89話 全身に目がついてる
読んでいただきありがとうございます。
本日六話目。
「ちょ、ちょっとシオ!? 平気なの!?」
「あ? セリカの方こそ平気なのかよ? ……あぁ、女には効かねぇのか。なるほどなぁ」
「えぇそうみたい。あたしは平気だけど、それよりもシオの方が体調悪そうだけど……」
「この魔力、俺みたいなのには近くに感じるだけでもしんどいっつうか……。自然に生まれた魔力とは思えねぇ。マジで気持ち悪ぃ……」
自分に向けられていた桃色の瞳から放たれる魔力はまだ我慢ができた。
しかし、桃色の髪の少女が感情のままに波及させる魔力は、シオが我慢できる許容量を容易に超え、たちまち避難せざるを得なくなっていた。
指向性でも持っているのか、「敵」だと判断されたレイの周囲が特に色濃く、レイから離れなければならない状況がこの気味の悪い魔力と相まって余計に腹立たしかった。
ゲェ、と舌を出して「気持ち悪いです」とアピールするシオを他所に、首飾りのお陰で感知できるようになった膨大な魔力の中でセリカもまた困惑していた。
アイリーンの死で悲しみに暮れたのは夜中にアイリーンの手紙に触れた時だけであり、昼になっても結局死を悲観する余裕も無い状況に辟易すると同時に、騒がしい状況が今のセリカには心地が良いとすら感じられるものだった。
……だとしても、この状況は流石に御免被るのだが。
「さっきから黙ってるけど、あんたは平気……っ!? シオ、ジークがっ!!」
「あん? ……あぁ、俺たちが手を出す必要は無ぇぜ。つうか却って邪魔になる」
「それってどういう……?」
「いいから見てな」
シオですらあてられて気分を悪くする魔力の渦の中で、先ほどから黙りこくっている人物を振り返ったセリカだったが、その背後にいた人物、ジークが突然ふらりと足を運びだす。
その動きは一介の村人とは思えない、狩人や騎士に髄するかのような鋭い足運びで動き出し、レイに迫る。
あれからレイは魔力の渦の中心に目を瞑った状態で立ったままであり、武芸者もあわやと言う動きを見せるジークが襲撃にかかった事態をセリカは慌ててグロッキーな状態のシオに伝えた。
けれどもシオは淡々とレイの心配をすることなく言葉を告げ、問題ないと態度で示すかのように動きを見せない。
思わず薄情者、と罵ってしまいそうになるセリカだったが、次の瞬間にはその心配が杞憂に終わり、シオの態度こそが信頼の現れだったのだと知る。
「――っ、ぐっ、うぁ……」
決着は刹那。
レイは目を瞑ったままジークの目にも止まらない速度の拳を避け、攻撃後の隙をついて腹部に重い掌底の一撃を決め、ジークの意識を刈り取ったのであった。
「凄い……!」
「そうだろう、そうだろう? レイはすっげぇんだよ」
シオが自分の事のように喜ぶのを、セリカは否定することは出来ずにただ頷きを返す事しか出来なかった。
瞼を閉じた、閉ざさざるを得ない状況に追い込まれたレイは、暗闇の向こうで少女が呻き苦しむその奥からやってくる気配を敏感に察知しており、その不慣れな足運びからタイミングを図ることができていた。
完全に視界がゼロの今の状況で戦うのは初めてであったが、足運びがお粗末な武芸素人の動きを読むことくらいは朝飯前だった。それが出来なければ、視界も狭い夜の森で影から襲撃を狙う魔物に殺されてしまうから。
特に、弓を扱う上で死角と言うのは非常に大きなポイントであり、グレイ爺には口を酸っぱくさせて何度も何度も言い聞かされた。
『目が良いだけでは一流の弓使いにはなれぬ。常に死角を失くせ。視野を狭めることは死に繋がると知れ』
それができるようになって、初めて弓を使う者として一流であると認められるのだ、と常に意識して育ってきた。
ゆえに、視覚がなくとも死角は作らない。それがレイの求めた戦闘スタイルであり、それにはかなりの集中力と精神力が求められるため、レイは死に物狂いで鍛錬に励んだ。
その結果、対峙する相手に対してレイは死角を、隙を作ることは無くなり、その副次効果として周囲の気配を察知することが異様に上手くなった。
レイの気配読みは、本気で隠れたシオも、ギンすらも陽の下に暴くほどにまで高められていた。
それはギン曰く、『後ろに目があるだけじゃなく、全身に目がついてるようだな』と気味悪がられる程に。滅多に褒めてはくれないギンが褒めてくれたとあって、それを伝えられたグレイ爺は自分の事のように喜んでくれていたのはレイとシオにとっていい思い出である。
