灰燼会襲撃の後遺症(
研究棟の廊下は磨かれ、破れた壁面は新しい魔術板材で覆われている。
傷跡はすべて消された。
だが、空気だけは修復されていなかった。
歩くたび、足音が反響する。
以前は通学時間帯に交錯していた雑談や笑い声が、いまは粘性を帯びた沈黙に吸われていく。
研究者たちは互いに目を合わせず、視線は常に手元の端末か、足元の床へ落ちたまま。
襲撃で失われた学生や助手の名前は、どこにも掲示されていない。
代わりに貼り出されたのは、三行に圧縮された統計値だった。
――損耗率 12.4%
――負傷者 27
――行方不明者 6(認定保留)
死者という語は使われない。
感情を避け、個人を消し、事故のように処理された数字だけが壁に貼り付いている。
見るたびにそれは、誰かの存在が「標本」へ変換された事実だけを突きつけた。
研究室の扉を開ければ、器具は洗浄され、魔導炉の表面は鏡のように澄んでいる。
しかし、研究者たちの動作は妙に静かだった。
古文書をめくる指先は震えず、魔術端末を操作する手も正確だ。
ただ――必要以上に早い。
まるで思考が滞る前に作業を終わらせたいとでも言うように。
灰燼会の再襲撃を想定する者はいなかった。
話題として口にすると、空気が崩れるのを全員が知っていたからだ。
だから誰も言わない。
ただ、次だけは防ぎたい。
その一点でだけ、見知らぬ研究者同士が密やかに同調していた。
昼休みの談話室。
コーヒーの香りはあるが、湯気だけが孤立して漂う。
雑談を試みる者はいても、会話の末尾は必ず曖昧に溶け、誰も核心へ到達しない。
「…復旧、早かったな」
「予算が降りたからだろう」
二言。
そこで終了。
質問を継いではいけない。
答えを求めれば、誰かの顔が脳裏に浮かぶ。
救えなかった助手、取り残された学生――名前のない死者たち。
そして、その沈黙の底に積もった恐怖は、誰も口にしないまま、議論の原点へと変質していく。
防げなかったから。
次は守りたいから。
その願いが正しいほど、研究者たちはゆっくりと軍の影へ歩み寄っていった。




