EP 15
偽善の勇者と、私が選んだ本当の居場所
『ピピピピピピ……ッ!!』
ピクニックから村に戻り、タローマン製の『魔導防犯センサー』と『広域結界発生ネット』の設置を終えた直後だった。
村の広場に新設したスピーカーから、甲高い警告音が鳴り響いた。
「な、なんだ!? 魔獣の群れか!?」
村人たちがざわめく中、村の入り口へと続く一本道に、ひとつの集団が姿を現した。
「恐れることはない、ポポロ村の民よ! この村に魔族の残党が潜伏していると聞き、我ら討伐隊が駆けつけた! さあ、この勇者ゼロス・ディバインが、君たちを絶望から救済してやろう!」
夕日を背に受け、大仰なポーズで立っていたのは、ピカピカの聖なる鎧を纏った人間の男だった。
輝くような金髪に、不自然なほど真っ白な歯。そして、彼の足元――聖騎士のブーツは、明らかに全体のバランスがおかしいほど分厚い『シークレット厚底ブーツ』だ。彼からは、強烈な口臭消臭スプレーの匂いと、金で買ったような薄っぺらい聖気が漂っている。
「……あれが、勇者?」
私が怪訝に思っていると、横に立つキャルルがウサギ耳をピクピクと動かし、露骨に顔をしかめた。
「オリヒメ、あいつダメだ。口では『助ける』とか言ってるけど、心音が真っ黒に濁ってる。嘘と、名誉欲と……誰かを見下して楽しむゲスな音しかしない」
さらに、リバロンも鼻先をハンカチで押さえ、不快げに目を細めた。
「ええ。酷い悪臭ですね。ドブネズミに香水をぶちまけたような『偽善と打算』の匂いだ。……それに、彼の背後から微かに、魔獣の獣臭がします」
「魔獣の匂い?」
私はハッとして、手元の『エンジェルすまーとふぉん』で防犯センサーの管理アプリを開いた。
画面には、村の入り口周辺の魔力反応がレーダーで表示されている。
「……嘘でしょ」
私は画面を見て、彼の目的を一瞬で理解した。前世で、自分のミスを隠すために部下に濡れ衣を着せ、それを「自ら解決した」と見せかけて社長賞をもらったクソ上司と全く同じ手口だ。
「さあ、魔族の残党よ! 出てこい! この勇者の剣で……えっ?」
ゼロスが剣を抜き放ち、芝居がかった声で叫んだが――村には一切の悲鳴も混乱も起きていなかった。
村の周囲は、私が張り巡らせた『タローマン製・広域結界発生ネット(農業用防獣ネット軍事転用版)』によって完璧に保護されており、彼の持ち込んだ「ヤラセの魔獣」は、ネットの外側で電気ショックを受けて気絶していたのだ。
「どういうことだ……!? なぜ、村が燃えていない? なぜ、悲鳴が上がらない!?」
カメラの回っている前で悲劇のヒーローを演じるはずだったゼロスは、想定外の平和な光景にパニックを起こし、厚底ブーツをガタガタと鳴らした。
私は、村の防犯マイクを手に取り、静かに、しかし毅然とした声で告げた。
『――勇者ゼロスと名乗る方。お気遣いは無用です。当村の防犯センサーは、あなた方の背後にある「魔獣の入った檻」の存在をすでに検知しています。自ら持ち込んだ魔獣を放ち、それを倒して恩を売る……そのような三流の自作自演は、このポポロ村では通用しません』
「な、なんだとォッ!?」
ゼロスの顔が、見栄えの良い笑顔から一転、醜い怒りに歪んだ。
「き、貴様ら、ただの平民の分際でこの勇者を愚弄する気か! 俺のユニークスキル『マネー』の力を見せてやる! 金の力でステータスを極限まで引き上げたこの俺に、逆らえると思うなよ!」
ゼロスが懐から大量の金貨を取り出し、スキルを発動させる。彼の周囲に莫大な闘気が渦巻き、結界ネットを無理やり引き裂こうと突進してきた。
「させないよっ!!」
ダァァァンッ!!