自慢のレイが褒め称えられてご満悦、調子に乗ったグレイ爺は大笑いされたことに腹を立てたギンがレイに挑戦状を叩き付け、それからしばらくの間レイ達の間で「かくれんぼ」が流行ったのは今思い出しても笑えて来るもので……。
閑話休題。
レイの気配読みは古の幻想種も、神性竜種すらも看破するもので、人間離れした視力を封じられたとしても戦力が落ちるという事は万に一つも無いのであった。
ジークの声がレイの耳元で低く聞こえると、その体は完全に沈黙を果たして床に沈んでいく。
一介の村人とは思えない動きを見せたジークであったが、しかしてそれはレイには通用しないのであった。
桃色の髪の少女の魔力が人を操るものなのだとすれば、これがもし村の中心であったとすれば、流石のレイも目を閉じたままでは苦戦を強いられただろう。
生憎この家は村から遠く離れたポツンと一軒家。周囲に人影がいない以上、これ以上レイを襲う人影は見当たらないだろう。
であれば、残るのは敵意をこれでもかと向けて危険な魔力を滾らせては苦しみに喘ぐ少女を倒すのみ。
それで一旦は事態の収束に繋がるのだが、そんな彼女に対して、レイはゆっくりと近付いたかと思うと、静かに目を開いていく。
「おいっ、バカ!!」
「――大丈夫」
あろうことか、今も桃色に薄く輝くその目を真正面から見つめるようにレイは目を開いた。
当然レイの身を案じるシオが止めに入ろうと動き出すのを、レイの声がその場に留まらせる。
大丈夫、と言うのは誰に聞かせたものなのか、まるで眠りにつくような朧げな意識の中、レイは少女に近付いていく。
レイを見上げる目は綺麗な桃色の輝きを宿しており、レイに対して確かな敵意を湛えている。
けれども、それと同じだけ……、否、それ以上に不安げな感情をその目の奥に秘めているのが見えた。
それは、泣きたくても泣けない、ただの強がりを張り付けたような姿は、レイにとって到底見て見ぬ振りができるようなものでは無かった。
桃色の瞳から頭の中に流れ込んでくる何かがレイの意思を、判断を惑わすように思考が強制していく不快感に眉を顰めるも、レイは少女に向かう足を止めない。
昨夜のように一瞬で乗っ取られず、こうして抵抗を図れるのは、これが三度目だからか。
考えても答えは出ない問題は放って、レイは迷わずその手を伸ばし、震える少女の肩を両手で掴みむと、もう一度大きな声で、はっきりと告げる。
「大丈夫、だからっ」
瞬間、周囲に漂っていた少女の魔力は霧散し、その目からも桃色の輝きが消えていく。
同時に、暗く深い青の瞳に戻った目からは、大粒の涙が溢れ出す。
「うあああぁっ……!! 名前を、ヒジリを、マスターを、奪わないで……! マスター……、捨てないで……っ!」
涙を拭うために目元に当てられた彼女の両手は、自ら眼球を押し潰さんとする程に力が込められており、レイはたまらずその細くて脆い体を自分の胸に抱き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、ね」
少女に言い聞かせるように耳元で声をかけ続け、自分の体温を分け与えるかのように体を寄せるレイ。
うわ言を繰り返していた少女であったが、レイの声掛けによって体が力が抜け、ようやく落ち着きを取り戻すのであった。
「……落ち着いた、か」
「……えぇ、そうみたいね」
首飾りを付けてからというもの、規格外の魔力ばかりを感じるセリカは額の汗を拭って、同じく魔力を感知できるシオの言葉に頷き返す。
膨大な魔力を吐き出した少女は、今やレイに抱き留められて落ち着きを取り戻しつつある。呆然とした様子で荒い呼吸を整える中でレイの背に腕を回しているのは無意識なのだろうか。
「感情のまま暴れて、あやされて落ち着く……。まるで赤ん坊だな」
「えぇ、でも――」
シオの言葉に同意する部分はあれど、セリカの目に映るのは、膝をついてもレイの胸に収まる高さ。
レイの背に回された手も、スラっと伸びた足も、どれも大人の肢体であるのは間違いない。
どれも完成された大人の肉体であるがゆえに、そこまで成長した人が今さらになって幼体返りするものだろうか、と疑問に思ったところで、セリカはとある一つの噂を思い出す。
