65話 空から世界を見てみよう
読んでいただきありがとうございます。
本日四話目。
明くる日、レイはいつものようにジェニーの昼食を食べ終えたのち、シオと共に散歩に繰り出ていた。
街道を町が見える位置まで歩いて、その周囲を散策する。
主な目的は街道の魔女の捜索なのだが、騎士の人海戦術をもってしても見つからないと言うのだから、見つかったらいいな、くらいに考えるようにして散歩をしていた。
「アイリーンのやつ、食べ終わって早々に部屋に籠っちまったな」
ただでさえ街道の魔女のせいで、農村と村を繋ぐ街道沿いに人目は無いため、シオは気兼ねなくレイの周囲を飛び回っていて、そんなシオが呆れた様子で言葉を吐く。
シオの言う通り、アイリーンは昨夜から自室にこもりきりで、昼食の時間になってようやく顔を見ることができたくらいだった。
昼食時になって見せたアイリーンの顔は誰が見ても疲れているように見え、加えて目の下には一睡もしていないのか濃い隈が出来ていた。折角の美人が台無しだ、とシオが笑いながらレイに同意を求めてきたが、アイリーンは結局昼食に集中する素振りも無く手早く食べ終えると、またすぐに自室にこもっていってしまった。
シオが言うには、ギンとはまた違った方向で魔力を極めているそうで、アイリーンからはシオでも読み取れない程に複雑怪奇な魔力を感じているとのこと。
それでもレイは自分だけ分からないと言うのが悔しいからかアイリーンに直接尋ねてみたところ、物凄い熱量で魔術や魔道具について語り出したのを止めるので精一杯。一を聞いたはずが、十や二十で返されては頭の中で整理しようがなく、苦笑してやり過ごすのであった。
グレイ爺が亜人を語るのが大好きなように、アイリーンもまた魔術や魔道具のことが大好きなのだとまとめ上げると、シオは「そうじゃない気がするぜ……」と乾いた笑いを浮かべるのだった。
それでも、レイはアイリーンのために何かできることは無いか、何か手伝えることは無いか、と協力を申し出たのだが、アイリーンは疲れた表情の中どこか楽しそうな輝きを宿して一言――。
『レイ君の力になってくれる魔道具よ』
と、それだけを残して興奮した様子で魔道具作成に戻っていったのを、レイはただ見守る事しか出来なかった。
自分のために作ってくれるのは嬉しいが、それでも少しは睡眠をとってしっかり休んでほしいものだ、と散歩の最中にどうやったらアイリーンを休ませることができるか、と考え始めてしまうレイにシオは呆れて者も言えない様子だった。
「お前がそれを言うか……?」
「ん、シオ何か言った?」
レイもまた、姉であるヒジリの面倒を見る際に、アイリーン以上に切羽詰まっていたことをシオは忘れない。
当時口が利けなかったシオが悔やまれるのは、そう言った時に励ましの言葉を口に出来なかったことに加えて、それと同じくらい、レイを休ませるよう進言できなかった事だ。
どうやって休んでもらおうか、と悩むレイを見て、シオは心の中で「ぶっ倒れるまで働いていたやつが言う言葉じゃねぇ」と悪態を吐く。
あの頃、レイが眠る時は気を失うのと同意であった。
限界まで働き、限界を超えてヒジリの世話をして、余力などありもしない状態で剣を振るものだから、次の日に目を覚まさなかったらどうしようか、とシオは気が気でなかったことを思い出す。
アイリーンの振りを見て自分を顧みてくれると嬉しいのだが、と考えるシオだったが、同時にレイは自分の事をあらゆる枠組みから外しているようにも思えてならなかった。かと言ってグレイ爺やシオが矯正しようにも、それが正しいのかどうか怪しい。自分で考え、自分で判断できるようになるまで見守るしかできないのが、シオのむず痒いところだった。
「レイだったら、何かに熱中している時になんて言ってもらえれば休む気になるんだ?」
このくらいの介入なら悪くないだろう、と一人納得してレイの頭を働かせる。
「……僕ならどうやって休むか、か。うぅん」
悩め悩め、存分に悩め、と親心のようなものを抱いたシオがレイを見守る中、レイは頭を悩ませる。
「ご飯? お菓子? 遊び……、姉さん……」
アイリーンの不眠に悩むのは良いが、他にもいくつもの悩みがレイとシオを待ち受けていることを忘れてもらっては困る。
その中でもとりわけレイの頭を悩ませているのが、セリカとの関係性だった。
あれほど啖呵を切って、アイリーンとセリカの仲を取り持つ! と言ったものの、未だに二人の関係性に進展は見られず、ただ時間だけが過ぎていく。
アイリーンの娘と言う事は、グレイ爺の娘でもある。
