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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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56話 魔導石

読んでいただきありがとうございます。

 


 レイがアイリーンの家で世話になってから、一週間が経過した。

 グレイ爺の死を伝えた後はまた違う土地に向かおうとしていたレイだったが、アイリーンに「良かったら」と引き留められて泊まることに。

 その間、グレイ爺が教え忘れた外の世界の常識をアイリーンに教わりながら日々を過ごし、グレイ爺に世話になっていた時同様に家事も率先して手伝っていた。一日二日と急ぐ旅路ではないため、レイとシオは外の世界に馴染むことを学んでいた。



 二十年以上使われていなかったグレイ爺用のベッドを借りて夜を過ごした後、徹夜したアイリーンに眠りが深くなるよう温かいお茶を淹れ、朝食を用意するのが日課になりつつあった。


 この家でも日常的に使う道具は魔道化されており、魔力で簡単に家事がこなせるようになっていた。けれども、当然魔力への適性が限りなくゼロに近い、常人の魔力を限りなく薄めた程度の魔力しか持ち得ないレイにとっては、何をしようとも反応を示さない魔道具とはとことんまで相性が悪い。

 そのため、アイリーンを労うために淹れるお茶の一杯すらもレイは一人で用意できず、シオに頼る始末。

 始めはなにくそ、と外で火を起こして湯を沸かして――と、抗おうと必死になっていたが、シオが魔道具を使えると分かるや否や「これは実に素晴らしいものだ」などと調子の良い事を言って抗うのを止め、一瞬かつ簡単に火が点く魔道具に目を輝かせるのだった。


 中でもレイが感動した魔道具と言うのが、ガーデニングホースと言うアイリーンが開発し命名した、ノズルを握るだけで散水すると言う画期的な魔道具だった。


 ――これがあれば、畑の水やりが一瞬だよ!!


 家の庭先にあるアイリーンが丹精込めて育てた名前も知らなければ見たこともない草花が瞬く間に潤っていく姿に感動を覚える姿を見て、アイリーンの魔道具解説に熱が入ったのは二日目の昼だっただろうか。

 その日は日が落ちていく時間までアイリーンの、内容が転々と変わっては最後には魔道具に帰結する話が続いた。分かったのは、このガーデニングホースが実用的ではない、と言う事だけだった。


 そんな穏やかな日々を過ごしていたのだが、初日の最悪な顔合わせ以降、アイリーンの娘のセリカとは未だに打ち解けられていなかった。

 セリカは、レイが朝の洗濯に勤しんでいる間に起きてきては、顔を合わせる間もなく外へ、町の方へと出かけていく。


 村人が、大の大人が一日かけて向かう隣町だと言うのに、セリカはその日の朝に出てはその日の日暮れには帰ってくる。馬も無いのにどうやって、と疑問に思って一度だけこっそり後を着いていったのだが、レイと同じく竜気による身体強化を用いて街道を駆けていく様子が見られた。


 魔道具の話の際に、なんの気も無しにアイリーンが放った「セリカも魔力の適性がほぼ皆無なのよ」と言っていた意味が良く分かった。

 セリカは、レイと同じで魔力に馴染めずに竜気に適応する体なのであった。


 流石はグレイ爺の娘、と感心するレイの横で、シオは納得できない様子で街道を駆けてくセリカの背を眺めていたが。

 そうして朝の時間が終わると、洗濯の時間に移る。

 綺麗になったたくさんの布が物干し竿で風に揺れる光景が、レイは大好きだった。

 その後は起きてきたアイリーンのために村まで昼食を買いに行ったり、アイリーンやシオと共におやつの時間を楽しんだりして、夜の時間が訪れる。






 これが、アイリーンの下で過ごすレイとシオの一日の流れであり、今日もまた最高の洗濯日和の中、シオと共に川辺で洗濯物に励んでいた。


「んふふ。真っ白!」


 インク汚れで汚らしかった布も、丹念に洗い上げることで新品にも負けないくらいの白さを取り戻す。

 実際にはアイリーンの開発した洗剤が大きな役割を果たしているのだが、それを知らないレイは「いつもより綺麗になるなあ」と言って深くは考えない。


 今はただ良い香りに包まれた布が白くなっていく過程を楽しむので十分だった。


「……こう言う時間が、一番楽しそうな顔するよな」


 幻想の森では決して口にすることなど叶わなかった甘味を味わっている時よりも、毎日欠かさず弓矢の鍛錬を行っている時より、こうして家事に取り組んでいる時が一番幸せそうな顔をするのを見て、シオは言う。


「うーん、そうかなあ? でも、確かに家事してる時間は楽しいよ」


 にぱっ、と微笑むレイに対して、シオはレイが幸せだと思う時間を守ろうと心に誓う。


 レイが悲しい思いをしないように。

 レイが絶望しないように。


 その想いをレイに伝えることは無く、自分の心の中に揺るがない信念として置いておくことを誓う。今日はいつもより多めの洗濯物に勤しむレイの傍でシオはのんきに水浴びをしていたところ、シオは偶然にも目を向けたアイリーンの家の異変に気が付く。


