96話 見つけたいものがある
読んでいただきありがとうございます。
本日七話目。
「ヒバリの魔眼は恐らく、と言うか間違いなく、”魅了の魔眼”だわ」
間が悪いことに、駆け込んできたジークに本気の平手打ちをお見舞いしたセリカは、まるで何もなかったかのように居住まいを整えてからそう口にした。
これまた間の悪いことに突発的に、感情に左右されて誘発された竜気が実力以上の力を引き出してジークの頬を打ち付けた。実際にはセリカにとっては、吸い込まれるかのようにしてジークの頬が当たりに来たようなものであったが、竜気を纏った平手打ちはただの女性が腕を振っただけとは思えない勢いで、打ち所が悪ければジーク程度であれば重症を負わせるだけの威力があった。
それはまるで、くしゃみでもするかのように突発的なものであり、感情的になると起こりやすい、それでいて簡単には止めることのできない力が原因。
竜気は感情の起伏によって力の強さが異なり、当然強ければ強い程竜気の制御は難しくなるというのが大原則であり、同時に竜気の扱いを難しくしている要因でもあった。
レイやシオは日常で多少感情が揺さぶられたとて問題ないまでに竜気を制御化に置いているものの、竜気覚醒時には通常時の何十倍もの竜気を扱うため、出来る限り感情を抑えるように心がけていた。
ギンとの鍛錬当初は、グレイ爺の死を引きずっていたり、負けたくないという些細な感情の起伏でも制御が乱れることが多々あって、その度に今回のセリカ同様に自分の想定以上の威力が出てしまっていた。
実際に、アイリーンの首を獲り返しに騎士に対して竜気覚醒を以てして対峙した際は若干の暴走状態だったのはレイとシオ、二人だけの秘密であった。
レイでさえも幾度となく苦戦した竜気の制御を、専門家の知識もなく独学で試行錯誤するセリカが、感情に引っ張られるようにして増幅した竜気を制御し切れるはずも無かったがゆえに、今回のような事故は起こってしまった。
だと言うのに、セリカの胸の中は罪悪感が占めるわけでもない、酔い痴れるような爽快感すら感じていた。
どこか自慢げに語るセリカの表情からそれを読み取れたのは、恐らくレイだけだっただろう。
「……どんまい」
「へ、平気、平気だから……」
シオは珍しくジークの様子を心配しており、対するジークは涙目で受け答えをしっかりしていた。頬には見ごろを迎えた紅葉のような手形がくっきりと残されていて、痛々しいよりも面白おかしいという意見が先に湧いてくるのは、心のどこかでアイリーンを死に追いやった要因の一人でもあるジークを許していないからか。
ジークの頬にセリカの平手打ちが突き刺さった瞬間レイはヒバリに捕まったままの状態で、「あ」と言う、なんとも言えない反応を見せるのみに留まった。
また、ヒバリに関してはレイの匂いを嗅ぎながら、レイから生気をちゅうちゅうと吸い上げるのでいっぱい……、と言うよりも、はなからレイ以外に興味が無い様子で、ジークが弾き飛ばされた瞬間も見向きなどせず、ご主人様にご執心であった。
そんなヒバリを放ってレイはセリカに向き直るが、真面目な会話をするには可笑しすぎる絵面を前にセリカもまたジークを放っては、呆れたような笑いを浮かべる。
「魅了? そもそも魔眼って、何……?」
「魔眼って言うのは、その名の通り魔術式が刻まれた眼球の事ね。そんなもの生み出すことさえ禁忌、非人道的だって言うのに、こうしてセリカさんの目としてここにある以上何とも言えないものだけれど。それに、世界中で目撃例のある魔眼はどれも全て人の心、精神を操る魔術ばかりなの。それが魔眼を生み出す者の意図なのか、魔眼自体がそう言った魔術にしか適応できないのか不思議なんだけどね。その件もあって、魔眼は嫌われていると言うか、絶対に排除すべきだというのを率先して上げてるのが王国なの。それに、魔眼は眼球を取り出して入れ替えれば済むってものじゃなくてね、当然肉体は拒絶反応を示すものなのよ。被験者が簡単に死に至る危険な物なのよ」
