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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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93話 嫌われるぞ

読んでいただきありがとうございます。

本日四話目。

 


 衝撃の事実を口にしたにもかかわらず、ヒバリはまるで何もなかったかのように沈み切った空気をものともしないで、セリカの徹夜して組み上げた魔術式の欠点を指摘する。

 始めは胡乱げに構えていたセリカだったが、解説が進むにつれて呆気に取られるだけでは終わらずにどこをどう直せば良いのかと、ヒバリに相談しだす始末。


 浄水の魔道具の試作品を回収したセリカは、ヒバリに教えられたことを忘れないうちに、とアイリーンの研究室へと駆け込んでいく。


「確かに無視はできない話だったけど、沈んでばかりじゃ前には進めないものね。それに、作業していた方が気は紛れるのよ!」


 アイリーンを思わせる物言いをして作業に没頭する様子は、正真正銘アイリーンの娘であることを思い知るようで、その穏やかさも苛烈さも、全部が全部グレイ爺とアイリーンの面影を見せるセリカの背中を、レイとシオはただ見送るのだった。


「マスター、もう間もなく川の汚染は取り除かれるかと思われます」

「はぁっ!?」

「マスター……っ」


 川の水を浄水してくれる魔道具の作り方を改めてセリカに指南したかと思えば、ヒバリはそんなことを口走る。何が目的だ、と困惑した視線をヒバリに送るも、何故か照れ臭そうに頬を染める姿を見て本格的に何を考えているのか理解できない、と言った様子で冷めた目を向ける。

 しかし、レイ以上に驚いた様子を見せたのは、村長の孫ジークであった。


 ヒバリとセリカが魔術式指南を行っている横で、飛び散った鮮血を目にして具合を悪くしていた状態からようやく立ち直ったジークが吉報を耳にして更に顔色を戻していく。


「川を見に行っていた今朝方、上流の流れが変わったのを確認しました。毒素の大本が取り除かれた以上、後は留まっている汚泥を除去して流れを作ることができれば、数年もすれば以前と変わらぬ清流が呼び戻される事でしょう」


 そう言えば、確かに目を覚ましたばかりの時にヒバリは「川を見に行っていた」と口にしていたことを思い出す。

 ヒバリと向き合うようになってからまだ数時間も経っていないというのに、その僅かな時間でインパクトの強い情報を次から次へともたらすものだから、ヒバリが何をしに川に行っていたのか聞きそびれた挙句、川へ行っていたことすらもすっかり忘れてしまっていたのだ。


 ヒバリの情報を聞いて、伝えてきます! と止める暇も無くジークは飛び出して行ってしまい、この情報に信憑性があるかどうかを伝えることができなかった。

 それくらいならば一度だけ会ったことのある村長は自分の目で見て判断できるだろうし、それに数年もかかるのであればセリカの浄水の道具を生み出す魔道具はそうそう腐ったりはしないはず。


 そうして家に取り残されたのはレイとシオ、それから満面の笑みでレイを背後から抱くヒバリの三人が家に取り残され、非常用のもさもさとした固いパンの最後の一欠片を嚥下し、一息吐く。


「……ヒバリ? そろそろ離れてくれるかな? シオと大事な話があるからさ」


 固いパンを食べている間、ヒバリはレイにくっついたまま、レイの食事シーンを恍惚とした表情で見つめていた。食べにくいったらありゃしない状況を良しとしているには理由があって、こうしてレイが退いてくれるよう、離れてくれと頼み込むと――。




「それは命令ですか? 命令で無いのであればヒバリは離れません。ヒバリが自分で考え判断し行動に移した結果が今のこの状態です。ヒバリが出した答えはマスターから離れないこと、ですので」




 口を衝いて出るのは屁理屈を並べたようなものばかり。

 けれども、レイが取り決めた「自分で考え、判断し、行動に移す」を盾に出されてはそれを貫く手段をレイが持ち合わせていないのもまた事実。


 まさかこうして天邪鬼な一面を裏手として用いるとは想定しておらず、レイはすっかりヒバリ相手に手も足も出せない状況に置かれてしまっているのであった。


「うぐぐ……っ!」


 頭に当たる柔らかな膨らみと、手を取って勝手に動かされてはヒバリの頬に添わせるように動かされている状況になってようやく、後悔し始めていた。


(じゃ、邪魔だ……!!!)


