EP 11
圧倒的な格差と、ずっ友ロコシに塩をかけるような決別
「ヒッ……!!」
壁に突き刺さったリバロンの『名刺刃』と、キャルルの足元から鳴る『特注安全靴』の危険な軋み音。
二つの圧倒的な闘気のプレッシャーを前に、レオナルドは情けなく腰を抜かし、プレハブ倉庫の床に尻餅をついた。
「れ、レオナルド様! なにを怯えているのよ!」
彼の後ろに隠れていた虎耳の令嬢が、顔を真っ赤にして喚き散らした。
「相手はただの田舎のウサギと、雇われの執事じゃない! あなたの強靭な獅子の闘気で、こんな見すぼらしい箱ごと吹き飛ばしてやりなさいよ!」
虎耳の令嬢は自身の腕に闘気を集中させ、倉庫の壁に向かって強烈な拳を叩きつけた。ドスッ!という鈍い音が響く。
だが――タローマン製の魔導プレハブ倉庫は、微塵も揺らがなかった。ドワーフの技術と現代の特殊合金概念が融合した建材は、中途半端な獣人の打撃など意に介さないのだ。
「痛っ……!? な、なんなのよこの壁は!」
彼女が涙目で手を抱える姿に、周囲の商人たちからクスクスと失笑が漏れる。
「や、やめろ……っ!」
レオナルドは震えながら後退りし、私を見上げた。
彼の目には、かつて私を見下していた時の傲慢さはなく、理解不能な現状への恐怖と焦りだけが浮かんでいた。
「オ、オリヒメ……! どうしてだ! お前は闘気も練れない、魔力もない、ただの弱い人間のはずだ! なぜ、こんな恐ろしい奴らが、お前のような女に従っている!?」
「従っているわけではありません」
私は、デスクから立ち上がり、レオナルドを静かに見下ろした。
「キャルルは私の大切な親友です。そしてリバロンさんは、ポポロ村を共に支え合う、最も信頼できるパートナーです。……あなたは、私という個人ではなく、私の持っていた『都合の良さ』しか見ていなかった。だから、今の状況が理解できないのでしょう」
前世で手柄を奪い続けた上司もそうだった。彼らは「誰かが裏で泥をすすって基盤を作っているからこそ、自分たちが表で輝ける」という当たり前の事実に、致命的なまでに無自覚なのだ。
「私の作っていた書類など誰にでもできると、あなたは言いました。ならば、なぜ今、ここへ私を連れ戻しに来たのですか?」
「そ、それは……っ!」
「領地の関税の計算が合わず、ゴルド商会とのパイプも切れ、沼熱が流行っても薬草の備蓄がないからでしょう? あなたが『弱い人間』と見下し、切り捨てた平民の根回しと善行の積み重ね……それが、あなたの足元を支えていた一番の土台だった。あなたは自分で、自分の領地の柱をへし折っただけです」
一切の怒りも込めず、ただ冷徹な事実だけを告げる。
その氷点下の塩対応に、レオナルドは言葉を失い、パクパクと口を開閉させた。
「待ってください! オリヒメ様!」
そこに、待合室の列から一人の商人が進み出た。先ほど私と契約を交わした、ゴルド商会の腕利き商人だ。
「我々ゴルド商会は、レオナルド殿の領地を信用ブラックリストに登録し、一切の取引を停止しております。しかし、彼らがこのようにオリヒメ様に無礼を働き、ポポロ村の治安を乱すというのであれば――ゴルド商会は全大陸のギルドに回状を回し、彼らの一族を完全に経済界から干し上げます」
「なっ……!? ゴルド商会が、なぜそこまでしてこの女を……!」
「オリヒメ様は、見返りを求めず孤児たちを救い、この村に圧倒的な富とインフラをもたらした『生きた聖女』です。彼女の作る完璧な帳簿と透明な取引は、我々商人にとって最高の信頼に他ならない! 貴方のような傲慢な愚か者とは、価値が天と地ほど違うのですよ!」
商人の毅然とした宣言に、プレハブ倉庫内のすべての人々が深く頷いた。
「そんな……バカな……。私が、この私が見下されるなど……っ!」
レオナルドの顔が絶望に染まる。
私が彼を蹴落としたわけではない。彼が私を見下し、その価値を理解しようとせずに手放した「因果」が、巡り巡って彼自身の喉元に食らいついたのだ。