「でも、ヒバリは元気だよ?」
「だからヒバリさんは人工生命体なんでしょう? ……人工生命体だから、と言った方がいいわね。要は、魔眼に適応するように作られた存在ってことなんじゃないかしら。どう、合ってる?」
全部ママの受け売りなんだけど、と最後に付け足したセリカの問いに、ヒバリは一言「合っています」とだけ答えては即座にレイを堪能する自分とご主人様との二人だけの世界に戻っていく。その世界にはレイの意思は干渉しないのだが。
「分かった? それで、魅了の魔眼で見られた者は魔術の性質上、魔眼の所持者のことを好きになっちゃうのよ。好意を持つとかそんなんじゃない、強制的に自分の事を好きにさせると言うか、他に好きな人がいてもその恋心すらも捻じ曲げてまで自分の事を好きにさせるの。……まぁ、さっきのあれをみせられちゃあ、十分に脅威と言うか、恐ろしいものよね」
あれ、と言うのは騎士の事を指すのか、それともジークの事を指すのか。
どちらにしても、魔眼の対象者になった相手を意のままに操れる効果が恐ろしくないはずがなかった。
セリカは頭を抱えながら「ママの事も割り切れてないのに……」とうんうんと唸っているセリカを横目に、レイはヒバリに問いかける。
「好きになる……? なんか頭がポヤポヤして、胸が苦しくなるあの感じ……。あれって僕はヒバリの事を好きになってたってこと?」
「はうぅ!?」
瞬間、ヒバリの体には、全身を貫く電撃が走ったかのような衝撃が襲う。
「ま、ままま、マスター! もう一度、もう一度ヒバリの事を好きだと言ってくれませんか!?」
「え、なんか息遣いが怖いから嫌なんだけど……」
「辛辣なマスターも素敵です! しかし、ヒバリは既に先の一言を脳内補完、脳内再生余裕ですので。欲を言えばもう一度、また違ったシチュエーションをと望んでいましたが、ヒバリはマスターの嫌がることなど致しませんのでご安心を」
でゅふふ、と笑うヒバリから目を逸らし、もう既にこの状況が嫌になりつつあるレイが逃げようと密着していた背中を離そうとすると、ヒバリの腕に力が込められて、絶対に逃がしませんとでも言うかのように捕まってしまう。
髪の毛がくすぐったかったりしただけの先ほどまでとは異なり、背後から聞こえるやけに湿っぽい笑い声が気味悪く思えるレイは、今後迂闊なことを口走らないよう心に決め、心を無にして時間が過ぎるのを待つのであった。
「――ねぇ、レイのあれってマジもん?」
「当たり前だろ。恋も知らねぇ初心中の初心だぞ。純真無垢純情純心の天然記念人物なんだよ。だからあの変態は近付けたくなかったんだが……」
「はぇぇ、あたしの弟可愛いわねぇ」
「なんだむっつりスケベ。お前もレイの事狙ってんのか?」
「っだ!? ……はぁ、もういいわよ。シオには散々なところ見られてるし、好きに呼べばいいわ。でも、レイの前ではちゃんとしてちょうだいね」
「当り前だ。俺をあんな変態と同じにするんじゃねぇ」
「あたしから見れば似たようなものだと思うけどね。ま、精々あの子が変なのに捕まらないよう目を光らせておいてよね」
「なんだツンデレか? 最初からそのつもり……、だったんだが、既にその変なヤツに捕まっているんだよなぁ」
「…………あれはノーカンで」
レイがどうにかこうにか手を尽くして逃げようと画策する中で、そうして藻掻くレイを腕の中に収めては愛を込めた熱視線を送るヒバリを見て、最早手遅れかと呆れた様子で笑うシオとセリカ。
そうした束の間の平穏を引き裂くように、うわ言を口にしていたジークが飛び起きる。
「――あぁっ!そう言えば大変なんだよ!! 村に騎士様が来て、レイ君を探してるみたいだと思ったら、この家にも向かってて……、あれ? でもレイ君は無事で……。ん?」
「とっくに追い払ったわよ。でも、これから先もあたし達が目を付けられたことは間違いないでしょうね」
