、芸術的なまでの空間設計です。オリヒメ様の手にかかれば、この辺境の村すら、一夜にして王都の歓楽街を超えるエンターテインメントの都と化すでしょう」

リバロンはティーカップをそっと私の前に置き、その熱を帯びた黄金の瞳で私を見つめ下ろした。

「貴女のその知性に触れるたび、私の胸の奥底で、貴女を誰にも見せたくないという昏い独占欲が首をもたげます。……フェスの当日、無数の男たちが貴女に見とれるかと思うと、今から会場の周囲に地雷を敷き詰めたくなるほどですよ」

「り、リバロンさん、物騒なこと言わないでください! 私は裏方ですから、目立つのはステージに立つリーザちゃんですよ」

私が顔を赤くして抗議すると、彼は「貴女の美しさは、裏方に隠れても隠しきれるものではありませんからね」と、甘く低い声で囁き返してくる。

相変わらずの過保護と溺愛の猛烈なストレートに、私の心臓は朝から休まる暇がない。

「あーあ、またリバロンがオリヒメを口説いてる。ちょっと、二人ともイチャイチャしてないで外見てみなよ。変な馬車が来てるよ?」

窓際で人参をかじっていたキャルルが、ウサギ耳をヒクヒクと動かして外を指差した。

見ると、村のメインストリートを、けばけばしい紫色の装飾が施された、趣味の悪い大型馬車が土煙を上げて進んでくる。

タローマンの魔導セメントで舗装された道を、我が物顔で陣取るその馬車は、プレハブ倉庫の前で乱暴に停車した。

「……ひどい悪臭です。安物の香水と、他人の生き血をすするような『強欲』の匂いがします」

リバロンがスッと目を細め、私を背中に庇うように立ち位置を変えた。

馬車の扉が開き、中から降りてきたのは、派手な金のネックレスを何重にも首に巻きつけた、太った中年の男だった。

「おい! この村の責任者は誰だ! 出てこい!」

傲慢な声が広場に響く。

その声を聞いた瞬間、たまたま広場の隅でラジオ体操のスタンプ帳を整理していた芋ジャージ姿のリーザが、「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げ、ガタガタと震え出した。

「り、リーザちゃん?」

私が倉庫から歩み出ると、男はリーザの姿を認め、下劣に口元を歪めた。

「ククク……やはりこんなド田舎に隠れてやがったか、うちの『商品』が。探したぜぇ、リーザ」

「ガ、ガレオン社長……っ!」

リーザは顔面を蒼白にし、健康サンダルを鳴らして後ずさった。

「ガレオン?」

私が首を傾げると、男は私の方を見下し、鼻で笑った。

「俺は隣街の興行を牛耳る『ガレオン商会』の社長、ガレオン様だ。なんだ、お前がこの村の物流を取り仕切ってるっていう人間の令嬢か? 闘気もねえヒョロヒョロの小娘が、田舎で商人ごっこをしてるとは笑わせるぜ」

ガレオンは葉巻に火をつけ、私の顔に紫色の煙を吹きかけた。

リバロンの周囲の空気が、一瞬で絶対零度に凍りつく。

「おい、田舎のネズミ共。俺の商会が、この村のお遊戯会フェスの面倒を見てやろうって言ってんだ。物流の利権を俺に譲り、この芋ジャージの小娘を俺に引き渡せ」

「お断りします」

私は一切の表情を変えず、ただ冷徹に答えた。

「ポポロ村の取引は全て適正なギルドの手続きを経て行われています。あなたのような胡散臭い商会が入り込む余地はありませんし、リーザちゃんは当村の公式親善アイドルです。あなたに引き渡す理由がありません」

「おっと、そいつはどうかな?」

ガレオンはニヤリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「この小娘はな、俺の地下カジノの専属アイドルだったんだ。だが、客から巻き上げたスパチャのノルマを達成できなかった。ここに、本人直筆のサインが入った『借用書』がある! その額、金貨一千枚だ!」

「き、金貨一千枚!? そんな……私、そんな額にサインした覚えはありませんわ!」

リーザが涙目で叫ぶが、ガレオンは「裏面の細かい規約に書いてあるんだよ、バカめ!」と嘲笑う。

「借金を踏み倒して逃げた契約違反だ! こいつは俺の所有物だ、死ぬまで地下のステージで歌って稼いでもらうぜ! 小娘を庇うっていうなら、この村の物流インフラごと差し押さえてやる!」

周囲の村人たちが、不安そうにざわめき始める。

法外な借金。契約書という武器。田舎の村人を脅すには十分すぎる手口だ。

(……なるほど。そういう手で来るのね)

