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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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66話 迷子の迷子の魔女の娘

読んでいただきありがとうございます。

本日五話目。

 


「騎士様! どうか、どうかお願いします! 魔女に連れ去られた人たちはまだ戻ってきていないのです! ですからどうか、調査の続行を……!」

「チッ、しつこい女だな……」


 濃紺の髪に頬に散ったそばかすがチャームポイントのセリカが騎士に詰め寄る。

 目の前の女以外に騎士が体裁を保つのに必要なだけの視線が無いからか、芳しくない反応を返す騎士。だがそれに似た反応は、町にいる騎士に詰め寄った際もここまで露骨ではないにしろ同じような反応が返ってくるため、セリカはそれしきの事では怯んだりしない。


 アイリーンがその姿を目撃していれば、肝を冷やすと同時にグレイ爺譲りの豪胆さに涙を禁じ得なかったはずだが、生憎目撃者は木の陰からこっそりと様子を伺うレイとシオしかいなかった。


 今日も今日とて街道の魔女による被害者の続報を期待して、アイリーンの酒を売り捌くわけでもなく、セリカはギルドの掲示板に足しげく通っていた。

 しかし、今も騎士に縋りつくその反応を見るに、掲示板には新しく見つかった数個の残された所持品が追加されただけで、セリカが望む人物の帰還が掲示されることは無かったのであった。


 セリカは、昼前から掲示板の前で待機していた。

 他にも同じように身内を街道の魔女に連れ去られた者たちと共に待ち続けたと言うのに、最終締め切りの時間である夕暮れ時を迎えても、待ち構えていた者たちが望む情報が追加されることは無かった。


 結局今日も無駄足になってしまったか、と肩を落として帰る道すがら、偶然にも街道にて騎士の集団と出会い、今こうして直談判をしている次第。しかも、騎士の手には何やら大きな荷物が抱えらえており、もしやこれから捜索に向かってくれるのではないか、と淡い期待を込めて頭を下げたところ、まさか断られるとは思いもしなかったために、無礼にも縋りつく形で懇願していた。


「お願いしますっ、ブルーノさんが、まだ戻ってきていないんです!」

「行方不明者の名が分かっているのなら、ギルドに頼んで身元照会でもすればいい。遺品の一つや二つ、騎士の大規模捜索作戦時に大量に見つかっていますから」

「い、遺品……っ!? 騎士様は、既に諦めたと言う事ですか!? ……あの人が、そんな簡単にくたばるはずないもの」


 事務的に答える騎士に思わず異を唱えるセリカは、悔しそうに肩を怒らせる。

 騎士は国民を守る盾であり、国民を守る最後の砦である。そんな騎士が諦めたとなれば、ただの村人にとれる手段は何ひとつとして残されていなかった。法外な値段で依頼を承る連中に頼ることなど、できないのだから。


「はぁ……。我々も忙しいので――っと、アルフォンゾ様?」


 アルフォンゾの隊のメンバーの中で、最もまともで向上心をおくびにも出さない騎士然とした男が事務的に対応する。

 この男だけはその他の騎士とは違って中央への野心では無く、アルフォンゾ個人を慕っていると言う理由で着いてきているため、周りの騎士と比べてもまともであった。とは言え配属された先が辺境かつアルフォンゾに理想を抱いている時点でまともでは無いのだが、騎士らしい仕事の大半はこの男の役目であった。

 そうしてセリカの対応を淡々と終わらせようとしていると、その後ろから騎士アルフォンゾが身を乗り出してセリカの前に立つ。


「――娘、国民証を見せろ」

「ヒッ……!? は、はい……っ!」


 威圧感たっぷりにそう言い放つと、騎士の対応に不満を抱いていたセリカも黙って指示に従う。そうしなければならない、と身の危険を悟ったからだった。


 差し出された国民証を手に、騎士アルフォンゾは「やはりな」と小さく呟いた後、セリカにそれを返す間際、騎士の体から魔力が噴き出す。


 ――魔女の娘、か。


 それは紛れもなくセリカに対する脅しのような役割で働き、後方で控えていた他の騎士ですら身構える魔力量だった。


「安心しろ娘。直にこの騒動は終わる。それも全て解決するのがこの俺、アルフォン――」

「――おいアルフォンゾ、早くしないと日が暮れちまうぞ。俺ぁこの後予定があるってんのに呼び出しやがってよ」

「…………チッ、様を付けろ、脳みそが股間についている猿めが」


 自信と確信、それから悪意に満ちたアルフォンゾがセリカに詰め寄った刹那、身構える騎士の更に後方で切り株に腰を下ろしていた大男の声が挟まる。


 ――どうせ女の元だろう、と心の底から毛嫌いしているような声を出した騎士アルフォンゾがそちらに視線を外したことで、セリカはようやく呼吸らしい呼吸を出来るようになった。あの騎士の男の目が、魔力が、悪意が、恐ろしくてたまらなかったのだ。


