98話「負の感情の陰」
「ではこれより彩旅の魔女エリセツアの魂を俗世へと呼び戻す儀式を行う!!」
大魔女ジャンヌはそう言うと、儀式の中枢を担う小雨の魔女パラキースがレインガーデ祭壇の扉の前に立ち、横になるエリセツアと扉に向かって詠唱を始めた。
「集いし魔女たち!!魔力を送れ!!」
祭壇に集まった魔女たちは一斉に杖を構え、目を閉じて、祭壇に魔力を送り続けた。
一方スピリアたち三人はパラキースの魔法の補助となるため、彼女の後ろに並びエリセツアに対する感情を高めた。
「私たちが望むのは迷えるエリセツアの魂。この膨大な魔力と縁を持つ者の想い、そして我が記憶を以てここに起こす。『擬似第三創世魔法、セインジフールワイディアル』」
レインガーデ祭壇の扉はゆっくりと開き、それによる揺れで魔女やスピリアたちは身じろいだ。そして儀式は最終段階へと入った。
パラキース、ヴィアレン、ケイディ、スピリアの四人が扉の奥にいるエリセツアの魂を呼んだ。しかし、扉が開く間、災害級魔法などとは比べ物にならない魔力が毎秒、消費されていく。それは扉の奥の世界とこちらの世界の境界となるこのレインガーデ祭壇が世界からの圧力で潰れない様にするためだ。
「エリセツア、戻って来て!!」
感情が昂るスピリアは思わず口にしてしまうほど強く願い、集中していた。それは他の三人も例外ではなくパラキースにいたっては唇を噛み、全神経を魔法のために注いでいた。
すると、誰の目にも見えないのに感じられる一つの物体がエリセツアの身体に入って行った。それをパラキースが感じ取ると、すぐさま扉を閉めるために詠唱を始めた。スピリアたち三人も扉を閉めるために必要な魔力を補うのを手伝った。
そうした状態が五分程続いた結果、扉はようやく閉まり、辺りに吹いていた風が止み、静まり返った。
「貴様ら、エリセツアが戻ってきたかどうか分かるか?」
ジャンヌはそう言い、エリセツアの状態を見るパラキースを見つめた。スピリアたち三人はひたすらエリセツアが目覚める事を願った。
しかしパラキースは神妙な顔を浮かべていた。
「魔女エリセツアの魂は確かにこの身体に戻りました。しかし、彼女の負の感情が目覚めるのを拒んでいます」
「ど、どう言う事ですか!?エリセツアはどうなるんですか!」
涙をこぼすスピリア、顔が引きつるヴィアレンとケイディは立ち尽くした。魔女たちも儀式が成功していないのか不安になり、大魔女ジャンヌの言葉を待った。
しかしジャンヌはパラキースの言葉を聞いても動揺しなかった。むしろ何の感情も抱いていないかの様に無表情だった。
「これについては集まってくれた貴様ら魔女に非は一切ない。そしてパラキース、ヴィアレン、ケイディ、スピリア、お前らにもだ。つまりこれはエリセツア自身の問題だ」
魂が身体に戻り、意識を取り戻したエリセツアは記憶を全て辿ろうとしてしまった。
「始まりの記憶、ヒイロ、スピカ、シェリア、ジオルドと故郷を冒険した日々。使命を見つけ、それに五人で立ち向かった日々。やりたい事を見つけたが、そのせいでヴィオラおばさんに記憶を封印する呪いをかけられ、無知のままモナレンからミロス学園まで冒険した日々。そして記憶を取り戻し、ポリスイナとシャレットの迷宮を自由に旅した日々」
エリセツアが膨大な記憶を鮮明にしようとしたその時、何かがエリセツアを襲った。それは意識を汚染し、見るからに負の感情で溢れた泥濘の上に立つ、エリセツアと同じ形をする何かだった。
「エリセツア!私です、氷神です。現在貴方の意識とあの何か、そして私自身を具現化しました」
「氷神さんってそんな姿してたんですね。まあ神だし神々しいっちゃ神々しいですけど、動きにくそうですよ」
「いくら目覚めてすぐとは言えボケたふりをしないでください。これは貴方のためにわざわざ私が干渉しているんですから」
「大体状況は分かってますよ。あれを倒す、いや封じ込めるべきなんですよね。あれは私の負の感情、今までは自身の力で封じ込めていたのに、、」
すると負の感情は話し始めた。それはエリセツアにとって嫌な事だった。
「私よ、何故生きるんだ?分かってるでしょ、いつかは死ぬ。そして自分の意識は消える。何も考えなくなってしまうんだ。ならば十分生きて来た私はもう生きなくて良いだろ?」
「それは、、はあ、何も言い返せない、」
「エリセツアは私の眷属。死ぬ事は基本的に許されません。だから生きるのを辞める事なんて考える事も許されません」
「では永遠を生きる事を望んでいるのか、私よ。違うだろう。むしろ永遠の生に怯えてるぞ」
そして負の感情がエリセツアを殴った。それはただの痛みではなく、焦燥や恐怖、思わず涙を流したくなる様な痛みを感じるものだった。
死ぬ、もしくは死なずに永遠を生きる。こんな事を考えるのは私にとって仕方ない。目を背けようとしても、いつか来るその未来を考えてしまう。その恐怖は普通の人たちよりも強く意識してしまう。ほんとに嫌な私だ。
「エリセツアの陰よ。貴方は何も分かっていない。神として貴方に教えましょう。人は成長する。その過程で価値観も変わり、やがて生を全うする時、死の恐怖は積み重ねて来た多くの幸福が打ち倒すのです」
そう言うと、私の痛みは和らぎ、負の感情は歯軋りをした。思わず私は涙を流してしまった。
「氷神さん、貴方の励ましは優しく強い力を持ってる。今のは流石の私も助かったよ」
「強がらなくても良いですよ。私は神ですから」
「勘違いするなよ私。失ったお前の周りの人間は報われていたか?使命に立ち向かう過程で切り捨てられた感情に目を背ける事は正しいのか?」
私によぎったのは幼馴染四人と共に強大な敵たちと戦った時、支えてくれた人たちだった。もはや思い出すには時間が経ちすぎてはいるけれど、あの時のやるせなさは今でも鮮明にある。
庇って死んだのだ。普通の人間には出来ない事でありながらもやってのけた人たちだった。他人の未来のために自分を切り捨てる。自分は立ち会えなくても良いと思える程、勇敢で優しく、同時に私を追い込む程、強い思いだった。
氷神はまた、私を導くために言葉を与えようとしてくれた。
「氷神、大丈夫。答えは出せている」