「……レイ、なんだあれ」

「ん?」


 シオの真剣な声音に振り向いたレイは、シオが警戒を示したアイリーンの屋根から枯れ木の魔物が荒ぶる光景を目にする。


「な、何あれ!? 魔物!?」


 はっきりとは確認できないものの、木々の先端を生き物のように動かす魔物を知っているが故に、レイの背筋に怖気がゾワリと走る。


「レイ! ボーっとしてんな! 急ぐぞ!」


 立ち上がって息を飲んだレイは、シオの叱責で我に返り、綺麗になった布でいっぱいになった洗濯籠を横脇に抱いて走り出す。


 どうしてこんなところに魔物が出たのか、という疑問は後に、レイとシオはアイリーンの元に駆け付ける。

 この距離ならシオの背に乗って飛んでいくよりも、走った方が速い。

 実際には、アイリーンによる「この世界の常識講座」にて、人はシオに跨って空を飛んだり、と言ったように空を飛んだりはしないと教えられたからである。

 そもそもシオの姿が他の誰かに見られることもまた危険だ、と注意されているため、レイはアイリーンの言いつけをキチンと守って自分の足で走る。シオに跨ったりしないのは、決して以前洗濯物を抱えたまま空を飛んで洗濯物を空にばら撒いたことがあるから、なんて理由では無い。


 ――ゆえに、走る。


 家に辿りついた頃には、枯れ木の魔物の姿は消え、表の地面が踏み荒らされた微かな荒事の痕跡が残る程度で、家にも庭にも、何一つとして被害は無いどころか、魔物の姿もすっかり消えてしまっていた。


「あら、おかえりなさいレイ君。お洗濯は終わった? そしたら、薬草畑のお世話、手伝ってくれるかしら?」

「えっ、あ、はい。――じゃ、なくてっ!? い、今、魔物が、魔物がいませんでしたか?」


 玄関でオロオロするレイの後ろで、ドアから顔を出した外出用の外套を身に纏ったアイリーンが至極自然な流れでレイに問いかけるものだから、流れの勢いで思わず返事をしてしまう。




「……見えていたかしら?」




 ハッ、と咄嗟に我に返ったレイが追及すると、アイリーンはどこかバツが悪そうに縮こまって斜めから見上げるようにして恐る恐る尋ねる。見上げるようにとは言っても、レイの方が小さいのでアイリーンが見上げているのはレイの頭上で首を傾げるシオなのだが。


 それはまるで悪戯がバレた子供のようで、これから怒られるかもしれないと身構えているようであった。

 よく見ると、アイリーンの手には幅広の外套で隠すように背後に大きな道具箱をぶら下げており、レイはその道具箱がなんなのかを知っているため、一つの推論に辿り着く。


「……もしかして、今のも魔道具、なんですか?」


 そんなまさか、と思いつつも口にしたところ、アイリーンの表情はみるみるうちに晴れていき、レイの横を通り過ぎて枯れ木の根元で膝を折って屈むと、おもむろに道具箱からガーデンスコップを取り出して土を掘り返していく。ネーミングセンスが似ているものの、その移植ごては一般名称らしく、ガーデニングホースの方がその名を真似したのだと照れ臭そうに語っていたのを思い出す。


 ある程度土を掘り返したところで、アイリーンはレイを手招きして傍に寄らせる。


 掘り返された土の下からは、枯れ木の根が剝き出しにされていた。

 レイの視線は、アイリーンが指差す先、根に嵌め込まれた濁った色をした石に注がれており、隣に並ぶアイリーンが慣れた手つきでその石を取り外すと、道具箱の中からまた別の石に取り換える。


 新しく取り付けられた石は濁った色などしておらず、中心で淡い輝きを放つ透き通った石だった。

 濁っていた石も、最初はこのように淡い光を放っていたのだろうか、と不思議なものを見る思いでいると、濁った石を人差し指と親指で支えるアイリーンが解説を挟んでくれる。


「これは魔導石と言ってね、魔力の通り道を作ってくれる石、魔道具作りには欠かせない石なの。触ってみる?」


 取り外したばかりの濁った石、魔導石を観察するように眺めるレイがコクコクと頷いて興味本位で手を差し出し、その手の平にアイリーンの手から魔導石が転がされた瞬間、想像もしていなかった衝撃が全身を駆け抜け、思わず体を跳ねさせるレイ。


「――熱ッ!?」


 手の平から零れた魔導石が地面に落ちる前に、手袋をしたアイリーンの細長い手指が魔導石を掬い上げ、大事には至らなかった。

 けれども、悪戯が成功したようにコロコロと笑うアイリーンの表情から、この事態は予見出来ていたのか、アイリーンは楽しそうに笑いながら謝罪を口にする。


「うふふ、ごめんなさい。でも、慣れればそんなに熱くないから大丈夫よ」


 アイリーンの言う通り、熱いと分かって触れば寒い日に重宝できるくらいの熱さにどこか安心感を覚える。レイも必要以上に驚いてしまったことを反省すると同時に、アイリーンに対して一言くらい何か言ってほしいものだ、と頬を膨らませた。


