55話 迫る魔の手
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本日四話目。
街道から外れた川のほとりにある一軒家を尋ねるアルフォンゾは、周囲の警戒を怠らない。
窓の外から室内を覗き込み、人がいる気配を敏感に感じ取ったアルフォンゾは、ニタリと緩む口元を抑えきれない。
この家には村人も嫌煙して近寄らないせいか、周囲には村人は疎か魔物や動物の気配すら感じられない。
それはつまり、この場で何が起こったとしても、目撃者は自分たち騎士のみ。身内のみ、と言う事になる。
この瞬間、アルフォンゾの頭の中でこの家の中に住まう人物、村で噂になる怪しい女は『魔女である』と決めつけ、部下の騎士たちに指示を飛ばす。
「魔女の可能性が高い。用心するように――」
「……何故、そう考える? どこをどう見て、判断した?」
魔女と確定して臨む寸前、素直に身構える他の騎士たちとは異なり、一際大きな体躯を誇る騎士の一人がアルフォンゾの肩を掴んで疑問を口にする。
あの時、村で女性を足蹴にしようとした際も同じように肩を掴んできた騎士の手を、同様に振り払って舌打ちをする。
大柄なアルフォンゾすらも上回る、巨大ともとれる体躯の持ち主の騎士の名は、ジガレイト。
二か月前、アルフォンゾの指揮下に入ったばかりの新人でありながらも、上官であるアルフォンゾに対して敬う態度を見せることなく、常に上から目線でモノを言う態度が、アルフォンゾは気に食わなかった。
「……チッ。分からないようなら教えてやる。まず庭先の植物を観察しろ。どれも、魔術規定に反したものばかり。栽培には許可がいる。無許可であるなら魔女であるし、許可証の確認も必須。それだけで根拠には足りるだろう」
本来の年若い騎士であるならば黙らせることも可能なのだが、ジガレイトに至っては納得できるよう説得しなければ職務放棄はおろか、任務の邪魔までしてくる始末。
エッジ管轄の四十過ぎの騎士長に苦言を呈しても、アルフォンゾに事情があるように、ジガレイトもまた何かしらの訳アリ騎士のようで、アルフォンゾが臨んだ答えが返ってくることは無かった。
「流石は、次席卒業だな」
「魔女の前に貴様を葬ってやってもいいんだぞ」
「へぇへぇ、失礼しましたよっと」
アルフォンゾの解説に一応の納得は示したからか、ジガレイトが引き下がる。
本来、一介の騎士が覚えておくべき知識としては過ぎた知識をもたらしたアルフォンゾの姿に、ジガレイトを除く他の騎士は口を呆けて自分の上官が優れていることを再確認するのだった。
調子の良いジガレイトにうんざりしつつも、これから起こりうる未来を思えば怒りも勝手に鎮まっていくというもの。
中央に対して、怨念にも似た未練を抱えるアルフォンゾにとって、今回の魔女の一件は千載一遇のチャンスであった。
自分を見限り、物事の本質を見据えることのできない中央の節穴連中に、災厄をもたらす魔女を吊るすという最大最良の功績を盾に舞い戻ることでアルフォンゾの頭はいっぱいなのであった。
王国の「人類こそが至上。人類こそが世界の中心であるべき」という原理主義に染められた騎士は、原理にそぐわない亜人を迫害し、その原理に背きし人間すらもいともたやすく始末する。
中でも、王国に牙を剥く可能性のある存在に対して、躊躇は許されない。
魔法使いを脅かし、ひいては騎士が守りし国民の生活を脅かす魔女を討伐することは、騎士にとって名誉ある、誇り高き行為。
アルフォンゾにとっては、この家に住む女が魔女であろうとなかろうとどちらでも良かった。
魔女であれば楽に事が運ぶし、魔女でなければ街道の魔女の罪を全て擦り付けてしまえばそれでよかった。
騎士であるアルフォンゾの力を使えば十分に可能であり、街道の魔女の後処理もまた、問題ないと考えていた。
アルフォンゾは、中央に生きる騎士の行く末を左右する古ぼけた節穴連中が憎いのと同様に、対費用効果が低い古ぼけた時代遅れの魔道具がとにかく嫌いだった。
新しい時代の魔道具、武器、戦闘技術。それらを手にするアルフォンゾにとって旧時代の遺物でしかないそれらは、時代に置いていかれた廃棄物にしか目には映らなかった。
自分を納得させ、鼓舞し、最後に笑っているのは自分だ、と確信しているアルフォンゾが、背後で剣に手をかけた騎士に目配せをした後、古い木の扉をノックする。