 自分の名が刻まれた国民証をお守りのように胸に強く抱き「あたしは大丈夫」と心の中で何度も繰り返していたのはセリカも無意識の事だった。

 息も詰まるような視線から解放されたセリカは、荷物を担ぎ上げて背を向けていく騎士を視界に収める。結局何ひとつとして色好い答えを貰う事は出来なかった上に、意味の分からない言葉を並べられて去って行こうとする騎士に対し「お待ちください!」と声をかける。



 それだけならば良かったものの、セリカはあろうことか、朦朧とした意識の中で手を伸ばし、騎士の鎧に触れてしまう。





 ――瞬間、身構えた騎士がセリカの頬を平手打ちすると同時に、担ぎ上げた荷物の口が緩んで中身が零れ落ちる。





「――触るなッッ!!!」

「ぅぶっ……!?」


 荷物の口から零れた物体が泥のようなものだと理解する暇も無くセリカは頬を打たれ、そのまま地面に倒れ込むかと思われたがしかし、地面に落ちたのは荷物から零れ落ちた泥の塊だけだった。








「――大丈夫?」








「「!?」」



 セリカが弾き飛ばされた先では、いつの間にか木の陰から飛び出していたレイが待ち構えていた。

 どこからともなく現れ、余りの衝撃に弾き飛ばされたセリカを地面に降ろすことなく腕に収めた少年の出現に、セリカに加えて騎士達にも衝撃が走ったのか、驚愕に目を見開いていた。


「うわぁ、痛そう」


 突然の闖入者はその空気も気にせず、赤く腫れた頬と口端から垂れる血を拭おうと手を伸ばす。そうしてレイの手が伸ばされたお陰か、唖然としていた面々の中で誰よりも先に我に返ったのは、少年に抱き留められたセリカだった。


 伸ばされた手を打ち払い、レイの腕を抜け出してすぐに自分の足で立ち上がるセリカは思いの外頑丈なことに、レイは驚いた。


「な、なんなのよ、アンタ……!」


 今のみっともない姿を見られたのか、それを馬鹿にしてくるのか、と言った自分のプライドが傷付けられるのを危惧してかレイに冷たい視線を向けるセリカであったが、レイにとって言えばこの程度の拒絶はまだまだぬるいと言わざるを得ない。

 口も利かず、目に入れる事すら嫌がっていた出会った当初のセリカから比べれば、はるかに緩い拒絶に対して、レイは困ったように微笑みを浮かべる。


 そんなセリカの問いに答えるよりも先に、どこからともなく現れた少年に対して騎士が警戒した様子で声を挟んでくるのだった。


「……貴様、今どこから出てきた」


 騎士との初めての邂逅は、シオに言われた通りに演じてみせる。


 こちらを見て侮るようであれば、下手に出て油断を引き出させる。

 こちらを警戒しているようならわざわざこちらがへりくだる必要も無く、不遜に、大胆に。


 先頭の騎士を真似するように、レイを警戒する騎士達を目にした直後、レイは瞬時にそれを判断し、後者を選択する。頭に思い浮かべるのは、いつだって図太く、厚かましい程にズケズケと入って来ては、自分の腕を引っ張ってくれる相棒(シオ)。その口調を真似して、片足に体重を乗せて下から睨め上げる。


「……どこから? 普通に街道を歩いていただけだよ。見えなかったの?」

「っ、貴様、騎士に向かってなんと無礼な態度を……!」


 笑みを浮かべながら騎士と対峙するレイは、飄々とした態度で佇む。

 騎士に意識を向ける傍ら、騎士の荷物から零れ落ちた泥の塊を横目で観察する。


(……泥、この匂い、どこかで)