 レイの心で呟いた愚痴が届くことは無く、アイリーンは瞳を輝かせながら魔道具に関しての解説を始める。


「魔導石は魔道具に欠かせないものなのだけれど、当然許容量が存在するの。このサイズの魔導石なら、日常使い程度ならなんの問題も無いんだけど、大きな魔道具を動かそうとすると、そうやってすぐにオーバーヒートしちゃうのよ」

「こうなると、使えなくなっちゃうんですか」

「そう、使えなくなるだけならまだいいのだけれど、魔道具自体が壊れてしまう可能性が出てくるの。正確には、魔道具に刻まれた魔術回路ごと燃やし尽くしちゃうこともあるの。そうなったらもう魔道具の価値はゼロ。ただのゴミになってしまうのよ」


 だからこうして取り替えてあげるの、とアイリーンはそう言って我が子を慈しむかのように指先で魔導石を撫でる。


 魔女として、自分が産み落とした魔道具を愛するアイリーンの横顔は温かな感情を感じさせる反面、どこか自罰的で苦しそうにも見えた。


 そして、レイはそこで重大な事実に辿り着く。


「え……。もしかしてこの()、魔道具なんですか!?」


 そんな馬鹿な、と思いながらも自分で言った言葉に驚くレイ。


 見上げてみても、レイの目に映るのは森の中でいつだって視界に入ってくる木々と何ら変わらない幹と枝。違う点は、その枝に葉が付いていないことだ。周りを見渡せば、青々とした葉を茂らせる木々が見えると言うのに、この木は枯れたまま。

 目線を下に移すと、剥き出しの根に嵌められた艶を放つ魔導石。


 見れば見るほど違和感の増してくる存在に混乱するレイの耳に、アイリーンの声がスルっと入ってくる。


「もしかしなくてもそうよ。この木は立派な魔道具。この木が小さい時から魔力を馴染ませ、魔術式を刻んだ私の自慢の魔道具なの。今では立派に、我が家の門番よ」


 掘り返した土を埋め直したアイリーンがフフン、と鼻を鳴らすと、魔道具の話に興味を示さなかったシオが空から降りてくる。


「門番が働いたってことは、アイリーンの身を狙う何者かが来たって事だろう?」

「――ねぇシオ、この木魔道具なんだって」

「ん? あぁ、知ってたぞ」

「え!? 知ってたならなんで教えてくれなかったのさ! シオだって一緒に走ってきたじゃん!」

「魔道具なんだろうとは分かっていたが、まさか門番とは思ってもいなかったからな」


 レイは自分だけがアイリーンに弄ばれることに納得いかずに、シオも同じ目に合わせようと画策するも、神性竜種として竜気程ではないにしろ、それなりに魔力に馴染むシオが驚くはずも無かった。


 ちぇ、と口を尖らせるレイを放って置いて、シオは再びアイリーンに問いかける。


「……あの連中はなんだ? 敵なんだろ? ()はどれだけの規模で来る?」

「……」


 シオはレイ程目が良い訳では無い。ゆえに、はるか上空から木々の隙間から見えた集団の正体には気付いていない。

 しかし、門番が動いたと言う情報と、集団からにじみ出る悪意に気付けるくらいには、人を見る目が合った。


 シオの問いにアイリーンは黙って微笑み返していたが、シオの真剣な眼差しに加えて、レイの愛らしい上目遣いにすぐに諦めたように溜め息を吐く。


「また仕掛けてきたとしても、きっと規模が増えることは無いと思うわ」

「連中の装備は揃っていたぞ。あの数を揃えられるのなら、もっと多くの数を揃えられると思っていいくらいだ。どうしてそう言い切れる?」

「ふふ、女の勘、ってやつね」


 アイリーンはそう言って誤魔化すが、騎士の男が去り際に言い放った言葉がアイリーンにとっては裏付けに近いようなものを感じていた。


『……俺に歯向かった事、後悔するぞ』


 騎士と言う集団を敵に回す行動をとったのにもかかわらず、あの騎士は『()()』と言い放ったのだ。個人的感情の発露を見逃さなかったアイリーンは、それを深く追求するまでもなく、騎士が生き急いでいるのを見抜いていた。


 アイリーンの言葉の裏にある自信、その根拠が理解できないシオがレイに助けを求めるが、レイもまた首を傾げるので精一杯。

 レイとシオ、この二人に圧倒的に足りていないものが異性との関りである以上、アイリーンの女の勘を理解することは不可能なのであった。


「ま、まぁ、それならいくらでも対処のしようがあると思うが、連中の正体は結局何なんだ?」


 それだけでも知りたい、と知的好奇心を疼かせるシオが尋ねると、アイリーンは一瞬だけ表情に影を落としたのち、今まで浮かべていた微笑みが嘘のように低いトーンの声で言った。



「――彼らは守り手。王国が誇る最低最悪の存在……。人と家畜の区別がつかないどうしようもない集団。……それこそが、騎士」



 それだけを告げると、アイリーンは道具箱を持って背を向け、そのまま家の中に戻っていく。


 多分に恨みを込めた声に気圧されたレイとシオは、それ以上深く踏み入る事などできずに、ただ茫然と立ち尽くすのであった。








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