ジークの話によれば、騎士が探していたのは明確に「レイ」ではなく、見知らぬ「少年」について聞きまわっていると言う。
だとしても、それがレイに繋がるのは時間の問題である以上、レイがこの家に滞在し続けるのはリスクしか生み出さないようなものだった。
これからどうしようか、と考え始めたセリカの思考を止めたのは、他でもないレイの優しい声だった。
「僕たちはそろそろ旅に戻ることにするよ」
「あ、あたしはそんなつもりで言った意味じゃ……!」
「ううん、違うよ。これはセリカを気遣ってとかじゃない。これは僕が決めた事、僕がやりたいことだから。元から世界中を見るために外に出てきたんだ。だから、長居したここを出ていく。それだけなんだ。ね、シオ」
「ま、思ったより居心地が良かったのは否定しねぇけどな。それよりも、その変態女はどうするつもりなんだ?」
「……ヒバリの事ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ、変態ゲロ女」
「ヒバリにはヒバリと言うマスターから頂いた大切な、至上の名があるのです。ヒバリを侮辱することはマスターを侮辱するに値するため、ヒバリはそれを見過ごせません。特別に薄鈍蛇さんにも呼ばせて差し上げます」
ヒバリがシオを敵視しているのはシオが敵対してくると言うのもあるが、それ以上に自分にとって最優先するべき存在であるご主人様と特別仲が良いからと言うのが一番に上がってくる。
加えて、自身の魔眼が効かないと言うのも理由の一つに上がってくるのだが、ご主人様と仲が良いと言うのはヒバリにとって決して譲ることのできない点だった。
「あーうるせぇ、しつけぇ。後いい加減レイから離れやがれ。もう吸ってねぇのも分かってんだよ」
「え、もう終わってたの?」
「あぁ! マスターの温もりが……!」
シオの言葉を受けて、レイはヒバリの拘束を抜け出す。
考えてみれば、生気を抜かれる不思議な感覚は既に感じておらず、ヒバリの顔はすっかりと元通りを通り越して紅潮すら果たす血色を見せていた。
となれば拘束される必要もなくなるため、ご褒美の時間は終了。
若干の気怠さを覚える体を解すレイに向かって温もりと感触を求めて両手をわきわきさせる姿は、度を越した美人がやっても気持ち悪いと言う事が分かった。
乱れた衣服を整えながら、レイは思い悩む様子のセリカに声をかける。
「セリカにやりたい事があるように、僕にも見つけたいものがある。見たいものがある。だからここで、一旦お別れになるけど、お互いに頑張ろう?」
「ヒバリは当然、マスターにお供します」
「いや、それは、ちょっと……」
「それは命令ですか?」
「命令、じゃない……」
「命令では無いのなら、ヒバリは自分の意思で考え、自分の判断で行動に移します。例えそれでマスターに嫌われたとしても、ヒバリは一生マスターのお傍で添い遂げると決めましたので」
「……シオ」
「諦めな。レイが言ったことを全部逆手に取られてんだ。俺からはなんも言えねぇんだわ。……ま、レイが責任もって面倒みるこったな」
「マスターのお世話はヒバリの役目ですが、何か?」
「重たすぎてキッツいな……」
「レイの、やりたいこと……。そっか」
バカなやり取りを繰り広げる三人を視界に収め、セリカは自分の胸にある、自分で決めた「やりべきこと」を見つめ直す。
それと同じものをレイが持っているのであれば、セリカが取るべき行動は一つだけだろう。
そう考えたセリカは肩から力を抜いて、柔らかな笑みを浮かべる。それはまるでセリカの母、アイリーンとそっくりな笑みであった。
「――ママならきっと、引き留めたりしないわよね」
「……うん、そうかも」
僅かに陰が残るセリカの表情だったが、その憑き物を落とすのはレイの役目ではない。自分自身で乗り越えるしか、無いのだから。
いつかまた会う日があれば、セリカの晴れ晴れとした表情を見れるだろうと期待して、レイはセリカの言葉に首肯を返した。