それはつまり、グレイ爺の息子であるレイにとってセリカは姉にあたる、と言う事になる。レイにとって姉はヒジリただ一人であることには変わりなく、レイもまた心のどこかでセリカを姉だと受け入れられない気持ちが強くあった。
恐らくセリカは、レイが抱いた受け入れられない気持ちと同等かそれ以上のものを抱えている事に加えて、グレイ爺、アイリーン、そしてレイの、この三人に対する不安や不信感と言ったものが彼女の心を占めているのだろうとシオは推測し、その旨をレイに伝えた。
セリカは今、余裕がない状態なのだと。
それを解決するのに手っ取り早いのが時間なのだが、生憎アイリーンにもセリカにも時間の余裕はない。ちんたらしていてはアイリーンとセリカは別れの時を迎えてしまうから。
そうと決まればレイが懸け橋になるしかないと考えた。
けれども、セリカに近づこうにも彼女はレイを眼中に入れようともせずに、早朝に出て行っては日暮れに返ってくるという挨拶の一つも交わせない状態で、何の進展も無いまま有限である時間だけが過ぎていく。
グレイ爺の願いを叶えるのであれば、妻であるアイリーンだけでなくその子供であるセリカにも思いを伝えるべきだと考えはするも、当の本人がグレイ爺を父親だと認めていない、むしろ恨んですらいる現状では、伝えたところでレイも揃って拒絶されるのがオチだろう。
生まれてこの方、まともに関係を結んだことがある相手と言うのが片手で数えられる程に少ないレイにとって、セリカやアイリーンと言った複雑な関係の間を取り持つことがどれだけ難しいのかを痛感していた。
レイもまさか、外の世界に出て生まれて初めて人間関係で頭を悩ませる羽目になるとは思いもしていなかった。
いくら考えても妙案が浮かんでこないからか頬をぷくっ、と膨らませて口を尖らせるレイ。シオがその頬を尻尾の先でつついてやると、不満が吐息となって吐き出されていく。
ぷすぅ、と息を全部吐き終えると、シオと目が合い、森の中で二人で笑い合う。
「……ん~~! わっかんないや!」
「かはは! 分かんないか! そうか!」
「分かんないことは分かんない! グレイ爺も言ってたし、とりあえずセリカにぶつかってみてから考える!」
ビシィッ! と言い放つレイに対して、シオは満足げに頷き笑い転げる。
レイは経験のない事を自分なりに考え、考え、考え抜いた結果「やってみなくちゃ分からない」と単純かつシンプルな答えに行き着いた。どことなく力任せで行き当たりばったりな考え方はグレイ爺に影響されたものだが、シオもまたレイの出した答えを否定することなく、悩んで、考え抜いて絞り出した答えならばそれでいいかとすら思っていた。
レイが初めての事に向き合って考えた結果、分からない、と言う答えを導き出せただけで満足している保護者バカっぷりは外の世界だろうと健在だった。
「それじゃあシオ、よろしく」
「おうよ」
凝り固まった頭を解し終えたレイがそう声をかけると、シオは二つ返事で反応を返し、みるみるうちに体を大きくしていく。一メートルほどの大きさでレイの体の周りを飛び回っていたシオは、瞬く間に大人が跨っても尚余りある成長していく。
レイがいくら望んでも得られなかった巨躯を誇るシオを羨ましく思いながら、レイはシオの背に跨る。
これだけ大きくなったとしても、シオが言うにはまだまだ成長中だと言う。その事実を恨めしそうに耳を塞ごうとするレイの反応が気持ちいいのか、シオは時折レイの事を身長で揶揄うのが悪い癖だろう。
それでも、レイはこうしてシオの背に跨って空を飛ぶことが嫌いでは無いし、むしろ好きな方だった。
最近伸び始めたという角に掴まると、シオはゆっくりとその体をしならせ、背中に竜気で生み出す光輪の翼が生まれ、風の流れを掴む。
体が小さいときは自分の竜気で自在に飛ぶことが可能なのだが、こうして体を大きくすると、光輪の翼のサポートが必要なのだとか。
しっかり捕まっていろよ、と声をかけられた直後、地上から空に落ちるような感覚がレイの体を襲うが、それもまたシオの竜気で守られ、多少息が苦しくなる程度で抑えられる。
もしもシオが飛び立つ瞬間を目にする人物がいたとすれば、それは地上から天へと昇っていく流星の如き美しさを目にしていた事だろう。
レイとシオが行き詰まった末に思い付いたのは、『空から世界を見てみよう作戦』だった。
ジークから受け取った情報を元に、レイの目の良さを生かして街道周辺を見渡す。見つ出したいのは人影や棲家になりそうな場所、もしくは生活の痕跡等々。
ものの数秒で雲よりも高い高度に昇ったレイは、その目に輝かしいものを携えてあっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「ほれ、行きたいところ探しは後でにしろ。今はその、街道の魔女ってやつを探すのが先なんだろ?」