キャルルが特注安全靴で地面を爆砕し、一瞬でゼロスの目の前に躍り出た。
「月影流・破衝撃!!」
彼女のダブルトンファーがゼロスの聖盾に叩き込まれる。莫大な金で強化されたはずのステータスが、キャルルの純粋な「武の極致」の前にミシミシと悲鳴を上げた。
「な、なんだこのウサギは!? ステータスはおかしいだろうが!?」
「当たり前でしょ! あんたみたいに金で買った『偽物の勇気』で、私が守る村の壁を破れるわけないじゃん!」
さらに、ゼロスの背後に音もなく影が落ちる。
「……貴様のような下劣な輩の口から、我が主たちを愚弄する言葉を聞くことになるとは」
リバロンだ。彼は上着の背広をふわりと脱ぎ捨て、そこに闘気を流し込んで鋼の如き『オーラ・シールド』を展開し、ゼロスの逃げ道を完全に塞いだ。
「帰っていただきましょうか。……この『名刺』が、貴様の首を切り落とす前に」
チリチリと青白い雷光を帯びた『名刺刃』が、ゼロスの首筋にピタリと添えられる。
圧倒的な死の恐怖。ステータスだけを上げても、「本当の死線」を潜ったことのないゼロスの足は、ガクガクと震え始めた。
「ヒッ……!? バ、バカな、こんなはずじゃ……!! 覚えてろよぉぉぉっ!!」
ゼロスは剣を放り出し、厚底ブーツをすり減らしながら、無様に転がるようにして逃げ去っていった。
「ふぅ……」
私は防犯マイクを置き、深く息を吐き出した。
血を流すことも、村に火の粉が降りかかることもなく、機転とインフラ、そして二人の圧倒的な力によって、見事に危機を退けたのだ。
「オリヒメ様! ありがとうございます!」
「あんたがいなきゃ、あのインチキ勇者に騙されて村がメチャクチャにされてたよ!」
広場に集まっていた村人たちが、私に向かって割れんばかりの拍手と歓声を送ってくれる。
「オリヒメ、やったね!」
キャルルがトンファーをしまって、満面の笑みで私に抱きついてきた。
「ええ。皆さんが無事で、本当に良かったです」
すると、人垣を縫うようにして、リバロンが静かに歩み寄ってきた。
彼は広場の中央、村人たち全員が見守る中で、私の前に恭しく片膝をついた。
「リ、リバロンさん……?」
「オリヒメ様。貴女は今日、剣を振るうことも、魔力を放つこともなく、その『知恵』と『備え』、そして何より誰も傷つけないという『気高さ』をもって、この村を完璧に護り抜かれました」
彼の黄金の瞳が、夕闇の中でひときわ熱く、真っ直ぐに私を捉える。
「かつて貴女を『無能』と蔑んだ者たちは、自らの愚かさゆえに破滅しました。ですが、私は知っている。貴女こそが、この大陸で最も尊く、美しい魂の持ち主であることを」
リバロンは私の右手をそっと取り、その甲に、誓いの口づけを落とした。
「私はポポロ村の宰相として、キャルル様に仕えています。ですが……一人の男としての私の命と心は、今この瞬間より、永遠に貴女のものです。どうか、この不器用な人狼の愛と忠誠を、貴女の傍に置くことをお許しください」
村人たちの間から、「おおぉっ!」という歓声と、温かい冷やかしの口笛が鳴り響く。
顔が、火でも噴きそうなくらいに熱くなった。
前世では「誰の目にも留まらない便利な道具」でしかなかった私が、こんなにもたくさんの人々の前で、これほどまでに圧倒的な愛と敬意を向けられている。
「……はい」
私は震える声で、けれどはっきりと頷いた。
「私でよければ……これからも、ずっと隣で支えてください、リバロンさん」
「えっ!? ちょっと待って! オリヒメは私の親友だよ!? リバロン、抜け駆けは許さないからね!」
キャルルが真っ赤になって慌てて間に割り込んでくる。
「やれやれ。キャルル様にはまだまだ『大人の嗜み』が理解できないようですね。オリヒメ様は私が甘やかしますので、ご心配なく」
「うわーん! オリヒメーッ!」
騒がしくて、温かくて、愛に溢れた私の居場所。
「もう我慢しない」と決めて飛び出した辺境の村で、私はついに、誰も蹴落とすことなく、私自身の『幸せなスローライフ』を手に入れたのだ。
***
――同時刻。天界。
女神カグヤのプライベートルームでは、祝砲のクラッカーが鳴り響いていた。
『【歴史的快挙】天野織姫ちゃんの知略と絆! 偽善勇者を完全論破&人狼執事の公開プロポーズで、ゴッドチューブ月間PVランキングぶっちぎりの第一位獲得ですわーーーっ!!』
カグヤがエンジェルすまーとふぉんを片手に、サケスキーのボトルをラッパ飲みしながら狂喜乱舞している。
一方、炎上神ワイズの管理フロアは、死に絶えたような静寂に包まれていた。
彼が全予算を注ぎ込んだ「勇者のヤラセ炎上配信」は、ポポロ村の完璧な防犯システムによって未遂に終わり、逆に「三流の偽善者」として大炎上。彼のPVは底辺へと叩き落とされたのだ。
「……クソが。調子に乗りやがって」
ワイズはギリッと歯を食いしばり、モニターに映る笑顔の織姫を睨みつけた。
「このまま終わらせると思うなよ。次は、魔王軍の『あの男』を動かす。お前らの平和な箱庭ごと、必ず絶望で焼き尽くしてやる……!」
彼らの背後に潜む黒幕の悪意は、まだ消え去ってはいない。
だが、今の私には何も恐れるものはなかった。
私には、最強の親友と、最高の執事、そして何より『善く生きる』という揺るぎない力があるのだから。
読んでいただきありがとうございます。
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