「そしたら、明日の朝に見送らせてちょうだい。渡したいものもあるし、いいでしょ?」
「騎士の連中も、そんなすぐに動けはしないだろうからな。一日くらいならいいだろ。別にそんな急ぐ旅でもないしな」
渡したいもの? と首を傾げるレイだったが、シオの言葉に一日くらい遅れたとしても誰に迷惑も掛からない、切羽詰まった旅でもないしな、と頷いて肯定すると、残りの時間は各々で過ごすことになった。
「――あんた、今日も村長にママのこと伝えてないでしょ」
「う゛っ!?」
「はぁ、そんな事だろうと思ったわよ」
「だ、だって騎士様が村に来てて、変に怪しまれでもしたら大変だと思って……」
「言い訳は聞きたくないわ。まぁ、別にいいわよ。あたしが明日行って直接話すから。そしたらあんたには――」
セリカはジークにあれやってこれやって、と指示を出した後、ヒバリを引き連れて研究室に籠る。
魔術について出来得る限りの知識を引き出すつもりなのだろうか。
ヒバリは最後までマスターと共にいます! と駄々をこねていたが、レイからの「セリカを手伝ってくれると嬉しいな」という言葉を受けた途端、驚くほどに早い変わり身を見せて熱血コーチと化すのを、レイは半笑いで見送るのだった。
この後にヒバリが要求するご褒美が怖かったが、それ以上にレイは今落ち着いた時間を過ごしていたかったのだ。
「……セリカ、大丈夫かな」
「それはどっちの心配だ? 変態と同じ空間にいることか? それともアイリーンの事か?」
「あはは……。うん、後者かな」
ジークに対してぶっきらぼうに、辛辣に当たる姿はどこか生き生きとしているように見えるが、レイとしては心配が残る状態にも思えた。
何せ、母親が目の前で殺されたショックばかりか、加えて未練ばかりが残された状態なのだ。その恐ろしさを知っているレイだからこそ、あの状態の危うさも分かっているつもりだった。
「大丈夫ではないが、大丈夫だろうよ」
「何それ」
「さぁな。ただ俺から言える事はただ一つ、答えは人の数だけあるってことだけだ」
「……その答えが、もうセリカの中にあるって事?」
「俺にはそう見えた、ってだけの話だ。これから先セリカがどうやってアイリーンの死を乗り越えていくかはセリカ次第。俺たちが首を突っ込むことは無いな。少なくとも向こうから頼られるまでは、な」
「そっ、か……。セリカは、凄いなぁ……」
この場にグレイ爺がいれば、シオに向かって「知った風な口を利くな」と拳骨を落としていたかもしれないが、シオにとってはそう見えたし、軽口を叩くだけの余裕があるくらい、見た目よりもずっと強い女だと感じていた。
それがただの強がりだとしても、自分の殻に閉じこもるよりもずっといい。
誰にも彼にも手を差し伸べるだけでは、既に立ち上がっている人は助けられない。レイの手は、自分で立ち上がることを忘れてしまえる程に強いからこそ、むやみやたらと差し伸べるわけにはいかないのだった。
そんな事を考えていたシオとは裏腹に、レイは生気を吸われた影響か、ソファに腰を下ろして船をこぎ始める。
シオがそっとレイの体を横に倒してやると、睡魔は易々とレイの意識を夢の中に引きずり込み、間もなくしてレイは静かな寝息を立てるのだった。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
これにて第三章、完です。
色々詰め込み過ぎたと反省していますが、後悔はしていません。
ヒバリを出したかったからカオスになったなんて口が裂けても言えませんからね。
「出立」を三章冒頭に持ってくるかどうか悩んでいるので気がついたら二章の最後に「出立」が割り込んでいるかもしれません。
Twitterでも書いたのですが、二章終了後に三章プロット及び推敲作業に入るためしばらく更新がお休みになります。また更新再開、第三章が始まる時はお知らせしますのでよろしくお願いします。
ゴールデンウイークまでには書き始めたい……!!




