5話 味がしないと言った人
廊下を歩いていたときだった。
ふと、足が止まる。
聞き覚えのある声。
「……は?」
振り返った先で。
その人も、こちらを見ていた。
「リディア?」
心臓が、嫌な音を立てる。
忘れたかったはずなのに。
「なんでお前、こんなところにいるんだよ」
レオン。
かつて、婚約していた相手。
「……少し、縁があって」
うまく言葉が出てこない。
視線が、勝手に下がる。
あの頃と同じみたいに。
「縁って……はは、まさか」
レオンは、面白がるように笑った。
「雇われたのか? 料理係とか」
胸の奥が、きしむ。
「相変わらずだな。お前の飯、地味でつまらなかったし」
軽く言う。
何でもないことみたいに。
でも、その一言で。
ちゃんと痛い。
「……あれは」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
違う、と言いたいのに。
うまく、形にならない。
「まあでもさ」
レオンは、興味を失ったみたいに肩をすくめた。
「せいぜい頑張れよ。今度はちゃんと雇い主に気に入られろよ?」
笑いながら、通り過ぎていく。
止める理由なんて、ない。
言い返す言葉も、ない。
ただ。
ぎゅっと、手を握る。
爪が食い込むくらい。
痛いはずなのに。
それでも、少しだけ。
あの頃より、ましだと思った。
全部、否定されたわけじゃない。
ちゃんと食べてくれる人も、きっといる。
それだけで。
「……大丈夫」
小さく、呟く。
誰に聞かせるでもなく。
それでも。
今は、そう思うしかなくて。




