97話 出立(1)
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翌朝、終ぞ囲むことは叶わなかった食卓にレイとシオ、ヒバリとセリカが席に着く。
本来ならばこのテーブルにもう一人かけるはずだったと言うのに、その光景はもう二度と見ることは出来なくなってしまった。
それを分かっていながらも顔に出すことなく、セリカはレイの作った朝食を口に運んでいる。
「本当に、行っちゃうのね」
「きっとまた会えるよ」
「そうだぜ、もう二度と会えなくなるわけじゃねぇんだしな。生きてりゃ、そのうちどっかでばったり会う事もあんだろ」
「ふふっ、それもそうね」
口いっぱいにパンを頬張りながら笑って言うシオの言葉に頬を緩めるセリカの姿は、どことなくアイリーンの面影が残るようで、やはり血の繋がりがはっきりあるのだと分かると同時に、始めましてで睨まれた初対面時の尖ったセリカの面影はすっかり形を潜めてしまったのが、口には出さないが少しだけ寂しく思えてきてしまう。
つっけんどんな態度のセリカに話しかける過程もどこか楽しかった事を思い出して笑っていると、セリカもまた同じことを思い出したのか、サラダを口に運びながら尋ねてきた。
「そう言えば、レイってママには敬語で話すけど、あたしには出会った当初からため口よね……。なんで? あたし、お姉ちゃんでしょ?」
どことなく圧を感じる問いかけに、レイは自覚が無いようで首を傾げる。
心当たりがない、と言うよりも完全に無意識に、無自覚なレイの代わりに、シオがセリカの問いに答えた。
「簡単な話だぜ。レイは敬意を持った相手には敬語から入る。その点、アイリーンはグレイの爺さんよりもずっとレイの敬意を得ていたように見えたぜ。あぁ、安心しろよ? 慣れてくりゃ、レイは自然とため口になるからよ」
「何よそれじゃまるでレイはあたしに敬意を感じていないみたいじゃない。これでもあたし、あんた達のお姉ちゃんなのよ?」
「おいおい、セリカお前、初対面の時にどんな態度取ったのか忘れたのかぁ? あれを思い出してもまだ敬意を持てるってんならお前、相当頭花畑だぜ?」
「ぅぐ……、言い返しようが無いわ。その節は、本当にごめんなさい」
「?」
どうして謝られているのか分からないレイは、隣でぴったりと席をくっつけて座るヒバリに口元を拭われながら首を傾げたまま記憶を浚ってみても思い当たる節も無いので、シオに食い尽くされる前に朝食に集中する。
大食漢と言えば聞こえの良いシオの食べっぷりは食い尽くし系で、自分の皿の上から料理が無くなれば他人の皿であろうとも首を伸ばす厄介な食欲の持ち主なのであるがゆえに、レイにとって食事の場は戦争。黙って食べることに集中し、奪われないよう守ることで精一杯なのであった。
しかし実際のところは、シオにも最低限のマナーや常識はあるため、見ず知らずの人間の皿から盗むなんて真似は当然しない。事実一緒の食卓を囲んだアイリーンの料理を横から首を伸ばして奪ったという事実は無い。
シオが奪ってまで食べようとする相手は、レイ以外にいないのであった。
「忘れた頃に出会って大人なあたしを見せつけて敬意を取り戻して見せることにするわ……! 悔しいけど、今回は退いてあげるわよ」
「なに譲歩してやるみたいに言ってんだ。自業自得、因果応報だろうが」
「あら、難しい言葉知ってるのね」
「グレイの爺さんがそう言うのが好きなもんでな」
「ふぅん、あっそ」
グレイ爺の話題が出ると途端に興味を失うセリカ。
セリカはアイリーンを、母を受け入れることはできたものの、父であるグレイ爺を受け入れるにはまだまだ時間が必要なのであった。
「それで、シオ達はここを出てどこに向かうつもりなの?」
「特には決まってはいないけども、世界中を見て回る予定だしな。王都、ってとこに入る方法を探すことから始まるだろうよ。そう簡単には入れないんだろ?」