 そんな厄介極まる相手に絡まれるレイを見て、シオは深い深い溜め息を吐き出す。


「拾うんだったら、責任もって世話をしろって言ったよな?」


 レイの対面に位置するシオの目は厳しく、言外に「切り捨てろ、捨てるなら今が最後だ」と意味を込めて牽制する。

 それに対して、レイはグレイ爺の最期の言い付けと同じセリフを口にする。


「……後悔、したくないから」


 今が最後の機会だと口にしているが、既に時遅いことはシオも重々承知していた。

 レイの情が移ることなく、後悔と言う傷を作らせないためには、昨夜の森で見捨てる事べきだった。もしくは、出会わないことが最優先されるものだったと言える。


 レイが出会ってしまった以上、こうなることは当然の帰結だったにもかかわらず、レイの心優しい性格であれば必ず深入りするだろうと分かっていながらヒバリを連れて帰ったのは、シオの優しさであった。

 その点を指摘されたとしても、シオは「レイのバカさに当てられただけだ」と言って否定するだろうが、レイにはバレてしまう。それも含めて、レイにはシオの言いたいことが分かっていたからこそ、グレイ爺と同じ言葉を口にしたのだった。


 お互いに考えていることが分かってしまうがゆえに、いつも先に折れるのはシオの方。

 もう一つ溜め息を吐いて、レイのその後ろに立つ変態に刺々しい視線を向ける。


「……はぁ。おいゲロ女、レイは俺に話があるんだとよ。少しどいてろ」

「ヒバリには、ヒバリと言う名前があります。次にヒバリを侮辱する名を口にしたなら、怒りますよ」

「怒れるもんなら怒ってみろよ、ゲロ女」

「っ、そもそも、ヒバリはマスターの命令しか聞きません。ですから、薄鈍蛇にどうこうしろと言われる筋合いはないのです。ヒバリはヒバリの意思で考えた結果、マスターから離れないと決めたのですから、ヒバリとマスターの関係に口を挟むのは止めて下さい。それとも何ですか、ヒバリにマスターを取られて悔し――」


 勝手に敵対視しているシオに対してヒバリが熱を持って対峙する。

 間に挟まれたレイは、ヒートアップしたヒバリを見上げて「こんな風に怒るんだ」なんて場違いな感想を浮かべながら眺めていたところ、ヒバリが調子に乗って口に出した言葉によってシオの空気が変わったことを察知する。


 ――あ、シオ怒った。


 先ほどからヒバリを前にしては苛立っていたシオが、ここに来て怒りのモードを一つ上げたことに興味深く思うレイ。相棒であっても、半身であっても、お互いの琴線がどこにあるのかは分からない以上、こうして衝動のままに怒るシオを見るのは稀だったのだ。


 今のシオの状態を言い表すなら、ヒバリに対して「苛つく」から「ムカつく」に変わったと言ったところだろう。似た状態を指す言葉だが、程度の差を見る分にはこれ以上相応しい言葉は思い当たらないものだった。


 そうして放たれるのはシオの容赦ない言葉の嵐――ッ!





「――嫌われるぞ」





「……え」


 かと思いきや、放たれたのはたったの一言。


 その僅か一言でヒバリは沈黙を果たし、ようやく漏れ聞こえたのは恐怖の感情を存分に乗せたたった一文字であった。


 ただそれだけでシオは勝利を確信し、同時にヒバリは敗北を――否、勝負どころでは無くなっていた。

 いつの間にかレイを捕まえて離さなかったヒバリの拘束は解かれており、呆然自失と言った状態で後退るヒバリに向かってシオは子供に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。


「自分で自分の事を考えるのは良い。だが、自分の事しか考えられないやつは嫌われる。これは人間も動物も魔物も幻想種もホムンクルスも関係ない。関わりを持つって言うのは、お互いに尊重し合える関係を意味するってことだ。それが、今のお前はどうだ? 自分のやりたいことだけを考えて、優先して。それがお前の言うレイの役に立つ行動だって言うのか? よく考えた方がいいぜ。もしレイに嫌われたらどうなるか……。俺の口から言ってやろうか?」


