EP 12
マグローザ漁船の切符と、光り輝く収穫祭
プレハブ倉庫でのあの一件から数日。
大陸屈指の巨大企業である『ゴルド商会』が、ついに正式な回状を全大陸のギルドに向けて発した。
『レオンハート王国のレオナルド領との一切の取引を停止する。彼らは約束手形を反故にし、帳簿を偽装する信用ならざる者たちである』
その結果は、恐ろしいほどに早かった。
「オリヒメ様。先ほどゴルド商会の商人から聞いたのですが、例の獅子耳の男……レオナルドは、多額の借金返済のために領地の館すら差し押さえられたそうです」
村長室で事務作業をしていた私のデスクに、リバロンが新しいお茶を置きながら涼しい顔で報告した。
「ゴルド商会の裏の顔である闇金融にまで手を出していたようで。返済できない彼らには、シーラン国の『マグローザ漁船』への乗船チケットが渡されたとか。船内通貨は『K(ケツフキのK)』。地下室でチンチロをして脱出を図るしかない、あの伝説のドナドナ船です」
「……マグローザ漁船ですか。過酷だとは聞きますが、自業自得ですね」
私は淡々と答え、手元の『ポポロ・コーヒー豆』の出荷伝票に村長の代理印をポンッと押した。
「虎耳の新しい婚約者も、『こんなはずじゃなかった!』と婚約を破棄して逃げ帰ったそうです。彼が『書類整理係』と見下し、手放した貴女の実務能力こそが、彼の領地を支える全てだった。それを理解できぬ愚か者には、ふさわしい結末でしょう」
リバロンの言葉には、一片の同情もなかった。
前世のブラック企業でも、実働部隊を「代わりはいくらでもいる」と切り捨てた経営陣が、結局は業務を回せなくなって自滅していく姿を見たことがある。
見下した相手の力に依存していたことに気づかず、因果応報で転落していく。私は彼を蹴落とすために何かをしたわけではない。彼が自分で勝手に落ちていっただけだ。
「さあ、そんな終わった人間の話は終わりにしましょう。今日はポポロ村の秋の『収穫祭』なんですから!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、キャルルが飛び込んできた。
彼女の腕には、村で採れた『太陽芋』や『ハニーかぼちゃ』が山のように抱えられている。
「そうですね。村の皆さんも、今年の豊作を心から喜んでいますし。夜の広場での宴に向けて、準備を進めないと」
私は立ち上がり、大きく伸びをした。
「でもオリヒメ、夜の宴って言っても、村の広場は暗いよ? 松明だけじゃ、ちょっと寂しいし……」
キャルルがウサギ耳を揺らしながら心配そうに言う。
「任せてください。皆さんが一生懸命育てた作物を祝うお祭りです。最高に明るくて、楽しいものにしてみせます!」
私はポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
前回の塩対応ざまぁ配信による超絶PVのおかげで、私の善行ポイントはカンスト(上限到達)ギリギリまで溜まっている。
(お祭りを盛り上げるインフラと、子供たちが喜ぶ特別なご馳走……!)
