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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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92話 人工生命体《ホムンクルス》

読んでいただきありがとうございます。

本日三話目。

 


「考える、判断する……。自分で……」


 ヒバリはレイから与えられた言葉を噛み締めるように呟く。

 存外、ヒバリは人の話をよく聞くようで、レイの言葉は確かにヒバリに届いていた。


「マスターには、なれない……。ならない、のではなく、()()()()。それが意味することは、ヒバリが今マスターの御役に立てていないからと言う事? マスターの期待に、応えらえていないから……? 自分で考えて行動しろ、それはつまり、ヒバリがマスターの役に立つところを見せてくれと言う意味なのですね。かしこまりましたマスター。このヒバリ、常にマスターの御傍におりますゆえに、その真価を見せられるよう誠心誠意努力いたします!」

「う、うん。……ぅん?」


 否、訂正。

 レイの言葉は確かに届いていたが、届いていなかった。


 たおやかな笑みをたたえるヒバリは、理解しましたとばかりに自信満々の様子で鼻から息を抜く。


 対するレイは、「マスターの御言葉確かに受け取りました」と自信満々で頷いたかと思いきや、想像の斜め上をいく曲解した答えを持ち出されるとは思っておらず、健気にレイの手指に誓いのキスを落とすヒバリを呆然と眺める事しか出来なかった。


 背後ではシオが呆れて大きな溜め息を吐いている光景がありありと浮かんでくるようで振り向くことが憚られてしまう。

 いかにレイと言えども、シオの小言は好きでは無いのであった。


 そんなレイの心中を知ってか知らずか、ヒバリはレイの横を抜けてシオ達に向き合う。


「不詳、このヒバリ。マスターの御役に立ちたいがためにどんな質問でも答えさせていただきます。マスターの命令でなくとも、ヒバリの知る事でしたら何でも答えて差し上げます!」


 レイに尻を――訂正、背を向けたヒバリは憎いはずのシオと、ヒバリにとってはその他大勢に他ならないセリカとジークに向かってそう言い放った。

 そうして振り返ったヒバリは、これが自分で考えて判断し行動に移した結果です、とばかりに眩い期待に満ちた眼差しを向けてくる。

 期待していた結果とはまるで異なる結果を前にレイは乾いた笑いを浮かべる事しか出来ずに、その重苦しい程の期待の目線を静かに逸らすので精一杯だった。


 それからレイ達は空腹も忘れてヒバリの過去を根掘り葉掘り聞き及ぶ。













 ――結果だけ言えば、ヒバリは記憶が無かった。


 この王国の辺境に何故いるのかも分からない。

 目が覚めて意識がはっきりした時には既に森の中だったという。


 それ以前の記憶は、ヒバリが生まれた場所の記憶のみ。この世界の一般常識は揃えられているもただそれだけで、それはヒバリが目で見て肌で感じたものではない、植え付けられたようなもの。加えて、その生まれた場所がどこにあるのかすら思い出せないのだと言った。


 森の中で目を覚ましたヒバリは、着の身着のまま、空腹を喘ぐ獣のように自らを動かすのに必要な魔力を求め彷徨い、森の中の魔物や動物を追い求めていたところ、街道を通りかかった人間を襲ったのだという。


 これが巷で噂になった、街道の魔女の真相であり、アイリーンが代わりに殺される羽目になった要因でもあった。


 その事実を前にセリカが思うところが無いと言ったら嘘になるだろうが、レイに教えられた「憎むべき相手を間違えてはいけない」という言葉を胸に、一旦は留飲を下げるに至った。

 ヒバリが現れなければ、この村に騎士の手が入ることは無かったはずだと考えても、それは最早変えようのない過去。ヒバリもセリカも悪くない。憎むべき相手は、いつだって奪った相手だということを間違えてはならない。


 加えて、街道の魔女として襲った相手は、一か所に集めて置いており、向こう一か月は昏睡状態のまま目が覚めることはないとのこと。

 セリカが執拗に探し求めていた隣町の男が無事であると知ったことも、セリカ含め全員の留飲を下げる要因だっただろう。

 その人物はセリカにとって恩人とも言える存在で、名をブルーノと言うらしい。それを聞いた時のジークの反応は筆舌に尽くしがたいものだった。


 そして、シオとセリカが疑惑に関していた人工生命体であることに関しても、ヒバリはなんの気も無しに当たり前かと思う程にあっけらかんと肯定して見せた。


「ヒバリは被検体0018として目を覚まし、この世界の知識を埋め込まれたのちに、ヒバリと同じような人工生命体、被検体0001から0017まで存在する人工生命体との共同生活が始まりました。……ですが、ヒバリにはそこでどのような活動を行っていたのかを思い出すことは出来ません。記録として共同生活を行った、と言う記録があるだけで、ヒバリ自身にはそのような記憶が無いかのように思えます。そうして次に目が覚めた時には、森の中に一人佇んでいたのですが、何故ここにいるのかを思い出すことは不可能でございました」


