6話 選定の噂
通り過ぎかけたレオンが、ふと思い出したように振り返る。
「今、料理人の選定やっててさ」
軽い調子で言う。
「上に気に入られれば一気に上がれるんだよな。こういうのって」
胸の奥が、またざわつく。
「まあ、お前には関係ない話か」
くすっと笑う。
「味の分からないやつに、評価なんて無理だしな」
その言葉に。
一瞬だけ、息が止まる。
でも。
今度は——少しだけ違った。
「……そう、でしょうか」
気づけば、声が出ていた。
レオンが、わずかに眉を上げる。
「は?」
怖い。
でも、止まらなかった。
「ちゃんと食べてくれる人も、います」
震えそうになるのを、どうにか押さえる。
「それで、十分です」
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、視線を上げる。
レオンは、一瞬だけ黙ってから。
「……はは」
興味なさそうに笑った。
「変わんねえな、お前」
そう言い残して、今度こそ去っていく。
その背中を見送って。
ゆっくりと、息を吐いた。
怖かった。
部屋に戻ってからも、胸の奥がざわついていた。
味がしない。
地味で、選ばれない。
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
「……だから」
ぽつりと、こぼれる。
だから、なのだろうか。
何もさせてもらえないのは。
料理をする必要がないと言われたのは。
——価値が、ないから。
「……違う」
小さく首を振る。
でも、うまく打ち消せない。
ちゃんと食べてくれる人がいる。
そう思えたはずなのに。
不安が、じわじわと広がっていく。
気づけば、足が動いていた。
廊下を進む。
止まれなかった。
「リカルド、様」
呼びかける声が、少しだけ震える。
リカルドは、静かにこちらを見た。
「どうした」
その一言だけで。
逃げたくなるくらい、安心する。
でも。
だからこそ、聞かなきゃいけない気がした。
「……あの」
喉が、うまく動かない。
それでも、絞り出す。
「私の料理……一度、食べてみてもらえませんか」
言ってしまった。
もう、引き返せない。
「ちゃんと……判断して、ほしくて」
視線を落とす。
怖い。
否定されたら、きっと——
でも。
それでも。
「……あなたに」
かすかに、声が揺れる。
「あなたに、決めてほしいんです」
それだけが、頼りみたいに。