――騎士にとって、遠距離から魔術や魔法を放ってくる魔術師、魔法使いは最大の天敵である。
しかし、騎士の使命として魔術師を、魔女を討伐することが関わってくる以上、避けては通れない道であるため、それらに対抗するための訓練も当然身に着けている。
――魔術が放たれるより先に間合いを詰め、葬るのみ。
扉が開かれる直前まで魔力による身体強化はしない。魔力の変化を悟られてしまえば、後手に回る羽目になるからだ。
後手に回ってしまえば、不本意ながら騎士は魔術師相手に為す術がない。
しかし、今回に限っては油断も慢心も無く、扉一つ隔てた距離の間合いを詰める事など、息をするのと変わらぬように出来るという自信と確信があった。
(――さぁ、姿を見せろ愚かな魔女め)
他の騎士とは異なり、コンバットナイフを得意とするアルフォンゾがその柄に手を伸ばす。
その手はナイフを掴むのではなく、約束された、待ちに待った輝かしい未来を掴むのだ。
既に約束された未来を夢見て、希う。
「はーい」
他の騎士が生唾を飲むほどの緊張感とは真逆の、間延びした声が扉の向こうから聞こえると、アルフォンゾの笑みはさらに深まる。
今か今かと待ち侘びていたアルフォンゾの目は、ドアノブが回ったのを確認した。
――瞬間、五名の騎士の体は宙を舞った。
「――は?」
それは、誰が発した疑問を問う声だったか。
それを考えるまでも無く、宙を舞った五名の騎士は地面を転がされ、丘の上の一軒家の敷地の外に出てしまっていた。
何が起こったのか分からず、冷静さを欠いた状態ではそれぞれが魔力による身体強化を発動することは叶わず、ただ頭を上げて状況を把握することで精一杯だった。
そのまま立ち上がって精神を落ち着けて身体強化を図れば、と立ち上がろうとしたその時、アルフォンゾは首元に突き付けられた鋭い刃物に気が付く。だがそれは注視し観察するまでも無く理解できる。
――木の根だ。
それは木の根であり、枝であり、幹である。
しかしその程度かと僅かにでも身を捩れば、首が刎ねられることは十分に予見できるほどの鋭さが、首の薄皮を通じて理解させられる。
その古木の枝は、門の横に植えてあった枯れ木が変形したもので、枯れ木は腕とも足とも取れる各部位を伸ばして五人の騎士それぞれの首元に脅しとしてあてがわれていた。
「いやはや、これはやられたなぁ」
「黙れジガレイト――」
ただ一人、焦りもなくカラカラと笑うジガレイトに苛立つアルフォンゾたちの前に、丘の上から見下ろす人影がある事に気が付く。
「――物騒な騎士達ね。殺気を隠せてすらいなかったわよ。昔から何にも変わってない」
枯れ木の根元、外套のフードを目深に被っているため顔は良く見えないながらも、手元に掲げた魔術式の刻まれた木簡があり、それらはいつでも発動可能なまでに魔力を滾らせていた。
「貴様……! 魔女の分際で、騎士に手を出してただで済むと思っているのか!?」
「あら、先に仕掛けてきたのはそちらでしょう? 私のは正当防衛。むしろ今の一瞬で殺されなかったことを感謝してほしいくらいね」
「ぐ……っ!」
研ぎ澄まされた木の先端がさらに首に深く入り込んでくる感触に、アルフォンゾとジガレイトを除く騎士が狼狽える。
あの一瞬で背後から迫る木の枝に気付かなかった時点で、アルフォンゾたちの敗北は決まっていた。
あの時点で背面からこの木の刃を肉体に突き立てられていれば、今こうして焦ることもなく、殺された実感もないまま死んでいたに違いない。
それが分かるからこそ、アルフォンゾは心が落ち着いた今でも身体強化をできずにいた。
――先手を取らせなければ魔女に勝ち目は無い。
それはつまるところ、後手に回った騎士に勝ち目は無い、と言う事。
それは自分に言い聞かせた言葉が今になって蘇り我が身に降りかかってくるから。
それでも、弱みを見せることが憚られるアルフォンゾは、勇猛な態度を崩さずに魔女と向き合う。
「……俺に歯向かった事、後悔するぞ」
「……後悔させるぞ、の間違いでしょ? 会話する気が無いのなら二度とこないでちょうだい」
「……チッ」
勝ち筋がてんで見えない状況に、アルフォンゾは諦めて一歩後ろに下がる。
魔女もまた、それ以上追いかけるつもりもないようで、枯れ木は元の形に戻りつつも、いつでも展開できるよう身構える。
「帰るぞ」
「は、はいぃ」
「ひっ」
「ま、魔女……!」