「はっ! そうだった! うぅ……、でもあそこの湖も行ってみたいし、あっちの色の違う森にも、あとあと、向こうの山肌に見える村にも行ってみたいよね!」
「一段落ついたらな? ……つうか、俺にだって見えないぞ。どこに村なんて見えるんだよ」
龍の目にも見えない距離の先にあるものまで見通すレイは、眼下に広がる広大な世界を見下ろし、あれもこれも、とその目に映していく。
人間の営みが限りなく薄く見える世界を見ると、魔女だの騎士だのと言った勢力図が馬鹿らしく思えてくるほどにちっぽけで、世界には何の影響も与えていないのだとすら思えてきてしまう。
「――グレイの爺さんが見せたかったのは、こういう世界なんだろうな」
レイに注意しつつも、シオもまた薄雲の切れ間から眼下に広がる世界を見下ろす。
緑に覆われた大地は、見るもの全てに溢れる生命力を感じさせ、大地を裂いて流れる幾本もの清流は、体を巡る血液のように恵みをもたらす。
更に加えて、水平線を遮るようにしてそびえる荘厳なまでの霊峰は、その尾根を大陸の端から端までを横断するように伸ばし、連なっている。
その中で見える人々の営みは自然に逆らうようで、それでいて矯正しているようにも見える不自然な環境が、得も言われぬ感情を二人に植え付け、感激のあまり白い吐息を吐いた。
耳をすませば、自然の声が聞こえてくるかのような壮大さを前に、レイとシオはグレイ爺の発言を思い出す。
『――世界は美しい。されど醜い』
あぁ、確かに。この世界は美しい。大地の全てが光り輝いているように見える。
森の大木の頂上よりもはるかに高い場所から見ると、その言葉がより色濃く、鮮明に理解できる。
それと同時に、目線の先に見える米粒のような人の町。農村から街道を辿って行くと、いくつかの街を経て、山のように高く聳える建造物に行き当たる。それこそが、グレイ爺が捨てた故郷であることを、レイはなんとなく察していた。そしてシオは、この美しい世界の景色の裏で、人間がそれを汚していることに不満を禁じ得ない。
グレイ爺が見捨てるほど醜く、アイリーンを傷付けるほどに汚れている世界の醜さの片鱗に、既にレイとシオは触れている。
「……探そう」
「おう。適度に移動していくぞ」
「うん、お願い。町の方には、近付き過ぎないようにね」
そんなアイリーンをを救うために、アイリーンを世界の醜さに奪わせないために、レイは上空から地上をくまなく視線を巡らせていく。村長の孫、ジークに教えられた限りなく少ない情報である「桃色の髪」を探して。
途中、世界中の不思議光景に目を奪われつつも、森の木々の隙間にも視線を這わせた結果――桃色の髪の魔女を見つけることは出来なかった。
結局、その日は何ひとつ成果を得ることは出来ないまま夕暮れを迎え、レイは橙に染まる空の上を漂いながらシオの背の上でうんうん、と唸る。
「洞窟の中とかに隠れられちゃあ、見つからねぇと思うけどな」
「そういうところは騎士でも探してるんじゃないの?」
「さぁな。まぁそもそもあの村人の言っていることが本当かどうかも怪しいところなんだけどな」
「うーん、ジークは嘘吐いてないと思ったけどなぁ……」
「レイは素直だからすぐ騙されるだろうな。もう少し相手を疑ってかかるのも覚えた方がいい」
「それ、遠回しに貶してるよね? そんなこと言うならシオだって人の事疑い過ぎだよ! 人は信じることから始まるんだからね」
実際にはジェニーの手引きで、ジェニーのお陰で手に入れられた情報ゆえに、レイが信じたのはジークではなくジェニーの方。流石のレイも、誰彼構わず信用するような馬鹿では無かった。
「それ、ヒジリが言ってたことか? よく覚えてるな。だからって信じるって言っても限度がだな――」
「――ん? あれって……」
夕暮れ空の中、口喧嘩が始まりそうになったその時、シオの話を遮って直下にある街道に視線を向ける。その先には、街道の真ん中で見慣れた濃紺の髪の少女が、鎧を着た集団に詰め寄っているのがレイの目には見て取れた。
「セリカだ。それに、あれは……」
「この前アイリーンの家にやって来た騎士連中だろうな。後姿が全く一緒だ、間違いない」
「……気づかれないように、降りられる?」
「騎士連中の強さが分からねぇが、とりあえず森の中に降ろすぜ」
宵の刻。夕日が沈み、世界が闇へと向かって行く中を、レイを乗せたシオはギンのように風を操り、音も無く森の中に降り立つ。その間、騎士達がレイとシオに気付く様子は微塵も感じられなかった。




