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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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94話 超高性能カビ取り君 ver2

読んでいただきありがとうございます。

本日五話目。

 


「今回の事は確かに軽率だったと思ってし、反省してるよ……? 本当だよ?」


 惚れた弱みと言うべきか、結局シオがレイの頼みごとを聞かないという選択肢は有り得ず、シオが折れる形で意見のぶつかり合いは収束に向かった。

 その点に関してはレイも我儘を通した自覚があるためこうしてシオに謝っているのだが、シオにとっては言いたいことがまだまだ山のようにある以上、レイの見せた隙を突いて毒を吐く。


「本当かよ。軽率、浅はか、性急、短絡的、早計……。どれもレイにぴったりな言葉だろ? レイはどれがお気に入りだ? それとも、考えなし、無謀、向こう見ず、命知らず、親泣かせ……、ほれほれ、いくらでも出てくるぜこの野郎」


 溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうとすべく、シオはわざわざ体を大きくしては、背中側からレイの頭にしなだれかかるようにして顎を乗せる。

 圧し掛かられたレイは、あまりの重さに前屈みになって謝罪を繰り返すが、悪い気はしない。加えて、シオの心配を無視し続けてまで我を通そうと決めた事は本当に心から悪いと思っているのであった。


 レイとシオがこうして真正面からぶつかり合う事は珍しくなくよくある事で、こうして終わった後でも尚、ぐちぐちと悪態を吐き続けるのはシオが本気で心配してくれて、本気で怒っていた事の証左でもあった。

 自分の事を自分以上に心配して本気で怒ってくれる相手がいることが嬉しくないはずがなく、シオに圧し掛かられて「重いよ~」と口にしながらも、レイからは喜ばしいと感じ取れるオーラが滲み出ては辺りに振り撒いているようだった。


 そしてレイの頭の上で「このやろー」と軽く怒りながらじゃれつくシオは、照れ隠しと心配させた罰だと言わんばかりに重みを増すのであった。


「……世界を見限るのはまだ早いよ、シオ」

「何様のつもりだこのやろー」

「ラナの名前の由来になった花だって、角人だってまだ見れてないんだもん! 帰るなんてもったいないよ!」

「おまっ、お前……。最後のが本音だろ。呆れてものも言えねぇよ」

「ん~、重いってぇ! 今度からはちゃんとシオに相談するから! 許してよー!」

「……はぁ、ったく、しょうがねぇ。だけどよ、相談に乗ったところでレイが俺の言う事を聞くとは思わねぇんだが、そこんところどう思うよ?」

「それは、まぁその、あはは……」

「ったく……。ま、何も言わずにやられるよか一言声かけてからやられる方が何倍もマシだわ。これからはそうしてくれよな」


 首が直角を超えて曲がり始めた辺りでレイが許しを求めるのに対して、シオは最低限の言質を取る事でレイを解放するに至る。

 結果的にレイが自分の我儘を譲ることは無かったものの、シオの知らないところで勝手に何かを拾ってこないようにと釘は刺すことができた事はシオにとってこれ以上ない成果であり、シオが狙っていた落としどころでもあった。つまるところ、シオはとことんまでレイに甘いのであった。


 そうしてシオが離れると、二人の会話が終わった気配を読み取ってすかさず間に割り込んでくる影が一つ。


「――んはぁ、マスターの温もり、久しく感じられていませんでしたがゆえに、特別温かく感じます、マスター……!」


 突如として現れた影の正体は言うまでも無くヒバリ。変態人工生命体(ホムンクルス)であり、躊躇なく床に膝をついて屈んだかと思えば椅子に座った状態のレイの膝に頭を置いて、その開いている手をがっちりつかんで離さない。かと思えばその手をレイが振りほどけないだけの強さで動かしては自分の頭に乗せると言うセルフ頭なでなでを実行する狂気の少女。