「王都、ね。あたしも行ったことないけど、あんた達は普通の町に入るのも難しそうだし苦労しそうね」
「とりあえずはあの変態の記憶を辿りながら、身を隠して行くことになりそうだけどな」
「ヒバリ……、ね。そう言えば、街道の魔女、ヒバリが襲った人たちってみんな生きてるのかしら」
「さあな。あの変態にでも聞いて見りゃあいい」
食事を必要としないからか、食事の時間はただ黙ってレイの食べる姿を凝視しているヒバリに視線を移すと、シオに奪われないようにと急いで飲み込んだパンを喉に詰まらせたレイに飲み物を差し出すヒバリが目に映る。
自分よりもずっとお姉ちゃんではないか、と不安が募るセリカの視線を感じたからか、ヒバリはセリカの方を向いて彼女の問いに答える。
「ヒバリが襲った方たちは皆、森の奥で眠っていますよ。魔力を吸い尽くす行為が危険だと言うのはヒバリも承知の上。ゆえに、自意識が朦朧となる直前まで吸い、魔眼の力で仮死状態にして保存されています」
「……それ、無事って言えるのかしら」
「最初はそこに行って、みんなを解放してあげようか」
「それも、変態を拾ったレイの責任でもあるもんな」
「ヒバリにはヒバリと言う名前が――」
「あぁはいはい、ほら、レイの口元が汚れてるぞ」
「――マスター、お顔をお見せください」
素早い変わり身と、その異質な人形に既に順応しつつあるレイに唖然とするセリカは、乾いた笑いを浮かべながらお茶を口に含む。
「そ、そう……。解放してくれるならありがたいわ。それで、その中にもしブルーノって言う男がいたら、あたしの名前を出してもらって構わないわ」
「知り合いか? あぁ、そう言えば騎士連中に泣きついていた時があったな。その時にも似たような名前を口にしていただろ」
「あれはもう、忘れてちょうだい。あたしの恩人のような人だけど、きっとこれから先、あたしは彼には頼れない、交わらないだろうから、レイ達の口から伝えてほしいの。今までありがとう、って」
「……いいのか?」
「えぇ、いいのよ。あたしと彼らでは、向かう先が違うから。そもそも別れの言葉が必要な間柄でもないしね。あんた達も、きっとそう思うはずだから」
「どういう意味だ、そりゃあ?」
「さぁね。それは自分の目で見て確かめる事ね。でもまぁ、きっとあんた達の助けにはなってくれるはずよ」
「好きに利用しろ、ってわけか」
シオの答えに否定も肯定もしないで肩を竦めるセリカを、レイは満腹になった腹を擦りながら眺める。
シオと相性が良いのか、気負いのない様子で軽口を交わす様はどこかグレイ爺を彷彿とさせる。当然グレイ爺を嫌っているセリカに、乙女にヒゲのお爺さんとよく似ているなんて言葉をかけるほど無粋なレイでは無いし、それなりのデリカシーは備えられていた。
とは言え、グレイ爺とアイリーンという、レイが特別敬意と憧れを抱く二人の面影を残すセリカを羨ましく思えてしまう自分の感情は整理をつけるのがまだ難しく、口ではグレイ爺の息子だと名乗っていても、こうして二人の面影が色濃く残るセリカを見てしまうと実際の血の繋がり以上に強い繋がりがあるものか、とも思えてしまい、どこか惨めな思いを抱いてしまう。
そんなナイーブな心の持ちようを察したシオがテーブルの下から尻尾を伸ばして、レイの指に絡める。
それを見たヒバリも負けじともう片方の手を取って指を絡ませては、シオに堂々としたり顔を見せるのはどういう意図か分からずにレイからは苦笑が漏れ、気が付けば浮かんできた悩みの種もどこかへ消えていたのだった。
「ところで、ヒバリの恰好もそうだけど、レイもその恰好で外出歩くつもり?」
「え、何が?」
「はぁ……」
謎のヒバリのマウント顔をテーブルの反対側から見ていたセリカが、女としては譲れない、ヒバリが家にやって来てから常に抱えていた疑問をようやく口にする。すると、レイもヒバリも、シオでさえも「当たり前でしょ」みたいな反応を示す。
その反応は予想していたセリカであったが、いざ来てみると深い深い溜め息しか出てこないのであった。