魔女に興味など無いのか、ジガレイトはアルフォンゾよりも前を歩いて帰路につく。
それがまるで、初めからお前では勝ち目がなかったと言われているような気がして、アルフォンゾは余計腹立たしさを感じずにはいられず、もう一つ大きな舌打ちをして去って行く。
背中越しに魔女を睨む、我欲の強い騎士の姿が見えなくなるまで、アイリーンは木の根元に立ち、林の奥に姿を消した騎士たちを確認してから、深い深い溜め息を吐くのだった。
「他の騎士連中には黙っていろ」
「し、しかしアルフォンゾ様!」
「我々には報告義務があります……!」
「魔女の生存、及びその強大さは直に見た我々が――」
「――黙れ。これは俺の……、俺たちの獲物だ。騎士であろうと、他の誰にも手柄を譲る気はない」
「その間に他の犠牲者、そうだな……、村に犠牲者が出たらそうするつもりだ?」
「いい加減敬語を使え、ジガレイト……! アルフォンゾ様が寛大だから――」
「犠牲者は、出ない。これは間違いない」
不本意ながら魔女の家から逃げるように去ってきたアルフォンゾ一向は、三者三様の様相だった。
アルフォンゾは魔女を討ち取ると言う手柄を欲し、ジガレイトは騎士の使命よりも別の何かを重視していて、残りの騎士は上官であり慕っているアルフォンゾの意志と騎士としての使命を天秤に計りかねていると言ったところだった。
ジガレイトの、まるでアルフォンゾを試すかのような疑問に、アルフォンゾは不愉快そうに眉を顰め、鋭い目つきのまま言い放った。
「ほう? その根拠は?」
「あそこで俺たちを殺さなかったこと以外に考えられるか? 尋ねてばかりいないで少しは自分で考えたらどうなんだ」
「上官として、浅はかかつ知見の浅い情けないこのわたくしめにその知恵をお貸し願いたく――」
「やめろ、気持ち悪い」
「つまり、俺たちを殺さなかったから、村人にも手は出さないと? それは随分楽観的だな。俺たちの襲撃に怒って村人に手を出す可能性も十分にあるだろう」
「それは無いな、手を出すメリットがない。あの魔女が俺たちにされて困るのは俺たち以外の騎士の耳に存在が知られることだ。街道の魔女が見つからない以上、民の平穏を約束するために何かしらの成果を立てる必要があるのは分かっているだろう。ならば、今あの魔女を逃がす訳にはいかない」
「それならば尚更他の騎士に応援を頼んだ方が……、まさか、あの魔女に街道の魔女の罪も着せるつもりか?」
「感情らしい感情をようやく見せたなジガレイト。だが、俺の言っていることは騎士の使命に則った確かなものだ。それを否定すると言う事が何を意味するかは、その筋肉でできた脳細胞でも理解できるだろう。……調子に乗るのも大概にしておけよ」
アルフォンゾの言う通り、魔女の被害が甚大かつ魔女の行方が知られない場合、人身御供を立てることは認可されている。それは偏に、不安に駆られる民の平穏を守るため、不満から来る反乱を防ぐためでもあった。
もし仮に再び魔女が動き出したのであれば、新たな被害の情報操作は王国全土にいる騎士の情報網で情報操作は容易であるし、それを機に討伐に動くことも可能である。
ただし、立てる人身御供は同じく魔女でなければならないという決まりから、今回の件に関しては偶然に、奇跡的に運命の歯車が嚙み合った形で、魔女の手柄を欲する騎士アルフォンゾの元に降り立った次第。
「……どこまでがお前の仕込みだ?」
「人聞きが悪いことを言うなよジガレイト。俺はただ運が良かっただけだ。恨むなら幸運の星の下に生まれなかった自分を恨むんだな」
ジガレイトが配属されてから二か月。
ずっと目の上のたんこぶだったジガレイトを黙らせることに成功し、気分良く村へと戻っていくアルフォンゾ。魔女の一件を隠すために、しばらくは作戦を考えるために村に滞在することを決め、高笑いしたくなる心を抑え込んで街道を歩くのだった。心の底から笑う時はもう決めてあるから。
思いの外抵抗の強かった魔女の一件はジガレイトを黙らせたことで苛立ちも相殺して、騎士の使命の下に魔女を討伐することができるという、後処理の手間が省けたと捉えることで問題は無い。失敗もない。
アイリーンに迫る魔の手は、退いても尚纏わりつくように、掴んだ尻尾を離さないかのように、既に片足を捉えているのだった。
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