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婚約破棄された社畜令嬢、追放先の村でのんびり善行通販していたら、人狼の最強執事に溺愛されて捨てた国は自滅しました  作者: 月神世一


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EP 2

五円玉の狂気とハゲたぬきのポンポコ節

「――つまり、リーザさんはシーラン国の女王リヴァイアサン様の娘でありながら、ルナミス帝国で『地下アイドル』の活動に全財産を注ぎ込み、アパートを追い出されたと」

ポポロ村の村長室。

私が整理した情報を確認するように問いかけると、ストーブの前で丸くなっていた芋ジャージ姿の美少女――リーザは、健康サンダルをパタパタと鳴らしながら胸を張った。

「そうですの! 私は歌で世界を救える絶対無敵のスパチャアイドルですわ!……ただ、ほんの少しだけファンからの『五円(ご縁)』が集まらなくて、家賃が払えなかっただけですのよ」

「五円、ですか」

「ええ! 建国者・佐藤太郎様がルナミス帝国に広めた『穴の空いた真鍮の硬貨』ですわ! あの穴の向こうに、私とファンの輝く未来ディスタンスが見えるんですの!」

リーザは目をキラキラさせながら、首から下げたヒモ付きの五円玉を握りしめた。

しかし、彼女から漂うのは輝かしいアイドルのオーラではなく、圧倒的な『極貧サバイバー』の哀愁だった。

「オリヒメ、こいつの言うこと真に受けなくていいからね。ルナミスにいた時も、公園で鳩の餌やりおじさんから貰う餌を鳩と奪い合ったり、早朝のラジオ体操でスタンプ貯めて図書カード貰ったり、タローソンの廃棄弁当を野良犬と争ったりしてたんだから」

キャルルが呆れたようにため息をつく。

「なっ……鳩との喧嘩は、生きるための正当な生存競争ですわ! 献血に行けばハンバーガーが無料で貰えるし、交番の前で謎の反復横跳びをすれば、お巡りさんがカツ丼をご馳走してくれますのよ!」

「……信じられませんね」

壁際で控えていたリバロンが、こめかみを指で押さえながら深くため息を吐いた。

「一国の王女たる者が、交番でカツ丼を貪るなど……。我がポポロ村の主であるキャルル様のルームメイトだったとはいえ、これほど王族の威厳と品格が欠落した存在を、私は他に知りません。マキャヴェリも『君主論』の執筆を放棄して泣き出すレベルです」

冷徹な執事の容赦ない評価に、リーザは「むきーっ!」と抗議の声を上げた。

だが、私は彼女の話を聞いて、内心で激しい共感を覚えていた。

(わかる……! 給料日前の三日間、会社にあった賞味期限切れのビスケットと公園の水道水で生き延びたあの感覚。ポイントカード(ポイ活)を握りしめてスーパーの半額シールを待つ、あのヒリヒリするような駆け引き……!)

私の中の社畜OLの血が、彼女の『生きる力(ハングリー精神)』を高く評価していた。

「リーザちゃん。お腹が空いているなら、すぐに温かいご飯を用意しますよ? ルナキンの定食でも、タローソンのからあげクンでも、好きなものを言ってください」

私が優しく微笑みかけると、リーザの喉が「ゴクリ」と大きく鳴った。

しかし、彼女はブルブルと首を横に振ったのだ。

「だ、ダメですの! アイドルは……施しは受けない主義なんですの! 私は自分の歌とパフォーマンスで、正当な『投げスパチャ』を稼いでみせますわ!」

「えっ、でも今にも倒れそうなのに……」

「見ていなさい! ここが私の、新たな伝説のステージですわ!」

リーザは立ち上がると、フラフラの足取りのまま、村の広場へと飛び出していった。

慌てて私たちが追いかけると、彼女は広場の中央にあった空の木箱(ポポロ・コーヒーの出荷用)の上に立ち、周囲の商人や村人たちに向かって大声を張り上げた。

「皆様! アテンション・プリーズ! シーラン海からやってきた、絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですの! 今から最高のパフォーマンスをお見せしますわ! 良ければ、皆様の『五円(ご縁)』を、この箱に投げ込んでくださいませ!」