 視力の良さとは違って、並の嗅覚しか持ち得ないレイにとっては、微かな臭いだけで判別しようにも記憶から引き出せるだけの情報が揃っていない以上不可能。

 そんな考え事も束の間、レイよりも頭二つ分背が高い騎士の男がレイに近づき、値踏みするような視線を全身に這わせてくる。


「……ふん、ガキだな。まぁいい、国民証を出せ。これは命令だ。持っていない、紛失したなどの言い訳が通じる状況だとは思わない方がいい。下手に誤魔化すようなら――この場で執務を執行する」


 ヘラヘラとするレイを警戒していたアルフォンゾだったが、見るからに小さな背丈とミリも感じない魔力量に鼻で笑い飛ばす。ただ足が速い人間など、猿と何ら変わらないと本気で考えているような見下す目線は冷酷だった。

 村では見かけず、またセリカを助けた事から、芋くさい農民崩れの子供が魔女の元に住まう少年だと考え至るのにそう時間はかからず、このガキは障害になることは無いと判断したアルフォンゾが魔力を解放して脅しかけると、少年は汗を吹き出して困惑した様子を見せる。







(ど、どどどどうしよう……! 国民証なんて持ってないんだけど!? セリカもなんか怯えちゃってるし、ここで騎士を怒らせても意味ないよね!? 大胆に振舞ったはいいけど、こっから先どうすればいいの!? シオ~~~!? 答えて! 助けて! 逃げてもいいかなぁ!?)








 不思議と、心の中でシオに助けを求めると思念のように『ガンバ』とだけ伝わってくるのは


 アルフォンゾが勝手に納得してくれたから良いものの、レイは内心では焦り散らかしていた。

 シオが想定したように、さっさと帰れとでも言われておしまいかと思いきや、逃れられない状況で汗がとめどなく流れていただけなのであった。


 そもそも、レイは魔力を感知する術がないため、威圧のためにいくらアルフォンゾが魔力を放ったところで、レイが気付くことは無いし、ただアルフォンゾが消耗するだけなのであった。


 そうとも知らず、偶然にも危惧していた不確定要素があっさりと砕け散ったと勘違いしたアルフォンゾは生産性のない睨み合いを制したと思い込んで、少年に一歩近づいた瞬間、その背後から声が投げかけれる。



「なぁ~? 行かないんなら俺は帰るぞ、帰っちゃうぞ~? これ置いて帰っちゃうぞ~?」



 レイが対峙していた大きな男よりも大きな騎士は気の抜けた声音で、だけども確かに苛立ちが込められた様子で二つの荷物を地面に置いた。


「……チッ、どいつもこいつも、邪魔ばかりする」


 邪魔をされての不機嫌と、自分の野望への道が拓けたことによる上機嫌さで差し引いてプラスだからか、これ以上レイのことを追求することよりも、自分たちの仕事を選んで森の中に入っていく。


「っ、ブルーノさんを、どうか、どうか……っ!!」


 セリカは騎士に平手打ちにされたと言うのにレイよりも一歩前に出て、頭を下げていた。

 その様子を見てレイは、それ程までに騎士と言う存在は大きいのかと唖然とするが、幻想の森でも幻想部隊(エリオゾラ)が同等の尊敬の的であったことを思い出して、そういうものかと納得する。彼ら以外、戦える者がいないのだ。ゆえに、彼らに依存し依存され、守られる側は守られるのが当たり前だと考え、自己防衛する力を放棄してしまうのだろう。


 セリカの懇願に、殿で森の奥へと消えていった一番の大柄な騎士が後ろ手を振っていたのを、セリカは見逃さずに安堵したような表情で息を吐く。


「――あの時森にいた連中はあいつらで間違いねぇ」

「ひゃぁ!?」


 騎士の姿が完全に消えたのを確認すると、シオが睨みを利かせながら音も無く姿を現すと、セリカは驚いた様子で飛び上がったのち、何か言いたげな様子でシオを睨んだ。


「……その蛇」

「あ? 文句でもあんのか? 助けてもらったらなんて言うんだ?」

「別に、助けてなんて頼んでないし。勝手に助けないでよね」


 レイとシオを鋭く睨んだのち、口元の血を自分の袖で拭い、礼の一つも口にすることなく家の方角に足を向け駆けだしていく。その速度は一歩を踏み込むたびに増していき、まもなく馬と同じだけの速度にまで達することだろう。