 レイの太ももに頬ずりを繰り返すヒバリが、やけに湿っぽい吐息を漏らす様に、ヒートアップしていた空気が一気に急転し氷点下を記録したかのようにレイの背筋にゾゾゾ、と寒気が走った。


 敵意には敏感なレイであっても、好意を持って突貫してくるヒバリの予測不能な行動に対処する術は持ち得ておらず、加えてヒジリに良く似た容姿を傷付けるわけにもいかないため振り解くのも気が進まない。

 目で捉えてはいても、余りにも咄嗟のことで体が反応しないのはレイにとっても困り物であった。


「……あんたら、何してんのよ」


 そこに割って入るのは、どこか疲れた顔をして呆れた様子のセリカ。

 研究室から顔を出したセリカの手には、新たな魔道具の瓶をぶら下げており、レイとシオが話し合いに精を出していた裏でセリカは急造の魔道具を用意していた。


「ジークは……、いないのね。まあいいわ、ヒバリさん、これに魔力を入れてもらえるかしら」


 ことん、と音を立ててテーブルに置かれた瓶は今朝爆発させたものと何ら変わらないようにレイの目には映ったのだが、自信と緊張をその目に宿したセリカ然り、おぉ、と喉を鳴らしたシオ然り、まるで異なる物を見たかのような反応を見てレイは、新しい魔道具に生まれ変わったのだと知る。


 ジークがいないことは至極どうでもいい、と言った風に捨て吐き、この場でまともな魔力を持っていそうなヒバリに声がかかる。相も変わらずシオはどことなく気味悪がられているのかと思うと、レイがシオに向ける視線は優しいものに変わるのだった。


 シオが首を傾げるのと同時に、声をかけられたヒバリはセリカでは無くレイを見上げる。どうしますか、と問いかけるように。

 手伝ってあげて、とレイが声をかけると、ヒバリは後ろ髪引かれる思いで立ち上がって魔道具に向き合う。慣れないスキンシップから解放されてホッと一息吐くレイは、シオと共にセリカの魔道具の出来を見守る。


 このひんやり冷たい鱗肌が好きなんだよなぁ、と縮んだシオを腕に抱きながら。


「……なんとなく、分かったぜ。分かりたくなかったけどよ」


 レイの目には見えない、感じ取れない魔力の奔流が、瓶に手を添えたヒバリから巻き起こる。


 シオとセリカが息を飲む横で何が起こっているのか分からないレイが首を傾げながら眺めていると、ジークの時のような爆発が起こる事無く、瓶の中に乱雑に突っ込まれた素材たちが踊り出す。

 魔力を感知できる二名がヒバリの繊細な魔力操作に思わず目を瞠ってしまう中で、淡々と作業をこなすヒバリはちらちらと横目でレイの反応を伺う。何が起こっているかも分からないなりに興味を持って観察しているレイを見て「期待されています!」と勘違いしながら気合を入れて魔道具の生成に集中する。

 その魔力の緻密な操作は、瓶にかけられた魔術式の不足分を補うようにして稼働させると言うアイリーンでさえも不可能な領域を披露して見せる。けれどもそれに驚いてくれるのは、ヒバリが喜んでほしいレイでは無く、セリカとシオの二人のみ。魔力の流れも感知できないレイにとっては、ヒバリがどんなに細かい操作をして見せようとも関係なく、「不思議だなー」とぼんやり眺める事しか出来ないのであった。


 途中、何度かセリカの覚束ない手が入りながら、気付いた頃にはアイリーンが生み出していた超高性能カビ取り君と同じものが瓶の中に生み出されていた。


「――す、凄い……!」

「ただの変態じゃなかったんだな」

「おー」


 完成してすぐに振り返ったヒバリの目は「褒めて下さい!」とばかりに煌めいており、レイは拍手する勢いのまま「すごいすごい」と平均的な誉め言葉を口にする。


「もっと褒めてほしいです。マスター」

「どうや――っ!? いや、ちょっと、待っ……!?」


 どうやって、と口にしようとした刹那、無言で歩み寄るヒバリを前にレイは慌てふためくも時すでに遅く、止まれと差し出した両の手の平をガシッと掴まれてしまう。ヒバリのことだから何か良からぬことをしでかすのではないかと考えが及んで慌てて目を閉じると、柔らかな感触が両手から伝わってくる。


