EP 4
極貧ポイ活スキルと執事の胃痛
翌朝。
ポポロ村の広場は、早朝から異様な熱気と、ペチペチという小気味良いリズムに包まれていた。
「いっち、にっ、さんっ、しっ! はい、深呼吸ですわーっ!」
朝日が昇る中、村の広場の中央で、芋ジャージに健康サンダル姿のリーザが、元気いっぱいに『ラジオ体操(ルナミス帝国式)』の号令をかけていた。
昨夜のルナキン特大ハンバーグ定食によって完全にHPとMPを取り戻した彼女は、地下アイドルの圧倒的な声量とキレのある動きで、村の老人や子供たちを巻き込んで朝の体操を先導していたのだ。
「皆様、今日も一日頑張りましょう! 終わった方は、こちらの出席カードにスタンプを押しますの! 30個貯まったら、なんと私が手書きした『リーザちゃん特製・肩たたき券』をプレゼントしますわ!」
「おぉーっ! リーザちゃん、今日も可愛いねぇ!」
「ありがとうな、スタンプもらうよ!」
村のお年寄りたちが、ホクホク顔でリーザの前に列を作っている。
すっかり村のアイドルとして馴染んでいるその光景を、私は村長室の窓からコーヒー片手に微笑ましく見下ろしていた。
「……信じられません」
私の背後で、完璧な燕尾服を着こなしたリバロンが、深々と、本当に深々とため息をついた。
「一国の王女たる者が、朝っぱらから芋ジャージでラジオ体操のスタンプを配り歩くなど。しかも景品が『肩たたき券』? 国家の威信も王族のプライドも、完全に崩壊しています。マキャヴェリが墓から這い出てきて『君主論』で彼女の頭を殴りつけるレベルです」
普段は冷徹で完璧な宰相であるリバロンが、こめかみを指で押さえながら本気で胃を痛めている。
「まあまあ、リバロンさん。村の皆さんも喜んでいますし、健康的でいいじゃないですか」
「オリヒメ様が優しすぎるのです。キャルル様といい、このリーザといい、なぜ王族というものはこうも規格外の奇行に走るのか……」
「あはは、言われてるよリーザ」
隣で人参をかじっていたキャルルが、楽しそうに笑う。
「でもさ、あいつのサバイバル能力はガチだからね。ルナミス帝国にいた時なんて、もっと凄かったんだから」
キャルルによれば、リーザの『極貧ポイ活スキル』は、もはや一つの武術の域に達しているらしい。
公園で鳩の餌やりおじさんが撒くパン屑を鳩と本気で奪い合い、タローソン(魔導コンビニ)の裏口では廃棄弁当を巡って野良犬と熾烈な縄張り争いを展開。
ルナミスデパートの化粧室に備え付けられた石鹸で顔を洗い、化粧品売り場のテスター(お試し品)を駆使して完璧なフルメイクを仕上げる。
さらには、交番の前で謎の反復横跳びを繰り返して不審者として保護され、取り調べ室でカツ丼をせしめるという、法と情の隙間を突いたギリギリのライフハックまで駆使していたという。
「……それって、ただの犯罪一歩手前のホームレスでは?」
リバロンが顔を引きつらせる。
「いやでも、アイドルは施しを受けないっていう変なプライドがあるからさ。献血でハンバーガー貰ったり、銭湯のお湯を『私の出汁が出てますよ〜』って売ろうとして店長に怒られたり、とにかく『無料で生きていくこと』に関してはプロなんだよ」
「なるほど……!」
私は、キャルルの話を聞きながら、感嘆の息を漏らした。
「なんて逞しいんでしょう。与えられた環境の中で、利用できるものはすべて利用し、自分の足で生き抜こうとするそのハングリー精神。前世の私に見習わせてあげたいくらいです」
「オリヒメ様!?」
リバロンがギョッとして私を見る。
「なぜそこで感心されるのです!? 鳩とパン屑を争う王女ですよ!?」
「だって、わかりますもん!」
私は思わず、両手をギュッと握りしめて熱弁してしまった。
「給料日前の三日間、財布の中に百円玉しかなくて、夜の8時過ぎのスーパーで『お惣菜半額シール』を貼る店員さんの後ろを、ライバルの主婦たちと無言の殺気を放ちながら尾行するあの緊張感! 限られたリソースの中で、いかに効率よくポイントを貯め、キャッシュアウトを避けるか……それは立派な『ポイ活』であり、生存のための究極のマネジメントです!」
前世の社畜OL時代、搾取され続けた私が唯一抵抗できた手段。それが節約とポイ活だったのだ。
「……お、オリヒメ……お前、前世でどんな地獄を生きてきたんだよ……」
キャルルが、少し引いたような、それでいて深い同情を込めた目で私を見る。
「ああ……なんということだ。我が愛しきお嬢様に、そこまでの惨めな思いを強いた世界があったとは」
リバロンは痛ましげに目を伏せると、スッと私に歩み寄り、その大きな手で私の肩を優しく抱き寄せた。
「オリヒメ様。どうかご安心ください。貴女のその血の滲むようなサバイバル技術は、素晴らしい。ですが、もう二度と、貴女に半額シールを巡って殺気を放たせるような真似はさせません。このリバロンが、貴女の生涯の富と食卓を、完璧に保証いたします」
