第一話 デスマーチの果て、そして俺はレベル0になった
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また画面の前で気を失っていた。
気づいた時には額がキーボードに乗っかっていて、モニターには「aaaaaaaaaaaaaaaaaaa」と無意味な文字列が延々と並んでいた。
午前四時十七分。
隣の席で、後輩の田中がモーションデータを見つめたまま固まっている。寝てるのか起きてるのか、あの独特の「デスマーチ生存者」の顔だ。
俺は神崎遼、三十一歳。ゲーム会社のゲームデザイナーで、担当はバランス調整。要するに「このゲーム、壊れてないか」を永遠に確認し続ける仕事だ。
来月リリースの『エルファリア・クロニクル』。八百万円かけたグラフィックが「クソゲー」と呼ばれないよう、今日も命を削っている。
文字通り、削っていたらしい。
「神崎さん、ドラゴン族のスキルツリー、やっぱりレベル30の分岐おかしくないっすか」
「わかってる。炎強化が二択で、どっち選んでも同じ結果になる。選ばせる意味がない」
「選択肢のための選択肢っすね」
「そう。だから明日——」
立ち上がった瞬間、視界が白く飛んだ。
あ、これはまずいやつだ。
遠くで田中が「神崎さん」と呼んでいる。返事をしようにも、口が動かない。床が、ゆっくり近づいてくる。痛みはなかった。
最後に頭をよぎったのは、ドラゴン族のレベル30スキルツリーのことだった。
最後の最後まで、あのバランスが気になっていた。
我ながら、救えない人生だ。
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次に目を開けた時、空に月が二つ浮かんでいた。
白い月と、ひと回り小さい青い月。朝の薄明かりの中に、二つとも、まだ淡く残っている。
……月が、二つ。
体を起こそうとして、最初に来たのは安堵じゃなかった。恐怖だった。
「……っ、は、はあっ」
息が勝手に荒くなる。胸を押さえると、心臓はちゃんと動いている。首筋に脈がある。手が震えている。
生きている。でも、俺は——死んだはずだ。
白く飛ぶ視界。床に倒れる感覚。田中の声。あれは夢でも比喩でもなかった。俺はあのオフィスの床で、確かに死んだ。
なのに、空気が甘い。
吸い込むと、舌の奥がかすかに痺れる。空気そのものに、電気みたいな、目に見えない密度がある。
地球の空気じゃない。
見渡すと、一面の麦畑だった。ただ、穂の色がわずかに青みがかっている。これも、地球の麦じゃない。
遠くの空を、鳥影がゆっくり旋回していた。翼を広げた幅は、人の背丈の倍はある。あんな鳥、図鑑でも見たことがない。
頭が、ようやく結論を出した。
——異世界。死んで、転生したらしい。
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あっさり受け入れた、わけじゃない。受け入れるしかなかった、が正しい。
ゲームデザイナーを十年もやると、混乱した時にまず「現状把握」へ逃げ込む癖がつく。仕様が崩壊しても、リリース前夜にバグが出ても、震えながら状況を整理する。整理している間は、怖がらずに済むから。
今も、同じだ。怖いから、考える。
現状:見知らぬ青い麦畑。月が二つ。空気が甘い。やたらデカい鳥。
仮説:過労死からの、異世界転生。
結論:……笑えるほど、なろうの王道だ。
ただ、いざ当事者になると、まるで笑えない。王道の導入の裏側には、「もう帰れない」という現実が、べったり貼りついている。
涙が出かけて、慌てて飲み込んだ。
泣くのは、生き延びてからでいい。
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その時、視界の隅に、半透明のウィンドウが浮かんだ。
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【付与者】 神崎遼
所持能力:概念付与
付与可能人数:5 / 5
自身のレベル:なし
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見慣れすぎたフォーマットだった。前世で作っていた『エルクロ』のステータス画面に、配置がそっくりだ。
フォントは少しダサい。区切り線も太すぎる。異世界の神様だか何だか知らないが、UIのセンスはうちの新人以下だ。
死んだ直後に他人のUIへダメ出ししている自分に気づいて、少し笑えた。職業病は、死んでも治らないらしい。
問題は、最後の一行だ。
「自身のレベル:なし」。