 瞬間、ヒバリはレイの体の真正面に動いたかと思うと、膝の上に揃えられた手におしとやかに添えられたヒバリの手は極度の緊張で汗ばんでおり、その深い青色の瞳は困惑を表しているようにあっちにこっちに右往左往していた。


「まっ、まままままま、マスター! ヒバリは、ヒバリはお邪魔でしたか!? お邪魔であれば、ヒバリはすぐに離れますっ。ですからどうか、どうかヒバリの事を嫌いにならないでくださいぃっ!!」

「き、嫌いにはならないけど、僕の意見も尊重してくれると嬉しいなってだけ。シオと話があるから少しだけ待っててくれる?」



 ――嬉しい……!



「ひゃい……っ」


 この世の終わりを思わせる勢いで迫るヒバリに対して、レイは引き攣った笑みで嫌いにならないよ、と告げて引き離すと、ヒバリの脳内フィルターを通して甘い声で囁くレイの声が脳内でリフレインし続け、蕩けた様子で部屋の隅に移動していくのだった。


 部屋の隅で三角座りをして両手で顔を覆うヒバリを見て何もそこまでする必要はないのに、と思っていると、指の隙間から青い瞳がこちらを覗いているのが見えてレイは見て見ぬ振りをしてシオに向き直る。


「……シオはやっぱり優しいよ」

「うっせ。俺が言いたいのは、これから先もあぁして似たような連中と出くわす度に、こうして深入りして首突っ込んで助けて回る気かって言ってんだ」


 シオが忠告する言葉は、まったくもってその通り。

 言い返すことのできない正論である。


 ヒジリのような人物は、恐らく外の世界ではありふれた存在。それこそ、セリカの置かれた状況だって全く違うとは言い切れないだろうし、探してみれば農村にだって見つかるかもしれない。

 外の世界の醜さは、王国に入ったばかりだというのに目をそむけたくなるような悲劇ばかり目についてしまう。

 その度にこうして一人ひとりに向き合ってなどいたら、レイとシオの目的、夢でもある世界を目にする旅が一向に進まなくなってしまう。時間の制限がないとは言え、必ず姉の元に戻って弔う事を誓った以上、何十年と時間かける余裕はなかった。ただでさえ世界を回る旅なのだ。時間をかけようと思えばいくらでもかけられると言うもの。


 けれども、毎回こうしている余裕はありはしないし、言葉を選ばずに言うのであれば、シオはこの程度の問題に付き合ってなどいられない、というのが本音であった。


 見ず知らずの人間よりも、ヒジリ、ラナ、グレイ爺のために生きて夢を叶える方がずっと重要だと考えていた。

 今回の一連の問題だって、グレイ爺に頼まれた「妻と子に愛していたと伝える」事柄の一環で繋がりのあったアイリーンに手を貸し、セリカに手を貸したに過ぎない事をシオはレイに訴える。


 だと言うのに、レイは悩む素振りも見せずに即答する。


「――助けるよ。見捨てて後悔し続けるくらいなら、僕は全員助けて苦労したい。それが、僕の後悔しない生き方だと思うから」


 自分の身すら犠牲にして助けようとする相棒を心配して言ってるのに、レイは聞く耳持たず、と言った様子で毅然とした態度を崩さないし、それを見てくぐもった歓声を上げるヒバリもうるさい。


 親の心子知らず、龍の心人知れず。と言った様子のレイに、その答えが返ってくると見抜いていたシオが三度、溜め息を吐いて忠告する。


「分かってねぇ、分かってねぇよレイは。外の世界は、そんな綺麗ごとで回っちゃいねぇんだ。綺麗ごとだけ並べて生きていけるような世界じゃねぇんだよここは。そんなもん、これだけ悲惨な現状を見れば分かってるはずだろ。……レイ、お前は必ず無茶をするだろうよ。何もお前が倒れて俺が困るから止めてるんじゃねぇ。ヒジリにもラナにも、グレイの爺さんにだってお前の事を頼まれているから、何よりも俺が心配だから、お前が悲しむような結末だけは見たくねぇから言ってんだ! 分かってくれよ!」