突然の芋ジャージ美少女の登場に、広場にいた商人たちが「なんだなんだ?」「大道芸か?」と集まってくる。

「ふふっ、掴みはオッケーですわ! それでは聴いてください! 宴会で大人気のこの曲……!」

リーザは深呼吸をした。

そして――おもむろに、首から下げていた『五円玉』を、自分の鼻の穴にスポッと詰めたのだ。

「えっ!?」

私が目を剥く中、リーザは芋ジャージの腹をまくり上げ、両手で自分のお腹をポンポコと叩きながら、満面の笑顔で歌い出した。

「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン〜!」

「♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」

美少女の顔面(鼻に五円玉)から繰り出される、捨て身すぎるドスの効いた歌声。

「♪お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜!(ソレ! ヨイヨイ!)」

「♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン〜!」

「……」

広場が、水を打ったように静まり返った。

商人たちも村人たちも、そのあまりの狂気に圧倒され、言葉を失っている。

「あっはははははっ!! なにアレ、最高!!」

唯一、キャルルだけが腹を抱えて爆笑し、特注安全靴で地面をバンバンと叩いている。

「……オリヒメ様。いけません。あのような惨状を直視しては、貴女の気高く美しい瞳が汚れます」

スッ、と。

背後からリバロンの手が伸びてきて、私の両目をそっと塞いだ。

彼の大きな手のひらの温もりと、上品な紅茶の香りが私を包み込む。

「リ、リバロンさん……っ、前が見えません」

「見なくてよろしいのです。一国の王女が鼻に五円玉を詰め、白昼堂々腹鼓を打つなど……私の執事としての美学が完全に崩壊しかけています。キャルル様のお知り合いでなければ、今すぐネクタイ・ブレードで村の彼方へ吹き飛ばしているところですよ」

リバロンは私を庇うように抱き寄せながら、心底嫌そうに吐き捨てた。

「でも、彼女……すごく一生懸命ですよ?」

私がリバロンの指の隙間からそっと覗き見ると、リーザは息を切らしながら、最後のサビを熱唱していた。

「♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜! ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!!」

ジャーン!とポーズを決め、リーザが荒い息を吐く。

「はぁっ……はぁっ……どう、ですの……? これが、私の……本気の……」

だが、極限の空腹状態で激しいパフォーマンスを行った代償は、すぐにやってきた。

「……あうぅ。目が、回りますわぁ……」

リーザの体がぐらりと傾き、木箱の上からスローモーションのように崩れ落ちていく。

「リーザちゃん!」

私がリバロンの手をすり抜けて駆け寄る前に、彼女は地面にペシャリと倒れ伏し、完全に気絶してしまった。

その鼻の穴には、虚しく五円玉が光り輝いている。

「やれやれ……。オリヒメ、どうする? こいつ、プライドだけはエベレスト級だから、タダ飯は絶対食わないよ」

キャルルが倒れたリーザをつっつきながら、困ったようにウサギ耳を掻く。

「……大丈夫です。私に考えがあります」

私は、前世のOL時代に培った『企画立案』のスキルをフル回転させていた。

彼女が「施し」を受け取らないのであれば、彼女が納得して報酬を受け取れる『仕事システム』を作ればいいだけのことだ。

「リバロンさん、リーザちゃんを村長室のソファへ運んでいただけますか? 私は『エンジェルすまーとふぉん』で、彼女への『お仕事の報酬』を手配します」

「……御意。貴女がそう望まれるのであれば」

リバロンはひどく嫌そうな顔をしながらも、手袋を二重にはめ直し、リーザを荷物のようにひょいと担ぎ上げた。

――その頃。

広場の隅で、この騒ぎを冷ややかな目で見つめている男たちがいた。

「おい……今倒れたあの小娘、シーラン国の『リーザ』じゃねえか?」

「間違いねえ。ガレオン社長が『うちの地下カジノから借金踏み倒して逃げたアイドル』として探させてるタマだ。まさか、こんな辺境の田舎村にシケ込んでやがったとはな」

商人たちの間に紛れ込んでいた、悪徳プロモーター・ガレオンの手下たち。

彼らはニヤリと下劣な笑みを浮かべ、懐の魔導通信石を取り出していた。

「あの小娘が歌うと、客が狂ったように散財する特殊なバフがかかるんだ。社長に報告だ。ついでに、この村の物流の利権も、ガレオン商会が丸ごと乗っ取ってやるよ」

私の築き上げたポポロ村の平穏に、新たな『見下す者』の卑劣な悪意が、静かに忍び寄ろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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