「ヒバリさん、大胆……」

「あーらら」


 セリカとシオの反応からしても考え着かない不思議な感触に、何の感触だ、と恐る恐ると言った思いで薄く目を開いていく。



「……マスター?」



 目を開いた先、そこにはヒバリの頭がレイの目線に合わせて下がっており、レイの伸ばされた両手はヒバリの側頭部に当てられる形でわしゃわしゃと動かされていた。

 ヒバリの喜びで細められた目と自分の目が合わさると、何故かレイの顔は熱を持っていく。


「気持ち良いですマスター。これからヒバリを褒める時は是非、こうして下さい」


 その目はどことなく最愛の姉を、ヒジリを思い出すようで、撫でられてばかりだった昔が思い出される。



 ――もっと褒めて!



 そう言って頭を撫でるようせがんでいたのは、幼き日のレイ。

 誰とも触れ合うことのない畑仕事漬けだった日々に現れた救いの光は、レイの心に光を与えてくれた。

 生まれて初めて感じたその光は、その熱はとても心地良く、ヒジリに頭を撫でてもらった日は、良く眠れたことを思い出した。



「――マスター?」



 記憶のフラッシュバックは刹那、体感とは異なる時間で過ぎていき、ヒバリが呼ぶ声でレイの意識は現実に戻ってくる。

 手指の動きが止まったからか、シオとセリカも気が付かないほんの一瞬を見抜いて声をかけたヒバリは、垣間見えたヒジリの幻想に重なるよう。

 いつの間にか、レイはヒジリと立場が逆転していたのかと思うと、どこかセンチメンタルな気分に浸りそうになるのを吹き飛ばすかのように、レイはヒバリの要望通り、指の間から抜ける桃色の髪を揺さぶるように柔らかな頭を撫で回した。


 ヒジリもこんな気分だったのか、と胸の奥で考えながら。


「……いい笑顔だったぜぇ、レイ」

「ヒバリが頑張ってくれたのは確かだしね」

「何が起こってるか分かって無かったろうに」

「ぅぐっ」


 ヒジリとの記憶がフラッシュバックしたことはシオにも黙って誤魔化そうにも、見透かされているような気分で会話を繰り広げる。あの一瞬でヒバリが近寄る前にシオだけが逃げたのは許してはいないけども、と不満を垂れると、シオはけらけらと笑って誤魔化すのだった。


「いや、実際のところあいつの魔力操作はずば抜けてるぜ。いや、正確には知識量、か? 魔術に精通しているアイリーンでも恐らくはあんな真似できねぇってくらいに完璧だったわ」


 あのシオがまさしく脱帽、と言うくらい手放しで称賛しているのが珍しく思いながら、セリカに魔術式の修正点を講義するヒバリに視線を送る。

 今回の瓶の魔道具はセリカ曰く成功とは言えないらしく、更に改良を重ねる、と言ってヒバリの知識を借りるべくヒバリを質問攻めしているようだった。


 ヒバリの魔力操作、魔術に関する知識があって初めて完成した魔道具は失敗作と呼べるもの。

 しかしセリカはこれまでで一番興奮しており、魔術の神秘を目にした興奮は、同じ魔術の道を歩んだ者にしか理解し得ないものなのだろう。レイもシオも理解できないそれは、恐らく母も感じたものかと思うと、セリカはより一層魔道具作りに熱がこもる思いだった。


 腹ごなしをしながら興奮冷めやらぬ、と言った様子でヒバリを質問攻めにしていたセリカであったが、その興奮に冷や水をかけたのは取って付けただけの玄関の扉を叩く音だった。