 どうしてそんなことが分かるかと言うと、レイもまたセリカの速度に合わせて並走しているからであった。


「――なぁっ!?」

「凄いねセリカ。竜気を使っても体にほとんど負荷がかかってない。その使い方、誰かに教えてもらっりしたの?」


 上半身がブレることなく横にぴったりと着いてくるレイに驚愕の表情を向け、レイの言葉に苛立ちを露にする。関わってみれば案外、セリカは表情豊かで関わりやすいのかもしれない、と思っていると、セリカは帰り道の半ばで足を止めてしまう。


「……あんたのその竜気、やっぱりクソ親父の知り合いで、あたしの事を探るようあの女に――」

「アイリーンさんは関係ないよ。僕の意思で、僕の興味で、セリカに話しかけているから。それで? 誰かに習ったりしたの? 外の世界にも竜気の使い手がいるようなら、色々話を聞いてみたいと思ってたんだ」


 咄嗟に否定してしまったが、セリカに近づいたのにはばりばりアイリーンが関わっている。

 シオからは何やら冷たい視線を向けられているのを感じるが、それ以上にレイの興味はグレイ爺や自分以外の竜気の使い手に向いてしまっていた。

 しかし、それに深入りするよりも先に、セリカの積もりに積もった不満がレイに矛先を向ける。


「なんなのアンタ……! 竜気は、忌むべき力で、誰かに知られちゃいけない力なの! それなのにアンタは……!!」

「それじゃあ、一人で使えるようになったって言うの? そんなの、僕なんかより才能があるよ! 凄いなぁ!」


 純粋で無邪気。心の底から本音で称賛してくる目の前の少年が夜だと言うのに鬱陶しいぐらいに眩しくて、羨ましい。出来る事なら、こうして真っ直ぐに自分の力と向き合えたなら、もっと自分を、家族を好きになれたかもしれない。

 だが、セリカは自分に備わった力を、家族を恨む道を歩んでしまっている。今さら手に入らないものを望んだところで、自ら進んで捨てたものを手に入れる方法は無かった。


 忌み嫌うと決め、常に自分を苛む才能(モノ)を称賛されたところで、セリカの荒んだ心は潤わない。心を潤してくれるのは、その心に積もった不満を好きに吐いた瞬間だけだろう。そして、それをぶちまける瞬間は、今だった。


 荒んだ心の持ち主に、純粋な思いは毒だった。

 セリカは、何も知らずに関わろうとしてくる敵を前に、大きく息を吸った。






「――褒められたって嬉しくなんてない! あたしは、こんな力、望んでなんかなかった! 欲しくなんて、無かった! 竜気(これ)も、一人で生きていくために必要だったから覚えただけ! あたしが欲しかったのはこんな忌み嫌われた力なんかじゃない! ただ普通に、周りのみんなと同じように魔力があって、パパも、ママもいる普通の家庭が良かっただけなのに……! こんな力、本当は要らない! だから気休めの言葉なんてかけないで、反吐が出るわ!! こんなものっ、全部、全部捨てられるなら捨てたかったわよ!!」







 喉が引き裂かれる。胸が引き裂かれる。

 これまで抱えていた思いを、誰にも言えなかった思いを、誰とも関係ないレイだからこそ、打ち明けられた。


 その間、レイもシオも、ただ黙って耳を傾け、その想いを受け止めていた。

 息を切らしていたセリカが、今度は俯いて感情を吐き出していく。




「……でも、あたしから竜気(これ)を取ったら、何も残らないから。捨てたら、あたしに残るのは微かな魔力だけ。それでいいとも思ったけど、少なすぎる魔力じゃ何もできない……っ、一人で生きていくなんてできないからっ、あたしは結局、何も捨てられない……! 忌まわしい力に縋らないと生きていけない、卑しい人間なのよ……!!」




 レイの純真が、無邪気な思いは毒にもなるが、毒は薬にもなる。

 こうしてセリカが思いを打ち明けられただけでも、肩の荷が下りる事だろう。


 俯いてすすり泣くセリカに、レイは声をかけように躊躇いがちにおろおろする始末。

 けれども、シオは違った。セリカの思いの丈に不満を露にした様子で「おい」と乱暴にも声をかけるのだった。










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