私は深く息を吸い込み、ガレオンの突き出した羊皮紙をスッと手に取った。

前世のブラック企業時代、悪質な下請け業者や詐欺まがいのコンサルタントが持ち込んでくる「不当な契約書」や「水増し請求書」を、徹夜で何百枚も弾き返し続けてきた、私の『法務・コンプライアンス監査』の目が光る。

私は羊皮紙を数秒パラパラと確認し、冷たい声で告げた。

「ガレオン社長。この契約書は『無効』です」

「あぁん? なに寝言言ってやがる!」

「第一に、金貨百枚を超える債務契約には、大陸商業ギルドの『公式検印』と『立会人の署名』が必須です。この契約書にはそれがありません」

私は羊皮紙の右下をトントンと指差した。

「第二に、裏面の『ノルマ未達成時の法外な遅延損害金』の条項。これは、ルナミス帝国および獣人王国が定めた『労働者保護協定』の利息上限を大幅に超過しています。この時点で、この契約書は法的な効力を持ちません」

「なっ……!?」

ガレオンの顔から、余裕の笑みが消え失せた。

「第三に」

私はさらに畳み掛ける。

「この羊皮紙の隅にある透かし紋。これは、隣街の『闇ギルド』が偽造書類を作る際によく用いる安物の魔導紙ですね。……これを正式な借用書として本気で取り立てるおつもりなら、今すぐルナミス帝国の経済監査局に通報し、貴方の商会の『過去数年分の全帳簿』を調査していただきましょうか? 脱税や不法な搾取のホコリが、山のように出てきそうですが」

「――ッ!!」

ガレオンの太った顔が、一瞬にして青ざめ、滝のような冷や汗を流し始めた。

(田舎の娘だと見下して、法外な脅しをかければビビって従うと思ったのでしょうけど。甘いわよ)

理不尽な契約と脅しで人を縛る……そんな前世のクソ上司と同じ手口が、私の前で通用するはずがない。

「き、貴様ぁ……っ! たかが人間の女が、生意気な口を利きやがって! おい野郎ども、やっちまえ!!」

追い詰められたガレオンが逆上し、背後の手下たちに乱暴な指示を飛ばす。

だが、手下たちが一歩を踏み出すより早く。

「……私の前で、我が主を愚弄した上、危害を加えようとした。その罪万死に値する」

氷点下の殺意を纏ったリバロンが、私の前に立ちはだかっていた。

彼の手には、チリチリと青白い闘気を放つ真っ白な『名刺刃』が握られている。

「ヒッ……!? じ、人狼……!」

「貴様らが流す下劣な血で、この村の美しい舗装道路を汚したくはありません。……十秒数える間に視界から消えなければ、貴様らの首と胴体を永遠にお別れさせて差し上げましょう。……十、九」

圧倒的な死のプレッシャー。

リバロンの放つ殺気に、ガレオンの手下たちは悲鳴を上げて武器を放り出し、馬車へと逃げ帰っていく。

「くっ、クソッ……! 覚えてろよ! 数日後のフェス、絶対にぶち壊してやるからな!!」

ガレオンは捨て台詞を吐きながら、無様に馬車に転がり込み、逃げるようにポポロ村を去っていった。

「……オリヒメお姉様」

震えていたリーザが、へなへなとその場に座り込んだ。

「大丈夫ですか、リーザちゃん。もう心配いりませんよ」

私が優しく肩を叩くと、リーザは大粒の涙をポロポロとこぼし、私にギュッと抱きついてきた。

「ありがとうございます……! 私、私、絶対にこの恩は返しますわ! フェスで最高の歌を歌って、村に莫大な利益をもたらしてみせますの!」

「ええ。期待しているわ、私たちの絶対無敵のアイドル」

「オリヒメ様」

リバロンが、どこから取り出したのか、除菌効果のある陽薬草のウェットティッシュで私の手を丁寧に拭きながら、甘く囁いた。

「見事なコンプライアンス監査でした。あの愚か者が突きつけた虚栄の紙切れを、一切の武力も使わず、ただの『紙屑』へと変えてみせた……。貴女の知性は、どんな名剣よりも鋭く、私を魅了してやまない」

彼はそのまま私の指先に口づけを落とす。

「ですが、あのような輩が再び貴女の視界を汚さぬよう、フェスの警備は私とキャルル様で完璧にマネジメントいたします。貴女はどうか、安心してプロデューサーの座に座っていてください」

「ふふっ、頼もしいわね。よろしくお願いするわ」

こうして、私たちは数日後に迫ったフェスに向けて、最後の準備へと取り掛かるのだった。

だが、逃げ帰ったガレオンの手元には、まだあの『腐敗特化型のネタキャベツ』という最悪の危険食材が残されている。

彼らの卑劣な自爆ざまぁの幕開けは、すぐそこまで迫っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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