付与者が、自分には使えない。ゲームでも、運営のGMアカウントはプレイヤーとして遊べないことが多い。観戦と管理はできるが、自分のキャラは持てない。
要するに俺は、この世界の「運営側」に配属された。しかも、戦闘力ゼロの。
ブラック企業を過労死で抜けた先が、もっと過酷な運営ポジション。転職活動、大失敗だ。
戦えない。魔法も、たぶん使えない。丸腰の三十一歳が、二つの月の下、異世界の麦畑に転がっている。
でも——他人には、配れるらしい。
その一行の意味の重さを、この時の俺は、まだわかっていなかった。
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遠くに、木造の集落が見えた。他に当てもない。俺はそっちへ歩き出した。
集落の入口には、丸太を組んだ粗末な柵があった。
近づいて、ぞっとした。
柵のあちこちに、深く抉れた傷がある。爪痕だ。人の手の倍はありそうな太い爪が、固い丸太を三本まとめて引き裂いた痕。
……この世界には、こういう傷をつける「何か」がいる。
柵の内側から、痩せた老人がこちらを見ていた。手には、使い込まれた木の棍棒。警戒。当然だ。
「……旅人か。ずいぶん妙な格好をしとるな」
その瞬間、背筋がぞくりとした。
言葉が、理解できる。
日本語じゃない。発音も文法も違う。なのに意味だけが、するりと頭に流れ込む。逆に、柵に立てられた木札の文字は、見たこともない記号で、一字も読めない。
話し言葉はわかる。書き言葉はわからない。
……気味が悪い。誰かが、俺がここで言葉に困らないよう、「聞く・話す」だけを与えた。親切のつもりかもしれない。だが、それは同時に——お前を意図的にここへ連れてきた、という意味でもある。
偶然じゃない。誰かの、何かの意図がある。
ぞっとしたが、今考えても答えは出ない。後回しだ。まずは生き延びる。
「行き倒れです。日が暮れる前に、少し休ませてもらえませんか」
老人は俺を上から下まで眺め、棍棒を下ろした。
「……入れ。暗くなると、森のものが降りてくる。あんたみたいな丸腰は、ひと晩ももたん」
森のもの。さっきの爪痕。あのデカい鳥。
点が、線になりはじめる。
この世界は、夜になると、人を殺しに来る何かがいる世界だ。
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老人の背中を追いながら、ふと前世を思い出した。
最後の十年、俺は誰かが企画した、誰かのためのゲームを作り続けた。徹夜して、休日を潰して、体を壊して。
八百万円のグラフィックも、何千時間の残業も、結局ひとつも「俺のもの」にはならなかった。
作りかけの仕事を残して、オフィスの床で死んだ。それが、俺の人生だった。
……辛気臭い。やめよう。転生初日から後ろ向きすぎる。
「おじいさん。ここは、何て村ですか」
「ターン村だ。辺境も辺境、グレイン王国の端っこよ」
ターン村。グレイン王国。
地図もない。世界の広さも、王国の数も、戦争中かどうかも、何も知らない。ゲームで言えば、チュートリアルすら始まっていない。
まずはセーフゾーンの確保。次に情報収集。それから、能力の検証。順番さえ間違えなければ、なんとかなる。
とりあえず、今日を生き延びる。異世界初日の目標としては、十分すぎる——はずだった。
ただ、頭の隅で、ひとつの問いが転がり始めていた。
最後まで「自分のもの」を作れずに死んだ男に、今、他人を強くする力がある。
もし、この力で誰かにレベルを配ったら。一人じゃなく、十人、百人、千人に配ったら——この世界は、どこまで歪むんだろう。
今度こそ、自分の手で、最後まで、何かを作れるんじゃないか。
配り続けたら、俺はどこまで行ける?
その問いの答えが「玉座まで」だと知るのは、まだ少し先の話だ。
前を歩く老人が、振り返って不機嫌そうに言った。
「お前、何をニヤついとる」
「いえ、別に」
「気味の悪い男だな」
俺は慌てて表情を消した。
二つの月が沈みかけた異世界の空の下で、何かが始まる気配だけは、確かに足元から立ち上り始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は私の初めての長編小説です。文章も構成も、まだまだ手探りで書いています。
「この導入は引き込まれた」
「ここの描写は分かりにくかった」
「主人公のキャラが好き/苦手」
——どんなご感想でも構いません。一行でも、絵文字一つでも、本当に嬉しいです。
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次の更新でお会いしましょう。