「瞳……。文字通り目の色が変わる、それも魔力を宿す瞳をもつ――人工生命体」
「人工生命体? なんだそりゃ」
「魔法使いが、魔術師や方術士を排斥した理由の一つが、人工生命体。人の身でありながら、人の領分を外れた方法でもって生み出される人工生命体を危険視したから、って言うのが大々的に触れ回った理由なの。それが最近、町の方で、王国内に人工生命体が姿を現した、なんて噂が広がってるのを思い出したのよ。見た目は人と同じ。見分ける方法は眼だけで、なんでも魔眼を持っている、らしいわ」
「魔眼ねぇ……。それがアイツって言うのか? 危険はあんのか?」
「分からないわ。危険があるのか、無いのか、それすらもはっきりとはしていないの。王国が危険視した理由もあやふやだし、その魔眼、って言うのも噂の範疇を出ないものばっかりだから……」
人工生命体であるならば、彼女が口にした『被検体0018』と言う名も納得がいく。
けれども、ただでさえ母を奪われたせいで、王国に懐疑的であるセリカにとって、王国の意思に則って人工生命体を非難することは避けたかった。
知らないものを遠ざけることはもう止めにするのだと心に誓うセリカは、レイにひしっ、と抱き着く桃色の髪の少女について後で調べよう、と頭に刻む。
対するシオは、少女が放った魔力の気味悪さに理由がもたらされたかのようで、ふんわりとした感想を抱く。シオにとって、彼女が人工生命体だろうとなんだろうと関係なく、レイに危害を与えないのであれば放って置くし、危害を加えるようなら排除するとしか思えなかった。
とは言え、それでも正体不明の少女の正体を知りたいという好奇心は止められずに何者だろうかと考えを巡らせる。けれどもこれと言って答えが浮かんでくるはずも無く、シオはレイに声をかけに近付いていく。
結局、今のレイ達に圧倒って気に足りていないのは、情報。
知らないことをいくら考えたところで、思いつく事などありはしない。
であるならば、知ればいい。分からないのであれば聞けばいい。
そう考えて行動に移せるシオは、幻想種の中でも特異な存在であった。
普通幻想種と言うと、生まれながらにして上位の存在であるがゆえに、プライドの高い気質の者が多いのだが、シオは周囲の環境に恵まれたがゆえに、そのような使い物にならないプライドなどはるか過去に捨てているのだった。
その中でも、グレイ爺に分け与えられた言葉がシオの根幹にあった。
『分からないことを分からないままに生きるのは、勿体ない。折角の長い命、無駄なく生きた方が楽しいぞ? 分からないことは恥ではない。間違えることは罪ではない。堂々と挑み、好きなだけ尋ねるといい。それが年長者の務めだし、人の数だけ正解はあるもんじゃ。それに、必ずしも正しい道を行かねばならない人生など、退屈すぎるじゃろう?』
シオに送られたその言葉は、レイは知らない。言うなればシオだけの言葉であった。
それもそのはず、レイは分からないことは分からない、と素直に尋ねる子供で、与えられるべき情報をきちんと受け取ることができる子だった。
それに対してシオは思慮深く、慎重すぎるきらいのある性格を、グレイ爺は見抜いては与えるべき言葉を適切に選んで与えていたのだ。
レイを守るべく慎重であるのは良いが、慎重すぎるのはよくない。
そう教えられた日から、シオは背負わなければならないと意気込んでいた肩の荷を下ろしも良いのだと知り、様々な知識を吸収していった。
レイとシオに生きる事を授けたのが、ヒジリとラナであるとすれば、その種を芽吹かせたのは、他でもないグレイ爺なのであった。
「レイ、そいつ喋れそうか?」
「――っ、そいつではありません、ヒっ……、ッ……」
名残惜しそうにレイから体を離しても尚、手をつないだまま離れようとしない少女を目に映して声をかけたシオに対して、少女は反抗的な態度を見せるも、自分の名前を口にすることが叶わずにレイを一瞥した後に俯いて黙り込んでしまう。
落ち込む少女の様子に頭を悩ませるレイから少女に視線を移したシオは事務的に言い放つ。
「喋れるみたいなら、お前の言っている事全部喋ってもらうぜ」
シオの言葉に対して再び抗議の視線を送るも、本当に喉元で言葉が詰まっているかのように口を閉ざしてしまうのだった。
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