 ――何も思い出せない。

 それがどのような意味を持つのか、レイとシオ、セリカとジークですら想像することができない。


 ヒジリの事を忘れ、シオの事を忘れ、ラナの事を忘れ、グレイ爺の事を忘れ、アイリーンの事を、自分にとって大切な人達を忘れてしまった自分を、レイは想像できなかった。


 何も知らないのであれば恐怖も湧かないだろう。

 だがしかし、今のヒバリには与えられた知識とそれにまつわる微かな記憶が残されている状態。

 それはまるで、自分の事を記した日記を見させられているような状態であり、それ程に気味の悪い状態で正気を保っていることはまず不可能だとも言えた。


 お前には大切な誰かが居たんだと言われても、自分には身に覚えがない。けれども、確かに日記にはそう書かれている以上、それが間違いないのだと言われても思い出すことは叶わない。記憶をほじくり返される不快感に常に苛まれ続けなければならない状況を、ヒバリは感じているのだとすれば、自分を必要としてくれる相手を探し彷徨い追い求める気持ちも理解できない事では無かった。


 ほんの僅かにでも、共感を、同情をしてしまったが最後、レイは感情を抑え込むよう唇を固く締める事しか出来ないのであった。


 そんな感情の揺らぎを感じ取ったのか、ヒバリは自然とレイに体を寄せてくる。


「……ヒバリはマスターに出会えることができて大変幸せです。きっと、マスターに出会うためにヒバリはここに居るのかもしれませんね」


 うふふ、と細める目は濃い青色で透き通っており、同情を誘ってそれを利用するような打算の欠片も感じさせない、純粋な気持ちが伝わってくるからこそレイの胸はきゅっ、と締め付けられる思いだった。


 この場で唯一ヒバリに同情していないシオから抗議の目線が飛んでくるのも分かっていながら、優しすぎるあまりレイはヒバリに手を伸ばしてしまう。


「――っ、マスター……!」


 伸ばした手の平に自らすり寄ってくるヒバリ。


 レイにとって、ヒバリはなんでもない、始めに見捨てられなかった、軽い同情をしただけの相手に過ぎなかった。そしてそれは彼女の身の上話を聞いたところで変わらないとも思っていた。


 だがしかし、それはレイの予想を遥かに超える内容であり、同時に過去のレイと似たものを感じ取ってしまうあまり、レイの感情は更にヒバリへと傾倒していってしまう。


 身の上話を聞いたうえで、今ここで「僕はマスターじゃない」とヒバリを見捨てた場合、レイには解けることのない罪悪感がまきついてくるだろうし、ヒバリには何が残されるというのか。


 ヒバリに限らず、自分以外の誰かに向けるレイの優しさは時に重りとなり、その身を引き返すことのできない深さまで沈み込んでしまう。

 今がまさに、そんな状況だった。


「……レイ」

「分かってる……。話なら、後で聞く、から」


 当然レイ自身にも葛藤はあった。

 けれども、自ら深みにはまっていくような真似をしてシオが怒らないはずも無い。割を食うのは、いつもシオの方だから。そうだと分かっていても、レイは今ここで見捨てて後悔するくらいなら、とヒバリに手を伸ばした次第であった。


 明確な繋がりを得たと確信したヒバリは、これでもか、とレイの腕に絡みついてくる。

 執拗に接触を迫るヒバリに対して、早速後悔しているかもしれないレイを救う手が差し伸べられる。


「ねぇ、魔力を求めて彷徨ったって言うけど、食べ物とか飲み物はどうしてたの? 人工生命体は食事も必要なかったりするの?」


 心配事が一つ解決したセリカは、自分にとって新しい世界である魔術に対して真剣な様子でヒバリに問いかける。


「ヒバリは人工生命体ですので、食事も水分も必要としません。必要なのは魔力のみです。また、研究施設(コロニー)ではヒバリたち被検体の事を総称して人工生命体(ホムンクルス)と呼んでおりました」