「何か駄目なのかな。外の世界じゃ、もっと違う格好してるのかな?」
「確かに、レイとセリカじゃ恰好も違うしな。かと言ってジークの野郎とは特に違いなかったような気がするが……」
「でも確かに、ヒバリは少し心配かもね」
「マスター、ヒバリの恰好がどこかおかしいですか?」
シオは常に裸だから良しとして、レイが纏うグレイ爺のお下がりであるボロボロの狩人服も、セリカからすれば無しだが、百歩譲って良しと言えるだろう。
そして問題のヒバリの、襤褸布一枚纏っただけの大事な部分を隠そうともしない、衣服と呼ぶにはあまりにも烏滸がましい風体はおかしいとしか言えない。
(……町でこんな格好の、それも誰もが振り返るような美女がこんな足も全部丸出しで歩いていたら、痴女に思われても仕方ないわよ! 下手したら路地裏に連れ込まれてもおかしくないんだから! でも、レイはその辺り気が付けるのなら少し安心できそうだわ)
おかしなところしか無いわよ、と叫びたくなる気持ちを抑えて彼ら自身で気付けるようにと場を譲ったものの、セリカの薄氷のような期待は続く論外な会話の内容によって易々と裏切られる羽目になるのであった。
「――ずばり、防御力が足りない!」
「あぁなるほどな、森なんか入った暁には傷だらけ間違いなしだな」
「いえ、ヒバリには自動修復の魔術式が刻まれていますので、傷は出来ると同時に治っていきます」
「それなら問題ない、かも?」
「――問題大ありよっ!!」
「ぅお、びっくりしたぁ」
セリカに言わせてもらえば、防御なんて大前提。
それも物理的ではなく、人としての尊厳を守るための防御力が衣服には必要なのだと叫びたかった。
加えて、ヒバリのようなスタイル抜群の女性がお洒落もしないでいるのはもったいないと感じてならなかったからだ。町の流行を敏感に取り入れ、村の中では特にお洒落でいたセリカにとって、ヒバリのような恐ろしいまでに美しい女性がお洒落に無頓着であることが許せなかった。
「出立の前に、あたしが新しい服を見繕ってあげる。それに着替えるのが先よ!」
もう我慢ならない、とばかりに立ち上がって拳を握り、アイリーンの意思を引き継ぐと決めた時と同等のやる気を見せるセリカに対して、レイ達は信じられないほどやる気の失せた温度差を見せつける。
「えぇ、いいよ別に……」
「壁と天井のある場所で眠りてぇから早く出たいんだけどよ」
「マスターのお傍にいます」
「あっそう、そんなに言うのなら――」
興味の欠片も示さないレイ達に対して歯噛みするセリカは、レイやシオではなく、ヒバリにすすすっ、と近付いて彼女の琴線に触れる言葉を囁く。すると、ヒバリの目はたちまち輝きを放ち始め、ヒバリはレイの手を取りまるで違う態度を取り始めた。
「マスター、着替えましょう! セリカの選んだ服に!」
「ヒバリ……? 何を言われたの?」
「はい、マスターがヒバリのことをもっと好きになってくれるに違いない、と。加えて、ヒバリがマスターのことをもっと好きになると仰っていました」
「な、何それ怖いんだけど……」
レイの亡き姉、ヒジリに良く似た顔でおねだりをするように下から見上げてくるヒバリの押しにレイが勝てるはずもなく、渋々と言った様子で了承するしかないのであった。
レイの頷く姿を確認したセリカは、小さくガッツポーズを決め、朝食の後片付けもそのままに、レイとヒバリを奥の部屋へと導いていく。
レイもまた中性的で整った顔をしているため、セリカにとっては狙いの一つでもあったのだ。
「俺は?」
「シオはジークが来ると思うから、ちょっと待っててちょうだい」
「ったく……」
この中で一番の被害者と言えば、今も訳も分からず待ち惚けを食らう羽目になったシオであると言えるだろう。
結局この日、出立の予定時間から一時間も遅れることになってしまうのだった。
「――さぁ、お着換えの時間よ!!」
シオはフラグ管理の達人なのでギャルゲをやらせたら強い(確信)。