 世界は美しい、されど醜い。


 グレイ爺の言った言葉は決して大袈裟なんかでは無く、確かに的を射た意味が込められていることを、目の前で起こった理不尽を目にして理解していた。

 加えて、シオは幻想種として初めからレイ以外の人に希望を抱いていないからこそ、冷静に世界を俯瞰することができていた。

 レイが見ている世界とは異なる視野を持つシオは、感嘆を漏らすほどに美しい世界を見ていると同時に、それを上から塗り潰してしまうくらい人の醜さが汚らわしいものに見えて仕方がなかった。


 シオの幻想種としての立場から見える世界は、グレイ爺や過去の幻想種と同じ救いようのない世界でしかなく、過去の例に伴って同じように目を背けようとしていた。


 しかし、シオの相棒たるレイはと言うと、純然たる汚れなき瞳は決して背けずに正面から()()を見つめていた。


「分かってるよ。このまま行けば、僕は無理するだろうなってことは。何となくじゃなくて、絶対にすると思う」

「なら、どうしてッ……」


 半身だとしても、理解できないことは多い。

 その一つが、レイの自己犠牲の精神。


 シオにとって大切な物、奪われてはいけないものはレイだけだと言うのに、レイにとって大切なものは両手に抱えきれないくらいたくさんある。


 その事は別に、何とも思ってはいない。


 ――俺がこれだけレイの事を考えているのだから、少しはレイも俺の事を考えてくれてもいいんじゃないか。

 なんてことは本当に爪の先すら考えていない。

 レイの人生、好きに生きればいい。隣に俺が居られるのであれば、と常にシオは考えていた。


 けれども、その両手に一杯の大切なものにかかずらわろうとするレイが、シオが守りたいと願うレイは、自分から傷付いてでも助けようと動くがゆえに、シオばかりがこうして心配する羽目になるのであった。


 レイは、両腕に抱えた大切な物の中に、自分自身を入れていない。

 だからこそ無茶ができるし、空いた分だけ他の誰かを助けようと動ける。

 それがレイの美点でもあると同時に、シオが理解できない欠点でもあった。


 アイリーンの自己犠牲の精神はシオにとってみれば美徳でもなんでもない、ただの自己満足にしか思えないからこそ、レイが自分を勘定に入れないことがどうしても理解できないのであった。


 けれども、続くレイの言葉にその真相が語られる。





「――シオが、いてくれるからだよ」


「ッ!?」





「シオがいてくれるから、僕は一人じゃないし、後先考えずに動けてる。それに、もし本当に危なくなっても、シオなら僕を連れ戻してくれるでしょ?」


 レイのその目に宿るのは、「信頼」と言葉にするのも烏滸がましいようで、言葉にしないのも難しい、半身だからこそ信じている関係性を如実に表したものが宿っており、そんな目で、そんな笑みで言われてはシオもこれ以上引き下がることは出来なかった。


 何せ、シオにとってその言葉は最大級の誉め言葉である上に、どことなくヒジリの面影を残し、グレイ爺の豪快さも併せ持つような微笑みを前にしては、何も言えるはずがなかった。

 我儘で奔放、シオが望んでも決して見せなかったレイのそんな姿が見られたとあっては、これ以上言う必要があるのかと思っては鼻から熱い吐息を漏らす。


 それがレイのやりたいことであるならば、シオはそれを叶えるために動くし、レイが無茶しそうなものならレイの期待に、信頼に応えるのが役目。

 余りにも横暴なレイの言葉に呆れるのと同時に、シオは魅せられているのもまた事実であった。


 レイの行き着く未来がどんなに険しい道であろうとも、シオはそれを支え、時に引っ張り上げる。それこそが自分の役目なんだと呵々と笑って見せる。

 レイを幸せにする会の創設者として、レイの一か月に一回あるかないかの我儘を叶えてやるのが俺の役目だ、と呆れたように笑って答えるのだった。



「クハッ、そいつぁズルいだろ、レイ?」








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