「もういいよ、オリヒメ。こんな奴ら、私の月影流で村の地平線の彼方まで吹っ飛ばしてあげるから」
キャルルがトンファーを構え、ウサギ耳を物騒に揺らす。
「いけません、キャルル様。村の神聖な空気が汚れます。ここは、穏便に『排除』いたしましょう」
リバロンが一歩前へ出た。彼は私に背を向け、レオナルドたちを見下ろす。
「聞こえましたか、愚か者。我が主は、貴様らと関わるつもりは一ミリもないと仰った。……今すぐこの村から立ち去りなさい。次に私の視界に入れば、その首にネクタイ・ブレードを巻きつけて、シーラン国の『マグローザ漁船』に借金奴隷として叩き込みますよ」
絶対的な死の気配を孕んだ執事の宣告に、レオナルドと虎耳の令嬢はついに悲鳴を上げ、這うようにしてプレハブ倉庫から逃げ出していった。
泥だらけになって逃げ惑う彼らの背中は、かつて私を見下していた頃の威厳など欠片もなかった。
「……ふぅ。お騒がせいたしました。皆様、業務を再開します。次の番号札の方、どうぞ!」
私が何事もなかったかのように営業スマイルで呼びかけると、倉庫内は一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
***
その日の夕方。
騒動も落ち着き、私は村の広場で一息ついていた。
ポケットの『エンジェルすまーとふぉん』は、かつてないほどの激しい振動を繰り返している。
『【超絶悲報】傲慢獅子男、因果応報の特大ざまぁ自爆! 視聴者の皆様、これぞ完璧なカタルシスですわ! 天野織姫ちゃんの塩対応、まさに神回!! PV率ぶっちぎりの殿堂入り確定ですわ〜っ!!』
画面の向こうで、カグヤ様がシャンパン(たぶんサケスキー)を浴びるように飲んで狂喜乱舞している。どうやら、今日のやり取りはすべて神界に配信され、圧倒的な高評価を叩き出したらしい。
(前世では誰にも見てもらえなかった私の努力が……こんな風に、たくさんの人に認めてもらえるなんて)
「オリヒメ様」
振り返ると、夕暮れの黄金色の光を背に受けたリバロンが、完璧な礼で立っていた。
彼は静かに私の前へ歩み寄り、片膝をついて、私の手を取った。
「見事な采配でした。貴女は誰の力も借りず、ただご自身の気高さと誠実さをもって、過去の呪縛を断ち切られた」
リバロンの指先が、私の手の甲を優しく撫でる。
「貴女の完璧な実務の裏にある、傷ついた人々への深い愛情……私は今日、改めて貴女の魂にどうしようもなく惹かれている自分を自覚いたしました」
「リバロン、さん……」
「私は執事です。貴女のお世話をし、お護りすることが私の存在意義。ですが……」
リバロンは黄金の瞳をすっと細め、私の目を真っ直ぐに射抜いた。
「ただの執事としてではなく、一人の『男』として、貴女の隣に立つことをお許しいただけますか? 貴女のスケジュールだけでなく、貴女の心そのものを、私が愛をもって独占したいのです」
鼓動が、痛いほどに跳ね上がった。
人狼族の強烈な独占欲と、執事としての絶対的な忠誠が入り混じった、極甘の溺愛の言葉。
彼のような圧倒的な存在に、私が「女」として見つめられている。その事実に、顔が沸騰しそうになる。
「私、は……」
「今すぐにお返事をとは申しません。ただ、貴女を泣かせるような無能な輩から、永遠に貴女を隔離し、私の腕の中で甘やかさせていただきたい……それだけです」
手の甲に落とされた熱い口づけに、私はただ、恥ずかしさと幸せで目を伏せることしかできなかった。
前世で過労死した社畜OLは、追放先の辺境の村で、最高の親友と、最強の執事に溺愛される、かけがえのない居場所を手に入れたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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