「――魔女の娘よ、いるのだろう。昨晩の一件で聞きたいことがある。扉を開けよ」






 聞いたことのない男性の低い声が聞こえたかと思うと、数瞬前まで浮かれていた空気は嘘のように霧散し、瞬間的にセリカの表情が暗く曇ったものに変わる。

 そしてレイもまた、気付けば弓矢に手を伸ばしており、魔道具の事で騒いでいた部屋の中は一瞬にして警戒状態に切り替わっていた。


 ヒバリだけが状況を読み込めていない中で「マスター?」と声をかけてくるが、レイは鼻先に人差し指を立てて静かにするよう注意を振りまくと同時に、固く握った拳を震わせて扉に近付こうとするセリカの肩を掴んで止めさせる。


「……落ち着いて」


 息を荒くさせて振り返るセリカの目は血走っており、放って置いたら今にも飛び出して行ってしまいそうだった。それもそのはず、扉の向こうから聞こえる金属音に加えて「昨晩の一件」を尋ねる相手など騎士意外に考えられないからだ。

 セリカからすれば母を奪っておいて、と憤慨するのは分かるが、今ここで無策のまま出るのは得策ではない。


 騎士が人殺しを、魔女を殺すことを厭わない存在である以上、アイリーンの意思を継いで魔女の道を歩むと決めたセリカまで殺されてもおかしくはなかった。

 ゆえに、レイは思考を巡らせ、この場をやり過ごす事だけを考える。



「安心していい。我々王国騎士が王国国民に手を出すことは無い。昨晩の一件にて、聞きたいことがあるだけだ。……昨晩、少年の姿をした何者かがここへやってこなかっただろうか?」



「――っ!?」



 その声はレイが森で蹴散らした騎士達の声に当てはまる声では無いことが分かるが、その声にセリカやアイリーンに対する謝意は感じられない。誠意ある声音も、今はまだセリカが王国国民だからと思い込んでいるからこその対応だろうが、魔女だと分かればにべも無く切り替わるだろうと言う事をこの場の誰もが理解していた。


 そして、その騎士の口から聞かされた質問の内容にレイは思わずシオと二人、目を見合わせる。


(……逃げるか、倒すか。どっちにする、レイ)

(手出しは無し。セリカの生活に関わるからね。かと言って、身を隠したとしても、無用に騎士をこの家に立ち入らせるのはセリカの精神衛生上避けたいところ)


 レイが心配して目を向けた先のセリカは、薄らとその瞳に涙を浮かべていた。

 それは、母を奪われて尚復讐を許されない立場に対してなのか、それとも王国国民以外を人として認めない、人以外の命を軽んじている王国の異質さに対してなのか、レイには分からなかった。


 それでも、アイリーンが命を賭して守ったセリカを、レイが守らない理由は無い。

 いざとなれば、このまま騎士を引き連れて逃げることも選択肢の一つに入っていることを覚悟してシオに目配せをする。


 きちんとしたお別れが出来ないのは辛いけど、と続く騎士の言葉に合わせて踏み込む準備を整える。




「いるのは分かっているぞ、魔女の娘よ。勝手ながら開けさせてもらうぞ。騎士への協力は国民の義務ゆえにな」




 その言葉と共に取って付けただけの木の扉が動き出す。

 その一方向だけを憎しみを込めた視線で睨みつけるセリカの横顔を見て、レイは飛び出すことを決意する。


 ぐっ、と力を込めて踏み出そうとしたその瞬間、視界の端に映っていた桃色の髪が揺れ動いた。







「マスター。ここはヒバリにお任せ下さい」







 その動き出しは、レイよりもシオよりも一拍早く、自分たちの前に背を向けて現れたヒバリを前に、二人の動きは阻害され一歩が踏み出せなかった。


 身を隠す間もなく、騎士に立ち向かうことなく、レイとシオ、それからセリカもまた、桃色の髪が風に揺れる姿だけを視界に収めながら、やがて扉が開いて憎むべき騎士が侵入してくる様をただ眺めるだけに留まるのであった。







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