私はカタログを検索し、惜しみなくポイントを消費した。
空間が歪み、村の広場に次々とダンボール箱が転がり出てくる。
「さあ皆さん! こちらの『タローマン製・魔導LEDランタン』と『お祭り用提灯セット』を広場中に飾り付けてください! 魔石の力で、夜でもお昼のように明るく照らしてくれますよ!」
さらに、村の集会所には『ルナキン』から取り寄せた【特製オードブル盛り合わせ】と、子供たちのための【ルナミスバーガー・おもちゃ付きキッズセット】、大人たちには『タローソン』の【からあげクン(各種フレーバー)】を山のように積み上げた。
「す、すげぇ……! なんだこの明るい光は! まるで王都の夜会みたいだ!」
「おい、この肉挟みパン(ハンバーガー)、信じられないくらい美味いぞ! しかも変な人形のおまけがついてる!」
夕闇が迫る頃、魔導LEDランタンが広場を一斉に照らし出した。
色とりどりの提灯が風に揺れ、村人たちの歓声と笑い声が夜空に響き渡る。
泥だらけの辺境の村だったポポロ村は、今や光り輝く豊かな共同体へと変貌を遂げていた。
「すごいよ、オリヒメ! 村のみんな、あんなに笑ってる! あんたは本当に、ポポロ村の女神様だよ!」
キャルルが、嬉し泣きしながら私に抱きついてきた。彼女は今日のために、タローマン製の作業着を可愛らしくリメイクしたドレス風の服を着ている。
「キャルルこそ、村のみんなを守ってくれたから、こんな風にお祭りができるんですよ。……ほら、これ」
私はポケットから、タローソンのコスメコーナーで取り寄せた『ほんのり色付くリップクリーム』を取り出し、キャルルの唇にそっと塗ってあげた。
「えっ……?」
「村長さんも、今日くらいはおめかししないと。とっても可愛いですよ」
「お、オリヒメ〜〜〜ッ!! 一生ついてく! 誰が何と言おうと、オリヒメは私のものだー!」
キャルルが顔を真っ赤にして、ウサギ耳をぐるぐる回しながら私にすり寄ってくる。
「……キャルル様。抜け駆けは感心しませんね」
背後から、ひどく甘く、低く響く声が聞こえた。
振り返ると、そこには――。
「え……」
思わず息を呑んだ。
いつも完璧な執事の燕尾服を着こなしているリバロンが、今夜は少し装いを変えていた。
上着を脱ぎ、体にフィットした上質なベスト姿。そして何より、普段はきっちりと結ばれている銀色の髪が、少しだけラフに流されている。人狼特有の野性味と、洗練された大人の色気が同居する、息が止まるほどの美しさだった。
「お待たせいたしました、我が愛しきお嬢様」
リバロンは私に歩み寄ると、優雅な仕草で右手を差し出した。
「今宵の貴女は、この大陸のどの国の王女よりも輝いています。……どうか、この私にエスコートの栄誉をお与えください」
「あ、あの……わ、私、ドレスなんて着ていませんし、こんな事務服のままで……」
「貴女の美しさは、服や宝石で飾られるような安っぽいものではありません。その純粋な魂と、慈愛に満ちた笑顔こそが、至高の宝石なのですから」
リバロンの黄金の瞳に、逃げ場のないほどの熱と甘い独占欲が浮かんでいる。
私は顔を真っ赤にして、震える手で彼の手を取った。
その瞬間、彼の手が私の腰に回り、そっと引き寄せられる。
「ちょっとリバロン! 私のオリヒメになにすんのさ!」
「キャルル様には、あちらで子供たちが『からあげクン』を巡って争っているのを止める任務がございますよ。ほら、急がないとなくなります」
「あっ! ズルい! 待ってろオリヒメ、すぐ戻るからね!」
キャルルがバタバタと走っていくのを見送った後、私はリバロンに手を引かれ、光に溢れる広場を歩き始めた。
村人たちが、私たちを見て温かい拍手と笑顔を向けてくれる。
「オリヒメ様! ありがとうございます!」
「オリヒメ様のおかげで、今年は最高の秋だよ!」
(……嘘みたい)
かつて、レオンハート王国の絢爛豪華な大夜会で、私は「ただの書類整理係」「無能な人間」と嘲笑われ、一人で惨めに立っていた。
しかし今、手作りの提灯とLEDの光に照らされたこの村の広場で、私は村人たちからの心からの感謝を浴びている。
そして隣には、私を誰よりも価値ある存在として扱い、溺愛してくれる最強の人狼執事が寄り添っている。
「オリヒメ様」
リバロンが、私の耳元に顔を寄せた。
「あの愚かな獅子の男は、今頃、暗く冷たい船の底で、己の無能さを呪っていることでしょう。……ですが貴女は、このように光の真ん中で、皆様から愛されている」
彼の言葉に、私は同じ天秤に乗せられた二つの運命の明確な『差』を感じた。
「貴女を傷つけた過去のすべてを、私がこの手で完全に上書きして差し上げましょう。これからの貴女の人生は、幸福と私の愛だけで埋め尽くされます。……覚悟はよろしいですか?」
「リ、リバロンさん……っ、近いです、みんな見てますから……!」
私が恥ずかしさで俯くと、リバロンは喉の奥で低く笑い、私の手を取り直して、広場の中央へと優雅に歩みを進めた。
神界のゴッドチューブでは、この『最高のカタルシスと極甘エスコート回』が、歴史的なPVを叩き出しているに違いない。
私は、前世からずっと欲しかった「本当の居場所」を、ついに見つけたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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