耳元で囁かれる、極甘の誓い。
彼の黄金の瞳が、私だけを熱く、独占的に見つめ下ろしている。
「り、リバロンさん……っ、ありがとうございます。でも、今はもう大丈夫ですから……!」
私が顔を真っ赤にして身をよじっていると、窓の外から「ふんすっ!」という得意げな鼻息が聞こえてきた。
「見ましたか、キャルルちゃん! 今日のラジオ体操も大盛況! これぞ私のアイドルとしてのカリスマですわ!」
体操を終えたリーザが、芋ジャージの袖で汗を拭いながら村長室に飛び込んでくる。
「はいはい。で、朝ごはんはどうすんの? まさかまた、そこら辺の雑草サラダと茹で卵にする気じゃないだろうね?」
キャルルが呆れながら尋ねると、リーザはビシッと人差し指を立てた。
「ふふん! 昨夜、オリヒメお姉様から『ルナキン特大ハンバーグのPR案件』という大きなお仕事をいただきましたからね! 私はもう、タダ飯には頼りませんわ!」
リーザは胸を張り、私の方へキラキラとした眼差しを向けた。
「オリヒメお姉様! 私、アイドルの仕事なら何でもやりますの! この村の物流センターの宣伝でも、タローマンの資材の売り込みでも! 歌って踊って、村の利益に貢献してみせますわ!」
その言葉に、私の社畜OLとしての『企画魂』が小さく反応した。
(……待って。ポポロ村の物流拠点としての機能は順調に回っているけれど、『人を集める』ためのエンタメ要素はまだ足りていないわ)
村の広場には商人たちが押し寄せているが、彼らはあくまで「仕事」で来ている。
もし、ここに『娯楽』という付加価値をつけることができたら?
リーザの歌とパフォーマンスで、商人たちの疲れを癒やし、ついでに村の特産品を販売する『イベント』を定期的に開催すれば、村の経済圏はさらに強固なものになるのではないか。
「リーザちゃん。あなた、本当に歌で人を惹きつける自信はありますか?」
私が真剣な表情で問いかけると、リーザはアクアブルーの髪を揺らし、一切の迷いなく頷いた。
「もちろんですの! 私の歌は、聴く人の『時間』を奪うことができますのよ。仕事の辛さも、日常の悩みも、私が歌っている瞬間だけは全部忘れさせて、宇宙一の幸せを味わわせてみせますわ!」
それは、極貧生活を送りながらも決して手放さなかった、彼女の地下アイドルとしての揺るぎない誇りだった。
「……わかりました。では、リーザちゃん」
私はニッコリと、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ポポロ村の公式親善アイドルとして、あなたを雇用します。直近のミッションとして……近日中に、村の広場で『ポポロ村・特産品感謝フェス』を開催しましょう!」
「ふぇ、フェス……!? 私の、単独ライブですの!?」
「ええ。ステージの設営や集客の段取りは、私がすべて引き受けます」
私が『エンジェルすまーとふぉん』を握りしめると、リバロンが静かに微笑んだ。
「なるほど。この規格外の王女のエネルギーを、村の経済活動のエコシステムに組み込むと。……相変わらず、鮮やかで無駄のない経営戦略です、オリヒメ様」
「やったぁぁぁっ!! キャルルちゃん、聞きました!? 私の単独ライブですわーーっ!!」
リーザは狂喜乱舞し、健康サンダルを鳴らしながらキャルルに抱きついた。
だが。
私たちが新たなイベントに向けて動き出したその裏で、悪意の影は着実に村へと接近していた。
***
「……おいおい、聞いたか? あの芋ジャージの小娘、この村でライブをやるらしいぞ」
ポポロ村の広場の片隅。商人たちの影に紛れ、悪徳プロモーター・ガレオンの手下たちが、卑劣な笑みを交わし合っていた。
彼らの手元には、ガレオン商会が裏で取り扱う違法な借用書――リーザが地下アイドル時代に騙されてサインさせられた、法外な金額の契約書が握られている。
「社長の言う通りだ。あの小娘のライブに集まった客ごと、村の商売をメチャクチャにしてやる。そして小娘を借金のカタに連れ去り、この村の物流インフラもガレオン商会が乗っ取るって寸法だ」
「ククク……田舎の令嬢が仕切る素人のお遊戯会が、俺たちプロの興行師の前にどれだけ無力か、思い知らせてやるよ」
『見下す者』たちの卑劣な罠が、刻一刻と仕掛けられようとしていた。
だが彼らは、絶対に知る由もなかったのだ。
私が築き上げたこのポポロ村の物流拠点が、ただの素人の商売などではないことを。
そして――私の背後には、神界のゴッドチューブでペンライトを振り回しながら、莫大なPVとポイントを注ぎ込む準備を整えている「世界神」が控えているということを。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