「魔力だけって、なんだか魔道具みたいね」

「そうですね。大きな括りで言えばヒバリたちは魔道具であることに変わりありません。そしてココに……、ヒバリの核となる物が入れられています」


 ヒバリが指差す先、桃色の髪を示しているのはその奥の人間でいうところの脳内に埋め込まれた物を指しているのだと、セリカを筆頭に全員が察することができた。


 そこで初めて、レイはヒバリに触れた腕から心拍を感じられないことに気が付く。


「もしもヒバリを処分したくなりましたら、首を切り落として頭の中にある核を破壊してくだされば、ヒバリとしての人格も記憶も全て消去されます。それ以外を行いますと、ヒバリに備えられた自己修復機能が働き続けるためご注意ください。例えば、こんな風に――」

「!?」


 レイが反応するよりも早く、ヒバリは自分の腕に爪を突き立て、それを躊躇なく引いて傷が生まれる。

 瞬間、深々と開いた傷から鮮血が飛び散り、床が真っ赤な血で染まるのも注意する間も無く、やがてその血は止まっていく。


 どこからどう見ても人であるヒバリの特異な行動は、彼女が人では無いことを証明するものだった。

 全員が瞠目し、閉口したその光景はショッキングなものであり、ジークは嘔吐きながら目を逸らす。

 ヒバリの事をどこか冷めた目で見ていたはずのシオでさえも、その光景には驚きを隠せないようであった。


 苦痛も感じさせない平静な表情のままヒバリが傷の上を指でなぞっていくと、なぞった先から引き裂かれたはずの傷跡がまるでシャツのボタンを閉じていくかのように閉ざされていき、やがてその腕には乾いた血の跡が残るだけになっていた。


「それは、魔術……!?」


 セリカは顔を青くさせ、首飾りを握り締めながら目を背けないよう必死で堪えているようだった。


「お見苦しいものをお見せしてしまいましたか?」

「……い、痛くないの?」

「えぇ。ヒバリたちホムンクルスは、人の情報を元に生まれてきます。しかしこの体は人と似通っている部分も多いですが、全くの別物。魔術式が全身に刻まれており、修復の魔術式のおかげでいくらでも修復可能ですし、人としての感覚を感じなくなるよう切断することも可能です。今は痛覚と味覚を切断しています」


 腕を切り落とされても、脚を切り落とされてもいくらでも修復可能だと言い張るヒバリに対して、レイ達の間には動揺が生まれる。


 それでも、正気を保っているセリカがヒバリに更に問いかける。

 正気を保たせているのは、新しい世界への好奇心、知的探求心だろうか。その好奇心がいつか身を滅ぼす可能性を孕んでいるとしても、セリカは生まれてきた疑問を口に出さずにはいられなかった。


「人の情報って言うのは……。もしかして……?」


 否、それはセリカの中で抱えておくには大きすぎるし解決しようのない疑問だったがゆえに問いかけたのであった。

 その質問意図が分かるレイとシオもまた、セリカと同じように息を飲んで答えを待つ横で、ヒバリは淡々と変わらぬ様子で肯定の意を示す。


「はい。ヒバリの体は、体の元となった人間の情報で形作られています。ヒバリの、前のこの体の持ち主の情報を魔導石に刻み、それを基にヒバリの体は魔眼に応じるようにして作り替えられた、元人間であることは間違いありません。ですが今は、その人間だった頃の記憶も存在しない以上、ヒバリはヒバリなのです」


「それはつまり……」

「人を溶かして、また人の形にしたってこと、だな」

「最低最悪の、魔道具じゃない……っ!」


 相変わらず想像の斜め上をいくヒバリの答えに、一番の衝撃を受けていたのはセリカであった。

 アイリーンの思いを継ぐと決めた以上、魔道具は生活を豊かにするために使われなければならないという信条を持つがゆえに、人を不幸にして生まれた人工生命体を認めることは酷く不快でしかない。


 けれども、憎むべき相手を間違えるわけにはいかない以上、生まれてきたヒバリを恨むのではなく、非人道的な研究を施した相手を恨む。

 ヒバリが被検体0018である以上、少なくともあと十七人の被害者が存在していると思うと、狂気を感じずにはいられなかった。


 かと言って今すぐに同行できる問題ではない以上、セリカもレイもシオも、揃って頭を抱えるのであった。









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